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第十五章 ファイト・ファイアー・ウィズ・ファイアー
第四話 巨鳥の導く先で
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前回のあらすじ
移動時間はロード時間とでも言わんばかりに何もない回であった。
タマの曳く馬車は駆け続けた。
遮るものもないし、事故の心配もあるまいと好きに走らせていたら、どんどん速くなっていく。紙月と未来は二人で真顔になって過ぎ去る景色を眺めていた。
目印となるものもないし、もちろん速度計なんてものがついているわけもないので、具体的に時速何キロというのはわからない。
二人にわかるのは多分今うっかり落ちたりしたら間違いなく盛大に削られながら死ぬだろうなということくらいで、それ以上のことは考えたくもなかった。
「……亀ってこんなに速いんだね」
「亀っていうかまあ、一応地竜だからなあ」
「森の地竜さ、このスピードで突進してきてたら僕ら死んでたかもね」
「あの時は盾張ってから突進してきてくれて助かったな」
タマの存外に長い脚が、力強く馬車を引いて走る。
その力強さたるや、体重も合わさってどかどかと足元を耕すようにしてえぐるものだから、馬車の通った後にはわだち以上に目立つ足跡が深々と残されていった。
そのせいで馬車は盛大に揺さぶられていた。
普段は厩舎の片隅で寝てるか餌を食べているか、はたまたのんびりと町中を散歩している姿しか知らないものだから、恐ろしいスピードで駆け抜けていくタマの姿は意外も意外であった。仮に普段散歩している通りをこのスピードで駆け抜けたら、大惨事になるだろう。
二人は自分たちが飼っているのがどういう怪物なのかをもう少し知っておくべきだと肝に銘じるのであった。
そんな飼い主の遠い目など露知らず、タマは楽し気に駆ける。
別に走らなければ走らないで何という問題もないのだが、それはそれとしてたまに運動するとやはり気分がいいものであるらしい。恐らく町に戻ればこうして駆け回る機会はしばらくないだろうなあということも察しているらしく、その分の走り溜めとでもいうのだろうか。
それに、成長期であるタマは、魔法のせいで見かけの姿は変わらないまでも、大きくなりつつある自分の体のことを察しているようだった。
体のサイズが大きくなれば、一歩の距離も長くなるのでその分速くなる、という単純な話ではなく、重たくなればなるほど体を動かすには膨大なエネルギーを必要とする。そうなれば今のように軽快に走ることは難しいだろうなというのがわかっているのである。
馬車に揺られて速度感に呆然としている二人はいよいよ何もない光景に方向感覚を失いつつあったが、タマは賢いので、太陽の位置をこまめに見上げて、方角を守っていた。西へ。ひたすらに西へ。
空からは相変わらず一羽の鳥が二人と一頭を見下ろしていた。
かなりの速度と思われるタマの疾走も、空を駆ける鳥からすればまだ遅いものなのだろう。
未来はぼんやりとその影を見上げた。
あれはハゲタカとかハゲワシとか、あるいはこの世界特有の鳥の怪物なのだろうか。
襲ってはこないのだろうか。それとも弱って行き倒れるのを待っているのだろうか。テレビの動物番組か何かで、見たような気がした。いつまでもいつまでも、獲物の上で旋回し続けるハゲタカ。
もちろん一行は相変わらず元気だし、弱ることなどないのだが、しかし油断をしていたらあっという間に下りてきた巨大な鳥に捕まれて空にさらわれる、という事態を想像すると、なかなかぞっとしない。
紙月なんか簡単にさらわれちゃいそうだよなあ、未来とか鎧なかったらちょうどいいサイズなんじゃねえかな、などと失敬にも不穏なことをお互いに考えていると、鳥は不意に動きを変えた。
大きくひとつ羽ばたいたかと思うと、翼を畳むようにして急に速度を上げ、素早く滑空を始めたのである。
空を滑り落ちていく姿が、一行の行先、西へと向かう。
ふたりでその姿を目で追いかけていると、何もないと思っていた平原に、ぽつりと浮かぶ影がある。タマもそれに気づいたようで、少しずつ速度を落としながら影へと近づいていく。
それは、こちらへと駆けてくる体格の良い大嘴鶏だった。
精悍な顔つきの大嘴鶏にまたがった何ものかが、まっすぐに片腕を横に伸ばしている。
妙な構えだなと見ていると、黒い風が音を立てて舞い降りて、その腕に絡みついた。いや、それは鳥だ。巨大な鳥だ。胴体だけで子供ほどもありそうな巨大な鳥が、腕を止まり木にして舞い降りたのである。
未来は以前テレビで観たハクトウワシを思い出した。とにかく大きく、頭だけが白い羽毛に覆われた猛禽だ。この鳥はそれよりもいくらか大きく見え、後頭部から鮮やかな赤色の冠羽が、何筋か放射線状にすらりと伸びていた。
大嘴鶏にまたがった人物が肉の塊を寄越すと、鳥はそれを大きな口で簡単にくわえた。そして二度、三度と羽ばたくや、あっという間に空へと飛び去ってしまった。
そこまでを何かのショーのように眺めて、ようやく紙月は思い至った。
依頼主の方で自分たちを見つけ出すというのは、つまりあれだったのだ。あの巨大な鳥が自分たちを見つけ出し、そして主人はその影を見つけてこうしてやってきたのだ。
タマと大嘴鶏はお互いにゆっくりと速度を落として合流し、二人はようやくそこで相手の顔を見た。遊牧民風の男である。
浅黒く日焼けした顔立ちは彫りが深く、馴染みのない二人には年頃がわかりづらい。青年と言うほど若くはなさそうだが、そこまでとしでもなさそうだ。
男はミルドゥロ・サルクロと名乗った。
依頼主の息子であるという。
ミルドゥロの案内で、二人はさらに一日、西へ進んだ。
途中一度野営したが、焚火を熾して軽く乳酒とチーズ、それに干し肉のようなもので食事をすると、すぐに愛馬にもたれて寝てしまった。その間の会話はほとんどなく、「ここらで野営する」「火を熾す」「飯は自分で食え」「寝る」の四回だけであった。
彼はまったく寡黙な男で、質問すれば答えてはくれたが、どれも一言二言で済ませるような端的なもので、会話は弾まなかった。
かと言って別に不機嫌そうでもない。これが素なのだろう。
昼頃に彼と依頼人の住む村に辿り着いたが、その間に一番弾んだ会話はあの大きな鳥についてであり、二人が知り得たことは「格好良くて強くて気立ても良いやつ」であり「名前はモントリロ」であることだけだった。
用語解説
・巨大な鳥
矢羽鷲(ĉiela sago)。
帝国西部から東大陸東部まで、大叢海を挟んで広く生息する大型猛禽類。
稀に迷鳥が他の地方で見られる。
体色は茶褐色から黒で、幼鳥は赤みが強い。
成鳥は後頭部から五から七筋の赤い冠羽が伸びる。
体長は80から130㎝で、翼開長は230から260cm程度。
・ミルドゥロ・サルクロ(Mildulo Sarkulo)
サルクロ家長男。
遠乗りと狩りを好み、腰を据えて働く家業とは相性が悪い。
ほとんど家にいつかず、愛鳥のモントリロと周辺の哨戒を兼ねて狩りをしていることが多い。
・モントリロ(montrilo)
ミルドゥロの愛鳥。メスの矢羽鷲。
ミルドゥロと狐を取り合って争い、力強さにほれ込んだミルドゥロに手懐けられ、現在に至る。
ミルドゥロは彼女を心通い合う相棒と思っているが、モントリロの方の認識は「肉の人」である。
移動時間はロード時間とでも言わんばかりに何もない回であった。
タマの曳く馬車は駆け続けた。
遮るものもないし、事故の心配もあるまいと好きに走らせていたら、どんどん速くなっていく。紙月と未来は二人で真顔になって過ぎ去る景色を眺めていた。
目印となるものもないし、もちろん速度計なんてものがついているわけもないので、具体的に時速何キロというのはわからない。
二人にわかるのは多分今うっかり落ちたりしたら間違いなく盛大に削られながら死ぬだろうなということくらいで、それ以上のことは考えたくもなかった。
「……亀ってこんなに速いんだね」
「亀っていうかまあ、一応地竜だからなあ」
「森の地竜さ、このスピードで突進してきてたら僕ら死んでたかもね」
「あの時は盾張ってから突進してきてくれて助かったな」
タマの存外に長い脚が、力強く馬車を引いて走る。
その力強さたるや、体重も合わさってどかどかと足元を耕すようにしてえぐるものだから、馬車の通った後にはわだち以上に目立つ足跡が深々と残されていった。
そのせいで馬車は盛大に揺さぶられていた。
普段は厩舎の片隅で寝てるか餌を食べているか、はたまたのんびりと町中を散歩している姿しか知らないものだから、恐ろしいスピードで駆け抜けていくタマの姿は意外も意外であった。仮に普段散歩している通りをこのスピードで駆け抜けたら、大惨事になるだろう。
二人は自分たちが飼っているのがどういう怪物なのかをもう少し知っておくべきだと肝に銘じるのであった。
そんな飼い主の遠い目など露知らず、タマは楽し気に駆ける。
別に走らなければ走らないで何という問題もないのだが、それはそれとしてたまに運動するとやはり気分がいいものであるらしい。恐らく町に戻ればこうして駆け回る機会はしばらくないだろうなあということも察しているらしく、その分の走り溜めとでもいうのだろうか。
それに、成長期であるタマは、魔法のせいで見かけの姿は変わらないまでも、大きくなりつつある自分の体のことを察しているようだった。
体のサイズが大きくなれば、一歩の距離も長くなるのでその分速くなる、という単純な話ではなく、重たくなればなるほど体を動かすには膨大なエネルギーを必要とする。そうなれば今のように軽快に走ることは難しいだろうなというのがわかっているのである。
馬車に揺られて速度感に呆然としている二人はいよいよ何もない光景に方向感覚を失いつつあったが、タマは賢いので、太陽の位置をこまめに見上げて、方角を守っていた。西へ。ひたすらに西へ。
空からは相変わらず一羽の鳥が二人と一頭を見下ろしていた。
かなりの速度と思われるタマの疾走も、空を駆ける鳥からすればまだ遅いものなのだろう。
未来はぼんやりとその影を見上げた。
あれはハゲタカとかハゲワシとか、あるいはこの世界特有の鳥の怪物なのだろうか。
襲ってはこないのだろうか。それとも弱って行き倒れるのを待っているのだろうか。テレビの動物番組か何かで、見たような気がした。いつまでもいつまでも、獲物の上で旋回し続けるハゲタカ。
もちろん一行は相変わらず元気だし、弱ることなどないのだが、しかし油断をしていたらあっという間に下りてきた巨大な鳥に捕まれて空にさらわれる、という事態を想像すると、なかなかぞっとしない。
紙月なんか簡単にさらわれちゃいそうだよなあ、未来とか鎧なかったらちょうどいいサイズなんじゃねえかな、などと失敬にも不穏なことをお互いに考えていると、鳥は不意に動きを変えた。
大きくひとつ羽ばたいたかと思うと、翼を畳むようにして急に速度を上げ、素早く滑空を始めたのである。
空を滑り落ちていく姿が、一行の行先、西へと向かう。
ふたりでその姿を目で追いかけていると、何もないと思っていた平原に、ぽつりと浮かぶ影がある。タマもそれに気づいたようで、少しずつ速度を落としながら影へと近づいていく。
それは、こちらへと駆けてくる体格の良い大嘴鶏だった。
精悍な顔つきの大嘴鶏にまたがった何ものかが、まっすぐに片腕を横に伸ばしている。
妙な構えだなと見ていると、黒い風が音を立てて舞い降りて、その腕に絡みついた。いや、それは鳥だ。巨大な鳥だ。胴体だけで子供ほどもありそうな巨大な鳥が、腕を止まり木にして舞い降りたのである。
未来は以前テレビで観たハクトウワシを思い出した。とにかく大きく、頭だけが白い羽毛に覆われた猛禽だ。この鳥はそれよりもいくらか大きく見え、後頭部から鮮やかな赤色の冠羽が、何筋か放射線状にすらりと伸びていた。
大嘴鶏にまたがった人物が肉の塊を寄越すと、鳥はそれを大きな口で簡単にくわえた。そして二度、三度と羽ばたくや、あっという間に空へと飛び去ってしまった。
そこまでを何かのショーのように眺めて、ようやく紙月は思い至った。
依頼主の方で自分たちを見つけ出すというのは、つまりあれだったのだ。あの巨大な鳥が自分たちを見つけ出し、そして主人はその影を見つけてこうしてやってきたのだ。
タマと大嘴鶏はお互いにゆっくりと速度を落として合流し、二人はようやくそこで相手の顔を見た。遊牧民風の男である。
浅黒く日焼けした顔立ちは彫りが深く、馴染みのない二人には年頃がわかりづらい。青年と言うほど若くはなさそうだが、そこまでとしでもなさそうだ。
男はミルドゥロ・サルクロと名乗った。
依頼主の息子であるという。
ミルドゥロの案内で、二人はさらに一日、西へ進んだ。
途中一度野営したが、焚火を熾して軽く乳酒とチーズ、それに干し肉のようなもので食事をすると、すぐに愛馬にもたれて寝てしまった。その間の会話はほとんどなく、「ここらで野営する」「火を熾す」「飯は自分で食え」「寝る」の四回だけであった。
彼はまったく寡黙な男で、質問すれば答えてはくれたが、どれも一言二言で済ませるような端的なもので、会話は弾まなかった。
かと言って別に不機嫌そうでもない。これが素なのだろう。
昼頃に彼と依頼人の住む村に辿り着いたが、その間に一番弾んだ会話はあの大きな鳥についてであり、二人が知り得たことは「格好良くて強くて気立ても良いやつ」であり「名前はモントリロ」であることだけだった。
用語解説
・巨大な鳥
矢羽鷲(ĉiela sago)。
帝国西部から東大陸東部まで、大叢海を挟んで広く生息する大型猛禽類。
稀に迷鳥が他の地方で見られる。
体色は茶褐色から黒で、幼鳥は赤みが強い。
成鳥は後頭部から五から七筋の赤い冠羽が伸びる。
体長は80から130㎝で、翼開長は230から260cm程度。
・ミルドゥロ・サルクロ(Mildulo Sarkulo)
サルクロ家長男。
遠乗りと狩りを好み、腰を据えて働く家業とは相性が悪い。
ほとんど家にいつかず、愛鳥のモントリロと周辺の哨戒を兼ねて狩りをしていることが多い。
・モントリロ(montrilo)
ミルドゥロの愛鳥。メスの矢羽鷲。
ミルドゥロと狐を取り合って争い、力強さにほれ込んだミルドゥロに手懐けられ、現在に至る。
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