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第三章 ゲット・ワイルド・アンド・ゲット・タフ
第八話 少年天狗
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前回のあらすじ
や き と か げ お い ひ い !
放した大嘴鶏食いを追いかけるのは、生半な事ではなかった。
なにしろ足も速く体力もある大嘴鶏を餌にしている連中なのである。賢く、瞬発力があり、ガッツもある。
平原と言えど何もないというわけでは無く、踏み荒らされていない野を行けば、丈の長い草むらもあるし、そう言ったところに隠れるように走られると、保護色になってすっかり隠れてしまって、冒険屋たちは何度となくその姿を見失いかけた。
それでも冒険屋たちが追跡を続けられたのは、あまりの重さに鎧を着るのを諦め、紙月と二人で大嘴鶏にまたがった未来のおかげであった。
「ん、あっちだ。あっちに隠れてる」
「よしきた」
時に姿を見失いかけても、獣人の未来の鼻は鋭く、焼き立ての炙り串の煙に燻された大嘴鶏食いの姿は目に見えるよりもはっきりとその姿を捉えられているらしかった。
また、大嘴鶏を駆る手付きも様になっており、最初こそ紙月が未来を抱え込むようにしながら手綱を取っていたが、未来が見て覚えると、攻撃役である紙月は両手を自由にして、すっかり操縦を任せることになった。
「いますごいことに気付いたんだけど」
「なに!?」
「この帽子すっげえ風の抵抗受けるんだけど、装備品だからかいくら吹かれても飛んでかねえ」
「それはすごい……けどどうでもいいかな!」
そのような暢気な事を言う余裕さえある追跡行は、しかし不意に目標の大嘴鶏食いが大声で鳴き始めてから難航し始めた。
「あいつ、仲間を呼びやがった!」
鳴き声が響いてからしばらく、方々から大嘴鶏食いがやってきては、冒険屋たちを妨害し始めたのである。
巣が近い、ということでもあるのだろうが、しかし厄介なことに連中は方角を悟らせないようにか均等に全方角から迫ってきた。
そしてまた賢しいことに、仲間を逃がすことを目的とした戦法であるようで、こちらに積極的に挑んでくることはなく、あくまでも威嚇に徹して隙を見せることなく、こちらの攻撃をするりするりとかわしてしまうのである。
弓や手斧はともかく、挙動のわかりづらい紙月の魔法までかわしてしまうのは、これは野生の勘だけとは言えない、優れた戦闘センスが伺えた。
「連中、やりやがる!」
囲まれたとはいえ、連中もこちらを襲う気はないようで、じりじりと輪は一行から離れていこうとしている。
「どうする?」
「これ以上無理をするのもな……」
「やれるか?」
問われたのは紙月である。
数だけならどうとでもできる相手だが、周囲を囲まれ、それも俊敏に動くとなると、これは紙月でも難しい。首を振ると、集団のリーダー格として見られている年かさの冒険屋が武器を収めて馬足を落とした。他の冒険屋がそれに続くと、大嘴鶏食いはまるで訓練された集団のように、速やかに輪を開放し、ばらばらに散っていってしまった。
「うーむ」
「普通の大嘴鶏食いも、あんな挙動をするのか?」
「いや、いくら賢いとはいえ……いや、これ以上考えるのは俺達の仕事じゃあないな」
ひとまずの大雑把な方角だけを控えてはみたが、あのような賢い行動を見た後だと、ここまで逃げてきたのも仕込みではないかと疑心が暗鬼を生む状態である。
「むう。まあ、仕方がない。一度戻って、依頼主に確認すべきだな。調査に出るか、迎撃で済ませるか」
調査に一組か二組出すとなると、これはどうしても休憩と警備のローテーションが保てない。冒険屋たちはあくまでも仕事で来ている以上、これ以上危険を冒してまで追いかける義理はない。勿論、依頼主がどう判断するか次第であるから、ここは一度戻って確認を取るのが一同の賛成するところだった。
駆け足で戻る最中、ふと顔を上げたのが未来である。
「においがする」
「なに?」
「大嘴鶏食いと、大嘴鶏。それから知らない匂いがする」
紙月がリーダー格の男にこれを伝えると、男は顎をさすった。
「放牧の時にはぐれが出ることはある。今日も襲撃があって、何頭かはぐれたと聞いた。それかもしれん」
距離がほど近く、匂いの数も少ないとあって、一行は一応確認のために出向いてみることになったが、そこで見つけたものは奇妙な光景であった。
食用種の大嘴鶏が三頭、駆けている。逃げているのだ。これはわかる。その後を大嘴鶏食いが三頭、追いかけている。これもわかる。
問題は大嘴鶏の背にまたがって、へなちょこな矢を射っては大嘴鶏食いを牽制している子供の姿である。
「おい、あれ……」
「うむ……」
冒険屋たちがその姿を見て顔を見合わせている間に、未来が大嘴鶏を走らせた。
「早く助けないと!」
「お、おう、そうだな!」
「あっ、待て、いや、しかし」
「行かせよう。少なくとも大嘴鶏は、俺達の仕事の領分だ」
矢が切れたのか大いに泣きそうになりながらも、健気に弓を振るって牽制する子供の姿がはっきりと見えるほどの距離に入ってから、紙月は慎重に狙いを絞った。的が近いので、もしものことがあってはならない。
「周囲への被害が少ないやつで……鳥、鳥は火属性が多いんだよな……」
「紙月! はやく!」
「はいよ、そんじゃあ」
ぱちん、と指が打ち鳴らされた。
「《水球》! 三連射!」
瞬間、虚空から人の頭ほどの水球が出現し、勢いよく大嘴鶏食いの頭部に飛来し、命中する。殴りつけたような衝撃が三頭を襲い、そして次の瞬間、さらなる苦痛が襲った。
「おお……こういう感じになるのか」
水球は弾けることなく三頭の頭を覆って呼吸を奪い、速やかに窒息させてこれを地に倒した。ゲーム内で存在した状態異常である窒息が現実に再現されると、このようになるらしい。
倒れこんだ大嘴鶏食いが起き上がらないことを確認して、紙月たちは目の前の唐突な出来事にすっかり呆然としている子供に馬を寄せた。
「おう、大丈夫か? ひとりでよくやったな」
「ひ、ひ……」
「ひ?」
「一人でやれたわこの程度!」
「うお、気が強いでやんの」
「ほんとじゃからな! この程度わし一人でやれたわ!」
「おうおう、そうだな、そうだな。手柄を取って悪かったな」
子供の言うことだからとおおらかな紙月に、同じ子供なのに同じく鷹揚な態度を見せる未来。
そしてそんな二人とは裏腹に、追いついた冒険屋たちは一様に渋い顔をしていた。
「やっぱり天狗か……」
「どこの部族だ?」
「どこでもいい。なんでこんなところに……」
それは剣呑と言ってもいい空気だった。
用語解説
・《水球》
ゲーム内《技能》。《魔術師》系列が覚える最初等の水魔法。
水球を飛ばして相手にぶつけ、ダメージを与える。確率で窒息などの状態異常効果。
『ここで魔術師ジョークを一つ。《水球》で顔を洗おうとして窒息しかけた阿呆がいるんじゃよ。どうじゃ。笑えよ』
や き と か げ お い ひ い !
放した大嘴鶏食いを追いかけるのは、生半な事ではなかった。
なにしろ足も速く体力もある大嘴鶏を餌にしている連中なのである。賢く、瞬発力があり、ガッツもある。
平原と言えど何もないというわけでは無く、踏み荒らされていない野を行けば、丈の長い草むらもあるし、そう言ったところに隠れるように走られると、保護色になってすっかり隠れてしまって、冒険屋たちは何度となくその姿を見失いかけた。
それでも冒険屋たちが追跡を続けられたのは、あまりの重さに鎧を着るのを諦め、紙月と二人で大嘴鶏にまたがった未来のおかげであった。
「ん、あっちだ。あっちに隠れてる」
「よしきた」
時に姿を見失いかけても、獣人の未来の鼻は鋭く、焼き立ての炙り串の煙に燻された大嘴鶏食いの姿は目に見えるよりもはっきりとその姿を捉えられているらしかった。
また、大嘴鶏を駆る手付きも様になっており、最初こそ紙月が未来を抱え込むようにしながら手綱を取っていたが、未来が見て覚えると、攻撃役である紙月は両手を自由にして、すっかり操縦を任せることになった。
「いますごいことに気付いたんだけど」
「なに!?」
「この帽子すっげえ風の抵抗受けるんだけど、装備品だからかいくら吹かれても飛んでかねえ」
「それはすごい……けどどうでもいいかな!」
そのような暢気な事を言う余裕さえある追跡行は、しかし不意に目標の大嘴鶏食いが大声で鳴き始めてから難航し始めた。
「あいつ、仲間を呼びやがった!」
鳴き声が響いてからしばらく、方々から大嘴鶏食いがやってきては、冒険屋たちを妨害し始めたのである。
巣が近い、ということでもあるのだろうが、しかし厄介なことに連中は方角を悟らせないようにか均等に全方角から迫ってきた。
そしてまた賢しいことに、仲間を逃がすことを目的とした戦法であるようで、こちらに積極的に挑んでくることはなく、あくまでも威嚇に徹して隙を見せることなく、こちらの攻撃をするりするりとかわしてしまうのである。
弓や手斧はともかく、挙動のわかりづらい紙月の魔法までかわしてしまうのは、これは野生の勘だけとは言えない、優れた戦闘センスが伺えた。
「連中、やりやがる!」
囲まれたとはいえ、連中もこちらを襲う気はないようで、じりじりと輪は一行から離れていこうとしている。
「どうする?」
「これ以上無理をするのもな……」
「やれるか?」
問われたのは紙月である。
数だけならどうとでもできる相手だが、周囲を囲まれ、それも俊敏に動くとなると、これは紙月でも難しい。首を振ると、集団のリーダー格として見られている年かさの冒険屋が武器を収めて馬足を落とした。他の冒険屋がそれに続くと、大嘴鶏食いはまるで訓練された集団のように、速やかに輪を開放し、ばらばらに散っていってしまった。
「うーむ」
「普通の大嘴鶏食いも、あんな挙動をするのか?」
「いや、いくら賢いとはいえ……いや、これ以上考えるのは俺達の仕事じゃあないな」
ひとまずの大雑把な方角だけを控えてはみたが、あのような賢い行動を見た後だと、ここまで逃げてきたのも仕込みではないかと疑心が暗鬼を生む状態である。
「むう。まあ、仕方がない。一度戻って、依頼主に確認すべきだな。調査に出るか、迎撃で済ませるか」
調査に一組か二組出すとなると、これはどうしても休憩と警備のローテーションが保てない。冒険屋たちはあくまでも仕事で来ている以上、これ以上危険を冒してまで追いかける義理はない。勿論、依頼主がどう判断するか次第であるから、ここは一度戻って確認を取るのが一同の賛成するところだった。
駆け足で戻る最中、ふと顔を上げたのが未来である。
「においがする」
「なに?」
「大嘴鶏食いと、大嘴鶏。それから知らない匂いがする」
紙月がリーダー格の男にこれを伝えると、男は顎をさすった。
「放牧の時にはぐれが出ることはある。今日も襲撃があって、何頭かはぐれたと聞いた。それかもしれん」
距離がほど近く、匂いの数も少ないとあって、一行は一応確認のために出向いてみることになったが、そこで見つけたものは奇妙な光景であった。
食用種の大嘴鶏が三頭、駆けている。逃げているのだ。これはわかる。その後を大嘴鶏食いが三頭、追いかけている。これもわかる。
問題は大嘴鶏の背にまたがって、へなちょこな矢を射っては大嘴鶏食いを牽制している子供の姿である。
「おい、あれ……」
「うむ……」
冒険屋たちがその姿を見て顔を見合わせている間に、未来が大嘴鶏を走らせた。
「早く助けないと!」
「お、おう、そうだな!」
「あっ、待て、いや、しかし」
「行かせよう。少なくとも大嘴鶏は、俺達の仕事の領分だ」
矢が切れたのか大いに泣きそうになりながらも、健気に弓を振るって牽制する子供の姿がはっきりと見えるほどの距離に入ってから、紙月は慎重に狙いを絞った。的が近いので、もしものことがあってはならない。
「周囲への被害が少ないやつで……鳥、鳥は火属性が多いんだよな……」
「紙月! はやく!」
「はいよ、そんじゃあ」
ぱちん、と指が打ち鳴らされた。
「《水球》! 三連射!」
瞬間、虚空から人の頭ほどの水球が出現し、勢いよく大嘴鶏食いの頭部に飛来し、命中する。殴りつけたような衝撃が三頭を襲い、そして次の瞬間、さらなる苦痛が襲った。
「おお……こういう感じになるのか」
水球は弾けることなく三頭の頭を覆って呼吸を奪い、速やかに窒息させてこれを地に倒した。ゲーム内で存在した状態異常である窒息が現実に再現されると、このようになるらしい。
倒れこんだ大嘴鶏食いが起き上がらないことを確認して、紙月たちは目の前の唐突な出来事にすっかり呆然としている子供に馬を寄せた。
「おう、大丈夫か? ひとりでよくやったな」
「ひ、ひ……」
「ひ?」
「一人でやれたわこの程度!」
「うお、気が強いでやんの」
「ほんとじゃからな! この程度わし一人でやれたわ!」
「おうおう、そうだな、そうだな。手柄を取って悪かったな」
子供の言うことだからとおおらかな紙月に、同じ子供なのに同じく鷹揚な態度を見せる未来。
そしてそんな二人とは裏腹に、追いついた冒険屋たちは一様に渋い顔をしていた。
「やっぱり天狗か……」
「どこの部族だ?」
「どこでもいい。なんでこんなところに……」
それは剣呑と言ってもいい空気だった。
用語解説
・《水球》
ゲーム内《技能》。《魔術師》系列が覚える最初等の水魔法。
水球を飛ばして相手にぶつけ、ダメージを与える。確率で窒息などの状態異常効果。
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