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第十三章 ザ・ウィッチ・トゥック・オフ・ヒズ・ドレス
第三話 西部のファッション事情
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前回のあらすじ
事務所にピンクがやってきた。
「欲しいのは物じゃないわ。新しい『発想』よ」
仕立屋ロザケストが言うところによれば、いくら素材や技術を向上させたところで、窮極的には発想力というものがファッションの世界では重要であるらしかった。
「つまり、あなたのその格好も発想力の結果と」
「これは趣味よ」
「趣味」
まあ、発想力の結果と言えば結果なのかもしれない。
さて、こう言っては何だが、紙月も未来も、あまりファッション・センスに優れたほうではなかった。
二人ともこの世界に転生してきてからもっぱらゲーム内の装備品で過ごし、衣服を買うようになってからも、その選択肢の少なさから実用性を重視して購入していたようなものだ。
二人のファッションが破綻していないのは、ゲーム内アイテムを効率重視で装備していくと、結局はそれなりに見える形に落ち着くという、《エンズビル・オンライン》のアイテム制作を担当したデザイナーの功績であった。
この世界にくる以前にしても似たようなものだった。
紙月のファッションは大抵雑誌に載っているものか友人のものをまねた程度であって、目も当てられないことにはならないが、かといってオリジナリティもない凡庸なものだった。
その場その場に合わせた着こなしというものを考えることはできたが、それはあくまでもテンプレートに従った結果であって、その中でどれが最善で、どうすれば自分らしさを演出できるかなどは全くお手上げだった。
未来などは、そもそも服というものは自分で買うものではなかった。父親に買い与えられるものだった。もちろん、未来なりに好みというものはあったが、それだって色だとか着心地だとかの問題であって、ブランドや細かな違いを気にしたことはなかった。
せいぜい、あんまりカジュアルなのよりは、ちょっとかっちりした方が好きとか、そう言った程度だ。それだって、スーツ姿の父親の背中を見て育ったからという以上の意味はない。
そんな二人なので、ファッションの話は全く分からない。
なので発想だか何だか知らないが手助けはできそうにない。
などということを顔色から察するまでもなく、そもそも冒険屋にそんなことを期待するつもりはないようで、ロザケストは気にした風もなく話を進めた。
「普通に暮らしてると、服なんてまあ大体同じようなもので、せいぜい襟巻の柄とか、根付の形とか、そのくらいだと思うのよね。親が作ったものを教わって、子供が作って、またその子供へって具合だもの。変わるわけないわ。それが普通なのよ」
基本的には、服というものは家で作るものである。
布を買い、糸と針で縫うのである。
農民ではほとんどそれ以外なく、町民でも、せいぜい襟巻や帯などを買うくらいで、服は作るか、古着屋で買う。
では仕立屋に来る客はと言えば、ある程度のお金持ちや、貴族になる。
必然的に、それらは民衆と同じようであってはならない。
より高価で、より美しく、より新奇なものでなければならない。
ある一線を越えると、服は物理的に身を護るものから、ステータスを示す武器に代わるのだ。
布をたくさん用い、難しい色染めを行い、希少な素材を使い、意匠に凝る。
それが他の服よりも素晴らしいと判断されれば、既存の服は陳腐化し、より新しい形が求められる。
その繰り返しの結果が常人からは意味の分からない、珍妙なデザインのたぐいだ。
ロザケストは西部の伝統的衣装である、古典的遊牧民風の衣服と、現代風の衣服との融合によってスプロ男爵の歓心を買い、御用達の称号を得た。
帝都での社交界で、この新古の入り混じったデザインが話題になり、一時期ブームとなったからだ。
それ以降も、ロザケストは常に新しいファッションを求め、試してきた。
それがいつも成功し話題になるわけではなかったが、しかし一定の評価は得続けてきた。
西部の田舎者がそれなりの評価を受けるというのは、称賛にたる偉業である。
だが、それ以上は、難しい。
一度は目新しさから流行を勝ち取った。
しかし、新古の融合という発想は、その後誰もが真似するところとなり、いまや陳腐化も甚だしい。
同じ手は通じない。
帝国の流行の発信地は、当然の如くに、帝都である。
財力と人脈を持つ貴族と富豪が集い、各地から様々な支那や情報が集まり、最新の技術がそれらを組み合わせて流行を作り出す。
そもそもの土台としての強さが違うのだから、生半のことでは手も足も出るものではない。
しかも帝都はいまもなお発展を続ける生き物だ。
国立の縫製工場なるものが建ち、規格化された商品が大量生産され始めると、衣服というものに関する民衆の考え方も変わってきた。
比較的安価で質の良い衣服が手に入る。そしてそれらは種類が豊富で、一通りではない。
オーダーメイドでただ一つの服を作り出すことだけでなく、多種多様な部分を組み合わせて、自分だけの着こなしを追求するコーディネートが可能になった。
いまはまだ、上流階級はオーダーメイド、一般都民が既製品という枠組みではあるが、それもどう転ぶか分かったものではない。
技術だけでなく、デザインの種類にも大きく幅ができ始めていた。
各地で活動する超皇帝をはじめとした斬新なパフォーマンス集団は、公演の度に新奇なデザインを発表し、そしてそれはすぐに熱狂する民衆たちによって流行の波に乗る。
工場はそれらを取り入れた既製品を大量生産し始め、それらの組み合わせから新たなファッションが生まれる。
いまやデザイナーのライバルは同じデザイナーだけではなかった。民衆から生まれる流行の波は、無視できない強大なものとなっていた。
流行り廃りは以前より早く、そして大きなものとなっていた。
奇抜なファッションが入れ代わり立ち代わりに現れては消え、そして確実にデザインの歴史に積み重ねられていた。
ロザケストも流行には敏感に触角を伸ばしている。
しかし、それでも、地方の人間にはとてもそれに追いつけない。
そもそも、帝都の人間でさえ、流されまいとすることに精一杯なのだ。
定期的に購読している情報誌は、各号ごとに矛盾と混乱を積み上げているようでさえあった。
流行の中心とそれを受け取る側。
流行を作る側とそれを追いかける側。
これではどれだけ努力しようと、速度が違いすぎる。
「西部の中だけなら、問題はないわ。でも、貴族や金持ちってのはそうもいかないの。流行外れの格好で帝都に出向いたら、面子にかかわる。帝都から来た連中に時代遅れの格好見せたら、見下される。わかるでしょ?」
時代に取り残されかけていたMMORPGにはまり込んでいたような、ファッションにも流行にも疎い二人には正直なところあまりわからない話であったが、こういうときはよくわかりますという顔をしておくのがいい。
別に会議の内容は聞いていなくていいのだ、と紙月は未来に教えている。
大体の会議は最初から方向性が決まっているので、主流っぽい意見に頷いておけばいい。
意見を求められたときは、質問に質問で返す方向で煙に巻くのだ。
「冒険屋だって、みすぼらしい格好して、弱そうな武器持ってたら、依頼人に足元見られるでしょ? 同じことよ」
冒険屋の二人にわかりやすいようにということか、ロザケストはそのようなたとえも持ってきてくれたが、なにしろ一般冒険屋と違って、ほとんど最初から殿様商売やってる二人である。ご縁のない話であった。
だがたとえ実感のわかない所であっても、もっともらしく頷いて、それから?という顔で次を促すのだ。
相手は理解が得られたと思い、話が早いと次に進んでくれる。
「正直、いまの流行に流されっぱなしの業界って良くないと思うのよね。そりゃ、流行ってのは何事にもあるわ。あたしらだってそれを商売のタネにしてるし、伝統をさらによい物へ発展させる動力でもあると思う。でもいまの流行り廃りってのは、流れに乗ってるんじゃなくて、流されてるだけだもの。わかる?」
「ええ」
「思うに、一度にいろんなものがわっと溢れ出しちゃったものだから、一つ一つ確かめる前に、次から次へと流れてくるものに対応するのが精いっぱいで、その意味を考えることができてないのよ。ある種の革命ってやつなのかしらね。革命も善し悪しよ。時にはひっくり返すことも大事だけど、そうでないことの方が多いわ。そうじゃない?」
「そうかもしれません」
「何年か、何十年か、きっと時間がたてば、この混乱の嵐は収まって、落ち着いてよくよく見返す時代が来るでしょうね。でもそれを待っていることはできないの。ただ新しいっていうだけの薄っぺらな流行に芸術が負けるわけにはいかないし、仕立屋としての矜持が我慢ならないし、それに、一番切実な話、出資者である男爵のご機嫌伺いしないといけないもの」
「ごもっとも」
立て板に水のようにべらべらと語り続けるロザケストに、紙月は落ち着いて相槌を打った。
未来などはそれをさもできる大人か何かのようだと感心しているが、実際には半分も内容を理解していないし、する気もない。
そしてロザケストの方でも意味や中身のある話をしているわけではない。これは実務の話ではなく意義の話をしているからだ。どう思っているかということでしかない。説明のようでいて説明ではない。
何を話しているかというのは、本人にとっては大事かもしれないが、しかし場にとっては何かを話したということだけが大事で、中身はさほどでもない。大事なのは枠だ。外側だ。
会議で大事な部分というのは、基本的に最初か最後に述べられるものだ。
ロザケストは乳茶で喉を潤し、一息ついた。
「なんだったかしら。ええと、そう、薄っぺらな流行に負けない、強い意匠、強い発想、強い流行を作りたいのよ。帝都が混乱しているなら、その横合いからガツンと殴りつけてやりたいの」
つまり、話は最初に戻ってくる。
もう一度帝都で話題になるような流行を作りたい、というところに。
これはただでさえ簡単なことではないが、現状ではもっと難しい、というのが長々と話したところの要点だろう。
確認が済んだところで、実務の話だ。
「売れるには力がいるわ。多少の流行り廃りじゃ揺るがない、はっきりとわかる新奇さ。そして、名前よ」
そのために、多彩で見栄えもいい魔法の装備の数々と、《魔法の盾》の名前を貸してほしいのだという。
用語解説
・工場
帝国での産業と言えば、もっぱら職人とその工房による個人レベルの手工業だった。
しかし工房の吸収合併、組合の主導による組織的分業などが急激に推し進められ、工場が成立。
作業効率が上昇し、生産能率は飛躍的に向上。
国家の承認および推進もあり、複数の分野で工場が建てられ、帝都の産業は急速に発展した。
しかし同時に、工場に所属しない職人たちが淘汰されたり、同時期に多様な商品が溢れかえることで価値観の混乱・崩壊が見られるなど、いいことばかりではない。
法整備もまだなので、問題が多い。
事務所にピンクがやってきた。
「欲しいのは物じゃないわ。新しい『発想』よ」
仕立屋ロザケストが言うところによれば、いくら素材や技術を向上させたところで、窮極的には発想力というものがファッションの世界では重要であるらしかった。
「つまり、あなたのその格好も発想力の結果と」
「これは趣味よ」
「趣味」
まあ、発想力の結果と言えば結果なのかもしれない。
さて、こう言っては何だが、紙月も未来も、あまりファッション・センスに優れたほうではなかった。
二人ともこの世界に転生してきてからもっぱらゲーム内の装備品で過ごし、衣服を買うようになってからも、その選択肢の少なさから実用性を重視して購入していたようなものだ。
二人のファッションが破綻していないのは、ゲーム内アイテムを効率重視で装備していくと、結局はそれなりに見える形に落ち着くという、《エンズビル・オンライン》のアイテム制作を担当したデザイナーの功績であった。
この世界にくる以前にしても似たようなものだった。
紙月のファッションは大抵雑誌に載っているものか友人のものをまねた程度であって、目も当てられないことにはならないが、かといってオリジナリティもない凡庸なものだった。
その場その場に合わせた着こなしというものを考えることはできたが、それはあくまでもテンプレートに従った結果であって、その中でどれが最善で、どうすれば自分らしさを演出できるかなどは全くお手上げだった。
未来などは、そもそも服というものは自分で買うものではなかった。父親に買い与えられるものだった。もちろん、未来なりに好みというものはあったが、それだって色だとか着心地だとかの問題であって、ブランドや細かな違いを気にしたことはなかった。
せいぜい、あんまりカジュアルなのよりは、ちょっとかっちりした方が好きとか、そう言った程度だ。それだって、スーツ姿の父親の背中を見て育ったからという以上の意味はない。
そんな二人なので、ファッションの話は全く分からない。
なので発想だか何だか知らないが手助けはできそうにない。
などということを顔色から察するまでもなく、そもそも冒険屋にそんなことを期待するつもりはないようで、ロザケストは気にした風もなく話を進めた。
「普通に暮らしてると、服なんてまあ大体同じようなもので、せいぜい襟巻の柄とか、根付の形とか、そのくらいだと思うのよね。親が作ったものを教わって、子供が作って、またその子供へって具合だもの。変わるわけないわ。それが普通なのよ」
基本的には、服というものは家で作るものである。
布を買い、糸と針で縫うのである。
農民ではほとんどそれ以外なく、町民でも、せいぜい襟巻や帯などを買うくらいで、服は作るか、古着屋で買う。
では仕立屋に来る客はと言えば、ある程度のお金持ちや、貴族になる。
必然的に、それらは民衆と同じようであってはならない。
より高価で、より美しく、より新奇なものでなければならない。
ある一線を越えると、服は物理的に身を護るものから、ステータスを示す武器に代わるのだ。
布をたくさん用い、難しい色染めを行い、希少な素材を使い、意匠に凝る。
それが他の服よりも素晴らしいと判断されれば、既存の服は陳腐化し、より新しい形が求められる。
その繰り返しの結果が常人からは意味の分からない、珍妙なデザインのたぐいだ。
ロザケストは西部の伝統的衣装である、古典的遊牧民風の衣服と、現代風の衣服との融合によってスプロ男爵の歓心を買い、御用達の称号を得た。
帝都での社交界で、この新古の入り混じったデザインが話題になり、一時期ブームとなったからだ。
それ以降も、ロザケストは常に新しいファッションを求め、試してきた。
それがいつも成功し話題になるわけではなかったが、しかし一定の評価は得続けてきた。
西部の田舎者がそれなりの評価を受けるというのは、称賛にたる偉業である。
だが、それ以上は、難しい。
一度は目新しさから流行を勝ち取った。
しかし、新古の融合という発想は、その後誰もが真似するところとなり、いまや陳腐化も甚だしい。
同じ手は通じない。
帝国の流行の発信地は、当然の如くに、帝都である。
財力と人脈を持つ貴族と富豪が集い、各地から様々な支那や情報が集まり、最新の技術がそれらを組み合わせて流行を作り出す。
そもそもの土台としての強さが違うのだから、生半のことでは手も足も出るものではない。
しかも帝都はいまもなお発展を続ける生き物だ。
国立の縫製工場なるものが建ち、規格化された商品が大量生産され始めると、衣服というものに関する民衆の考え方も変わってきた。
比較的安価で質の良い衣服が手に入る。そしてそれらは種類が豊富で、一通りではない。
オーダーメイドでただ一つの服を作り出すことだけでなく、多種多様な部分を組み合わせて、自分だけの着こなしを追求するコーディネートが可能になった。
いまはまだ、上流階級はオーダーメイド、一般都民が既製品という枠組みではあるが、それもどう転ぶか分かったものではない。
技術だけでなく、デザインの種類にも大きく幅ができ始めていた。
各地で活動する超皇帝をはじめとした斬新なパフォーマンス集団は、公演の度に新奇なデザインを発表し、そしてそれはすぐに熱狂する民衆たちによって流行の波に乗る。
工場はそれらを取り入れた既製品を大量生産し始め、それらの組み合わせから新たなファッションが生まれる。
いまやデザイナーのライバルは同じデザイナーだけではなかった。民衆から生まれる流行の波は、無視できない強大なものとなっていた。
流行り廃りは以前より早く、そして大きなものとなっていた。
奇抜なファッションが入れ代わり立ち代わりに現れては消え、そして確実にデザインの歴史に積み重ねられていた。
ロザケストも流行には敏感に触角を伸ばしている。
しかし、それでも、地方の人間にはとてもそれに追いつけない。
そもそも、帝都の人間でさえ、流されまいとすることに精一杯なのだ。
定期的に購読している情報誌は、各号ごとに矛盾と混乱を積み上げているようでさえあった。
流行の中心とそれを受け取る側。
流行を作る側とそれを追いかける側。
これではどれだけ努力しようと、速度が違いすぎる。
「西部の中だけなら、問題はないわ。でも、貴族や金持ちってのはそうもいかないの。流行外れの格好で帝都に出向いたら、面子にかかわる。帝都から来た連中に時代遅れの格好見せたら、見下される。わかるでしょ?」
時代に取り残されかけていたMMORPGにはまり込んでいたような、ファッションにも流行にも疎い二人には正直なところあまりわからない話であったが、こういうときはよくわかりますという顔をしておくのがいい。
別に会議の内容は聞いていなくていいのだ、と紙月は未来に教えている。
大体の会議は最初から方向性が決まっているので、主流っぽい意見に頷いておけばいい。
意見を求められたときは、質問に質問で返す方向で煙に巻くのだ。
「冒険屋だって、みすぼらしい格好して、弱そうな武器持ってたら、依頼人に足元見られるでしょ? 同じことよ」
冒険屋の二人にわかりやすいようにということか、ロザケストはそのようなたとえも持ってきてくれたが、なにしろ一般冒険屋と違って、ほとんど最初から殿様商売やってる二人である。ご縁のない話であった。
だがたとえ実感のわかない所であっても、もっともらしく頷いて、それから?という顔で次を促すのだ。
相手は理解が得られたと思い、話が早いと次に進んでくれる。
「正直、いまの流行に流されっぱなしの業界って良くないと思うのよね。そりゃ、流行ってのは何事にもあるわ。あたしらだってそれを商売のタネにしてるし、伝統をさらによい物へ発展させる動力でもあると思う。でもいまの流行り廃りってのは、流れに乗ってるんじゃなくて、流されてるだけだもの。わかる?」
「ええ」
「思うに、一度にいろんなものがわっと溢れ出しちゃったものだから、一つ一つ確かめる前に、次から次へと流れてくるものに対応するのが精いっぱいで、その意味を考えることができてないのよ。ある種の革命ってやつなのかしらね。革命も善し悪しよ。時にはひっくり返すことも大事だけど、そうでないことの方が多いわ。そうじゃない?」
「そうかもしれません」
「何年か、何十年か、きっと時間がたてば、この混乱の嵐は収まって、落ち着いてよくよく見返す時代が来るでしょうね。でもそれを待っていることはできないの。ただ新しいっていうだけの薄っぺらな流行に芸術が負けるわけにはいかないし、仕立屋としての矜持が我慢ならないし、それに、一番切実な話、出資者である男爵のご機嫌伺いしないといけないもの」
「ごもっとも」
立て板に水のようにべらべらと語り続けるロザケストに、紙月は落ち着いて相槌を打った。
未来などはそれをさもできる大人か何かのようだと感心しているが、実際には半分も内容を理解していないし、する気もない。
そしてロザケストの方でも意味や中身のある話をしているわけではない。これは実務の話ではなく意義の話をしているからだ。どう思っているかということでしかない。説明のようでいて説明ではない。
何を話しているかというのは、本人にとっては大事かもしれないが、しかし場にとっては何かを話したということだけが大事で、中身はさほどでもない。大事なのは枠だ。外側だ。
会議で大事な部分というのは、基本的に最初か最後に述べられるものだ。
ロザケストは乳茶で喉を潤し、一息ついた。
「なんだったかしら。ええと、そう、薄っぺらな流行に負けない、強い意匠、強い発想、強い流行を作りたいのよ。帝都が混乱しているなら、その横合いからガツンと殴りつけてやりたいの」
つまり、話は最初に戻ってくる。
もう一度帝都で話題になるような流行を作りたい、というところに。
これはただでさえ簡単なことではないが、現状ではもっと難しい、というのが長々と話したところの要点だろう。
確認が済んだところで、実務の話だ。
「売れるには力がいるわ。多少の流行り廃りじゃ揺るがない、はっきりとわかる新奇さ。そして、名前よ」
そのために、多彩で見栄えもいい魔法の装備の数々と、《魔法の盾》の名前を貸してほしいのだという。
用語解説
・工場
帝国での産業と言えば、もっぱら職人とその工房による個人レベルの手工業だった。
しかし工房の吸収合併、組合の主導による組織的分業などが急激に推し進められ、工場が成立。
作業効率が上昇し、生産能率は飛躍的に向上。
国家の承認および推進もあり、複数の分野で工場が建てられ、帝都の産業は急速に発展した。
しかし同時に、工場に所属しない職人たちが淘汰されたり、同時期に多様な商品が溢れかえることで価値観の混乱・崩壊が見られるなど、いいことばかりではない。
法整備もまだなので、問題が多い。
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