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第四章 ホット・リミット

第四話 港町

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前回のあらすじ
快適な空の旅をどうぞ。





 ハヴェノというのは内湾を囲むようにしてできた三日月状の町で、常に多くの船が出入りし、それによって運ばれる品々を運ぶために太い街道で方々と結ばれている、大きな通商都市であった。
 念のために直接乗り付けるのではなく、近くで《絨毯》を降りて歩いて向かったのだが、門や、街を囲む外壁の立派さだけでも、スプロなどとは比べ物にならない都会であることが伺えた。

 ハヴェノに向かう人も、ハヴェノから旅立つ人も、みな大なり小なりの馬車に乗っているものが多く、商人ではない旅人も、乗合馬車などに乗っていることが多かった。

「あんたら歩きできたのかね」
「途中までは馬車だったんだが、ちょっと面倒があってね」
「そうかい。まあお疲れさん」

 門でもそのことを不思議がられたが、首に下げた冒険屋事務所の証を見せ、いくらかの通行税を支払って、一行は無事町に入ることができた。

「こういうしっかりした街に入るのは初めてだけど、意外と簡単にはいれるもんなんだな」
「冒険屋事務所は、冒険屋組合の許可を取って商売してやすからね。下手な商人より、信用があるんですよ」

 成程、バックの大きさが違うということだ。

 依頼人から指定された期日まではまだ随分間があって、一行はとりあえず、紙月と未来の満足できる、つまりほどほどのクラスの宿を取り、宿代は紙月が支払った。貯蓄がどうのと普段は言っているが、何しろ早々使い切れない貯蓄がすでにあるのだ。たまのバカンスに使わないでは意味がないというのが紙月の持論だった。

「さて、俺達は早速観光に行こうと思うが、どうする」
「俺は一応冒険屋組合の支部に顔を出してこようと思う。挨拶はいるだろうからな」
「じゃあ俺も付き添おう。そのままついでに依頼元にも挨拶だけして来ようぜ」
「そうしましょうか」

 宿で話し合い、紙月と未来は観光に、ハキロとムスコロが挨拶回りへと赴くことになった。一応挨拶も仕事であるし、二人もついていこうかと思ったのだが、止められた。
 せっかく観光を楽しみにしていたのだしというのが前面に出された理由だが、紙月は何となくその視線から理由を察して、素直に辞退した。
 つまり、紙月の見た目から舐められるかもしれないということを懸念したのだろう。

 紙月は改めて日傘をさして街へ出て、未来がそれに続いた。楽にすればいいとは言ったのだが、初めての町だし、視界が高くないと人込みで何も見えないというので、《白亜の雪鎧》姿で供をしてくれた。

 初めての南部、はじめての港町は、潮風が湿気をはらむのか、西部よりいくかじめりとした空気ではあったし、暑さ自体もぐんと上がったように思えたが、何しろよく風が吹き抜けるので、そこまで極端な暑さは感じなかった。
 坂が多く、高低差が多いこともまた、風のよく吹く要因とみられた。

 宿は門を入ってすぐ入り口辺りにあった。
 これはどの町も似たような造りで、要するに旅人や商人が出入りする出入口付近に、宿や、旅の必需品を売る雑貨店が並ぶのである。
 そしてそれを抜けると市があり、様々な品が売っている。ハヴェノの町は港町ということでこの市も盛況なもので、町の半分が市なのではないかと思わせるほどに賑やかだった。

 それをまっすぐに突き抜けると港に出るのだが、この港こそ町の正味半分に当たる部分だった。三日月のその内側がすべて港なのである。常に船が出入りし、荷が出し入れされ、一部は市へと運ばれ、一部はお定まりの店へと運ばれ、一部は馬車に詰め込まれて町を出ていくのである。

 また荷物と同じように、たくさんの人も出入りした。人々はどこか遠方から乗り付けるのか、顔立ちには西部の人とも南部の人とも違う顔立ちが見受けられ、また見知らぬ種族も多く見受けられた。
 なかにはどこか懐かしいアジア人のような顔立ちの人々も見受けられてもしやと思ったが、あれは大叢海をはさんで向こう側の、西方諸国の人々であるという。服装もどこか和装に似ていたり、あるいは中華風であったりする。

「……紙月、まだ気になる?」
「え? ああ、いや、うん、気になってるは気になってるが」

 何のことかと言えば、元の世界に帰る術ではあるのだが、この時はちょっと違った。

「醤油とか持ってねえかな……」
「あー」
「あと中華街とかねえかな……」
「わかる」

 実際、あった。
 港付近の一角に、えらく派手な装飾の町並みが広がっていると思えば、それは西方のファシァ国からの移住者や居留者などが住まう街並みであるとされ、通貨や文化などが大いに入り混じって混沌としているという。
 店先では栗のようなものを焼いていたり、蒸籠のようなものでまんじゅうを蒸していたり、漂ってくる香りというのもまた砂糖や酢のものであり、これは中華街と言ってよいに違いなかった。

 晩飯はこのあたりで食おうかなどと考えながら見て回ったが、すぐにやめた。というのも道があんまり複雑すぎるので、表通りから外れるとすぐに何もかもわからなくなってしまうのである。
 せめてガイドが何かいれば助かると思ったのだが、さすがに商売上手な連中で、中華街の入り口辺りにそのような連中がいた。いたが、やはり、高い。観光客からぼったくるのも目的であろうし、妙な輩が中華街で暴れないようにという自衛の目的もあるのだろう、強面の半分用心棒のようなのが金をせびってくるのだから、これは怖い。

「しかし、まあ」

 それとは別に、紙月が困惑したことがあった。

「こんなにナンパされるとはな」

 軽く表通りを歩いただけだったのだが、その間に五度も声をかけられているのである。そのうち一度はうちの店で働かないかというどう考えても怪しいお誘いだったのだが、他のものに関しても、お茶でも、食事だけでもと似たようなものであり、一組などは男なのだと告げても諦めないつわものだった。

「紙月はもうちょっと今の自分の外見気にした方がいいと思うよ」
「いやだって、なあ」

 紙月としてはこの間まで普通の男子大学生を営んでいたのだ。それがいきなりナンパされるようになっても、対処のしようがわからない。いまのところ、その都度未来が半分実力行使で助け出しているのである。

「というかさ、隣に大鎧ぼくが立ってても釣れるくらいなんだから、いい加減自覚してよ」
「なんかすまん」
「もうさー……もう、さー!」

 紙月の鈍い反応に対して、しかし未来もどう怒ったものかわからない様子ではある。シチュエーションが特殊過ぎて、経験不足の未来にはどういったらいいものかわからないのだ。だからとにかく自分のそばを離れないようにと手を引くことしかできないのだった。

 そのようにして中華街を歩き、ぜひとも中華が食べたいという気分になってきたものの、安全な店がわからないというジレンマにうろついていると、不意に紙月にぶつかるものがあった。

「ごめんなさい!」
「おう、いいよ」

 紙月の腰ほどの子供である。ぶつかった勢いそのままに、謝罪しながら走り抜けていくのを紙月は見送り、しかし未来が見逃さなかった。

「待ちなよ」

 大鎧で足が鈍いとはいえ、何しろ歩幅が違う。子供はすぐに首根っこをつかまれ、引っ立てられた。

「おいおい、どうしたんだよ」
「紙月こそ、ぼうっとしすぎだよ」

 未来が取り押さえた子供の手を見れば、先ほどまで未来の腰にあった物入があるではないか。スリである。とはいえ、見かけ上つけているだけで、中身はからなのだが。
 
 周りも良くあることなのか咎める声もないし、かといって助けるものもいない。スられたやつが間抜けで、見つかったやつが愚かなのだ。この調子では、衛兵に突き出してもあまり意味のあることではないだろう。それがわかっているから、未来も紙月に視線を向けた。

「どうしよっか」
「そうだなあ」

 実被害はないとはいえ、これで手打ちにして周囲から舐められるというのも、よろしくない。
 紙月はそれではと子供を引っ立てて、一度宿まで帰ることにしたのだった。





用語解説

・首に下げた冒険屋事務所の証
 ドックタグのような金属板。どこの組合に所属するどこの事務所かという板と、何というパーティのメンバーかという板の二枚一組である。
 紙月たちはまだパーティ用の板を作っておらず、平らな板で代用としている。

・ファシャ(華夏)
 大叢海をはさんだ向こう側、西大陸のほとんどを支配下に置く西野帝国ことファシャ国。
 ざっくりと言えば中国のような国家であるらしいが、帝国のように広範であるため、一概には言えない。
 現在は帝国との仲は極めて良好であり大叢海さえなければ気軽に握手したいと言わせるほど。

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