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探索再開
260 地下5階 ケンタウロス
しおりを挟む部屋の魔物を全滅させると、中央に宝箱が出現する。
ティコが近付き、罠の解除を始めた。
「宝箱、開けますねっ」
「ああ、頼んだ」
「どんなのが入ってるか、楽しみだね」
「念の為、結界を張っておきますわね」
「ソニア、扉を開けておいて。死骸の焼却をするわ」
「はっ」
ティコの解除作業をカーソンとクリスが見守り、ローラが結界を張って失敗時の補佐をする。
イザベラはソニアに扉を開けさせ、換気口を確保するとミノタウロスの死骸を焼却し始めた。
部屋には牛の肉が焼けるような、香ばしい匂いが漂い始める。
カーソンは匂いに釣られ、フラフラと焼かれる死骸へと吸い寄せられていった。
「ああ……いい匂い。腹減った」
「ちょっとっ。そんな近くに来たら一緒に焼いちゃうわよ?」
「くんかくんか……うっ!? うおおくっせぇ!」
「あら、中身まで焼け始めたみたいね?」
「おぇっ! 腐った肉が焼ける臭さっ……」
「そりゃ死んだヒトの肉を使っているんだもの。臭いでしょうよ」
「うぇっ、おぇっ」
ダンジョンに魔力が還元され、ミノタウロスの姿を模倣していた人間の死体がイザベラの放つ火の精霊魔法で焼かれる。
最初こそ牛の焼ける匂いだったが、腐敗した肉の焼ける匂いに変わる。
そのあまりの悪臭に、カーソンは鼻をつまんで逃げ出した。
罠がティコの手により解除され、宝箱の形状をしていた魔力が床へ溶け込んでゆく。
魔力が消え、隠されていた中身がぼんやりと姿を現わし始めた。
「中身は……わっ、大きな剣」
「うんうん、大きさからして、これは大剣だね」
「何っ!? 大剣だと!? 見せてくれ!」
ティコとクリスの会話から大剣という言葉を聞きつけたソニア。
どんなものだと見に行く為、扉の下に護身用のナイフを差し込んで楔を打ち込む。
扉が勝手に閉まらないように固定すると、目の色を変えてカーソンの目の前を横切った。
「どんな姿だ!? 美しさは!?」
「……すげぇ勢いですっ飛んでった」
「こっ、これはっ!? 何という美しさ……そして逞しい大剣っ!」
未鑑定状態の大剣に手を伸ばそうとするソニアを、カーソン達は慌てて止める。
「気持ちは分かりますけど、ちょっと待ってソニアさん!」
「地上で鑑定してからにしましょ! ねっ?」
「その大剣、もし呪われていたら大変ですしっ! ねっ?」
「何を言う! こんなに美しい大剣が呪われているハズなどない!」
「見た目だけじゃそんな事まで分かりませんってば!」
「ソニアさん落ち着いてっ! はい深呼吸っ!」
「これは持ち帰ったら、私が使うぞ!」
「あなた以外に大剣なんて扱えるわけないでしょ?」
「誰もあなたから、奪い取りなどしませんわよ?」
目の色を変えて大剣を手にしようとするソニアを、全員で何とか引き留めた。
入手した大剣をティコが戦利品の袋にしまうまで、目を離さないソニア。
鑑定前から入手へ執着するソニアに、カーソン達は例え呪われていても振り回しそうだと戦慄していた。
退出前に、何か仕掛けが施されてはいないだろうかと部屋を隅々まで調べる。
クリスが壁に埋め込まれているスイッチを発見した。
「あっ。あったよ何かのスイッチ」
「おっ? 見つけたか」
「押してみるね…………痛っ!」
部屋にバチンという、聞き慣れない音が鳴った。
クリスはスイッチを押した右手の人差し指に強い痛みを感じ、その場へうずくまる。
「痛ったーい……」
「どした!? 大丈夫か!?」
「押したらバッチンって……指がもげるかと思ったわ」
「ケガしてないか?」
「まだ指が痺れてる……まるでガーディアン触った時みたい」
「このスイッチか?」
「ちょっとあんたも押してみてよ」
「痛いの知ってて、俺にも押させんのかよ」
「押してみてくれるぅ? お願ぁぃ」
「目が怖い。お前それ絶対お願いじゃなく強制だろ」
「いいからほれ、はよ押せ」
「ひでぇ………痛てっ!? 痛ってぇ!」
クリスの圧力に負け、カーソンもスイッチを押して痛みを感じた。
「何だよこのスイッチ……うゎ痛ってぇ」
「ねっ? 痛いでしょ?」
「頼むから俺まで捲き込まないでくれよ」
「でも従ってくれるあんたの事、あたしは好きよ?」
「そりゃどうも」
クリスは右手の人差し指で、カーソンの左頬をつつきながら褒める。
イザベラ達はイライラしながら部屋を出て行き、次の行動へと促す。
「ほらほら、そんなところでイチャイチャしないの」
「次に行きますわよ、次に」
「さっさと行くぞ。早く来い」
「クリス様ずるいですっ」
「あっ、ちょっと待って。このスイッチいいんですか?」
「何か意味があるんじゃないですか?」
「無いわよ。マップに何も表示されていないし」
「例のピンポコという音も鳴りませんわ」
「ただの嫌がらせスイッチだっただけではないのか?」
「そうですよっ。ひどい嫌がらせですっ」
「嫌がらせって……そんだけのスイッチだったのあれって?」
「俺達、痛み損だったのかよ?」
置いて行かれそうになったカーソンとクリスは、慌ててイザベラ達を追いかけた。
カーソン達は部屋を出ると、再び慎重にマップを埋めて歩く。
また突き当たりの扉に来たカーソン達は、ゆっくり扉を開け部屋の中を確認した。
どうやら何も居なさそうである。
慎重に部屋の中へと入ってゆく。
部屋の中には更に別の部屋へと続いていそうな扉が前方、及び左右の壁にある。
結構広い部屋だと話し合っている最中に、3つの扉が少しずつ開き始めた。
風の目で扉の向こうを探っていたイザベラが叫ぶ。
「扉の向こうから敵が来るわ! カーソン矢反らし!」
「はっ、はいっ!」
「お姉様何故矢反らしを!?」
「弓矢! 飛び道具で狙われているわ!」
「矢反らし出しました!」
イザベラに指示され、周囲へ矢反らしを展開させるカーソン。
展開が完了すると同時に3ヶ所の扉が一斉に開き、何者かが大勢部屋の中へとなだれ込んで来た。
正面から見ると、弓矢を手にした素っ裸の男女。
背面の腰から、馬のような身体が接合されていた。
半人半馬の男女は、カーソン達に弓を引き、矢を放ってきた。
無数の矢がカーソン達へと襲いかかる。
事前に展開させていた矢反らしによって、矢は歪な軌道を描きながら明後日の方向へ飛んだ。
矢の横雨が飛び交う中、ローラが魔物の正体を分析する。
「この者達は恐らくケンタウロス、半人半馬の魔物。
弓による正確な射撃と、集団での攻撃が脅威ですわ。
でも矢反らしのお蔭で、弓はほぼ封じ込めましたわね」
「ねえローラ? ケンタウロスって、こんな姿だったかしら?」
「いいえ? 書物では前脚も馬なのですが……人の脚ですわね」
「うん、そうよね。情報が足りずその辺適当に作ったのかしら?」
「少々……目のやり場に困ってしまいますわね」
「……そうね」
イザベラとローラが知るケンタウロスとは異なる魔物が、目の前におよそ20匹。
前脚も後脚も馬のはずなのだが、この魔物は前脚が人間。
そのせいで、男女とも性器を隠さず目の前にさらけ出している。
動くたびにブルンブルンと振り回される男のイチモツに、イザベラ達は赤面した。
性的な事象に封印を施されているカーソンだけは、女性陣とは異なる視点でケンタウロス達を見つめる。
失った肉体を再利用されるだけならまだしも、尚も辱めを受けている男女の死体を気の毒にと思っていた。
ケンタウロス達は何度もカーソン達に向けて矢を放つが、その攻撃は全て無力化される。
クリス達は反撃に転じ1匹、また1匹と斬り倒し相手の数を減らしてゆく。
矢が尽きたケンタウロス達は弓を投げ捨て、背負っていた剣を抜く。
クリスは肉迫する女ケンタウロスを斬り捨てながら、ティコへ叫ぶ。
「ティコっ! 女を優先して殺してって!」
「はいっクリス様っ!」
「カーソン女が斬れないから! 女を近寄らせんな!」
「はいっ! てぇぇいっ!」
クリスとティコは男のケンタウロスに目もくれず、女のケンタウロスを斬り殺してゆく。
カーソンは女ケンタウロスの攻撃を躱しながら、男ケンタウロスだけを斬っている。
傍から見ても分かり易い程、非常にやり難そうに戦っていた。
「やめろお前達! 赤ちゃん死んじゃうんだぞ!」
「だから居ないってばこんな奴等に赤ちゃんなんてっ!」
「お腹に赤ちゃん入ってれば、こんな事してませんっ!」
「もし居たら、大変な事になっちゃうだろ!」
「じゃあ居たとして! どこの誰が困るってのよ!」
「俺が困るんだよっ!」
「カーソン様は男をお願いしますっ!」
「女のほうは頼む……」
「壁のほうに後退して! そしたらあんたは弓っ!」
「ん、分かった!」
「どうぞこちらへっ!」
女ケンタウロスを傷付ける事すらも出来ず、露骨に躊躇うカーソン。
クリスとティコは女ケンタウロスを容赦なく切り殺しながら、カーソンを壁際へと誘導する。
壁を背にしたカーソンはサイファを弓に変え、男ケンタウロスだけを狙い撃った。
ソニアはイザベラとローラの前に立ち、ケンタウロス達の行く手を阻む。
襲いかかろうと迫ってきたケンタウロス達は、自らが投げ捨てた弓に脚を引っ掛けもたつく。
致命的な隙を晒したケンタウロス達は、ソニアの大剣に次々と胴体を切り離される。
「武器を粗末に扱うからだ! この愚か者共がっ!」
「お姉様、扉は私が開けておりますわ」
「ありがとう。もう面倒だから、このまま焼きに入っちゃうわね」
ゴォウッ
周辺のケンタウロス達は、突然床から立ち昇った火柱に全身を包まれる。
鳥肌が立つようなおぞましい嘶き声で叫びながら、ケンタウロス達は次々と焼き殺されていった。
ティコが最後の1匹の首を跳ね飛ばし、喧騒としていた部屋は静寂を取り戻す。
壁にはケンタウロスの放った矢が無数に突き刺さり、凄まじい光景が残った。
ソニアは真正面から正攻法で戦った時の被害を想像し、首をすくめながらカーソンへ話す。
「矢反らしが無かったら……大変だったな?」
「ええ、そうですね。ホント」
「他の連中、どうやったら倒せるのかな? やっぱ盾で防戦?」
「こっちも弓で、撃ち合いになっちゃいます?」
「クリスとティコの言う通り、盾で防ぎつつ弓での応戦かしらね?」
「彼方は回復しませんから、撤退を繰り返して挑めますものね。
多少なりとも時間さえかけ続ければ、どうにか勝てるでしょうか?」
何故か回復しない相手に撤退と再戦を繰り返し、消耗させるのだろうと言うローラにソニア達は納得しながら話す。
「では、我々のように1回で攻略出来てしまうほうが異端でございますか」
「なるほど。だから俺達が下に降りて来るほど煙たがられてるんだ?」
「下り速度が速すぎるんだろね? そりゃ下層に居る連中も焦るよね」
「最終目的が一緒ですしっ、追い越されるのが脅威なんでしょうねっ?」
「一言で済ませるなら何の事は無い、実力の差なんだけれどもねぇ?」
「下層を探索するパーティがどれ程の戦力かは分かり兼ねますが。
私達の戦力程、隙の無い構成のパーティは存在しないと思いますわ」
ローラの言う通り、人間達の力だけでは無傷で切り抜ける事などほぼ不可能。
もし誰かが怪我をすれば街へと帰り、時間をかけ傷が癒えるまでは再戦も出来ない。
ましてや自分達には、その場で瞬時に回復させる治癒能力もある。
下層を探索中のパーティとの差が、あっという間に縮まるのは当然の事。
他のパーティと比べられる事そのものが違っていると、カーソン達は結論付けた。
部屋の中央に宝箱が出現し、ティコが解除作業を始める。
「宝箱開けます。ええっと……これかな?」
「もう手際からして熟練されてきてんなお前」
「……よっと。開きました」
「実際すんなり開けちゃってるし」
「解除が簡単な罠でしたのでっ」
カーソンとクリスは、ティコの手際の良さに舌を巻いた。
消えた宝箱からは、その姿からだけでも推測する事が出来る程の強靭な弓が出てきた。
クリスは弓を見ながら話す。
「うわぁ、高そうな弓。売ったらいくらくらいかな?」
「別にお前か、ソニアさんが使ってもいいんじゃないか?」
「だってあたし、弓の扱い苦手だもん。真っすぐ飛ばせないし」
「私も狙い撃てるほどの技術は持っていないな」
「わたしも使ってはみたいのですが、忍者の持ち味が……」
「取り回しが悪いもんな。じゃあ……」
カーソンは、イザベラとローラをチラッと見る。
話の意図を察したイザベラは、先に無理だと話す。
「私は無理よ? 杖持てなくなっちゃうし」
「そう、ですよねぇ?」
「私も、マップを持っていますわよ?」
「んー……ローラさんなら、弓が似合うかと思ったんですけど」
「どうして、そう思いましたの?」
「ほら、女神様って弓持ってる印象があるし」
「女神……使いましょう! 私がっ!」
「えっ!?」
「弓なんてこう、キュッと引いてピュンッとするだけですわ!」
「あ、いや……確かにそう、ですけどね?」
身振り手振りで弓を射る真似事をするローラ。
腰の入っていない上辺だけの所作に、カーソンは無理そうだと思いながらもあえて指摘はしなかった。
カーソン達は宝箱の中身を回収すると、念の為にと再び部屋を調べて回る。
この部屋にもミノタウロスの部屋同様スイッチを発見し、今度はティコが触れた。
「わたし、押してみますね……きゃんっ!? 痛いっ!」
ティコも押した右手の人差し指に強い痛みを感じ、悶絶する。
マップにも表示されない謎のスイッチに、カーソンとクリスは首をかしげる。
「何だよこのスイッチ?」
「ただ押すと痛いだけのスイッチ……では無いよねぇ?」
「カーソン様ぁ……痛いですぅ……」
「大丈夫か?」
「撫でて、揉んで血の通いを良くして下さいませんかぁ?」
「よしよし、可哀想に」
「えへぇ……」
右手の人差し指を、カーソンから丁寧に揉みしだかれるティコ。
嫉妬心から自分もと思ったクリスは、スイッチへと手を伸ばす。
触れようとする途中で我に返り、あの痛みを相殺出来る程のものでもないと思い留まった。
スイッチの存在を不思議に思いながらも、カーソン達は次の探索へと部屋を出て行った。
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