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新たなる旅路
179 オーガと財宝
しおりを挟む地図に記された目的地へと近付き、クリスは荷台から御者席へ移動するとカーソンへ話す。
「そろそろ目的地だよ」
「お、そうか?」
「オーガに馬車狙われたら危ないからね、この辺で停めて後は歩いて行こうよ」
「ああ、分かった。よしお前達、お疲れ様。ここからは歩いて行く」
カーソンは馬車を停め、馬達を休ませる。
その後全員で戦闘の準備を整える。
馬車はローラの結界でその姿を隠した。
一行がアジト目指して歩き始めて間も無く、前方から黒褐色の身体をした大男が3匹こちらめがけて走ってくるのが見えた。
大男達の正体は、魔物の肉を食べてしまった人間の成れの果て、オーガだった。
オーガ達は手に剣を持ち、言葉にならない雄叫びを上げながら突進してきた。
イザベラはオーガ達に狙いを定め、杖を地面にトンと突く。
オーガ達の首はイザベラの『鎌鼬』にえぐられ、どす黒い血が吹き出した。
オーガ達は首をおさえながら、尚も突進してくる。
5人は散開し、オーガ達から逃れる。
体勢を整え、振り向いたイザベラはローラの張る結界の中で呟く。
「いけない、私とした事が。どうやら狙いが浅かったようね」
イザベラはもう一度、杖を地面にトンと突く。
傷口を庇っている手ごと、『鎌鼬』が再び切り裂く。
抉られたオーガ達の首と手は転がり落ち、どす黒い血が空高く噴き上がった。
オーガ達の死体を確認する一行へ、更に前方からオーガが3匹現れた。
オーガ達は石を手にし、一行めがけて投げつけてくる。
カーソンは『矢反らし』を使い、投石を無効化するとオーガに向けて走り出す。
クリス、ソニアも後に続いた。
カーソンはサイファを2本つなげ、大剣を作り出す。
オーガの突進に斬りかかるタイミングを合わせ、脳天から垂直にサイファを振り下ろした。
「せぇーのっ……そりゃっ!」
サイファの刃により、オーガは受け止めようとした剣ごと左右真っ二つに両断され息絶える。
ソニアは大剣を横に構え、オーガとの距離を目測する。
突進してくるオーガの首をめがけ『疾風』を使い、目にも止まらぬ速さで大剣を振り抜いた。
「よし! 手応えありっ!」
首をはね飛ばされたオーガは大量の血を噴き出しながら後ろへよろけ、ドウッと仰向けに倒れた。
クリスは剣に『シャープエッジ』をかけ、突進してくるオーガに真正面から突っ込んだ。
オーガが振り下ろした剣を盾で受け流し、腹を突き刺す。
クリスはそのまま剣を水平に薙ぎ払い半身を切り裂くと、更に一回転してまだ斬られていない側の横腹めがけて振りぬいた。
パキンッ
乾いた金属音がクリスの耳に入る。
オーガは上半身と下半身の真っ二つにされ、倒れた。
「今の音……何だろ? もしかして剣が……あっ!?」
金属音が気になったクリスは、自分の剣を注意深く眺める。
クリスが持つ剣の根本部分には、小さなヒビが入っていた。
(やばっ……無理な力入れて斬っちゃっちゃ)
妙な動きをしたクリスを気にかけ、カーソンが話しかけてくる。
「どうした? ケガしたのか?」
「う、ううん何でもない。大丈夫、ケガしてないよ?」
「そうか? その割には痛そうな顔してないか?」
「ホント大丈夫だよ。ケガしてないし、痛くも何ともないよ?」
「そうか? ならいいけどな?」
「これで6匹だよね? 残りは4匹かな?」
(やばいなぁ……どんくらいのヒビか、後でちゃんと見とこ)
クリスはカーソンに気付かれないよう、そっと剣を左腰の鞘に納めた。
5人は一度集まり、体勢を整える。
「あと……4匹かしらね?」
「そうですわね、お姉様」
「馬鹿力だとは思い、警戒こそしたが……弱いな」
「やっぱり硬かったですね、あいつらの身体」
「うん、そうだな。さて、残りはアジトに居るのかな?」
5人はアジトへと近付いて行った。
アジトの入り口前ではオーガが3匹、焚き火を囲んでいた。
何かを焼いて、むしゃむしゃと食べている。
オーガ達は食事に夢中で、まだこちらに気が付いていない。
「俺が仕留めてもいいですか?」
「オドは大丈夫なの?」
「はい、大丈夫です」
「では、お任せ致しますわ」
「流石にこの距離では、私やクリスじゃ射程外だしな」
「んじゃ、よろしく」
カーソンはサイファを弓に変え、3匹の脳天を狙い、矢を放つ。
ツキュンッ
サイファの矢は乾いた音を立て、オーガ達の頭を貫いた。
ピクリとも動かなくなったオーガ達。
風の目で様子を見て、死んでいると確認したカーソンは話す。
「ごめん。メシ食ってるとこ殺しちゃって、悪かったな」
「6匹もやられてるのに、呑気に食べてるからよ。馬鹿ねぇ」
「殺された事にも、気付いていなさそうですわね?」
「食いながら死ぬってのも、実は思ったより悪くない死に方かも知れんな」
「あたしは絶対に嫌ですよ。せめて殺しにきた相手を見てから死にたいです」
「そうか? 俺も死ぬなら、食ってる時に何されたか分かんないまま死にたいな」
「ちょっとあなた達、何で自分が死ぬ時の事考えてるのよ?」
「縁起でもない事を考えてはいけませんよ?」
イザベラとローラは、剣士達の死生観を諫めた。
イザベラとカーソンは風の目を使い、アジトの中や周囲を注意深く見て回る。
「……ふむ。どうやらオーガは9匹だったようね?」
「そうですね。周りをシルフに探して貰いましたけど、他には居ないみたいです」
「では、現地へと参りましょうか」
「油断はなさらないで下さい」
「慎重に行きましょうね」
念の為に周囲の警戒をしつつ、5人はアジトの入り口までやって来た。
オーガ達が食べていたものを見て、クリスは気持ち悪そうに話す。
「うっわぁ……人間の肉、焼いて食べてる……」
「食人鬼の名は、伊達じゃないわね」
「生では食べないのでしょうか? 魔物なのに文化的ですわね」
「魔物とはいえ元が人間なのですし、人間だった頃の名残かも知れませんね」
「焼いた人間の肉かぁ……骨付きでいい焼き具合で、何となく旨そうだな」
「ちょっとあんた、食べちゃダメよ?」
「たっ、食べないって!」
「じゃあ、そんな食べたそうな顔しないでよ」
「うっ……はい、クリスお姉様」
クリスはカーソンへ食べるなと念を押す。
カーソンは、ちょっと一口だけと言わずに良かったと胸を撫で下ろした。
一行はアジト内の物色を始める。
アジトの奥に宝箱を見つけたカーソンとソニアは、2人がかりで入り口まで運んでくる。
箱を開けると、中にはゴールドや財宝がギッシリ詰まっていた。
クリスは箱の中を見て、思わず喜ぶ。
「この感触、久しぶり! これだから盗賊退治はやめられないわ」
「あらクリス? この中身、私達が貰ってもいいの?」
「あ、いえ駄目です。貰ってもいいのはゴールドだけで、財宝はギルドへ持って行きます」
「眺めるだけなら、よろしいですか?」
「ええ、それくらいなら」
「どれどれ……あら素敵」
「あらまぁ、綺麗な装飾品ですこと」
「あたしも見よっと」
「どれ、私も……この光沢、惹かれるものがあるな。うむ、綺麗だ」
「女の人って、やっぱりこういうのが好きなんですね?」
宝箱に群がりキャッキャと騒ぐ女性陣を、カーソンは見つめていた。
イザベラ達は宝飾品の出来具合を吟味しながら話す。
「この指輪、とても綺麗ねぇ。あらっ、こっちのイヤリングも素敵」
「あらあらまぁまぁ! これはとても美しい腕輪ですわね」
「盗賊とは、このような物をいっぱい持っているのか?」
「いえ。持ってるというより、他の人間達から奪い取った物を集めているんです」
「え? 他の人間から奪い取るの? 対価も払わないで?」
「対価に見合うものと、交換もせずにですか?」
「力ずくで奪うのか?」
「盗賊共の言い分は、『お前を殺さないでやるから金品をよこせ』なんですよ」
「相手の命を対価にするの? 随分と乱暴なやり方ね?」
「そんな事をしてもいいのですか?」
「良くないですよ。だから盗賊っていう名の罪人で、街には住めない人間達なんです」
「何だ、じゃあオーガに殺されても仕方ない人間達だったのではないか」
「こうやって集めた財宝の山を、オーガに裁かれたのね?」
「気の毒どころか、むしろ天罰だったのですわね?」
「そうですね。悪い事すれば必ず別なカタチで自分に返ってくる、いいお手本ですよホント」
「でもこの財宝、これからどうなるの?」
「これを奪い返してギルドに持って行けば、回収したぶんの追加報酬が貰えるんです。
それに、盗賊が持っていたゴールドは丸々あたし達が貰えるので、凄く実入りがいいんです」
「だからあなた達、この仕事やり過ぎて暗殺ギルドに狙われたのね?」
「誰が依頼したのかは存じませんが、人間達から憎悪や嫉妬をされたのですわね?」
「はい、恥ずかしながら。ところでイザベラさんは、何で暗殺ギルドに狙われたんですか?」
「あはっ、私もあなた達の事言えないのよ。調子にのって人間の事殺し過ぎちゃったの」
「父上とお姉様が帰って来た時、次に旅する私には絶対に人間を殺すなと厳命されましたわ」
イザベラとローラは、昔人間界を旅した記憶を思い出していた。
カーソン達は盗賊が残した宝箱を馬車に積み込み、オストの街へと戻る。
オストへ着いた頃には夜であった為、ギルドへの報告は明日にしようと話し合い、宿屋へと向かった。
宿の大部屋を指定し、鍵を受け取ると部屋に入り着替える。
オーガの返り血で汚れた身体を風呂で洗い流し、食事を済ませると部屋で女性陣は再び盗賊の財宝を眺めた。
イザベラ達は財宝を愛でながら話す。
「女ってどうしてこう、キラキラ光る物に弱いのかしらね?」
「美しく煌びやかな物に心奪われるのは、女の性ですわよお姉様?」
「繊細な細工には、思わず目も心も奪われてしまいますね」
「ずっとこうして見ていたいけど、そろそろゴールドを取り分けましょうか」
「そうね、ゴールドは貰えるんだったわね?」
「底のほうにも、素敵な物がありそうですわ」
「ある程度取り出したら、箱ごとひっくり返します」
イザベラ達は財宝とゴールドを選り分けながら、箱から取り出してゆく。
半分程度まで取り出したところで、ソニアが箱をひっくり返した。
箱の底に埋もれていた美しい宝飾品がその姿を現し、イザベラ達は歓声を上げた。
ゴールドの選り分けを忘れ、再び宝飾品の品定めに没頭するイザベラ達。
ひとりで黙々と選り分けていたソニアも、ひとつの宝飾品を見付けて手が止まる。
ソニアの目に止まったのは、白銀の地金に眩いばかりの宝石が散りばめられたティアラ。
その美しさに目を奪われたソニアは、ゴールド選別の最中だという事も忘れてティアラを眺め続ける。
そしてティアラを手に取るとおもむろに立ち上がり、部屋備え付けの化粧台へと向かった。
ソニアは化粧台の前に座ると、鏡に映る自分の顔を見つめる。
そしてティアラを自分の額へと宛がい、身に着けた。
「ふふっ……くくくっ……何を馬鹿な事を……」
ティアラを着けた自分の顔に、ソニアは思わず失笑し始めた。
失笑しているソニアへカーソンは近付き、後ろから話しかける。
「ソニアさん、どうしたんですか? そんなに笑って?」
「……いや。こんなに綺麗なティアラを、自分が着けてみたらどうなるかと思ってな?
どれくらい女っぽい顔つきになるのかと試してみたが……自分でも笑うくらい似合わん」
「そうですか? 俺は似合ってると思いますよ?」
「馬鹿を言うな。いくらこんなに綺麗な物でも、私が着ければただの鉢金だ。
こんなティアラよりも、私には兜のほうがまだ似合うという事が分かった」
「そんな事ないですって。凄く似合ってると思いますよ?」
「ふふっ。お世辞とはいえ、そう言ってくれると嬉しいぞ?」
「お世辞なんかじゃないですよ。本当に綺麗です、ソニアさん」
「……そっ、そうか? へっ、変じゃ……ないか?」
「ええ。何ていうか……戦うお嬢様って感じがして、凄く綺麗でかっこいいです」
「……お前は褒めたつもりだろうが、かっこいいは女を褒める言葉では無いのだぞ?」
「え? そうですか? クリスにかっこいいって言うと、いつも喜んでくれますよ?」
「ふっ、あいつもまだまだ子供だな」
「ソニアさん。もしそれが気に入ったんでしたら、俺がギルドに話通しておきますよ」
「話を通す? 何のだ?」
「もし、そのティアラの所有者が現れたら返さなきゃないんですけどね。
所有者不明のままだったら、ギルドが売りに出すんです。
ソニアさんが欲しいと言っておけば、取っておいてくれますよ?」
「いや、私は要らん。似合わんものを着けても無駄になる」
「似合う似合わないを決めるのはソニアさんじゃなく、周りの人達ですよ?
ソニアさんはそう思ったんでしょうけど、俺は凄く似合ってると思います」
「要らん。これを買うくらいなら、もっと有意義な物を買う」
「じゃあ、俺が買い取りたいって申請しておきますね? それならいいでしょ?」
「お前が買って、どうするつもりだ?」
「そりゃもちろん、ソニアさんへプレゼントします」
「は!?」
「俺はそのティアラ、ソニアさんにピッタリだと思いますよ?
もし買えたら、ソニアさんにプレゼントしますね?
嫌なら着けなくてもいいですから、貰ってくれると嬉しいです」
「そうか、ありがとう。もしティアラが私の手元に来てくれるなら。
お前からのプレゼントとして、ずっと大切にするとするか……ふふっ」
「ソニアさんとそのティアラ、縁があるといいですね?」
「ああ、そうだな。もしそうなったら、私もお前に大切な処女をプレゼントしよう」
「ソニアさんの大切なもの? 何ですそれって?」
「ふふっ、あわよくばお前から子種を貰えるかも知れぬしな?」
「俺、よく分かりませんけど……あんまり大切なものなら貰えませんよ?」
「まあ、そう言うな。順番はクリスが先だが、私のはそのついで程度に考えていてくれ」
「? はぁ……はい。その時は有難く頂きますね」
カーソンは、クリスとソニアが自分に何をくれるのだろうと不思議に思いながら、とりあえず頷いておいた。
2人の会話を聞いていたクリスはこめかみに青筋を立て、手元にあった純金のコップを右手で掴む。
持ち上げてカーソンに向け、投げつけようとしたところでイザベラとローラに止められた。
「駄目よクリス、投げちゃ駄目」
「あの子は何故あなたに投げつけられるのか、理由を理解していませんからね?」
「でっ、でもっ……あんな軽々しく口説いてると腹立ちます」
「冷静になりなさいクリス。あの子はね、ソニアにティアラをあげたいだけよ?」
「見返りに処女をと言ったのはソニアであって、あの子じゃありませんからね?」
「何をくれるのかなんて、あの子は全く理解していないのよ?」
「そこにあなたが純金のコップを投げつけてごらんなさい?」
「下手すりゃあなた、あの子から怒られて嫌われちゃうわよ?」
「当然ソニアも、自分の為にあの子があなたから怒られたと思いますわよね?」
「たぶんソニアはあの子を庇い、一緒になってあなたを怒るわよ?」
「そしてそのまま、2人の心にお互いへの愛情が芽生える……のは嫌ですわよね?」
「うぅっ……はい……」
「だからね、そんな感情的で理不尽な嫉妬はぶつけちゃ駄目よ?」
「もっと大らかな心で、王者の風格を見せてあげなさいな?」
「ソニアごときに、あたしのカーソンは奪えやしないわよってね?」
「いや、そこまであたしに自信なんか無いですから……」
「無いなら持ちなさいな? あなたはあの子に求婚されたのですよ?」
「だって……ホントにあたしなんかでいいのか……分かんないです」
「いいに決まってるでしょ」
「もっと、あの子の将来の嫁として堂々となさい」
「……はい。ご助言、ありがとうございます」
「うんうん。じゃあ、クリス?」
「はい?」
「私とローラもあの子から子種貰ってい――」
「駄目です」
「……残念、まだまだ冷静でしたわね」
「おのれ小娘めぇ……」
「たぶんあたし、例え寝ぼけてても絶対『うん』とは言いませんから」
イザベラとローラは、クリスへの説得工作に失敗する。
カーソンはソニアの額で輝くティアラを両手で少しずつ調整し始めた。
ソニアへ話しかけながら、一番見栄えの良い位置を探す。
ソニアは顔を赤く染めながら無言で、カーソンにティアラの位置調整を任せていた。
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