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第十四章 フーズ・ゴナ・ノック・ザ・ドア?

最終話 フーズ・ゴナ・ノック・ザ・ドア?

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前回のあらすじ

待ってくれたまえ。
祝福をワッといっきにあびせかけるのは!





 広場は混沌とした有様だった。
 しかしそれは、先程までのぎすぎすとしてとげとげしい緊張に包まれた混沌とは異なるものだった。爆発寸前だった人々の感情は、いまやまったく別の方向に向けて大いに弾けて、そして今も小規模な爆発をあちこちで起こしているのだった。
 不満と憎しみでじりじりと燃えかけていた人々から発した熱は、憂さ晴らしと楽しみの笑い声となって広場を包み込んでいた。そしてそれにとどまらず、溢れ出して広がっていくことだろう。
 誰もが待ち望んでいるが、新しいものや文化というものは、そうそう生まれてくるものではない。
 その誕生の瞬間に巡り合えた人々は、こぞってこの新しい祝福のことを触れ回るだろう。
 もっとたくさんのどもを祝福してやりたい。そしてまた、祝福されたものは、自分だけやられたんじゃあつまらないから、してやりたい。

 なにしろ、町のトップである領主が頭の上がらない、大旦那である前領主が無礼講を宣言し、自らその祝福を浴びに行ったのだ。一番上がそう宣言してしまったのだから、下々のものは、というわけだ。
 普段なら気に食わなくても黙って見ているだけしかできなかった相手にも、祝福という建前ならば、好きなだけ雪や酒をぶちまけてやれる。みんなやってるのだから、今更小さなやっかみだ嫉妬だとからかわれることもない。

 そしてもちろん、名も売れて見栄えも良く、何かと話題に上がる人物も、その槍玉、もとい標的、いやいや祝福の対象となった。それはもう、積極的に祝福が投げかけられた。
 まさか魔法を使うわけにもいかず、さしもの盾の騎士も全方位からの祝福は防ぎ切れず、森の魔女は最初から無力だった。
 なにしろ未来の鎧は周りから頭一つも二つも抜けているし、紙月も細身ではあるが背が高いから、いい的であった。派手で目立つ装備も、遠くからよく見えたことだろう。

 最初こそ笑っていた二人だが、次第にこいつは的にしていい奴だという空気が醸されていき、一つ記念に祝福していこうと言わんばかりに広場中からあれやこれやと投げつけられ始めると、さすがにこらえきれずなりふり構わず大人気なく全力で逃げ出したのだった。

「うぇあ。なんだか大変なことになっちゃったね」
「まったくだ。酒が好きだっつっても、さすがに浴びるのはもうごめんだ」

 事務所まで何とか駆け込んで、ようやく人心地ついてお互いを見てみれば、なかなかに酷い有様だった。
 リースやら飾りやら、そこらの店に置いてあったのだろう小物やらはまだ可愛い方で、クリームたっぷりのケーキや、たっぷりたれのかかった串焼きまで引っかかっていて、食べ物を粗末にするなと叱られそうな有様だった。
 そして溶けかけの雪やら酒やらを頭からたっぷりとかぶさって、ぐっしょりと濡れてしまった姿は、いったいどんな嵐に出くわしたのかという具合だった。
 これらがすべて、「おしあわせに!」という掛け声とともにわっと浴びせかけられたのだから、怒っていいのやら喜んでいいのやらである。

 なんだか情けないお互いの姿におかしくなって、指さし合ってしばらく馬鹿笑いしたのち、急に冷めた。すとんと落ちるようにテンションが落ち着いた。なにしろ濡れネズミであるから、寒くなってきたのである。

「うへぇ、下着まで濡れてやがる」

 という紙月のつぶやきを聞かなかったフリしながらもついつい気になってしまう未来だったが、「《浄化ピュリファイ》」という情緒の欠片もないドライな一言によってすべて片付いてしまった。二人の体から汚れはきれいさっぱり取り除かれ、濡れた服も元通りだ。
 凄まじく便利ではあるのだが、その便利さがやや恨めしい未来だった。いや、何がどうというわけではないのだが。

 結局、この習慣はその日限りとはならず、すっかり行事の一環として定着してしまったようだった。
 準備が始まる頃からの冬至祭ユーロ期間中は「おしあわせに!」が合言葉のようになり、あれほど激しいものではないにせよ祝福が交わされた。商魂たくましいもので、浴びせかけるのに便利な飾り物さえ出てくる始末である。

 また、何の皮肉か、幸せそうなカップルを狙い撃ちして祝福を浴びせかけて回るうちに仲良くなって結ばれるものも出てきたというのだから、なにが縁になるかわからないものである。
 おかげさまで付き合い始めましたとかなんとか、冬至祭ユーロ中止派の中核であったはずの斧女と青年にあいさつに来られたりして何とも言えない表情にさせられた二人だった。

 そんな賑やかな日々を、祝福を回避するようにこっそりと過ごした二人も、冬至祭ユーロ当日には事務所で大いに騒いだ。テーブルいっぱいにご馳走と酒が並び、歌えるものは歌い、楽器を奏でられるものは奏で、芸のあるものは披露し、特に何も持たないものもよく飲み、よく食べ、よく騒いだ。

 祝福の習慣は、《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》の冒険屋たちにも広まっていたが、所長のアドゾの厳しいお達しにより、室内での祝福は禁じられた。
 後片付けが面倒だからである。そのため酔っぱらった冒険屋どもは寒さも気にせず外に出てはしゃぎ、酒を浴びせ合い、酔い潰れた。凍えて死ぬ前に回収されたが、風邪をひいたものも、少なくなかった。恐らく今年の冬至祭ユーロでは、このような光景が多く見られることだろう。
 凍死者の数が例年より増えないことを祈るばかりである。

 未来も腹が膨れるまでよく食べ、紙月も程よく飲んだ。酔い潰れるまで飲むと思っていただけに未来は驚いたものだったが、二人で部屋に引き上げる際に高そうな酒瓶を抱きかかえてきたので、見直しはしなかった。

 腹も一杯で、酔いも回って、動きたくはなかったがなんとか寝間着に着替えることに成功した二人は、ベッドに沈み込むのを少し我慢した。
 紙月お手製の魔法の火鉢を二人で抱え込むようにして温まり、一息。

 火鉢越しにお互いの顔を見つめて、そしてどうやら相手も同じことを考えているらしいなと察して、二人は小さく笑った。

「よし、じゃあ俺からな」
「はい、どうぞ」
「お前に何を贈ったらいいのか悩んだんだけどな」

 そう切り出して紙月が取り出したのは、ピンクのリボンと包み紙できれいにラッピングされた箱だった。やっぱりピンク似合うな、などと思いながら丁寧に包装紙を剥がして箱を開いてみると、そこに収められていたのは一足の靴だった。
 それも、いま未来が履いているような、薄っぺらく靴底も頼りない中古の革靴ではない。柔らかな中敷きと、滑り止めの利いたゴム底を備えた、前世のワークブーツに近い革靴である。

「スニーカーはさすがになかったけど、まさかのゴム底はあってな。お前、毎日走り込みしてるけど、いまの靴じゃあ、足痛いだろ。ロザケストに頼んだから、サイズは合ってると思うけど、どうだ?」

 未来はさっそくこの新しい靴に履き替えてみた。
 足を通してみると、未来の足の形より少し大きく、成長を見越してあるらしかった。中敷きはしっとりと柔らかく未来の体重を受け止め、これなら何時間でも走っていられそうだった。
 紙月が屈みこんで靴ひもを締めてくれると、ぴったりと足が包み込まれて、具合よく収まった。ちょっと歩いてみると、真新しいゴム底がきゅうきゅうと心地よい。

「冒険屋の靴なんて呼ばれてるそうだ」

 未来はこの靴を大いに気に入った。靴自体が素晴らしいものだったこともあるが、紙月が自分の足を案じてくれ、よくよく考えて選んでくれたことが伝わったからだった。それになにより、ちょっと不安げに未来の反応を見守る紙月が、ぐっと来たのだった。そう、ぐっ、と来たのだった。
 いつだって紙月は、未来の心の柔らかいところにぐっと来るのだった。

「えへへ、ありがと」
「おう、気に入ったなら、よかったよ」
「僕も悩んだんだけどね。お酒とか、アクセサリーがいいのかなって。でも好みとかあるし。だから、こんなのはどうかなって」

 未来は取り出した箱を、自分で開いた。
 中には何枚かの盤と、美しく彩色された何種類もの駒が詰まっていた。
 説明書らしき紙束を手に取って、開いて見せる。
 これは何種類かのボードゲームの詰め合わせなのだった。

「僕はまだ、紙月のこと全然知らない。だから、お互いのこと、少しずつ知っていけたらなって。二人で遊べるものがいいんじゃないかって」

 勧めてくれたのはロザケストだ。でも、選んだのは未来だ。どんなゲームなら紙月も楽しめるだろうか。どんなゲームなら二人で楽しめるだろうか。たくさん考えて、たくさん悩んで、そうしてようやく決めたのがこれだった。

「ね、紙月。僕に紙月のこと、たくさん教えてね?」
「はー……お前、お前さあ」
「え、なに?」
「お前、誑しにはなるなよ?」
「ええ……?」

 未来がぐっと来たように、紙月もまた、未来のプレゼントに胸を打たれていた。
 それは、なにを貰っても喜んでいただろうという気はする。よほどセンスが死んでいなければ、貰えたということ自体が嬉しいのがプレゼントというものだ。それでも、より良い品をと思って紙月は選んだし、それが間違いだったとは思わない。
 でも未来からのプレゼントは、ただ贈って終わりのものではなかった。二人で遊ぶものだった。それは、今後も二人で過ごすことを当たり前のように前提としたものだった。これからも一緒にいたい、そしてもっと深く知り合っていきたいという、そう言うメッセージだった。

 胸のドアが小刻みにノックされるのは、酒のせい、だけじゃないんだろうなと、思ったりもするのだった。





用語解説

・祝福
 後にこの習慣はスプロの町近辺で一般化し、後世まで西部の奇祭として残るようになった。
 冬至祭ユーロ期間中に観光に来る場合は汚れてもいい服を着ることという注意が雑誌にも載る程である。
 当時のスプロ男爵はこの習慣のことを、すっかり広まってしまった後に知り、領主として追認せざるを得なくなった。彼が胃を痛めながらも民衆からの祝福を甘んじて受けたのは、頭の上がらない相手である前領主たる父親に、祝福にかこつけて助走付けて全力で顔面パイ投げするためであったという。

・ゴム底
 現地語では護謨グーモ(gumo)。
 いわゆる弾性ゴム。植物から採取されるラテックスを精製、凝固乾燥させた生ゴムに硫黄や炭素などを加えたもので、我々の知るゴムと大きな違いはない。
 もっぱら帝国辺境で栽培される植物から抽出精製されている。
 近年では南大陸の植民地で発見されたゴムノキの類からもラテックスが採られるが、輸送費、栽培数、加工法の問題などがあり、まだ主流ではない。
 やや高価ではあるものの、一般に流通する程度には普及しており、冒険屋や騎士、また商人たちの靴に用いられることが多い。馬車の車輪に用いる例もある。
 なお、最初に靴底にしようとしたのは冒険屋らしい。

・ボードゲーム
 帝国にも多種多様なボードゲームが存在する。
 我々が現在知るようなボードゲームに似たものもあるが、多くはルールや盤が整理されておらず、必要以上に複雑であったり、地方や時代によってやり方が異なったりする。
 ゲームとして楽しむほかに、工芸品としても人気があり、地方ごとのバージョン違いをコレクションするものも多い。
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