翼の民

天秤座

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首都トラスト

207 雷玉

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 ソシエと3人の娘達を連れた一行は、昼食を終えると市場に行く。

 食料を買い込むと馬車に乗り込み、トラストへ向けて出発した。



 荷台へ共に座るソシエは、クリス達へ感謝する。

「本当に、何とお礼を申せば良いのやら……有難うございます」
「気にしないで下さい。ドラツェンよりトラストの方が仕事ありますって」
「きっといい仕事も沢山あるし、住めるところもすぐに見つかるわよ?」
「国中の冒険者を集めているそうですし、仕事も増えていると思いますわ」
「今でこそ不安だろうが、きっと大丈夫だ。こういうものはどうにかなる」
「皆様のお蔭で、私も希望が湧いてきています」

 ソシエは期待と不安に包まれながら、馬車に揺られ続けている。

 昼食をお腹いっぱい食べた娘達は、荷台の隅に挟まりスヤスヤと眠っていた。


 ティコは御者席のカーソンの横へ座り、寄りかかりながら聞く。

「ねぇ、カーソン様? どうしてそんなに優しいんですか?」
「ん? 俺は別に優しくしてるつもりなんて無いぞ?」
「わたし……カーソン様みたいになりたいです」
「俺みたいに男にか? イザベラさんにお願いすれば男にして貰えるぞ?」
「あはは、違います。カーソン様のように、強くて優しくなりたいんです。
 それに、男にして貰ったら……カーソン様のお嫁さんになれないし……」
「ん? 何か言ったか?」
「いいえー。何でもありませんっ」

 ティコは自分の願望を、さらりとカーソンへ話した。




 荷台では娘達が起き始め、せわしなく動き出して騒々しくなってきた。

 ソシエはちょこまかと動き回る娘達を叱りつつ、クリス達へ謝る。

「セラン、ポラン、レニタ! 静かにしなさい! 申し訳ありません。
 育ちが悪く、じっとしていない子達ばかりで……大人しくしてなさい!」
「構いませんよ。ソシエさんも、少し休んでおいたほうがいいですよ?」
「私は大丈夫です。皆様こそお休みに……もうっ、静かにしなさい!」
「あはは。しょうがないですよ、旅ってのは楽しいんだもん。ねーっ?」
「ねーっ! あはははは!」

 クリスからの呼びかけに、娘達は口を揃えて同意した。


 馬車はトラストを目指し、走り続ける。

 道は平坦でこそあれ、緩い勾配の上り坂が続く。

 定員6名の馬車に10人が乗っている事もあり、馬達は疲れて移動速度が落ちる。

 その度にカーソンは馬車を停め、馬達を休憩させながらヒーリング水を飲ませて回復させた。



 何度目かの休憩で小川の近くへ馬車を停めたカーソンは、馬達へ飲ませる水を確保しに向かう。

 クリスとティコも手伝い、馬車に常備している給水タンクへ小川の水を汲んで補充する。


 馬達へヒーリング水を飲ませているカーソンへ、クリスが地図を見せながら話す。

「今、たぶんこのへん。この調子だと、あと2日はかかりそうだね」
「カートン達も辛そうだなぁ。心配して聞いても大丈夫だってしか言わないけど」
「ヒヒンッ」
「いや大丈夫じゃないだろ? 汗がすんごいぞ?」
「んー……定員以上乗ってて、おまけに上り坂だもんねぇ……」
「休み休み行くしかないな」
「そうだね…………あ」
「ん?」
「そういえば、馬車の移動速度上げる『雷玉』っての買ってなかった?」
「…………あ」
「買ってたよね? あの頑丈な箱に入ってるやつ」
「そうだった。ちょっと使ってみるか?」
「うんうん。使ってみようよ」
「じゃあ俺、ここ片付けとくからそっちは任せる」
「うん、分かった」
「クリス様? 何かされるのですか?」
「ティコも手伝ってよ。馬車を速くさせる道具が荷台にあるのよ」
「はいっ」

 クリスとティコは一足先に、荷台へと戻ってゆく。

 馬達へ使わせた木桶を回収し、御者席へと戻ったカーソンは後方の荷台から雷玉使用の報告を待った。


 荷台ではイザベラとローラが書物を読み、ソニアは隅で片膝を立てたまま座り込み、眠っていた。

 ソシエも睡魔に負け、うつらうつらと居眠りをしている。

 セラン達3人は、イザベラとローラの書物に書かれている魔物の挿絵を見ながらメモ用紙に真似た絵を書き、遊んでいた。


 荷台へ戻ってきたクリスは、イザベラに話しかける。

「イザベラさん。ちょっと、雷玉っての使ってみますね?」
「……うん」
「そこの頑丈な箱に入ってるやつですよね?」
「……うん」
「そこのハッチ開けて、中に入れればいいんですよね?」
「……うん」
「じゃあ、やってみますね?」
「……うん」

 イザベラは書物を夢中で読んでいた為、クリスからの質問に生返事で答えていた。


 クリスは床のハッチを開け、中にある金属製の容器の蓋を開ける。

 容器の内部にある穴を確認し、クリスはティコと共に頑丈な箱へと向かう。

 ずっしりとした金属製の箱を開けると、中には更に木製の箱が納められていた。

 木製の箱を開けた2人は、中に入っている握り拳程の金色に光る複数の玉を確認する。

「これかな? 雷玉って」
「綺麗な玉ですね?」
「あれに何個入れたらいいんだろ?」
「とりあえず、2個ほど持って行きましょうか?」
「そうだね。あんたひとつ持ってね」
「はいっ」
「ちょっと待って素手じゃ駄目っ!」
「えっ?」

 2人の行動に気付いたイザベラが叫ぶも間に合わず、クリスとティコは雷玉を素手で掴もうとする。

 バンッ

 雷玉に触れた瞬間、凄まじい音と共にクリスとティコは吹き飛ばされ、意識を失った。


 

 クリスとティコは何者かに自分の頬を何度も叩かれ、痛みを感じながら意識を取り戻す。

 カーソンがクリスの頬を、ソニアがティコを頬を、懸命になってパンパンと叩いていた。

「…………痛い」
「意識が戻ったかっ!? ソニアさんそっちはっ!?」
「今反応があった! ティコも意識が戻った!」
「うあ……何……あったの?」
「素手で触っちゃ駄目なんだよっ! 何で皮手袋しなかったんだっ!」
「しらな……かた……」
「ほらっ、ヒーリング飲め。ひとりで飲めるか? 飲ませてやろうか?」
「う……ひとりで……飲む」
「そうかそうか。ほら、右手使えないだろうから左手でな?」
「…………あれっ、ホントだ? 右手の感覚がない……」
「いいからほら、左手で受け取って飲め。右手は見るなよ?」
「? うん。ごくっ……ごくっ……」

 カーソンはクリスが右手を見てしまわないように、股の間に挟み込んで隠す。

 感覚のない自分の右手がどんな状況なのか分からぬまま、クリスは左手で受け取ったヒーリング水を飲んだ。

 カーソンは股の下に挟んでいるクリスの右腕を観察し、治癒を確認する。

「…………良かった、治ったか」
「何が起きたの?」
「お前の右手が黒焦げになったんだよ」
「……へっ?」
「雷玉にやられてお前の右手、腕まで真っ黒焦げになったんだよ」
「……えっ?」
「威力こそチェイニーのよりも弱いけど、お前雷玉掴みっぱなしでな?
 皮膚が焼けて腕までずっと、真っ黒く焦げたんだよ。
 イザベラさんとローラさんが皮手袋はめて、手から引き離したんだ。
 あのまんま雷玉掴み続けてたらお前、下手すりゃ右腕欠損してたぞ?」
「右腕が欠損って……そんなに危ないモンなのあれって!?」
「まだ実用段階までいってなくて、皮手袋で扱わないと危ないんだよ」
「……道理であんな、箱まで二重にして厳重に保管してたんだ?
 ってか……スンスン……臭い。なにこの変な匂いは……?」
「お前の右手が焼けた匂いに決まってんだろ」
「あ、やっぱり?」

 荷台には、雷が物質を焼いた独特の焦げ臭い匂いが漂っている。

 ソシエと娘達は荷台の隅に身体を寄せ合い、事の顛末を見守っている。

 吹き飛ばされたクリスの巻き添えとなったティコは、その衝撃で先に雷玉を手放した為に指先が焦げただけで済んでいた。

 ソニアから手渡されたヒーリング水を飲み、放心状態となっている。



 事態が収まり、異臭が薄れたところでイザベラとローラが謝る。

「ごめんなさい。読むのに夢中になって、生返事してしまっていたわ」
「クリスが知らなかった事を失念していました……ごめんなさい」
「い、いえ。なんかあたしも素手で触っちゃ駄目って聞いてた気もします」
「大丈夫? どこもおかしくなってない?」
「はい、たぶん大丈夫です」
「カーソンをわたくし達へ譲った事、覚えてますか?」
「ええ、譲った覚えなんて全くありませんから正常です」
「……記憶が消し飛ぶまで放置したほうが良かったかしら?」
「助けるのが早すぎたようですわね」
「お2人とも……なんか酷い」

 どさくさ紛れに事実関係を捻じ曲げようとしたイザベラとローラに、クリスは憤慨した。 



 取り扱いを間違えたクリスとティコが怖がった為、ソニアが代わりに雷玉を取り扱う。

 両手に皮手袋をはめ、慎重に雷玉を手にしたソニアはイザベラへ聞く。

「これを……どのようにすれば良いのでしょう?」
「ええっとね……ハッチの中にある筒の中に入れて」
「……はい、入れました」
「容器の蓋を閉じて」
「はい、閉じました」
「後はハッチが起動と安全装置の役目をするって書いてあるわ。
 閉めたら動き出すみたい。念の為、ハッチは慎重に閉めてね?」
「はい」

 ソニアは慎重にハッチを閉じた。

 
 ブゥゥン ウィィン

 ガション プシュゥ

 ヒィィィィ……ン


 断続的に続く金属音と共に、荷台が浮き上がってゆく。

 せり上がった荷台の感触に怯えながら、クリス達は話す。

「わっ!? わっ!? 浮いた!?」
「なんかこう……ふわっした感じがするわね」
「ええ。床に足が着いていますのに、浮遊感が……」
「何とも……奇妙な感覚だなこれは」
「わ、わたし……なんか気持ち悪いですこの感覚」
「そうか? あ、お前飛んだ事ないもんな」
「飛ぶ……?」
「羽ばたいて滞空してるとき、こんな感じがすふべっ!?」

 ベシッ

 ソニアは、カーソンの顔へ皮手袋を投げつけた。

「基礎体力作りの訓練で、縄登りをする時の感覚の事だ。
 カーソンばかたれがワケの分からぬ表現をしてすまんな?」
「縄登り……ですか?」
「相応の腕力を消耗するのだが、疲れずに浮いているような感覚。
 カーソンこのボケはそれを言っただけの事だよ、言い回しを気にするな」
「あ、カーソン様の言い間違えでしたか。なるほどです」

(あんた、ソニアさんがあんな事するなんてよっぽどだよ?)
(ごめん。うっかりしてた)
(うっかりじゃ済まされないんだからね?)
(いやほんと、ごめん)
(……しっかしソニアさん、よくあんな説明で納得させたよね)
(こう言っちゃあれだけど……俺もそう思う)
(ティコも飛ぶって言葉に意識向いてなかったかもね)
(かも知れないな)
(雷に打たれたようなもんだし、意識が動転してるまんまかも?)
(であれば助かる。後から疑問にすら思われないかな)
(とにかく、うっかり翼の民ってバレないように気をつけなさいよ)
(ごめん、気をつける)

 クリスはカーソン小声で話し合う。

 カーソンはイザベラ達へさりげなく頭を下げ、失言を詫びながら御者席へと戻っていった。



 御者席へ戻ったカーソンは後ろを振り向き、浮いた荷台を見ながら話す。

「結構浮いてるなぁ……何でこうなると馬車が速くなるんだ?」

 カーソンは首をかしげながら、手綱を操作し馬達へ出発の合図を送った。

 馬達は踏ん張り、重い馬車を引っ張って動かし始める。

 その初動の軽さに、馬達は驚きの声を上げた。

「ヒンッ!?」
「ビヒンッ!?」
「ブフンッ!?」
「え? 軽くなったって? いや、何もして……あ」
「ヒンヒンッ!」
「あー、そうか。荷台が浮いてるぶん、車体が軽くなったのかな?」
「ブヒヒンッ!」
「ラクになったんなら、うん。疲れにくくていいな?」
「ブフンッ! フンッ!」
「ヒンッ!」
「ブフッ!」
「おいおい、そんなに気合い入れなくても……おっ、おおぅぃ。
 ゆっくりでいいってば……ちょっと……おい、早すぎるぞ……」

 引く馬車が軽くなり、馬達はどんどんスピードを上げてゆく。

 上り坂など全く苦にせず、軽やかに駆ける馬達。

 上がり続ける馬車の速度に、カーソンはきちんと馬達を操作出来るか怖くなってきていた。



 荷台ではイザベラ達が雰囲気の変化に気付きながら話す。

「あら? 何かいつもと違うわね?」
「何かこう……空間を移動する速さが異なるような……」
「ええ、空気の振動が速いような気がします」
「この、ハッチの中から聞こえる音が不気味……」
「ヒィィィンって……今まで聞いた事の無い音です」
「あたしちょっとカーソンとこ行ってきます」
「わたしもご一緒しますっ」

 荷台に居ても速さを体感していたクリスとティコが、御者席へとやってくる。

 左右の並木があっという間に後ろへ消えてゆく光景を見ながら、2人は話す。

「おおぉ……これが雷玉の力かぁ!」
「わぁっ……速いですっ! 景色の流れが違いすぎますっ!」
「ちょっと速すぎて……俺、操作失敗しそうでおっかないんだけど?」
「まあ、頑張ってね?」
「他人事みたいに言うなよ」
「カートンさんっ! クリシスさんっ! ロザニアさんっ!
 頑張ってくださぁーいっ! 凄く速くて気持ちいいーっ!」
「ヒンヒンッ!」
「ブフゥッ!」
「ブルルルッ!」
「おいティコ焚きつけるな! お前達もう少しゆっくり走れ!」
「あはは。気持ち良さそうに走ってるし、いいんじゃない?」
「よくねぇよ! 俺が怖いっ! 振られて落っこちそうだ!」
「じゃあほら、あたしとティコで支えてあげる」
「はいカーソン様っ、お支えしますねっ!」

 クリスとティコは御者席へ座り、左右から挟み込んでカーソンを支える。

 左右に振られていたカーソンは、2人に固定され安定した姿勢を保つ事が出来た。



 やがて上り坂が終わり、目の前には下り坂が現れる。

 カーソンは血の気が引き、慌てて馬達の手綱を引っ張る。

「お前達下り坂だぞ!? 馬車が転ぶっ! ゆっくり頼むっ!」
「ヒヒンッ!」
「いやちょっと待てカートン! 本気出すとかアホな事言うなっ!」
「いけいけカートンっ!」
「クリシスさんもロザニアさんも頑張ってぇーっ!」
「ヒンッ!」
「ブヒヒィンッ!」
「うぉぉっ!? おっかねぇぇっ!」
「いやっほぉーっ! いけいけぇーっ!」
「風が気持ちいいーっ!」

 クリスとティコはカーソンへ左右からしがみつき、高速移動する馬車の風切る速さにキャーキャーと悲鳴をあげながら楽しんでいる。




 カーソンは額から大粒の汗を流しながら、血気逸けっきはやる馬達を必死に操作していた。

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