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第八章 スタンド・バイ・ミー
第九話 中断
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前回のあらすじ
衛藤未来一世一代の物語は無事閉幕。
お粗末様でした。
「ああ、もうこんな時間か」
日はもうすっかり高く上り、未来のお腹は空腹を訴え始めていた。
「よし、じゃあみんなお昼ご飯にしておいで。食べ終わったらまたおいで」
「うん!」
「またなー!」
子供たちはクリスに促されて、すきっ腹を抱えてどたばたと元気良く去っていった。
スプロは小さな町ではあるがそれでも十分発展した街で、農民ならばともかく町民ともなれば一日三食が普通だった。勿論豪勢な食事がいつもいつでも摂れるという訳ではなかったが。
子供たちが走り去り、ようやく解放されたかと未来は大きくため息をついた。
正直なところ、子供たちの相手は、途中から少し楽しくなってきていたとはいえ、疲れるものだった。
なにしろ彼らは恐ろしくエネルギッシュだ。
小学校でもどちらかと言えば大人しい方で、ボールを蹴って遊ぶより本を読んでいる方が好きだった未来だ。ここまでぐいぐい来られることはあまり慣れず、結構気疲れする。
それに子供たちに合わせたものの言い方をするのは、存外頭を使った。
普段から大人に囲まれていることもあっただろうし、もともとの小学校での教育というものがこちらの教育より進んでいたせいもあるだろう。
まして自分からよく本を読んでいた未来はもともと他の子供より語彙が多い方だった。
それが通じると思って話していても結構な割合でどういう意味なのかと尋ね返されることが多く、最終的には自分より学年が下の子供を相手にするつもりで、柔らかく易しい言葉を選んで語ったものだ。
その点、紙月との会話は楽だった。
紙月の方が大人で、語彙力もあって、紙月の扱う単語がわからない時はあっても、その逆というものはなかった。わかりやすい言葉を考えて探す必要がなかった。
「僕、もう子供じゃ満足できない体にされちゃったんだなあ」
聞く人が聞けば極めて深刻な問題になりかねない発言をサラッと吐き捨てて、未来はまた溜息をついた。
今日溜息が多い。
溜息をしただけ幸福が逃げていくという話もあるし、このあたりで気持ちを切り替えよう。
未来はのっそりとぼろ屋を出て、昼飯でも買いに行こうと、
「待って!」
したかったのだが、クリスにがっしりと肩をつかまれた。
正直なところクリス程度の駆け出し冒険屋くらいなら装備品のない素のステータスであろうと何の問題もなく振り払えるのだが、さすがにそれをするのも大人げない気はする。
渋々振り向けば、何やら目をキラキラと輝かせたクリスがこちらを覗き込んできて、未来は思わずのけぞった。近い。距離が近い。いったい何が彼の琴線に触れたというのだろうかというくらい、目が輝いている。
「……なに?」
「いやあ、ミライ、君があんなに話上手だとは思わなかったよ!」
おほめ頂きありがとうございます。
というか話下手っぽいと思ってたなら話を振るな。
そして今僕はお腹が減っていて気が立っているので話は早めに済ませてくれ。
そのような意思を込めたまなざしはしかし浮かれたクリスには届かなかったようで、あの話が素晴らしかった、この話はもっと詳しく聞いてみたい、いったいどこでこんな話を聞いてきたんだいなどと実に騒がしい。
「もしかして君、冒険屋事務所に出入りしてたりするのかい?」
「あー……まあ」
「どこの事務所? もしかして……」
「あー、うん。《巨人の斧冒険屋事務所》にお世話になってる」
「やっぱり!」
まあ、嘘はついていない。冒険屋として世話になっているということを省いただけだ。
一層目を輝かせるクリスに、より一層の面倒くささを感じ始めた未来は、そろそろ空腹が限界だし放して欲しいんだけどという意思をまなざしに乗せてみたが、もちろんこれもクリスには届かなかった。
「じゃ、じゃあさ、もしかして、もしかしてなんだけど!」
「なにさ」
「も、森の魔女とも知り合いなのかな!?」
「あー、一応」
「本当に!? うわぁ! すごい!」
食いつかんばかりの勢いに、ああなるほど、と未来は思い至った。
要するにクリスは、先ほどの話から自分が森の魔女に近しいことを察して取って、憧れの冒険屋の知り合いという価値を自分に見出したわけだ。
なにしろほとんど伝説のように語られている冒険屋である。
クリスのような駆け出し冒険屋が憧れを抱いても仕方のない話である。
「実はちょっと見かけたことがあって、と言っても遠めに見ただけなんだけど、市を見て回っているところをね」
「へえ」
「盾の騎士もすごく格好いいんだけど、やっぱり森の魔女はとてもきれいで素敵でさ、あんなに細いのに数々の冒険をこなすなんて、ほんとすごいよ!」
「全くだね」
クリスの言うことは実に全くだと未来は頷いた。
紙月はとてもきれいだし、素敵だし、あんなに細いのにとても頼りになるのだった。
「だからさ、僕もお近づきになりたくって、よかったら紹介してくれないかな!」
未来はこの素直な少年ににっこりと笑いかけた。
「嫌だよ」
用語解説
・「嫌だよ」
全身全霊の拒否である。
衛藤未来一世一代の物語は無事閉幕。
お粗末様でした。
「ああ、もうこんな時間か」
日はもうすっかり高く上り、未来のお腹は空腹を訴え始めていた。
「よし、じゃあみんなお昼ご飯にしておいで。食べ終わったらまたおいで」
「うん!」
「またなー!」
子供たちはクリスに促されて、すきっ腹を抱えてどたばたと元気良く去っていった。
スプロは小さな町ではあるがそれでも十分発展した街で、農民ならばともかく町民ともなれば一日三食が普通だった。勿論豪勢な食事がいつもいつでも摂れるという訳ではなかったが。
子供たちが走り去り、ようやく解放されたかと未来は大きくため息をついた。
正直なところ、子供たちの相手は、途中から少し楽しくなってきていたとはいえ、疲れるものだった。
なにしろ彼らは恐ろしくエネルギッシュだ。
小学校でもどちらかと言えば大人しい方で、ボールを蹴って遊ぶより本を読んでいる方が好きだった未来だ。ここまでぐいぐい来られることはあまり慣れず、結構気疲れする。
それに子供たちに合わせたものの言い方をするのは、存外頭を使った。
普段から大人に囲まれていることもあっただろうし、もともとの小学校での教育というものがこちらの教育より進んでいたせいもあるだろう。
まして自分からよく本を読んでいた未来はもともと他の子供より語彙が多い方だった。
それが通じると思って話していても結構な割合でどういう意味なのかと尋ね返されることが多く、最終的には自分より学年が下の子供を相手にするつもりで、柔らかく易しい言葉を選んで語ったものだ。
その点、紙月との会話は楽だった。
紙月の方が大人で、語彙力もあって、紙月の扱う単語がわからない時はあっても、その逆というものはなかった。わかりやすい言葉を考えて探す必要がなかった。
「僕、もう子供じゃ満足できない体にされちゃったんだなあ」
聞く人が聞けば極めて深刻な問題になりかねない発言をサラッと吐き捨てて、未来はまた溜息をついた。
今日溜息が多い。
溜息をしただけ幸福が逃げていくという話もあるし、このあたりで気持ちを切り替えよう。
未来はのっそりとぼろ屋を出て、昼飯でも買いに行こうと、
「待って!」
したかったのだが、クリスにがっしりと肩をつかまれた。
正直なところクリス程度の駆け出し冒険屋くらいなら装備品のない素のステータスであろうと何の問題もなく振り払えるのだが、さすがにそれをするのも大人げない気はする。
渋々振り向けば、何やら目をキラキラと輝かせたクリスがこちらを覗き込んできて、未来は思わずのけぞった。近い。距離が近い。いったい何が彼の琴線に触れたというのだろうかというくらい、目が輝いている。
「……なに?」
「いやあ、ミライ、君があんなに話上手だとは思わなかったよ!」
おほめ頂きありがとうございます。
というか話下手っぽいと思ってたなら話を振るな。
そして今僕はお腹が減っていて気が立っているので話は早めに済ませてくれ。
そのような意思を込めたまなざしはしかし浮かれたクリスには届かなかったようで、あの話が素晴らしかった、この話はもっと詳しく聞いてみたい、いったいどこでこんな話を聞いてきたんだいなどと実に騒がしい。
「もしかして君、冒険屋事務所に出入りしてたりするのかい?」
「あー……まあ」
「どこの事務所? もしかして……」
「あー、うん。《巨人の斧冒険屋事務所》にお世話になってる」
「やっぱり!」
まあ、嘘はついていない。冒険屋として世話になっているということを省いただけだ。
一層目を輝かせるクリスに、より一層の面倒くささを感じ始めた未来は、そろそろ空腹が限界だし放して欲しいんだけどという意思をまなざしに乗せてみたが、もちろんこれもクリスには届かなかった。
「じゃ、じゃあさ、もしかして、もしかしてなんだけど!」
「なにさ」
「も、森の魔女とも知り合いなのかな!?」
「あー、一応」
「本当に!? うわぁ! すごい!」
食いつかんばかりの勢いに、ああなるほど、と未来は思い至った。
要するにクリスは、先ほどの話から自分が森の魔女に近しいことを察して取って、憧れの冒険屋の知り合いという価値を自分に見出したわけだ。
なにしろほとんど伝説のように語られている冒険屋である。
クリスのような駆け出し冒険屋が憧れを抱いても仕方のない話である。
「実はちょっと見かけたことがあって、と言っても遠めに見ただけなんだけど、市を見て回っているところをね」
「へえ」
「盾の騎士もすごく格好いいんだけど、やっぱり森の魔女はとてもきれいで素敵でさ、あんなに細いのに数々の冒険をこなすなんて、ほんとすごいよ!」
「全くだね」
クリスの言うことは実に全くだと未来は頷いた。
紙月はとてもきれいだし、素敵だし、あんなに細いのにとても頼りになるのだった。
「だからさ、僕もお近づきになりたくって、よかったら紹介してくれないかな!」
未来はこの素直な少年ににっこりと笑いかけた。
「嫌だよ」
用語解説
・「嫌だよ」
全身全霊の拒否である。
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