翼の民

天秤座

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只今謹慎中

249 パンとパンツ

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 厨房内でアイスクリーム作りをセラン達へ指導する、ライラとソシエ。

 その奥では、シマがひとりでパン生地を捏ねている。

 その作業が気になったカーソンは、カウンター越しからシマの作業をじっと見つめた。



 パンを捏ねているシマの近くには、大きさの異なる金属製の四角い容器が2種類積み上げられている。

 大きい容器の中へ溶かしたバターを塗り、捏ねたパン生地を入れるシマ。

 小さい容器の外側にもバターを塗り、大きい容器に入れたパン生地の上からグイグイと押し込む。

 押し込まれても容器からはみ出さない絶妙な分量に、流石料理人と感心するカーソン。

 シマは小さい容器の内側にもバターを塗り、そこへもパン生地を詰め込んだ。

 二重に仕込んだパン生地は焼くと四角く、内側にも四角い空洞があるパンと小さめの四角いパンが出来上がると思われる。


 真剣な表情で作業するシマへ声をかけづらいカーソンは、ライラへ聞いてみた。

「ライラさん? シマさん今、何を作ってるんですか?」
「夕食にご提供するパンを仕込んでいるんです」
「四角い……パンを? 珍しい形にするんですね?」
「ええ。私も四角い形では滅多に焼きませんね」
「ライラさんもしないんだ?」
「あの金型、シマさんの自作なんだそうです」
「え? そうなの? わざわざ自分で作ったんだ?」
「金型が10個分しかないので、夕食へ間に合うように頑張ってます」
「10個も作るとか、シマさん器用だなぁ……」
「シマさん、向こうじゃ調理場に立たせて貰えませんでしたからね。
 今まで燻っていた腕前を、ココで思う存分発揮して欲しいですねぇ」
「自分の調理場貸してあげるなんて、よっぽど信頼してるんですね?」
「いいえ? 私がラク出来るから任せてるだけの事ですよぉ?」

 ライラの発言に、厨房の奥で右肩をカクッと落とすシマ。

 本当はシマを一流の料理人として信頼しているライラ。

 だが褒めると何かしらの失敗をされてしまう為、迂闊に称賛出来ない。

 シマが会話に聞き耳を立てていると感じ取り、心にもない事を言って失敗を事前に阻止していた。



 セラン達が交代で懸命にかき混ぜた、アイスクリームが完成する。

 小さめの容器に取り分け、スプーンを添えてカーソン達へ出される。

 セラン達からカウンター越しに受け取る、カーソンとクリスとティコ。

「はいっ! どうぞ召し上がれっ」
「おっ、ありがとう。旨そうだな」
「作ってみてどうだった?」
「もうっ、腕がパンパンです」
「これ作る時ってね、ソニア様がひとりでかき混ぜるんだよ?」
「全部ひとりでっ!? ソニアさんすごぉぃ……」

 作業の大変さを味わったセラン達は、驚いた表情でソニアを見る。

 ソニアはニコッと微笑みながら右腕を上げ、力こぶを作って見せた。



 セラン達が細腕で作ったアイスクリームを堪能したカーソン達。

 ライラへ部屋で飲みたいから冷やして欲しいと、収穫祭で貰ってきたワイン瓶を預けて部屋へと戻った。


 普段着に着替え、買ってきた服を見せ合いながら話し込む。

「セラン達のアイス、ソニアさんのと何か違ってたな」
「うんうん。味はほぼ一緒だったんだけどね」
「ちょっと滑らかさが違ってましたね?」
「それは、かき混ぜかたの差かも知れんな?」
「かき混ぜかた?」

 カーソンに聞かれたソニアは独自の見解を語る。

「恐らくだが、滑らかな舌触りになるのはかき混ぜる時の速さだな。
 冷えて固まってしまう間に、どれだけ空気を含ませられるかだろう」
「空気をですか?」
「うむ。セラン達のは部分的に凍っていた。混ぜかたにムラがある。
 満遍なく均一に、固まる前に手早く混ぜねば滑らかな食感にならん」
「ソニアさんだからこそ作れる、滑らかさ……ですか」
「3人交代で休み休み混ぜていては…な。まぁ非力だからしょうがない」
「なるほど。でも、あれはあれで旨かったですね」
「うむ。心が込められていたからな」

 空気の含ませかたに違いはあれど、ソニアはセラン達の熱意が込められたアイスクリームを褒めた。

 服を見せ合っている最中、ソニアは小さな紙袋を自分の後ろへと隠す。

 その行動に気付いたイザベラは、ソニアへ聞く。

「あらソニア、何でそれ隠すの?」
「あ、え…その…中身は下着…ですので……」
「どんなの買ったの? 見せて?」
「あの……カーソンには見せないで下さい」
「何を恥ずかしがって……あらっ。あらららら……」
「お姉様どうなされ……あらあらまあまあ……」

 ソニアから渡された紙袋の中身を見た、イザベラとローラ。

 チラッとカーソンを見ると、背中を向け隠しながらソニアの買った下着を袋から出して調べる。

「へぇぇ……」
「ほぉぉ……」
「あまり……詮索しないで頂けませんか?」
「うんうん、分かっているわ。あなたも気合いを入れたのね?」
「これは所謂いわゆる……勝負下着というものですわね?」
「こっ、声に出さないで下さいませ!」
「ごめんごめん、許して」
「これを……いつ穿くのですか?」
「そっ、それは……未定でございます」
「意外と盲点だったわね。私達も準備しておかなくちゃ」
「ええ。いずれは裸になるとしても……下着姿から魅了を、ですわね」
「もっ、もう宜しいですかっ!?」

 ソニアは顔を赤くしながら、イザベラ達から下着と紙袋を取り戻す。

 近い将来やってくるであろう、処女を捨てる日に穿く為の勝負下着を買ったソニア。

 赤面しながら紙袋を荷物の奥底へしまい込むソニアに、イザベラとローラは枯れてしまっていた乙女心を蘇らせる。

 いずれそのうち、クリスを泣かせてでもカーソンを頂こうと画策する2人は、ソニアを真似て自分達も勝負下着を買っておこうかと無言でうなずき合う。

 肝心のカーソンは、クリスが買ったネコ柄の下着とティコが買ったイヌ柄の下着を見せられ、どっちが可愛いかという理不尽な審判ジャッジを求められている。

 両方とも可愛いと言うも、どちらかに決めろと双方から異議を申し立てられる。

 真顔で審判を迫る2人に、何故ネコとイヌの下着に優劣をつけなければならないのかと困惑していた。



 夕食の時間となり、カーソン達は部屋から出るとホールに向かい、食事席へと座る。

 席へ着いたカーソン達へ、ライラが献立の注文を取りにやってくる。

「今夜の主菜は、肉か魚介をお選び下さい」
「俺、両方いいですか?」
「わたしもっ」
「あはは、勿論です」
「私は魚介かしらね? 因みに、魚介の中身は何かしら?」
「エビとホタテに、カニも使用しています」
「カニですか? ではわたくしも魚介で」
「カニか。私も魚介で頂こう」
「あたしはお肉にしとこっかな」
「はい。では、お持ちしますね」

 注文を受けたライラは、厨房へと向かう。

 イザベラとローラ、ソニアの3人は谷でも採れるサワガニと勘違いしながら話す。

「カニ、久しぶりね」
「ええ。いい味わいが楽しめそうですわ」
「いい味は出そうですが、カニそのものの食い応えはなさそうですな」
「あ、それ3人ともカニ間違いしてるかも?」
「出てくるカニって、もっと大きくて美味しいと思いますよ」
「え? そうなの?」
「カニって、親指くらいの大きさですわよね?」
「サワガニなら、確かにそんくらいですね」
「海のカニって、もっとおっきいですよ?」
「ふむ? そんなにいう程、海のカニはでかいのか?」

 海で採れるカニの大きさに懐疑的なソニア。
 
 カーソンは両手でカニの姿を表現し、その隣でクリスが両手の人差し指と中指でハサミを作り、合体させながら話す。

「だいたいこんくらいの大きさですかね?」
「もっとおっきいのもいますよ? ちょきちょき」
「そんなにおっきいの?」
「カニが魔物化した生物ではないのですか?」
「ああ。ヒノモトで魔物化したカニそいつとやり合った事ありますよ?」
「あたし達よりもでっかくて、食べ応えありました」
「食っただと!? お前達そんなモノ食ったのか!?」
「今だからこそ理由知ってますけど、魔力で巨大化してただけですから」
「倒したら依頼してきた住民達全員、討伐祝いで食え食えというお祭りに」

 元が食用とはいえ、魔物化した生物を食べたのかと呆れながらイザベラ達は話す。

「どうしてそんな危険な事したのよ?」
「オーガのようになったのかも知れませんのよ!」
カーソンおまえ、以前魔物は食った事がないと言っていたよな?
 クリスおまえクリスおまえだ! 何故一緒になって食ってしまったのだ?」
「あ、いや。魔物じゃなくてカニだったし……旨そうだったし……」
「そりや警戒はしましたけど、住人達がヒノモト人当たり前のように食べてたし……」
「そういう問題じゃないでしょ? 食べたら危ないとか誰も思わないの?」
「なんという危険な事をっ! 住人の誰も反対しなかったのですかっ?」
「ヒノモトとやらに住んでる連中は、揃いも揃ってゲテモノ食いなのか?」
「はい。俺達もビックリするくらいゲテモノ食いですよ、あの国の人達」
「食べて中毒あたって死ぬのが本望、っていう考えの人達ですから」
「猛毒で食ったら死ぬような食い物も、毒消してから食ってますからね」
「信じられないでしょうけど、そんなおっかないのほど美味しいんですよ」

 自分達には信じられないような食材もヒノモト人は食べるとイザベラ達へ教える、カーソンとクリス。

 悪食にも限度というものがあるだろうと、イザベラ達はヒノモト人に恐怖しながら話す。 

「ひ、ヒノモトの住人達って……トチ狂ってるわ……」
「食に対するこだわりが……高尚なのか馬鹿なのか……」
「食って死ぬ事が本望などと……そんなに貧しい国なのか?」
「いえいえ。ココと同じくらい豊かな国ですよ?」
「死も厭わず何でも食べるっていう気質は、確かにおかしいですけどね」
「はぁぁ……もし行ったら何を食べさせられるのやら。行きたくない国ね」
「むしろ何を食べさせられるのやら……逆に行ってみたい気もしますわ」
「むっ、虫だけは……食わんのだろうな?」
「あ、虫食それはむしろヒノモトよりも中津です」
「中津はココより東隣の国です。こういう場でも普通に出てきますよ?」
「…………もし中津そこに行くのなら、すまんが私は故郷へ帰ってもいいか?」
「そんなに虫嫌いなんですかソニアさん」
「食べてみると意外に美味しいですよ?」
「やめてくれ。食わずに餓死するほうがマシだ」

 カニの話から魔物へ、最終的には昆虫食まで飛躍したカーソン達の会話。

 終始無言だったティコは、虫を食べる話の時に自分もセミは食べた事があると言おうとしていたが、ソニアの酷い嫌悪ぶりに言わなくて良かったと胸を撫で下ろしていた。



 セラン達が副菜をワゴンで運び、続けてライラが主菜を別のワゴンで運んでくる。

 ワゴンの上には、シマが仕込んでいた四角いパンが8個乗っていた。

 運ばれてきたパンがテーブルへ置かれると、カーソン達は驚きの声をあげる。

「うおぉ……すげぇ……パンの中にスープが……」
「これ作る為に、パンを四角く焼いたんだ……」
「本当にカニがおっきいわね……随分と立派なハサミだこと」
「小さく焼いたパンも、一緒に添えられていますわね」
「肉のほうも魚介に負けじと美しい盛り付け……どちらも旨そうだな」
「スープの容器まで食べられるだなんて……すごいですっ」

 シマが焼いた、特製の四角いパン。

 その中には、白くてトロッとしたスープに浮かぶ海鮮類の甲殻部分がそそり立つ山。

 もうひとつには、茶色いドロッとしたスープに肉が島のように盛り付けられている。

 パン容器の傍には、内側の部分を使って焼いた小さなパンが三角に切られ、スープへ浸して食べるようにと添えられている。

 大胆にもパンとスープを主菜として組み込んだ、シマならではの特製メニュー。

 盛り付けにもシマの感性が垣間見られ、もはや芸術作品と評しても憚らない料理が出てきた。


 今まで見た事も聞いた事もないパン料理へ感激しているカーソン達へ、ライラは食べる際の注意事項を話す。

「時間が経つと容器のパンがふやけて、スープが漏れ出します。
 食感も変わってきちゃいますので、お早めにお召し上がり下さい」
「ふやけても旨そうだけど、了解です! いただきまーす!」
「わぁっ! 魚介のほうにはチーズも入ってるっ!」
「お肉のほうって、牛の舌肉だ。美味しいっ」
「カニが味わい深くて、食べ応えもあって美味しいわ」
「脚の肉がプリプリっとしていて……とっても美味しいですわ」
「クリス、すまんが私にも肉のほう少しくれ。こっちのも食べてみろ」
「はい。いま取り皿に分けますね」
「お姉様? 2人でひとつ、追加でお肉を頼んでみませんか?」
「それいいわね。ライラ、お肉をひとつ追加してもいいかしら?」
「はいっ。すぐにお持ちしますね」

 普段なら人間の焼くパンの出来具合に、不満しか出ないカーソン達。

 今、目の前にあるのは見て楽しみ、食べて楽しむパン料理。

 パンをスープ容器にするという大胆な発想に、不満を忘れ夢中となって食べ続けた。



 食事を終えると、ライラから氷漬けにされたワイン瓶が入っている木桶を渡される。

 頼んでもいなかったのに、ジュースが入った瓶も4本混ざっていた。

 ライラの気遣いに感激し、礼を言いながらカーソンは木桶を部屋へと持ち帰った。



 ローラとソニアは早速グラスを用意し、貰ってきたワインの栓を開ける。

「さあさあ皆さん、頂いてきたワインを飲みましょう」
「カーソンとティコはどうする? 飲むか?」
「いえ、すみませんけど遠慮します」
「わたしもです」
「私は頂いちゃおうかしら」
「あたしも頂きます」

 カーソンとティコはワインを断り、ライラが用意したジュースで付き合う。

 酒のつまみとして供されるハムとチーズはご相伴に預かろうと、皿とフォークを準備した。



 それぞれ飲み物が注がれたグラスを右手で持ち上げ、乾杯する。

「では、ローラとソニアの健闘を祝い、乾杯」
「かんぱーい」
「んぐっ、んぐっ……くぅーっ! 冷えてて美味しいっ」
「お祝いありがとうございます。うーん、美味しい」
「高級ワインと謳うだけの事はある。豊潤でふくよかな味わいだ」
「確かに美味しいわね。ちょっと若いほうのワインも飲んでみていい?」
「これ、ライラさんが手作りしたジュースかな? 旨い」
「甘すぎなくて、さっぱりとしたジュースですねっ?」
「……あ、そうそうティコ。例の約束、明日ね?」
「えっ? お約束って……何でしたっけ?」

 約束した記憶の無いティコは、ポカンとしながらクリスへ聞く。

 クリスはティコが忘れたフリをしていると思い、睨みながら話す。

「昨日、夕食の席で約束したでしょ?」
「どんな……約束だったでしょうか?」
「あたしとカーソン、2人っきりで出かける約束よ」
「…………あ」
「ほら、そうやって忘れるフリすっから。明日もう行く」
「ほ、ホントに忘れてましたっ」
「じゃあ、思い出したね? 明日は邪魔しに来ないでね」
「えぇーっ! そんなぁ……」
「そんなぁ、じゃないっ! 約束は約束っ!」
「わたし……約束した覚え――」
「あぁん? 今、なんっつった?」
「あ、いえ……そのぅ……」
「たった1日も我慢出来ないのあんた?」
「うぅ……はい……明日はお2人で楽しんできて下さい」
「うんうん、ありがとっ!」

 クリスの威圧に負け、ティコは渋々と明日のカーソンに甘える権利を譲った。

 その後、クリスは楽しそうにカーソンと明日の予定を話し合う。

 ティコは2人の会話に耳を傾け、外出先の何処かで偶然を装い合流しようと行き先の情報収集に全神経を集中させていた。



 貰ったワインにジュース、ハムとチーズを全て胃袋に入れたカーソン達はそのまま眠りに就く。



 翌朝。

 目覚めたカーソンと、左右に添い寝していたクリスとティコ。

 3人は普段と異なる状況に気付き、寝ぼけながら確認する。

「なんか……足がベタベタする……」
「わたし、お酒飲んでいなかったのに……寝てたトコがお酒臭いです」
「…………うわ、くっせぇ。足が酒くっせぇ……」
「あたしんトコには……あたしのじゃない髪の毛が落ちてる……」

 段々と目が覚め、眠っていた間の状況が分かり始めた3人はイザベラ達を見る。


 イザベラ達はカーソン達から視線を逸らし、鼻唄を口ずさみながら服を脱ぎ始める。

 どうにかして誤魔化そうと、下着まで脱いでわざと素っ裸になる。

 更には今話しかけてくるなとでも言わんばかりに、素っ裸のままで柔軟体操を始めていた。

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