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第五章 フレンド・オブ・オール・チルドレン

第一話 どうにも、退屈

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前回のあらすじ
海賊を無事蹴散らし、魅惑の夏を楽しんだ一行であった。





 南部の海で海賊が氷漬けにされたとか火炙りにされたとか、どうにも過激な噂が世の中を騒がす一方で、《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》はやはりどうにも暇だった。

 実際には暇なのは一部だけで、多くの冒険屋たちはそれぞれにそれぞれの仕事にいそしんでいるわけなのだが、それはそれとして暇である一部にとってはやはり退屈というほかになかった。

「こう、さあ……普通の魔獣退治とかでいいんだけど、ダメかな」
「ぼくらすっかり危険物コンビ扱いされてるからねえ」

 事務所の広間でだらんとくつろいで見ていたりはするが、心は全く退屈のあまり落ち着きはしない。何しろ海賊退治からしばらく経つが、その間ずっと何も仕事が入ってこないのだ。

 ようやく冒険者章もでき、《魔法の盾マギア・シィルド》なる格好の良いパーティ名もつけてもらったのに、いまやそこそこ強い魔獣が出たとかではもう呼ばれもせず、顔を出そうものなら過剰暴力だの魔獣が哀れだの散々な言われようなのだった。

 紙月としても、自分がフルパワーで戦うような事態がそんなに何度もあってたまるかとは思いもするけれど、それはそれとして手ごろな運動もとい、気軽に受けられる依頼があってもいいのではなかろうかとも思う。折角の異世界なのだ、もうちょっと高難易度の任務がごろごろしていてもいいんじゃないかと思う。
 実際にその異世界で生活している側からしてみれば、紙月と未来に見合った依頼がごろごろしているようなそんな世界たまったものではないのだろうけれど。

 実際のところは、こうだった。
 つまり、最初こそ、地竜退治の件だって幼体だったからとか運がよかったからと考えていたらしい西部冒険屋組合も、二人が方々でやんちゃをするたびにその認識を改めてきているらしく、事務所のおかみであるアドゾがどうのというより、その上の大組合のほうで危険視されているらしく、依頼が制限されているのだった。

 いっそ組合の方で召し上げて、専属の冒険屋として縛ってしまってはどうかという意見もあったが、問題はだれが責任をもってこの二人を管轄下に置くかということだった。うまいこと運んでいるうちはいいかもしれないが、いつ爆発するかもわからないのである。
 それなら今のまま、《巨人の斧トポロ・デ・アルツロ冒険屋事務所》に押し付けてしまった方が楽でいいし、いざとなれば切り捨てるにも話が早い。

 アドゾの方でもそのあたりのことは何となく察しているので、腹こそ立つものの、表向きは大人しくしているのだった。
 まあ、それはそれでやっぱり腹が立つのは腹が立つので、そのうち適当な依頼を放り投げてやって、組合を慌てさせてやろうとか、逆に組合が押し付けてきた依頼を書類不備ではねてやろうかなどと考えていたりもするのだから、冒険屋の事務所など開いているやつに碌な連中はいない。

「ちわーす。飛脚クリエーロのお出ましやでー」
「あらやだ、今日もいい男前じゃないか」
「おかみさん、そんな空が青いみたいなこと言いなんな」
「観賞用のためだけに飛脚クリエーロ呼びたいくらいだよ全く」
「お疲れでんな。書留でっせ」
「誰宛てだい……おうい、シヅキ、ミライ、書留だよ!」

 飛脚クリエーロというのは、馬などではなく、人が自分の脚で走って宿場を継いで荷物や手紙を届ける制度であり、場合によっては馬などよりも早く届けることができる他、割合に廉価で済む。安上がりということだ。
 帝国の場合、多く足高コンノケンという土蜘蛛ロンガクルルロの一氏族が多くこの職業についており、これによって情報伝達網はかなり強固に支えられていると言ってよい。

 書留というのは郵便の一種で、配達途中に万一紛失した場合にきっちり損害賠償金が出る制度のことである。これはこの異世界でも同様で、発覚した場合はきちんと賠償金が出る。そして発覚しやすいように飛脚クリエーロの間でもきちんと制度が出来上がっている。

「はいはい、書留ですって?」
「帝都からでんな」
「はいよ。サインはここでいいかな」
「お二人分、はい、はい、シヅキはんにミライはん、はい、確かに届けましたさかい」
「あんがとさん。ぬる茶でよけりゃ」
「お、助かりまんな」

 くいっとすがすがしいほどに爽やかに湯飲みのぬる茶を飲み干して、足高コンノケン飛脚クリエーロは再び夏の往来に飛び出していった。
 走り去って行く道の先では、逃げ水のそばで逃げ水啜りが舌を鳴らしているところだった。

 飛脚クリエーロの仕事とはいえ、この炎天下に、ご苦労な事である。

 たらいに魔法で氷柱を生み出して暑気払いをしている紙月としては信じられない苦行であるが、遮るものもない平原育ちの足高コンノケンたちにとってはさしたる暑さでもないのかもしれない。いや、多分聞いたら「暑いにきまっとるがな」と涼しい顔で言われるのだろうけれど。

 さて、と紙月は書留をうちわにパタパタと顔を仰ぎながら氷柱のそばに戻り、極々小さい魔力で《金刃レザー・エッジ》を唱え、小さな刃物をペーパーナイフ代わりに生み出した。これは氷柱作りの際にいろいろと試した結果編みだした小手技で、魔力の量や質、流し方次第で魔法の細かな制御に成功したのである。
 さらには、《金刃レザー・エッジ》のように後に残る魔法でも、魔力に分解して再吸収可能なことまで発見している。

 これはもはやただの《技能スキル》ではなく、この世界に適応した魔法としての形だなと、紙月はひそかに自賛していた。なにしろ今更この程度のことをしたくらいではみんななんとも思ってくれないので、自分で褒める他にないのだった。

「帝都の……帝都大学? の博士さんだとさ」
「帝都大学……あ、あれじゃない。前に、ミノ鉱山に行った時の」
「あー」

 以前、ミノという鉱山に依頼で鉱石を掘りに行ったことがあった。その時の依頼人が確か帝都のなにがしという人であり、研究用に用いるということであったから、大学の博士と言えばちょうどそれに合致する。

「というか大学なんてあったんだな」
「他に聞かないもんねえ」

 学校と名のつくものは、スプロの町にはない。今まで巡ったほかの土地にもなかった。読み書きに関しては言葉の神の神殿で片が付くし、専門的なことはそれぞれの職業の組合で教えてくれるものなのだ。また、貴族ともなればそれぞれに家庭教師を雇うのが普通である。
 だから学問を専門的に扱う組織というのは実は、帝都の大学をおいて他にないのである。

「どれどれ……おお、結構な額だな」
「本当だ。ピオーチョさんたち頑張ってくれたんだねえ」

 封筒から取り出した為替の額は、そろそろ金銭感覚の麻痺してきている二人にしても満足のいく額であった。
 鉱山を爆破して崩落させてしまったため、実際に鉱石を採掘し、また魔物の素材を剥いで帝都に送るという作業は現地の冒険屋に任せてしまったため、どのくらいであるのか二人は良く知らなかったのだが、良い仕事をしてくれたようである。

 しかしそれにしても、囀石バビルシュトノたちの協力もあってかなりの採掘量が見込めたとはいえ、惜しみなく賃金が支払われているというのは意外であった。
 というのは、あの現場ではかなりの量の魔物の素材が取れたはずで、その全てを送り付けたのだとしたら、多すぎるとしてかえって買取を拒否される可能性もあったのだ。それをしっかり全て支払ってくれているようであるから、余程金があったのか、余程需要があったのかである。

 ともあれ、これでまたしばらくの間は生活費に困ることもない。今でもまあ困ってはいないのだが、あるにこしたことはない。

「ん? まだなんか入ってるな」
「手紙みたいだね」

 並んで覗き込んだ文面は、招待状であるらしかった。





用語解説

飛脚クリエーロ(kuriero)
 一般に知られているかどうかは作者はよく知らないのだが、多分知られている飛脚とほぼほぼ同じ。
 馬などではなく、人が走って荷物を運ぶ。某運送会社のロゴマークに使用されているあれ。

・逃げ水啜り
 陽炎の一種である逃げ水の周りに集まり、逃げ水を啜るとされる魔獣。
 夏場によくみられるが、接触したという実例は皆無に等しい。
 実際魔獣と考えるより幻覚なのではないかという説もあるが、どちらにせよ原因は不明。

・帝都大学
 帝国に唯一存在する専門の学術研究・教育機関。
 入学金と成績のみで学生を受け入れており、貴族であろうと平民であろうと成績以外で自分を語れるものはいない能力主義。
 ありとあらゆる学問を受け入れると称しているが、特に魔術科は混沌とし過ぎていて、もはや全容がしれないともっぱらの都市伝説である。
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