183 / 210
第十四章 フーズ・ゴナ・ノック・ザ・ドア?
最終話 フーズ・ゴナ・ノック・ザ・ドア?
しおりを挟む
前回のあらすじ
待ってくれたまえ。
祝福をワッといっきにあびせかけるのは!
広場は混沌とした有様だった。
しかしそれは、先程までのぎすぎすとしてとげとげしい緊張に包まれた混沌とは異なるものだった。爆発寸前だった人々の感情は、いまやまったく別の方向に向けて大いに弾けて、そして今も小規模な爆発をあちこちで起こしているのだった。
不満と憎しみでじりじりと燃えかけていた人々から発した熱は、憂さ晴らしと楽しみの笑い声となって広場を包み込んでいた。そしてそれにとどまらず、溢れ出して広がっていくことだろう。
誰もが待ち望んでいるが、新しいものや文化というものは、そうそう生まれてくるものではない。
その誕生の瞬間に巡り合えた人々は、こぞってこの新しい祝福のことを触れ回るだろう。
もっとたくさんの浮かれポンチどもを祝福してやりたい。そしてまた、祝福されたものは、自分だけやられたんじゃあつまらないから、おすそわけしてやりたい。
なにしろ、町のトップである領主が頭の上がらない、大旦那である前領主が無礼講を宣言し、自らその祝福を浴びに行ったのだ。一番上がそう宣言してしまったのだから、下々のものは従わざるを得ない、というわけだ。
普段なら気に食わなくても黙って見ているだけしかできなかった相手にも、祝福という建前ならば、好きなだけ雪や酒をぶちまけてやれる。みんなやってるのだから、今更小さなやっかみだ嫉妬だとからかわれることもない。
そしてもちろん、名も売れて見栄えも良く、何かと話題に上がる人物も、その槍玉、もとい標的、いやいや祝福の対象となった。それはもう、積極的に祝福が投げかけられた。
まさか魔法を使うわけにもいかず、さしもの盾の騎士も全方位からの祝福は防ぎ切れず、森の魔女は最初から無力だった。
なにしろ未来の鎧は周りから頭一つも二つも抜けているし、紙月も細身ではあるが背が高いから、いい的であった。派手で目立つ装備も、遠くからよく見えたことだろう。
最初こそ笑っていた二人だが、次第にこいつは的にしていい奴だという空気が醸されていき、一つ記念に祝福していこうと言わんばかりに広場中からあれやこれやと投げつけられ始めると、さすがにこらえきれずなりふり構わず大人気なく全力で逃げ出したのだった。
「うぇあ。なんだか大変なことになっちゃったね」
「まったくだ。酒が好きだっつっても、さすがに浴びるのはもうごめんだ」
事務所まで何とか駆け込んで、ようやく人心地ついてお互いを見てみれば、なかなかに酷い有様だった。
リースやら飾りやら、そこらの店に置いてあったのだろう小物やらはまだ可愛い方で、クリームたっぷりのケーキや、たっぷりたれのかかった串焼きまで引っかかっていて、食べ物を粗末にするなと叱られそうな有様だった。
そして溶けかけの雪やら酒やらを頭からたっぷりとかぶさって、ぐっしょりと濡れてしまった姿は、いったいどんな嵐に出くわしたのかという具合だった。
これらがすべて、「おしあわせに!」という掛け声とともにわっと浴びせかけられたのだから、怒っていいのやら喜んでいいのやらである。
なんだか情けないお互いの姿におかしくなって、指さし合ってしばらく馬鹿笑いしたのち、急に冷めた。すとんと落ちるようにテンションが落ち着いた。なにしろ濡れネズミであるから、寒くなってきたのである。
「うへぇ、下着まで濡れてやがる」
という紙月のつぶやきを聞かなかったフリしながらもついつい気になってしまう未来だったが、「《浄化》」という情緒の欠片もないドライな一言によってすべて片付いてしまった。二人の体から汚れはきれいさっぱり取り除かれ、濡れた服も元通りだ。
凄まじく便利ではあるのだが、その便利さがやや恨めしい未来だった。いや、何がどうというわけではないのだが。
結局、この習慣はその日限りとはならず、すっかり行事の一環として定着してしまったようだった。
準備が始まる頃からの冬至祭期間中は「おしあわせに!」が合言葉のようになり、あれほど激しいものではないにせよ祝福が交わされた。商魂たくましいもので、浴びせかけるのに便利な飾り物さえ出てくる始末である。
また、何の皮肉か、幸せそうなカップルを狙い撃ちして祝福を浴びせかけて回るうちに仲良くなって結ばれるものも出てきたというのだから、なにが縁になるかわからないものである。
おかげさまで付き合い始めましたとかなんとか、冬至祭中止派の中核であったはずの斧女と青年にあいさつに来られたりして何とも言えない表情にさせられた二人だった。
そんな賑やかな日々を、祝福を回避するようにこっそりと過ごした二人も、冬至祭当日には事務所で大いに騒いだ。テーブルいっぱいにご馳走と酒が並び、歌えるものは歌い、楽器を奏でられるものは奏で、芸のあるものは披露し、特に何も持たないものもよく飲み、よく食べ、よく騒いだ。
祝福の習慣は、《巨人の斧冒険屋事務所》の冒険屋たちにも広まっていたが、所長のアドゾの厳しいお達しにより、室内での祝福は禁じられた。
後片付けが面倒だからである。そのため酔っぱらった冒険屋どもは寒さも気にせず外に出てはしゃぎ、酒を浴びせ合い、酔い潰れた。凍えて死ぬ前に回収されたが、風邪をひいたものも、少なくなかった。恐らく今年の冬至祭では、このような光景が多く見られることだろう。
凍死者の数が例年より増えないことを祈るばかりである。
未来も腹が膨れるまでよく食べ、紙月も程よく飲んだ。酔い潰れるまで飲むと思っていただけに未来は驚いたものだったが、二人で部屋に引き上げる際に高そうな酒瓶を抱きかかえてきたので、見直しはしなかった。
腹も一杯で、酔いも回って、動きたくはなかったがなんとか寝間着に着替えることに成功した二人は、ベッドに沈み込むのを少し我慢した。
紙月お手製の魔法の火鉢を二人で抱え込むようにして温まり、一息。
火鉢越しにお互いの顔を見つめて、そしてどうやら相手も同じことを考えているらしいなと察して、二人は小さく笑った。
「よし、じゃあ俺からな」
「はい、どうぞ」
「お前に何を贈ったらいいのか悩んだんだけどな」
そう切り出して紙月が取り出したのは、ピンクのリボンと包み紙できれいにラッピングされた箱だった。やっぱりピンク似合うな、などと思いながら丁寧に包装紙を剥がして箱を開いてみると、そこに収められていたのは一足の靴だった。
それも、いま未来が履いているような、薄っぺらく靴底も頼りない中古の革靴ではない。柔らかな中敷きと、滑り止めの利いたゴム底を備えた、前世のワークブーツに近い革靴である。
「スニーカーはさすがになかったけど、まさかのゴム底はあってな。お前、毎日走り込みしてるけど、いまの靴じゃあ、足痛いだろ。ロザケストに頼んだから、サイズは合ってると思うけど、どうだ?」
未来はさっそくこの新しい靴に履き替えてみた。
足を通してみると、未来の足の形より少し大きく、成長を見越してあるらしかった。中敷きはしっとりと柔らかく未来の体重を受け止め、これなら何時間でも走っていられそうだった。
紙月が屈みこんで靴ひもを締めてくれると、ぴったりと足が包み込まれて、具合よく収まった。ちょっと歩いてみると、真新しいゴム底がきゅうきゅうと心地よい。
「冒険屋の靴なんて呼ばれてるそうだ」
未来はこの靴を大いに気に入った。靴自体が素晴らしいものだったこともあるが、紙月が自分の足を案じてくれ、よくよく考えて選んでくれたことが伝わったからだった。それになにより、ちょっと不安げに未来の反応を見守る紙月が、ぐっと来たのだった。そう、ぐっ、と来たのだった。
いつだって紙月は、未来の心の柔らかいところにぐっと来るのだった。
「えへへ、ありがと」
「おう、気に入ったなら、よかったよ」
「僕も悩んだんだけどね。お酒とか、アクセサリーがいいのかなって。でも好みとかあるし。だから、こんなのはどうかなって」
未来は取り出した箱を、自分で開いた。
中には何枚かの盤と、美しく彩色された何種類もの駒が詰まっていた。
説明書らしき紙束を手に取って、開いて見せる。
これは何種類かのボードゲームの詰め合わせなのだった。
「僕はまだ、紙月のこと全然知らない。だから、お互いのこと、少しずつ知っていけたらなって。二人で遊べるものがいいんじゃないかって」
勧めてくれたのはロザケストだ。でも、選んだのは未来だ。どんなゲームなら紙月も楽しめるだろうか。どんなゲームなら二人で楽しめるだろうか。たくさん考えて、たくさん悩んで、そうしてようやく決めたのがこれだった。
「ね、紙月。僕に紙月のこと、たくさん教えてね?」
「はー……お前、お前さあ」
「え、なに?」
「お前、誑しにはなるなよ?」
「ええ……?」
未来がぐっと来たように、紙月もまた、未来のプレゼントに胸を打たれていた。
それは、なにを貰っても喜んでいただろうという気はする。よほどセンスが死んでいなければ、貰えたということ自体が嬉しいのがプレゼントというものだ。それでも、より良い品をと思って紙月は選んだし、それが間違いだったとは思わない。
でも未来からのプレゼントは、ただ贈って終わりのものではなかった。二人で遊ぶものだった。それは、今後も二人で過ごすことを当たり前のように前提としたものだった。これからも一緒にいたい、そしてもっと深く知り合っていきたいという、そう言うメッセージだった。
胸のドアが小刻みにノックされるのは、酒のせい、だけじゃないんだろうなと、思ったりもするのだった。
用語解説
・祝福
後にこの習慣はスプロの町近辺で一般化し、後世まで西部の奇祭として残るようになった。
冬至祭期間中に観光に来る場合は汚れてもいい服を着ることという注意が雑誌にも載る程である。
当時のスプロ男爵はこの習慣のことを、すっかり広まってしまった後に知り、領主として追認せざるを得なくなった。彼が胃を痛めながらも民衆からの祝福を甘んじて受けたのは、頭の上がらない相手である前領主たる父親に、祝福にかこつけて助走付けて全力で顔面パイ投げするためであったという。
・ゴム底
現地語では護謨(gumo)。
いわゆる弾性ゴム。植物から採取されるラテックスを精製、凝固乾燥させた生ゴムに硫黄や炭素などを加えたもので、我々の知るゴムと大きな違いはない。
もっぱら帝国辺境で栽培される植物から抽出精製されている。
近年では南大陸の植民地で発見されたゴムノキの類からもラテックスが採られるが、輸送費、栽培数、加工法の問題などがあり、まだ主流ではない。
やや高価ではあるものの、一般に流通する程度には普及しており、冒険屋や騎士、また商人たちの靴に用いられることが多い。馬車の車輪に用いる例もある。
なお、最初に靴底にしようとしたのは冒険屋らしい。
・ボードゲーム
帝国にも多種多様なボードゲームが存在する。
我々が現在知るようなボードゲームに似たものもあるが、多くはルールや盤が整理されておらず、必要以上に複雑であったり、地方や時代によってやり方が異なったりする。
ゲームとして楽しむほかに、工芸品としても人気があり、地方ごとのバージョン違いをコレクションするものも多い。
待ってくれたまえ。
祝福をワッといっきにあびせかけるのは!
広場は混沌とした有様だった。
しかしそれは、先程までのぎすぎすとしてとげとげしい緊張に包まれた混沌とは異なるものだった。爆発寸前だった人々の感情は、いまやまったく別の方向に向けて大いに弾けて、そして今も小規模な爆発をあちこちで起こしているのだった。
不満と憎しみでじりじりと燃えかけていた人々から発した熱は、憂さ晴らしと楽しみの笑い声となって広場を包み込んでいた。そしてそれにとどまらず、溢れ出して広がっていくことだろう。
誰もが待ち望んでいるが、新しいものや文化というものは、そうそう生まれてくるものではない。
その誕生の瞬間に巡り合えた人々は、こぞってこの新しい祝福のことを触れ回るだろう。
もっとたくさんの浮かれポンチどもを祝福してやりたい。そしてまた、祝福されたものは、自分だけやられたんじゃあつまらないから、おすそわけしてやりたい。
なにしろ、町のトップである領主が頭の上がらない、大旦那である前領主が無礼講を宣言し、自らその祝福を浴びに行ったのだ。一番上がそう宣言してしまったのだから、下々のものは従わざるを得ない、というわけだ。
普段なら気に食わなくても黙って見ているだけしかできなかった相手にも、祝福という建前ならば、好きなだけ雪や酒をぶちまけてやれる。みんなやってるのだから、今更小さなやっかみだ嫉妬だとからかわれることもない。
そしてもちろん、名も売れて見栄えも良く、何かと話題に上がる人物も、その槍玉、もとい標的、いやいや祝福の対象となった。それはもう、積極的に祝福が投げかけられた。
まさか魔法を使うわけにもいかず、さしもの盾の騎士も全方位からの祝福は防ぎ切れず、森の魔女は最初から無力だった。
なにしろ未来の鎧は周りから頭一つも二つも抜けているし、紙月も細身ではあるが背が高いから、いい的であった。派手で目立つ装備も、遠くからよく見えたことだろう。
最初こそ笑っていた二人だが、次第にこいつは的にしていい奴だという空気が醸されていき、一つ記念に祝福していこうと言わんばかりに広場中からあれやこれやと投げつけられ始めると、さすがにこらえきれずなりふり構わず大人気なく全力で逃げ出したのだった。
「うぇあ。なんだか大変なことになっちゃったね」
「まったくだ。酒が好きだっつっても、さすがに浴びるのはもうごめんだ」
事務所まで何とか駆け込んで、ようやく人心地ついてお互いを見てみれば、なかなかに酷い有様だった。
リースやら飾りやら、そこらの店に置いてあったのだろう小物やらはまだ可愛い方で、クリームたっぷりのケーキや、たっぷりたれのかかった串焼きまで引っかかっていて、食べ物を粗末にするなと叱られそうな有様だった。
そして溶けかけの雪やら酒やらを頭からたっぷりとかぶさって、ぐっしょりと濡れてしまった姿は、いったいどんな嵐に出くわしたのかという具合だった。
これらがすべて、「おしあわせに!」という掛け声とともにわっと浴びせかけられたのだから、怒っていいのやら喜んでいいのやらである。
なんだか情けないお互いの姿におかしくなって、指さし合ってしばらく馬鹿笑いしたのち、急に冷めた。すとんと落ちるようにテンションが落ち着いた。なにしろ濡れネズミであるから、寒くなってきたのである。
「うへぇ、下着まで濡れてやがる」
という紙月のつぶやきを聞かなかったフリしながらもついつい気になってしまう未来だったが、「《浄化》」という情緒の欠片もないドライな一言によってすべて片付いてしまった。二人の体から汚れはきれいさっぱり取り除かれ、濡れた服も元通りだ。
凄まじく便利ではあるのだが、その便利さがやや恨めしい未来だった。いや、何がどうというわけではないのだが。
結局、この習慣はその日限りとはならず、すっかり行事の一環として定着してしまったようだった。
準備が始まる頃からの冬至祭期間中は「おしあわせに!」が合言葉のようになり、あれほど激しいものではないにせよ祝福が交わされた。商魂たくましいもので、浴びせかけるのに便利な飾り物さえ出てくる始末である。
また、何の皮肉か、幸せそうなカップルを狙い撃ちして祝福を浴びせかけて回るうちに仲良くなって結ばれるものも出てきたというのだから、なにが縁になるかわからないものである。
おかげさまで付き合い始めましたとかなんとか、冬至祭中止派の中核であったはずの斧女と青年にあいさつに来られたりして何とも言えない表情にさせられた二人だった。
そんな賑やかな日々を、祝福を回避するようにこっそりと過ごした二人も、冬至祭当日には事務所で大いに騒いだ。テーブルいっぱいにご馳走と酒が並び、歌えるものは歌い、楽器を奏でられるものは奏で、芸のあるものは披露し、特に何も持たないものもよく飲み、よく食べ、よく騒いだ。
祝福の習慣は、《巨人の斧冒険屋事務所》の冒険屋たちにも広まっていたが、所長のアドゾの厳しいお達しにより、室内での祝福は禁じられた。
後片付けが面倒だからである。そのため酔っぱらった冒険屋どもは寒さも気にせず外に出てはしゃぎ、酒を浴びせ合い、酔い潰れた。凍えて死ぬ前に回収されたが、風邪をひいたものも、少なくなかった。恐らく今年の冬至祭では、このような光景が多く見られることだろう。
凍死者の数が例年より増えないことを祈るばかりである。
未来も腹が膨れるまでよく食べ、紙月も程よく飲んだ。酔い潰れるまで飲むと思っていただけに未来は驚いたものだったが、二人で部屋に引き上げる際に高そうな酒瓶を抱きかかえてきたので、見直しはしなかった。
腹も一杯で、酔いも回って、動きたくはなかったがなんとか寝間着に着替えることに成功した二人は、ベッドに沈み込むのを少し我慢した。
紙月お手製の魔法の火鉢を二人で抱え込むようにして温まり、一息。
火鉢越しにお互いの顔を見つめて、そしてどうやら相手も同じことを考えているらしいなと察して、二人は小さく笑った。
「よし、じゃあ俺からな」
「はい、どうぞ」
「お前に何を贈ったらいいのか悩んだんだけどな」
そう切り出して紙月が取り出したのは、ピンクのリボンと包み紙できれいにラッピングされた箱だった。やっぱりピンク似合うな、などと思いながら丁寧に包装紙を剥がして箱を開いてみると、そこに収められていたのは一足の靴だった。
それも、いま未来が履いているような、薄っぺらく靴底も頼りない中古の革靴ではない。柔らかな中敷きと、滑り止めの利いたゴム底を備えた、前世のワークブーツに近い革靴である。
「スニーカーはさすがになかったけど、まさかのゴム底はあってな。お前、毎日走り込みしてるけど、いまの靴じゃあ、足痛いだろ。ロザケストに頼んだから、サイズは合ってると思うけど、どうだ?」
未来はさっそくこの新しい靴に履き替えてみた。
足を通してみると、未来の足の形より少し大きく、成長を見越してあるらしかった。中敷きはしっとりと柔らかく未来の体重を受け止め、これなら何時間でも走っていられそうだった。
紙月が屈みこんで靴ひもを締めてくれると、ぴったりと足が包み込まれて、具合よく収まった。ちょっと歩いてみると、真新しいゴム底がきゅうきゅうと心地よい。
「冒険屋の靴なんて呼ばれてるそうだ」
未来はこの靴を大いに気に入った。靴自体が素晴らしいものだったこともあるが、紙月が自分の足を案じてくれ、よくよく考えて選んでくれたことが伝わったからだった。それになにより、ちょっと不安げに未来の反応を見守る紙月が、ぐっと来たのだった。そう、ぐっ、と来たのだった。
いつだって紙月は、未来の心の柔らかいところにぐっと来るのだった。
「えへへ、ありがと」
「おう、気に入ったなら、よかったよ」
「僕も悩んだんだけどね。お酒とか、アクセサリーがいいのかなって。でも好みとかあるし。だから、こんなのはどうかなって」
未来は取り出した箱を、自分で開いた。
中には何枚かの盤と、美しく彩色された何種類もの駒が詰まっていた。
説明書らしき紙束を手に取って、開いて見せる。
これは何種類かのボードゲームの詰め合わせなのだった。
「僕はまだ、紙月のこと全然知らない。だから、お互いのこと、少しずつ知っていけたらなって。二人で遊べるものがいいんじゃないかって」
勧めてくれたのはロザケストだ。でも、選んだのは未来だ。どんなゲームなら紙月も楽しめるだろうか。どんなゲームなら二人で楽しめるだろうか。たくさん考えて、たくさん悩んで、そうしてようやく決めたのがこれだった。
「ね、紙月。僕に紙月のこと、たくさん教えてね?」
「はー……お前、お前さあ」
「え、なに?」
「お前、誑しにはなるなよ?」
「ええ……?」
未来がぐっと来たように、紙月もまた、未来のプレゼントに胸を打たれていた。
それは、なにを貰っても喜んでいただろうという気はする。よほどセンスが死んでいなければ、貰えたということ自体が嬉しいのがプレゼントというものだ。それでも、より良い品をと思って紙月は選んだし、それが間違いだったとは思わない。
でも未来からのプレゼントは、ただ贈って終わりのものではなかった。二人で遊ぶものだった。それは、今後も二人で過ごすことを当たり前のように前提としたものだった。これからも一緒にいたい、そしてもっと深く知り合っていきたいという、そう言うメッセージだった。
胸のドアが小刻みにノックされるのは、酒のせい、だけじゃないんだろうなと、思ったりもするのだった。
用語解説
・祝福
後にこの習慣はスプロの町近辺で一般化し、後世まで西部の奇祭として残るようになった。
冬至祭期間中に観光に来る場合は汚れてもいい服を着ることという注意が雑誌にも載る程である。
当時のスプロ男爵はこの習慣のことを、すっかり広まってしまった後に知り、領主として追認せざるを得なくなった。彼が胃を痛めながらも民衆からの祝福を甘んじて受けたのは、頭の上がらない相手である前領主たる父親に、祝福にかこつけて助走付けて全力で顔面パイ投げするためであったという。
・ゴム底
現地語では護謨(gumo)。
いわゆる弾性ゴム。植物から採取されるラテックスを精製、凝固乾燥させた生ゴムに硫黄や炭素などを加えたもので、我々の知るゴムと大きな違いはない。
もっぱら帝国辺境で栽培される植物から抽出精製されている。
近年では南大陸の植民地で発見されたゴムノキの類からもラテックスが採られるが、輸送費、栽培数、加工法の問題などがあり、まだ主流ではない。
やや高価ではあるものの、一般に流通する程度には普及しており、冒険屋や騎士、また商人たちの靴に用いられることが多い。馬車の車輪に用いる例もある。
なお、最初に靴底にしようとしたのは冒険屋らしい。
・ボードゲーム
帝国にも多種多様なボードゲームが存在する。
我々が現在知るようなボードゲームに似たものもあるが、多くはルールや盤が整理されておらず、必要以上に複雑であったり、地方や時代によってやり方が異なったりする。
ゲームとして楽しむほかに、工芸品としても人気があり、地方ごとのバージョン違いをコレクションするものも多い。
0
お気に入りに追加
106
あなたにおすすめの小説
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話
ラララキヲ
恋愛
長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。
初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。
しかし寝室に居た妻は……
希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──
一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……──
<【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました>
◇テンプレ浮気クソ男女。
◇軽い触れ合い表現があるのでR15に
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇ご都合展開。矛盾は察して下さい…
◇なろうにも上げてます。
※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)
他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【完結】おじいちゃんは元勇者
三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話…
親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。
エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる