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首都トラスト
212 謁見
しおりを挟むカーソン達は、トラストの街の冒険者ギルドへとやって来た。
冒険者ギルドは街の規模同様とても大きく、受付には5人の女性が座っている。
受付前にはダンジョンを探索するパーティの代表者達が行列を成し、手続きの順番を待っていた。
ホールのテーブル席では、場数を踏んだ歴戦の冒険者達が念入りに準備体操をしながら、代表者の手続き完了を待っている。
椅子に座る女性冒険者達は、テーブルの上に食料を並べながらダンジョン探索中の献立を思案している。
中には男女の冒険者同士で口論し、3日以上入りたければ追加の食料を今すぐ買って来いと喧嘩しているパーティも居た。
朝も早い時間帯だというのに喧騒が飛び交い、とても賑わっていた。
並んで順番が来るのを待っていたカーソンは、受付の女性に声をかけ全員分の冒険者証を手渡しながら話す。
「おはようございます。朝から忙しそうですね?」
「はいおはよう。もう慣れっこよ。冒険者ギルドへようこそ」
「今日からこの街で仕事します。はいこれ、俺達の冒険者証」
「あら、他の街から来た新人さん? カードを確認するわね」
「よろしくお願いします」
ニコニコとしながらギルドカードを受け取った女性。
6人分のギルドカードの内、2人に添付されている特命カードを見るなり真顔となる。
「あらっ? 2人のカードは……2枚組?」
「ええ。失くすと大変な事になるようなので、一緒にしてます」
「……えーっと……カーソンと……クリス?」
「はい、カーソンです。んで、こっちがクリス」
「クリスです、初めまして」
「主任ーっ! ちょっとこっち来て下さぁーいっ!
カーソンとクリスがウチにやって来ましたぁーっ!」
受付の女性は振り返り、大声で奥に居る主任の男性を呼んだ。
叫ばれた名を聞いた周囲の冒険者達は、にわかにざわめきたつ。
周囲からの反応を見ながら、カーソンはクリスへ耳打ちする。
「なんか、どこ行ってもこんな反応されるよなぁ……俺達」
「まるで化け物にでも遭遇したようなこの雰囲気……嫌だよね」
周囲から向けられる刺さるような視線。
居心地悪そうに待っていると、事務所の奥から主任と呼ばれた男が大急ぎでやって来る。
主任の男は受付の女性からギルド証を見せられる。
受付カウンター横の職員用出入口からホールへと出てきた主任は、やや緊張した表情でカーソン達に握手を求めてきた。
「よくぞ来てくれた! トラストギルドは君達を大歓迎するよ!」
「どうも。よろしくお願いします」
「俺はセイル。君達を全面的に支援させて貰う。よろしく」
「ありがとうございます」
「さて。早速で悪いんだが、俺と一緒に来てくれないか?」
「え? どこに?」
「トラスト国王へ謁見して貰いたいんだ」
「は? 俺達、王様へ会わなきゃないの?」
「ああそうだ。君達は絶対に国王へ会わせなくちゃいかん」
「いや、俺達は会わなくてもいいんだけど?」
「まあまあ、そう言うな。さあ、俺の後に付いて来てくれ」
「えっ? もう行くの?」
「なぁに、城へは公務用の馬車でスグだ」
「街ん中走ってもいい馬車?」
「ああ。今、裏から入り口前に回すから一緒に行こう。
これから謁見に行ってくる! 書簡と馬車の手配を頼む」
ギルド主任のセイルは、カーソン達の手を両手で掴みながら握手を交わす。
そのまま背後の職員達へ伝達し、カーソン達に有無を言わせずギルドの外へと連れ出した。
外で待つカーソンは謁見を面倒臭がり、明日にしたいと相談を持ちかけようと喋りかけたところへギルド公用の馬車がやって来る。
逃げ損ねたと観念したカーソン達は手配された馬車へと乗り込み、セイルと共にトラスト城へと向かった。
トラスト城。
トラスト国の首都にあり、国王の住む城。
このトラスト国は、建国してからまだ300年程しか経っていない。
人々が集団で守り合う為に形成された街としては、トレヴァやネストのほうが遥かに古い。
それぞれの街が自治していたこの地域へ初代トラスト1世が武力で介入し、併合を繰り返して建国したのが、現在のトラスト国である。
トレヴァやネスト、オストやダルカン等の街は新興国トラストと戦争になる事を嫌い、街の自治権と有事の際の相互協力を条件に、武力衝突する事無くトラスト国へ加盟していた。
ギルドの馬車は一般地区、軍事地区と抜け中心部のトラスト城へと進む。
馬車の中から、目の前にそびえ立つ城門を見上げながらカーソン達は感嘆の声を上げる。
「うわぁ……すげぇ」
「……わぁ、立派な城門……」
「豪華ねぇ……」
「権力の象徴……ですわねぇ」
「でかいな……この城」
「お城なんて初めて来ました。すごーい……」
「ははは。伝説の冒険者御一行様も、こういう所は不慣れか」
「慣れっていうか……なぁ、クリス?」
「連れて来られた事はあるけど……ねぇ?」
カーソンとクリスはお互いを見合わせ、ヒノモトの出来事を思い出す。
全く身に覚えのない罪を着せられ、縄で縛られながら城へ連れて行かれた過去を。
衛兵に誘導され、馬車は城の玄関先で止まる。
セイルは書簡を警備担当者へ手渡し、謁見願いを口頭で伝える。
城内への立ち入りを許可され、カーソン達は衛兵に案内されながら入城した。
謁見室隣の待機室へと連れられるカーソン達。
移動中の廊下すら、隅々まで豪華な装飾が施されている。
イザベラとローラは凛とした表情で、宝飾品へ見向きもせず歩く。
「いい? 私達は誇り高き民よ? 田舎者じゃないんだからね?」
「俗物的な物に興味を示し、田舎者扱いされてはなりません」
「はい、分かりました」
「あたしも昔、島の宮殿でキョロキョロして馬鹿にされました」
「ふん。己の権力を見せびらかしたいだろうが、何とも思わん」
「わぁっ! あそこの壺凄いですぅ!」
「えっ? どこどこ?」
「あらあら素敵な……おほんっ」
ティコが見つけた壺に、イザベラとローラは思わず反応してしまう。
ハッと我に返り、咳払いをする2人へカーソン達は話す。
「イザベラ…さん?」
「ち、ちょっとくらいなら見てもいいじゃないの」
「べっ、別に羨望などしていませんわよ?」
「首まで振らずに、視線だけで見ればいいんじゃないですか?」
「見たってしょうがないじゃない。手に入らないんだし」
「別に欲しくもありませんわ」
「では、これより宝飾品を数多く買い集めましょう。
無事に帰還した暁には、あの大樹へ装飾を致します」
「要らないってばソニア」
「私達には必要ありません」
「わぁっ! この燭台、ロウソクが宝石で出来てますぅ!」
「えっ! どれどれ?」
「まぁっ! これは見事な……お、おほんっ」
再びティコが見つけた宝飾品に反応してしまったイザベラとローラ。
人間に舐められまいとする谷の女王の威厳と、光り物好きとの葛藤で難儀していた。
待機室では開き直り、部屋に飾られている宝飾品の芸術性を評価しながらキャッキャするイザベラとローラ。
暫く待機していると、謁見の準備が整ったと使いの者が連絡にやって来る。
念の為に武装を解除しようとしたカーソン達は、その必要は無いと止められる。
不用心過ぎないかと心配する中、国王と謁見する為に隣の部屋へと通された。
謁見の間には重装した衛兵がひしめき、壁際に整列している。
カーソン達が出てきた待機室から見て真正面、分厚いカーテンの向こうから王が出てくるようである。
イザベラとローラは魔力を使い、ティコ以外の頭の中へ直接話しかける。
(見てよ、あの衛兵共の数)
(島で戦った時と比べて、多いですか?)
(いやちょっと待って下さい、ティコも聞いてるんですよね?)
(ティコとは繋げていないから大丈夫、気兼ねなく答えていいわよ)
(どうでしょう? 島の時よりも多いですか?)
(うーんと……そうですねぇ……)
カーソンは周囲を見回し、おおよその人数を目視してから答える。
(ざっと見て、倍以上ですかね。部屋は狭いけど3列で並んでますし)
(みんなで喧嘩売ったら、勝てるかしら?)
(いやいやいや、止めておきましょうよ)
(あの正面に居る大楯と短槍の部隊は、私と相性が悪いな。
正面はカーソンに任せ、右側の長柄斧隊とやるか)
(じゃああたしは、左側の長槍と剣の混成部隊とですね)
(いやちょっと、2人とも勘弁してよ)
(魔法でドッカンっとしちゃえばスグよ?)
(お姉様と私で、粗方壊滅させますわね)
(では、我々はトドメを刺して周りましょう)
(了解です。武装解除させなかった事を後悔させてやりましょう)
(あの……何でみんな争いありきで話し合ってんですか?)
カーソンは殺し合い前提で話し合う女性陣に困惑する。
イザベラとローラは、カーソンへ答える。
(あのね、カーソン? こういう時はね、最悪の状況を考えるの)
(最悪の状況……って言いますと?)
(これが謀略で、私達の身柄を拘束する事が本来の目的。
或いは皆殺しを目的として呼びつけた、という状況の事ですわ)
(そんな馬鹿な?)
(島はその馬鹿をやらかしてきたでしょ?)
(あっ……はい、そうですね……やられました、確かに)
(あわやカーソンとクリスを失うところでしたからね)
(お前達が谷を出た後、対策案は事前にという事になったのだよ。
予め最悪の事態を想定しておけば、虚を突かれる事もないだろう?)
(へぇ、なるほど)
(あたしも警戒と対策をしておく案に賛成です)
事前に万が一の対策を講じておく事に感心するカーソン。
その重要性を自らの経験で痛いほど実感しているクリス。
ソニアは油断から生じた、島からの嫌がらせ話を2人へ語る。
(お前達が谷を出てから3日後、男衆が全員谷へ帰ってきた時。
その時に詫びの品として、菓子折りも置いていったのだがな?
毒でも仕込んでいるのではと警戒し、誰も手を付けなかった。
後に腹を空かせたチェイニーとエリが食ってしまってな?
案の定、仕込まれていた毒に2人ともやられてしまったのだよ)
(ええっ!? チェイニーとエリがっ!?)
島の嫌がらせでチェイニーとエリが被害を受けていたと知る、カーソンとクリス。
ふと、2人と再会した時を思い出しながらソニアへ聞いた。
(でも、久しぶりに会った時は何ともなさそうでしたけど?)
(……あ、ローラさんが解毒をされたんですか?)
(いや? 一晩ほど腹を下して苦しむ程度で済んだ)
(……え? それって……毒じゃなく腐ってただけでは?)
(詫びの品に腐る物など言語同断だろうが? 毒なハズだ)
(ちなみに……貰ってから何日後にそれ食べたんですか?)
(10日は過ぎたか。甘酸っぱい味で、カビ臭かったらしいぞ?)
(あー……たぶん腐ってましたねそれ、きっと)
(島が何を贈ったのか分かりませんが、10日以上も放置は流石に……)
(菓子折り……よくソニアさんは手ぇ出しませんでしたね?)
(何度も出しかけたさ。誰かが食うのをずっと待っていた。
食ったあの2人がやられさえしなければ、恐らく私も食った。
見た事もない旨そうな菓子だっただけに、余計に腹立たしい)
(んー……早く食べちゃえば良かったかも知れませんねぇ?)
(あなた達。昔話もいいけど、今この場も大事よ?)
(どうやら、国王が姿を現すようですわよ?)
イザベラとローラに指摘され、3人は前方の分厚いカーテンへと意識を集中させる。
やがて正面の分厚いカーテンが左右に開き、奥からトラスト国王がカーソン達の前に姿を現した。
同席しているギルド主任セイルに促され、カーソン達は跪いて国王へ頭を下げた。
国王は老齢で、手には杖をつきながら弱々しい足取りで歩いてくる。
付き添いの家臣に促された国王は、跪くカーソン達を見下ろしながら話しかけてきた。
「お前達が、巷で噂のカーソンとその一行か?
余はトラスト6世。この地を統べる唯一無二の王なり。
これよりお前達に、余の勅命を下してやろう。
街外れのダンジョンに潜り、最深部より力の源を持ち帰れ。
さすれば巨万の富と、国中へ知れ渡る名声を授けてやろう。
お前達の働きに期待して、余が待ち望む朗報を待っておるぞ」
「はっ。この者達、国王陛下のご期待に副える事が出来る歴戦の兵達でございます。ギルドは彼等を全面的に支援し、必ずや成し遂げて参ります」
「セイルよ。お前いつもそう言うが、未だに成果が皆無ではないか」
「申し訳ございません。ですが、強き者ほど慢心するもの。
ダンジョンはその慢心を突き、命を奪う過酷な地でございます。
ご承知なされています通り、ほんの僅かな油断からその命を――」
「ああ、よいよい。それも聞き飽きた。もう下がってよいぞ」
「ははっ。では、失礼致します」
セイルの弁明を聞き流し、もう帰れと促すトラスト6世。
カーソン達は国王に一礼し、謁見の間から出る。
そのままセイルの後に続き足早に退城すると、ギルドへ帰る馬車へと乗った。
馬車の中ではイザベラが毒を吐き、カーソンが宥める。
「何よ、散々待たせておいてあんな事しか言えないの?」
「いやほら、国王も忙しいんですよきっと」
「こっちだって暇じゃないのよ?」
「まあまあ、何かの儀式だったんだと思いましょうよ?」
「しっかし、あんなジジイでも世界の王になりたいのねぇ?」
「しーっ! 誰かに聞かれたら大変ですよ!」
「あら、事実じゃない?」
「事実かどうかは別な問題ですって」
「世界の王になる前に、寿命でくたばるわよ。あのジジイ」
「いつもは小僧って言ってるのに、ジジイって……」
「才能に溢れる連中はね、将来に期待して小僧って呼ぶの。
無能でトシだけとったような奴は、ジジイで構わないわよ」
「有能か無能かなんて、パッと見じゃ分かりませんってば」
口を尖らせながら愚痴を漏らすイザベラ。
カーソンは、この会話を聞いた誰かが役人へ密告しないかと焦った。
同席しているセイルはイザベラの話を聞き、自身の立場を度外視して答える。
「そう言ってくれるな。王様にだって野望はあるさ」
「その野望を実現させたいが為に、他人の命を軽視しているから無能だって言っているのよ」
「ギルドとしても耳の痛い話だがね、本当にその通りだと思うよ」
「そんなに欲しけりゃ、自分で取りに行けばいいのよ」
「ああ、ごもっともだ」
「自力で手に入れられる者が手にしてこその『力』なのよ?
他人に任せて手にしても、使いこなせずに自滅するだけよ?」
「『力』を手にした王様が何をされるのかは、我々も分からない。
領地拡大の為に、他国へ侵略なんて事にならなきゃいいんだがね」
「そもそもな話、『力』を手にした者がそれを王に渡すと思う?」
「それを危惧しているから、可能性のある冒険者達と面会するのさ。
万事持ち帰った際は、くれぐれも宜しく頼むぞって意味合いでね」
「だったらあんな態度で会うのはやめたほうがいいわ。逆効果よ?」
「まあ、そうだろうな。要らぬ喧嘩を売っているようなもんだ。
成し遂げた者の判断に影響を及ぼさないか、我々も心配している」
イザベラからの指摘に、セイルはその通りだと深く頷いた。
心の底から同意しているセイルの表情を見ながら、イザベラは話す。
「そこまで理解していて、ギルドからは何も言わないの?」
「言えるもんじゃないよ。不敬罪で投獄させられてしまう」
「……ふむ、あなた達も大変そうね?」
「あなたも冒険者らしからぬ、分析力をお持ちのようだ」
「物事っていうのは、ひとりの考えでは進みやしないもの。
そこに関わる全ての者の言動で、物事は進むんだから。
不確定な要素を取り込めば、その結果も不確定になるわ」
「……君達のパーティが強い理由、分かったような気がするよ
目先の事象に左右されず、もっと先の大局を見ているんだね」
「読みすぎじゃないかってくらい、先の展開は読むものよ?」
「今度酒でも飲みながら、あなた達と話し合いたいものです」
「ええ、いいわよ? いつかそのうちね……あら、着いた?」
セイルはギルドでも内々に危惧していた不安要素を、国王へ謁見しただけですぐに見抜いたイザベラが只者ではないと感じる。
イザベラもまた、セイルの話を聞いてギルド側も心配こそしているが、立場上従わざるを得ない状況なのかと感じた。
国の関係者に聞かれると不穏分子として拘束され兼ねないにも関わらず、議論を交わしていた馬車はギルド前へと到着した。
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