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第十二章 アイブ・ゴット・ユー・アンダー・マイ・スキン
第十二話 けもの
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前回のあらすじ
熊木菟の縄張りに侵入した三人。
果たしてどこからやってくるのか……。
「なんしろ三メートルはあるバケモンだ。近寄りゃ必ずわかるはずだ」
「油断はするなよ。森の暗殺者なんだろ」
「うまく見つけられればいいけど」
三人はゆっくりと回りながら、周囲に視線を巡らせた。一人一人では見落としてしまうかもしれなくても、三人で少しずつ視点を変えていけば、必ず違和感に気付くはずである。
まして相手は三メートルの巨体である。気づかない方がおかしい。
とはいえ、まだそこまで近くにはいないのか、それらしき姿は視界に入ってこなかった。
その代わりに、いままでちらほらと見えていた兎や栗鼠といった小動物たちの気配も待たなくなっている。熊木菟の脅威を人間以上に敏感に感じ取って、姿を消したのだろうか。
ただ無音であるという、本来であれば平穏を指し示す静けさが、かえって息苦しさすら感じさせる重圧となって三人を襲った。
お互いの声どころか、自分の息遣いすら聞こえないのである。
静寂はやがて自分の内側の音を際立たせ始めた。本来聞こえることも意識することもない音色が騒がしく感じられてきた。
緊張にきしむ筋肉の音、不自然に高鳴る鼓動、やがては耳の奥を流れる血流の音さえもが明確に聞こえ始めていた。
ごくり、と喉の奥でつばを飲み込む音が、喉を、顎を、骨を伝わって全身に響くような気さえした。
耳鳴りがするほどの静けさの中で、体中の音という音が騒がしく聞こえていた。
だがそんな騒がしささえも、慣れていくにつれてやがて意識の中から排除されていった。
先ほどまではあんなにも騒がしかった筋肉は鳴りを静め、骨同士のこすれ合う音がぴたりとやみ、かすかに鼓動ばかりが振動として意識されたが、それさえも、些細なものだった。
ぞっとするほどの静寂は、三人に異様な緊張を強いた。
わーっと叫びたくなるほどの重苦しさが、しかし逃れることもできない重圧として、のしかかっていた。
十秒たった。
三分たった。
いや、それとももう十分はたつのだろうか。
あるいは、一時間……?
時間の感覚さえもおかしくなるような重圧の中で、寒さにもかかわらず冷や汗が顎を伝って落ちた。
もしかすると、襲ってこないのではないか。
相手もこちらに気付いておらず、たまたま領域に足を踏み入れただけなのではないか。
このまま、すれ違っていってしまうのではないだろうか。
短い、しかし少なくともそのように思い始めるほどの時間は、三人の精神を恐ろしいまでに痛めつけていた。
(……そんなに、巨大な生き物が近づいて、わからないってことあるのかな……)
自分達は警戒しすぎなのではないだろうか。
もっとリラックスして待ち構えた方が、体力の消耗が少ないのではないだろうか。
一瞬。
一瞬とはいえそんな考えに視線が落ちかけ、未来は、はっと顔を上げた。
いけない。
そんな考えでは、実際に熊木菟が近づいてきた時に対処などできはしない。
しっかりと、顔を上げ、て、
「……………」
(…………え?)
そこに巨大なフクロウの顔があった。
木立からのっそりと顔を出した、巨躯があった。
ともすれば木立と見間違いかねないほど自然に、それはそこに佇んでいた。
(え……あ……?)
まるで百年も前からそこにいたように、熊木菟はそこに佇んでいた。
距離にして十メートルもない。
それと、いま、未来は目が合っていた。
合っていたにもかかわらず、咄嗟のことに、そう、余りにも咄嗟のことに未来は動けずにいた。
もうずっと待ち構えていたにも関わらず、それはあまりにも突然だった。
つい、と熊木菟の右腕が軽く持ち上がった。
それは話に聞いていた挙動よりもずっと小さなものだった。
だが瞬間、研ぎ澄まされたような鋭い殺気に、未来は動いていた。
「う、うぉぉおおおおおおおおおッ!?」
「なんっ、なんだっ!?」
「なんだべっ!?」
いまだその存在に気付いていない二人を咄嗟に背にかばい、未来は盾を構え、その瞬間にはもう、熊木菟の放った強烈な空爪が直撃していた。
しっかりと腰を落として構えたわけではないとはいえ、《楯騎士》の重厚な全身が、一瞬衝撃に持ち上がり、落ちた。
「出たッ! 奴だッ! もうそこまで近づいてるッ!」
「馬鹿な、こんな近くまで……ッ!」
「魔女どん! 構えろ!」
未来は改めて腰を落として構えた。
その構えた盾に、まるで大砲でも撃ち込んできたような空爪がぶちあたり、凄まじい轟音を立てる。
轟音。そうだ。音が戻ってきている。
奇襲をあきらめ、押しつぶすつもりでいるのだ。
普通の熊木菟の空爪は、大きく腕を振り上げ、放り投げるようなフォームから放たれる。
だがこの老獪な熊木菟は、風精に意志だけで目的を伝え、僅かな腕の振りで強烈な空爪を連発してくるのだった。
遠距離からの、空気での攻撃だというのに、その一撃一撃は地竜の体当たりを思い起こさせるほどに凶悪だった。
「《タワーシールド・オブ・サラマンダー》!!」
それに対して、未来は火属性の盾を張る。
《エンズビル・オンライン》において、風は木属性。風は炎をあおり、より強くする。
炎を模した《赤金の大盾》が、激しい炎に包まれて燃え上がる。
盾を雪に突き刺し、どっしりと構えた未来のその背中に、するりと紙月が駆け上る。
「《火球》!!」
最も慣れた、最も熟練度の高い魔法が、続けざまに何発も熊木菟に放たれる。
しかし敵もさるもの、その恐ろしく鋭い眼はたやすく火球を回避して見せる
「なら避けられねえようにするまでよ!」
紙月は全く懲りずに《火球》を連打する。
いや、違う。
その目的は熊木菟本体ではない。
熊木菟自身にもそう思わせながら、実際に狙うのはその足元の雪である。
強烈な熱に、雪は急速に溶かされ、足元を一気にぬかるませる。
熊木菟の巨体が、そのぬかるみに足を取られた。
「今だっ!」
本命の火球が熊木菟を狙うが、今度は身にまとう風精がこれを強引にそらせて弾く。
「ありゃ天然の矢避けの加護だ! 生半じゃ徹らねえだ!」
年経た魔獣は危険度が一つ二つ上がるくらいは珍しくないというが、この熊木菟は間違いなくその手合いであった。
乙種どころか、甲種に踏み込んでいる。
そこらの冒険屋たちが束で挑んでも、全滅すること必至な化け物である。
それでも数撃てばと《火球》を連発する紙月であったが、やはり火では、質量が足りない。身にまとう風精、矢避けの加護に弾かれるだけでなく、攻撃として繰り出される空爪にも押し負けている。
「《火球》じゃダメか……なら、木には金だ」
「紙月」
「未来、頼めるか」
「よしきた」
紙月が魔力をため始めると、それを敏感に察した熊木菟は、これを警戒し、またこの隙を機として、一気に突進をかましてきた。
熊木菟にとって十メートルなどほんの数歩の距離である。
瞬く間に熊木菟は未来へと飛び掛かり、組み付いた。
その強烈な前足の一撃を、未来は何とか衝撃を受け流すことでこらえたが、しかし純粋に重さが違う。パワーが違う。
鎧の中身は子供でしかない未来が、中までみっしりと肉の詰まった熊木菟と組みあえば、どうしても重さで負ける。
重さで負ければ、押し負ける。
「くっ……《金城鉄壁》!!」
それをどうにかして見せるのが、《楯騎士》の腕の見せ所だ。
しっかり組み付き、相手を放さないように押さえ込んだまま、未来は防御力強化の《技能》を用いる。
これは単に打たれ強くなるというだけの《技能》ではない。自分は動けなくなる代わりに、文字通り鉄壁をその身で体現するのである。
炎が一層赤々と燃えあがり、熊木菟の身にまとう風精と争う。
未来が押せば、炎が熊木菟の羽を焼く。
熊木菟が押せば、風が未来の炎をかき消しにかかる。
未来はこれを耐えきればよい。
熊木菟はこれを押し切らねばならない。
危険なほど急速に、熊木菟のもとに風精が集まりつつあった。
それはかつて地竜と争った時、あと一歩で押し切られそうになった、咆哮と同じほどの高まりである。
「まずい、か、も……!」
「右肩下げれ」
低い声に咄嗟に未来が肩を下げると、ぬるりと割り込んだ弓が、至近距離から熊木菟の左目に矢を射かけた。
ヒバゴノである。
攻撃に風精を集めていた瞬間であり、また未来にだけ意識を集中していた隙もあり、矢は狙い過たず左目を射抜き、熊木菟を大いにのけぞらせた。
「もういいぜ」
そしてその瞬間である。
「《金刃》!」
天を突くような巨大な剣が熊木菟の足元から伸び、その刃は鋭く全身を真っ二つに切り裂いたのであった。
ため込んだ風精が爆発的に爆ぜ、森の木々という木々をびりびりと震わせ、そして止んだ。
過剰に魔力を詰め込まれた刃は、紙月の集中が途切れると同時にほろほろと燐光を放って崩れ去っていく。
そしてそれに切り裂かれた熊木菟の体も、思い出したようにゆっくりと倒れ伏していくのだった。
「………ッ」
「………やった、だか……?」
「これで生きてりゃ、ほんとにバケモンだが……」
ヒバゴノがそっと歩み寄り、真っ二つの死体を検めた。
どんな生き物であれ、こうまできれいに二つにおろされては、まず間違いなく致命傷である。
「やった……」
「やっただな……」
「やった……うぉー! やったぞー!」
叫ぶ紙月を、落雪が襲い、埋めた。
用語解説
・矢避けの加護
風精と親和性の高いものが行使する加護。高速、または敵意をもって飛来する飛翔物に干渉し、その軌道を逸らすことで使用者を守る。
熊木菟の縄張りに侵入した三人。
果たしてどこからやってくるのか……。
「なんしろ三メートルはあるバケモンだ。近寄りゃ必ずわかるはずだ」
「油断はするなよ。森の暗殺者なんだろ」
「うまく見つけられればいいけど」
三人はゆっくりと回りながら、周囲に視線を巡らせた。一人一人では見落としてしまうかもしれなくても、三人で少しずつ視点を変えていけば、必ず違和感に気付くはずである。
まして相手は三メートルの巨体である。気づかない方がおかしい。
とはいえ、まだそこまで近くにはいないのか、それらしき姿は視界に入ってこなかった。
その代わりに、いままでちらほらと見えていた兎や栗鼠といった小動物たちの気配も待たなくなっている。熊木菟の脅威を人間以上に敏感に感じ取って、姿を消したのだろうか。
ただ無音であるという、本来であれば平穏を指し示す静けさが、かえって息苦しさすら感じさせる重圧となって三人を襲った。
お互いの声どころか、自分の息遣いすら聞こえないのである。
静寂はやがて自分の内側の音を際立たせ始めた。本来聞こえることも意識することもない音色が騒がしく感じられてきた。
緊張にきしむ筋肉の音、不自然に高鳴る鼓動、やがては耳の奥を流れる血流の音さえもが明確に聞こえ始めていた。
ごくり、と喉の奥でつばを飲み込む音が、喉を、顎を、骨を伝わって全身に響くような気さえした。
耳鳴りがするほどの静けさの中で、体中の音という音が騒がしく聞こえていた。
だがそんな騒がしささえも、慣れていくにつれてやがて意識の中から排除されていった。
先ほどまではあんなにも騒がしかった筋肉は鳴りを静め、骨同士のこすれ合う音がぴたりとやみ、かすかに鼓動ばかりが振動として意識されたが、それさえも、些細なものだった。
ぞっとするほどの静寂は、三人に異様な緊張を強いた。
わーっと叫びたくなるほどの重苦しさが、しかし逃れることもできない重圧として、のしかかっていた。
十秒たった。
三分たった。
いや、それとももう十分はたつのだろうか。
あるいは、一時間……?
時間の感覚さえもおかしくなるような重圧の中で、寒さにもかかわらず冷や汗が顎を伝って落ちた。
もしかすると、襲ってこないのではないか。
相手もこちらに気付いておらず、たまたま領域に足を踏み入れただけなのではないか。
このまま、すれ違っていってしまうのではないだろうか。
短い、しかし少なくともそのように思い始めるほどの時間は、三人の精神を恐ろしいまでに痛めつけていた。
(……そんなに、巨大な生き物が近づいて、わからないってことあるのかな……)
自分達は警戒しすぎなのではないだろうか。
もっとリラックスして待ち構えた方が、体力の消耗が少ないのではないだろうか。
一瞬。
一瞬とはいえそんな考えに視線が落ちかけ、未来は、はっと顔を上げた。
いけない。
そんな考えでは、実際に熊木菟が近づいてきた時に対処などできはしない。
しっかりと、顔を上げ、て、
「……………」
(…………え?)
そこに巨大なフクロウの顔があった。
木立からのっそりと顔を出した、巨躯があった。
ともすれば木立と見間違いかねないほど自然に、それはそこに佇んでいた。
(え……あ……?)
まるで百年も前からそこにいたように、熊木菟はそこに佇んでいた。
距離にして十メートルもない。
それと、いま、未来は目が合っていた。
合っていたにもかかわらず、咄嗟のことに、そう、余りにも咄嗟のことに未来は動けずにいた。
もうずっと待ち構えていたにも関わらず、それはあまりにも突然だった。
つい、と熊木菟の右腕が軽く持ち上がった。
それは話に聞いていた挙動よりもずっと小さなものだった。
だが瞬間、研ぎ澄まされたような鋭い殺気に、未来は動いていた。
「う、うぉぉおおおおおおおおおッ!?」
「なんっ、なんだっ!?」
「なんだべっ!?」
いまだその存在に気付いていない二人を咄嗟に背にかばい、未来は盾を構え、その瞬間にはもう、熊木菟の放った強烈な空爪が直撃していた。
しっかりと腰を落として構えたわけではないとはいえ、《楯騎士》の重厚な全身が、一瞬衝撃に持ち上がり、落ちた。
「出たッ! 奴だッ! もうそこまで近づいてるッ!」
「馬鹿な、こんな近くまで……ッ!」
「魔女どん! 構えろ!」
未来は改めて腰を落として構えた。
その構えた盾に、まるで大砲でも撃ち込んできたような空爪がぶちあたり、凄まじい轟音を立てる。
轟音。そうだ。音が戻ってきている。
奇襲をあきらめ、押しつぶすつもりでいるのだ。
普通の熊木菟の空爪は、大きく腕を振り上げ、放り投げるようなフォームから放たれる。
だがこの老獪な熊木菟は、風精に意志だけで目的を伝え、僅かな腕の振りで強烈な空爪を連発してくるのだった。
遠距離からの、空気での攻撃だというのに、その一撃一撃は地竜の体当たりを思い起こさせるほどに凶悪だった。
「《タワーシールド・オブ・サラマンダー》!!」
それに対して、未来は火属性の盾を張る。
《エンズビル・オンライン》において、風は木属性。風は炎をあおり、より強くする。
炎を模した《赤金の大盾》が、激しい炎に包まれて燃え上がる。
盾を雪に突き刺し、どっしりと構えた未来のその背中に、するりと紙月が駆け上る。
「《火球》!!」
最も慣れた、最も熟練度の高い魔法が、続けざまに何発も熊木菟に放たれる。
しかし敵もさるもの、その恐ろしく鋭い眼はたやすく火球を回避して見せる
「なら避けられねえようにするまでよ!」
紙月は全く懲りずに《火球》を連打する。
いや、違う。
その目的は熊木菟本体ではない。
熊木菟自身にもそう思わせながら、実際に狙うのはその足元の雪である。
強烈な熱に、雪は急速に溶かされ、足元を一気にぬかるませる。
熊木菟の巨体が、そのぬかるみに足を取られた。
「今だっ!」
本命の火球が熊木菟を狙うが、今度は身にまとう風精がこれを強引にそらせて弾く。
「ありゃ天然の矢避けの加護だ! 生半じゃ徹らねえだ!」
年経た魔獣は危険度が一つ二つ上がるくらいは珍しくないというが、この熊木菟は間違いなくその手合いであった。
乙種どころか、甲種に踏み込んでいる。
そこらの冒険屋たちが束で挑んでも、全滅すること必至な化け物である。
それでも数撃てばと《火球》を連発する紙月であったが、やはり火では、質量が足りない。身にまとう風精、矢避けの加護に弾かれるだけでなく、攻撃として繰り出される空爪にも押し負けている。
「《火球》じゃダメか……なら、木には金だ」
「紙月」
「未来、頼めるか」
「よしきた」
紙月が魔力をため始めると、それを敏感に察した熊木菟は、これを警戒し、またこの隙を機として、一気に突進をかましてきた。
熊木菟にとって十メートルなどほんの数歩の距離である。
瞬く間に熊木菟は未来へと飛び掛かり、組み付いた。
その強烈な前足の一撃を、未来は何とか衝撃を受け流すことでこらえたが、しかし純粋に重さが違う。パワーが違う。
鎧の中身は子供でしかない未来が、中までみっしりと肉の詰まった熊木菟と組みあえば、どうしても重さで負ける。
重さで負ければ、押し負ける。
「くっ……《金城鉄壁》!!」
それをどうにかして見せるのが、《楯騎士》の腕の見せ所だ。
しっかり組み付き、相手を放さないように押さえ込んだまま、未来は防御力強化の《技能》を用いる。
これは単に打たれ強くなるというだけの《技能》ではない。自分は動けなくなる代わりに、文字通り鉄壁をその身で体現するのである。
炎が一層赤々と燃えあがり、熊木菟の身にまとう風精と争う。
未来が押せば、炎が熊木菟の羽を焼く。
熊木菟が押せば、風が未来の炎をかき消しにかかる。
未来はこれを耐えきればよい。
熊木菟はこれを押し切らねばならない。
危険なほど急速に、熊木菟のもとに風精が集まりつつあった。
それはかつて地竜と争った時、あと一歩で押し切られそうになった、咆哮と同じほどの高まりである。
「まずい、か、も……!」
「右肩下げれ」
低い声に咄嗟に未来が肩を下げると、ぬるりと割り込んだ弓が、至近距離から熊木菟の左目に矢を射かけた。
ヒバゴノである。
攻撃に風精を集めていた瞬間であり、また未来にだけ意識を集中していた隙もあり、矢は狙い過たず左目を射抜き、熊木菟を大いにのけぞらせた。
「もういいぜ」
そしてその瞬間である。
「《金刃》!」
天を突くような巨大な剣が熊木菟の足元から伸び、その刃は鋭く全身を真っ二つに切り裂いたのであった。
ため込んだ風精が爆発的に爆ぜ、森の木々という木々をびりびりと震わせ、そして止んだ。
過剰に魔力を詰め込まれた刃は、紙月の集中が途切れると同時にほろほろと燐光を放って崩れ去っていく。
そしてそれに切り裂かれた熊木菟の体も、思い出したようにゆっくりと倒れ伏していくのだった。
「………ッ」
「………やった、だか……?」
「これで生きてりゃ、ほんとにバケモンだが……」
ヒバゴノがそっと歩み寄り、真っ二つの死体を検めた。
どんな生き物であれ、こうまできれいに二つにおろされては、まず間違いなく致命傷である。
「やった……」
「やっただな……」
「やった……うぉー! やったぞー!」
叫ぶ紙月を、落雪が襲い、埋めた。
用語解説
・矢避けの加護
風精と親和性の高いものが行使する加護。高速、または敵意をもって飛来する飛翔物に干渉し、その軌道を逸らすことで使用者を守る。
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