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第八章 スタンド・バイ・ミー
第六話 秘密基地
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前回のあらすじ
暇なときは碌なことが起きない。
秘密基地に拉致られる未来であった。
ガキンチョどももとい少年たちに引きずられてやってきた、彼ら曰くの「秘密基地」というのは、要は不動産屋が管理を半ば放棄している空き家のことだった。すでに大分老朽化していて、建て直すにも解体するにも費用が掛かるからそのまま放置されているといった具合のぼろ屋だった。
秘密などと言いながら堂々と正面玄関から侵入した少年たちは、居間らしきスペースに持ち込まれた粗大ごみもといソファや椅子でくつろいでいたお仲間に紹介された。
悪ガキどものリーダー格は、少し年かさの少年で、中学生くらいには見えた。
「やあ、新しい友達かい? 僕はクリストフェロ。クリスでいいよ」
「そういや、お前名前なに?」
「……未来だよ」
一応、名乗られたからには名乗り返すべきという最低限の礼儀意識が未来にそう名乗らせた。極めて面倒くさくてたまらないが故の端的な自己紹介だったが、彼らは未来を控えめな少年だと思ったらしい。それも上等な服を着ていることから、お金持ちの子供だと。
勧められた椅子は埃だらけだったが、まあこのぼろ屋自体が埃まみれなので、未来は軽く払う程度で、諦めて腰を下ろした。子供たちも各々に定位置なのだろう椅子にくつろいだ。
悪ガキどもは一人ひとり名乗った。
「俺はゴルドノ!」これは未来を拉致った子供だった。
「おいらセオドロ!」これは拉致共犯の子供だった。
「ぼ、ぼくはヴェルノ」これは秘密基地で待機していた子供だった。
正直なところ五分と経たずに忘れてしまいたかったが、中途半端に賢い未来の頭脳はしっかりと顔と名前を憶えてしまった。しばらくは忘れないことだろう。
「改めて、僕はクリス。《レーヂョー冒険屋事務所》の駆け出し冒険屋さ。よろしくミライ」
「……冒険屋?」
とっとと帰りたいなと思っているところに飛び込んできた思いがけない言葉に、未来が思わず目を瞬かせると、クリスは興味を引いたと感じたらしかった。
「そう、冒険屋さ。君も町で見かけたことがあるんじゃないかな」
「まあ、そりゃ」
同じ屋根の下で起居してるし何なら自分もそうだとは言わない。言っても面倒だ。
「君は……見たところ結構いいところの坊ちゃんなのかな」
「まあ、食べるのには不自由してないよ」
「そう言う物言いは実にそれっぽい」
暗に子供っぽい背伸びだと揶揄されたようで、いや、実際そうなのだろう、未来は鼻白んだ。興が冷めるというのならば最初から冷め切っているが、クリスの自分を子供扱いする姿勢にはあまりいい気持がしない。
紙月も時折未来を子供扱いする。しかしそれはあくまでも頼りになる相棒であるという信頼関係が前提としてあって、そのうちで軽いからかいとしてそうするだけだ。
勿論、未来は自分がまだまだ子供だということは理解している。至らないことばかりだ。何もできないと思うことばかりだ。だがそれと、自立しようとしている一人の人間を認めようとしないことは、全く別の問題だ。こういう考え方自体が子供っぽいんだろうなとは思いながらも、未来は不機嫌を殊更隠そうとはしなかった。
「お金持ちの子にはわからないかもしれないけど、普通の子供たちにとって冒険屋ってのは憧れの商売でね」
「憧れ?」
「商人の子は商人に、農民の子は農民に、でも次男、三男となると必ずしも親の後を継げるわけじゃない。そうなると、冒険屋って言うのはちょうどいい受け入れ先だ。それに、一獲千金の夢もある」
フムン、と未来は頷いた。
確かに事務所の冒険屋たちも、そういった出身のものが多い。というより、そう言った出身のものでなければあえて冒険屋になろうという手合いは少ない。結局冒険屋というものはやくざな仕事だ。安定した仕事の方がいいに決まっている。
もっとも、ちらっと見た子供たちの様子から、まあ憧れるのもわからないではない。
彼らの出身は似たようなものだろうが、しかしその中でクリスはきちんとした身なりをして、腰には剣も佩いている。血色も良く、栄養状態もいいのだろう。
それは貧しい家の次男坊や三男坊からしたら成功者の姿なのだ。
「僕は言ってみれば予備軍であるこいつらの面倒を見てるんだ」
「俺もクリスみてーに冒険屋になるんだ!」
「おいらも!」
「ぼ、ぼくも」
四人の様子を見て、なんとなく未来は察した。
多分この構造は昔からあるのだ。若い駆け出し冒険屋と、その予備軍である子供たち。
冒険屋の予備軍であるということは、結局食い扶持にあぶれて盗賊や物乞いになるかもしれない、その予備軍でもある。
そう言った連中が悪さをしないように見張る自浄作用でもあるのだろう、駆け出し冒険屋という存在は。
「大方君も暇してるんだろう? お家じゃ楽しめない刺激もある。一緒にどうだい?」
そしてクリスが未来を誘うのは、純粋に「退屈をしている子供を遊びに誘ってやっている」という気持ちと同時に、「金持ちの子供との縁を作っておきたい」という打算があってのことだろう。
どちらにしてもあまり気持ちのいいお誘いではない。
ゴルドノたちにしても、冒険屋予備軍とはいってもいかにも背伸びした子供たちの集まりにしか見えず、年相応、あるいは年齢以下の思慮しか感じられなかった。
「……わかった。付き合うよ」
それでも仕方がないと未来が頷いたのは、無下に断るのも大人げないし、暇つぶしに子守くらいしてやろうという気まぐれからだった。
用語解説
・クリストフェロ(Christophero)
《レーヂョー冒険屋事務所》の駆け出し冒険屋。
成人したばかりの十四歳。
・ゴルドノ(Gordono)
悪ガキその一。
・セオドロ(Theodoro)
悪ガキその二。
・ヴェルノ(Verno)
悪ガキその三。
・《レーヂョー冒険屋事務所》(Reĝo)
スプロの町に所在する冒険屋事務所の一つ。
荒事の得意な《巨人の斧冒険屋事務所》に比べると、どちらかと言えば平和的な雑事を得意とする、町の何でも屋さんのような存在。
暇なときは碌なことが起きない。
秘密基地に拉致られる未来であった。
ガキンチョどももとい少年たちに引きずられてやってきた、彼ら曰くの「秘密基地」というのは、要は不動産屋が管理を半ば放棄している空き家のことだった。すでに大分老朽化していて、建て直すにも解体するにも費用が掛かるからそのまま放置されているといった具合のぼろ屋だった。
秘密などと言いながら堂々と正面玄関から侵入した少年たちは、居間らしきスペースに持ち込まれた粗大ごみもといソファや椅子でくつろいでいたお仲間に紹介された。
悪ガキどものリーダー格は、少し年かさの少年で、中学生くらいには見えた。
「やあ、新しい友達かい? 僕はクリストフェロ。クリスでいいよ」
「そういや、お前名前なに?」
「……未来だよ」
一応、名乗られたからには名乗り返すべきという最低限の礼儀意識が未来にそう名乗らせた。極めて面倒くさくてたまらないが故の端的な自己紹介だったが、彼らは未来を控えめな少年だと思ったらしい。それも上等な服を着ていることから、お金持ちの子供だと。
勧められた椅子は埃だらけだったが、まあこのぼろ屋自体が埃まみれなので、未来は軽く払う程度で、諦めて腰を下ろした。子供たちも各々に定位置なのだろう椅子にくつろいだ。
悪ガキどもは一人ひとり名乗った。
「俺はゴルドノ!」これは未来を拉致った子供だった。
「おいらセオドロ!」これは拉致共犯の子供だった。
「ぼ、ぼくはヴェルノ」これは秘密基地で待機していた子供だった。
正直なところ五分と経たずに忘れてしまいたかったが、中途半端に賢い未来の頭脳はしっかりと顔と名前を憶えてしまった。しばらくは忘れないことだろう。
「改めて、僕はクリス。《レーヂョー冒険屋事務所》の駆け出し冒険屋さ。よろしくミライ」
「……冒険屋?」
とっとと帰りたいなと思っているところに飛び込んできた思いがけない言葉に、未来が思わず目を瞬かせると、クリスは興味を引いたと感じたらしかった。
「そう、冒険屋さ。君も町で見かけたことがあるんじゃないかな」
「まあ、そりゃ」
同じ屋根の下で起居してるし何なら自分もそうだとは言わない。言っても面倒だ。
「君は……見たところ結構いいところの坊ちゃんなのかな」
「まあ、食べるのには不自由してないよ」
「そう言う物言いは実にそれっぽい」
暗に子供っぽい背伸びだと揶揄されたようで、いや、実際そうなのだろう、未来は鼻白んだ。興が冷めるというのならば最初から冷め切っているが、クリスの自分を子供扱いする姿勢にはあまりいい気持がしない。
紙月も時折未来を子供扱いする。しかしそれはあくまでも頼りになる相棒であるという信頼関係が前提としてあって、そのうちで軽いからかいとしてそうするだけだ。
勿論、未来は自分がまだまだ子供だということは理解している。至らないことばかりだ。何もできないと思うことばかりだ。だがそれと、自立しようとしている一人の人間を認めようとしないことは、全く別の問題だ。こういう考え方自体が子供っぽいんだろうなとは思いながらも、未来は不機嫌を殊更隠そうとはしなかった。
「お金持ちの子にはわからないかもしれないけど、普通の子供たちにとって冒険屋ってのは憧れの商売でね」
「憧れ?」
「商人の子は商人に、農民の子は農民に、でも次男、三男となると必ずしも親の後を継げるわけじゃない。そうなると、冒険屋って言うのはちょうどいい受け入れ先だ。それに、一獲千金の夢もある」
フムン、と未来は頷いた。
確かに事務所の冒険屋たちも、そういった出身のものが多い。というより、そう言った出身のものでなければあえて冒険屋になろうという手合いは少ない。結局冒険屋というものはやくざな仕事だ。安定した仕事の方がいいに決まっている。
もっとも、ちらっと見た子供たちの様子から、まあ憧れるのもわからないではない。
彼らの出身は似たようなものだろうが、しかしその中でクリスはきちんとした身なりをして、腰には剣も佩いている。血色も良く、栄養状態もいいのだろう。
それは貧しい家の次男坊や三男坊からしたら成功者の姿なのだ。
「僕は言ってみれば予備軍であるこいつらの面倒を見てるんだ」
「俺もクリスみてーに冒険屋になるんだ!」
「おいらも!」
「ぼ、ぼくも」
四人の様子を見て、なんとなく未来は察した。
多分この構造は昔からあるのだ。若い駆け出し冒険屋と、その予備軍である子供たち。
冒険屋の予備軍であるということは、結局食い扶持にあぶれて盗賊や物乞いになるかもしれない、その予備軍でもある。
そう言った連中が悪さをしないように見張る自浄作用でもあるのだろう、駆け出し冒険屋という存在は。
「大方君も暇してるんだろう? お家じゃ楽しめない刺激もある。一緒にどうだい?」
そしてクリスが未来を誘うのは、純粋に「退屈をしている子供を遊びに誘ってやっている」という気持ちと同時に、「金持ちの子供との縁を作っておきたい」という打算があってのことだろう。
どちらにしてもあまり気持ちのいいお誘いではない。
ゴルドノたちにしても、冒険屋予備軍とはいってもいかにも背伸びした子供たちの集まりにしか見えず、年相応、あるいは年齢以下の思慮しか感じられなかった。
「……わかった。付き合うよ」
それでも仕方がないと未来が頷いたのは、無下に断るのも大人げないし、暇つぶしに子守くらいしてやろうという気まぐれからだった。
用語解説
・クリストフェロ(Christophero)
《レーヂョー冒険屋事務所》の駆け出し冒険屋。
成人したばかりの十四歳。
・ゴルドノ(Gordono)
悪ガキその一。
・セオドロ(Theodoro)
悪ガキその二。
・ヴェルノ(Verno)
悪ガキその三。
・《レーヂョー冒険屋事務所》(Reĝo)
スプロの町に所在する冒険屋事務所の一つ。
荒事の得意な《巨人の斧冒険屋事務所》に比べると、どちらかと言えば平和的な雑事を得意とする、町の何でも屋さんのような存在。
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