翼の民

天秤座

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新たなる旅路

166 マッコイの贖罪

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 ギルド受付に座るマッコイは、下を向いて手紙を書いていた。

 書き終えたマッコイが視線を上げると、目の前にカーソンが立っていた。

 困惑しているような表情のカーソンに、マッコイは驚きながら話す。

「うおっ!? いつから居た?」
「あ、ついさっきです」
「俺の用事が終わるまで待ってたのか?」
「書き物してたみたいですし、変に話しかけたら書き損じちゃうかと思って待ってました」
「そりゃすまねえ。どうした? 何か足りない道具でもあったのか?」
「いえ、草刈りが終わったので報告に来ました」
「ああ、もう夕方に……なってねえな。そうか、別な事すっから終わらせてえんだな?」
「いえ? 全面刈ったので終了の報告です」
「……は? 今、なんつった?」
「裏庭の草刈り、終わりました。集めた草、どこに捨てればいいですか?」
「……うそだろ? まだそんなに時間経ってねえぞ?」
「俺もこんなに早く終わるなんて思ってませんでしたよ」
「どんな手ぇ使って終わらせたんだよ?」
「それはちょっと……俺には説明出来ません」
「そ、そうか……まぁ、終わったんならカードに記録して報酬払うぜ」
「念のため、直接確認お願いします」
「ん、分かった。カードの記録終わるまでまってくれ」
「はい」

 マッコイは後ろの職員に指示しながら、今まで書いていた手紙を折り畳み、胸のポケットへと入れた。

 仕事完了の記録を終えたカーソン達のギルド証と報酬の入った袋を手渡されたマッコイは、カーソンと共に裏庭へと向かった。



 裏庭へやって来たマッコイの目の前には、綺麗に刈り取られた広場と積み上げられた3つの雑草の山がある。

 イザベラ達は、突然隠れる場所を失い慌てふためく虫をついばみに降りてきた小鳥達を、目を細めながら愛でていた。

 マッコイに気付いたイザベラとローラは駆け寄り、両手の掌に乗せたゴールドをマッコイへ見せながら話す。

「草刈り終わったわよ? この落ちていたゴールド、私達が貰ってもいいのよね?」
「2人で158ゴールド拾いましたわよ?」
「何だこりゃ……」
「あら、このゴールド貰っちゃ駄目なの?」
「それは残念ですわ」
「い、いや……その金はあんた達の好きにしてくれていい」
「やった!」
「ありがとうございます」
「それよりもよ……どうやってこんな短時間で終わらせたんだ?」
「見たい?」
「お見せしましょうか?」
「いや、いいって……どんな事したかは大体予想出来っから」
「あら、そう?」
「そうですか?」
「いやぁ、おったまげたわ……」

 マッコイは刈り終えた広場と草の山を何度も見比べていた。


 マッコイは草の山へと移動し、振り返るとイザベラ達へ話す。

「確かに草刈り終了、確認したぜ。カードと報酬渡すから、ちょいとこっちに来てくれ」
「? 何で?」
「わざわざそんなとこで?」
「ちょいとよ……その……話もしてえんだ」
「何だ? 人に見られると嫌なのか?」
「まあ、そんなとこだ」
「……ふむ、そこらに隠れてる奴等の事かしら?」
「何か企んでいるのですか?」

 イザベラとローラの話に、クリス達も気付いていたと話を合わせる。

「陛下もご存知だったのですね?」
「私もクリスも、カーソンから言われて気付きました」
「カーソンが風の目で見た限りでは、8人居るそうです」
「我々に対して殺気こそ感じませんが、不気味です」
「マッコイとやら? あの8人はお前の差し金かしら?」
わたくし達に危害を加えるおつもりでしたら、容赦しませんわよ?」
「マッコイさん、ギルドは俺達に警戒でもしてるんですか?」

 イザベラ達から怪訝そうに見つめられながら、マッコイはカーソンへギルド証と報酬のゴールドが入った袋を手渡した。


 カーソンへ渡し終えたマッコイは、その場へ正座し姿勢を正しながら話す。

「流石は……翼の民様だ。何もかもお見通しか……」
「!? マッコイさん? もしかしてあたし達のーー」
「駄目よクリス、黙って」
「相手に不必要な情報を与えてはなりません」
「も、申し訳ございません」
「マッコイ、死にたくなければ我々の詮索はするな」
「隊長、そんな脅しなんてやめて下さい。マッコイさんはいい人です」
「カーソン、お前は気を許し過ぎだ。お前にはそうかも知れんが、我々にとってはまだ信用に足る相手ではない」
「す、すみません隊長……」

 マッコイを擁護しようとしたカーソンはソニアに睨まれ、頭を下げて謝った。


 カーソンが叱責される姿を見たマッコイは、恐る恐る話す。

「ええっと……俺は育ちが悪いので馴れ馴れしい言葉で話すけど、どうか聞いて下さい」
「……何かしら?」
「お伺いしましょう」
「まず……カーソンとクリスが陛下とか隊長とか言ってるんで、あなた達3人が谷でも偉い地位の人物ってな分かる」
「ふむ? 何でカーソンとクリスが翼の民だと思ったのかしら?」
「翼の民だという根拠は、何処から入手したのですか?」
「それは……トレヴァの母って言ったらカーソンとクリスは分かるはずだ」
「!? あのお婆さん……」
「マッコイさんも……仲間だったのか……」

 イザベラ達はカーソンとクリスへ聞く。

「トレヴァの母って誰?」
「人間の老婆なのですか?」
「まさかお前達、そいつに正体バラしたのか?」
「いえ、バラしてはいません。8年前なのでうろ覚えですけど、最初っから知られていました」
「会った瞬間に、翼の民って見抜かれました」
「それとは別に、鍛冶屋のドンガさんにもすぐバレまして」
「そっちはほら、俺達の鎧って背中に翼用の切れ込みありますから」
「むっ!? それでバレたのか?」
「ええ……見る人間によってはすぐにバレちゃうみたいです」
「ぬうっ……」

 ソニアは眉をひそめ、両腕を組んで唸った。

 正座を続けるマッコイは、イザベラ達を見上げながら話す。

「それで……続き話してもいいですかい?」
「ええ、続けて」
「俺はカーソンとクリスが翼の民の戦士って知った。そして隊長と言われたソニアさん、あんたは谷の戦士を束ねる長だね?」
「……否定しても通用せんだろうな」
「そして、陛下と呼ばれるイザベラさんとローラさん。谷の女王様とみた」
「だとしたら、どうするのかしら?」
「捕まえて、見世物にでもなさるのですか?」
「とんでもねえっ! どうか、俺等人間側の話を聞いて下せえ」
「聞くだけ聞いてあげるわ」
「理解されるとは、期待しない事ですわね」
「ありがてえ……」

 イザベラとローラが聞く姿勢となった為、ソニアは従う。

 カーソンとクリスは、マッコイが迂闊な発言をして殺されやしないかと心配した。



 マッコイは翼の民が知らない、人間側の主張を始める。

「このトレヴァは、翼の民を崇める人間達が作ったのが始まりの街なんだ。
 この街で作られた物は、翼の民へ献上してきたんだ。
 翼の民側も対価としてコインを作られ、人間側に合わせて頂いていた」

「……そうね。私達にもそう伝わっているわ」

「ところがだ……翼の民の男の羽には延命の力が宿っていると知られた。
 死にたくねえ権力者や金持ちが人を使って捕まえ、手に入れようとする。
 当然、当時この街に居た住民は全員が猛反対した。
 信仰の対象である翼の民を捕まえるなんて、決して許されねえ。
 だが……相手は権力者と金持ちだ、反対する奴は次々と殺された。
 殺されるのを恐れた人々は、口をつぐむしか無かったんだ」

「ある時期から人間が敵対したのは、そのような事があったのですわね」

「翼の民を信仰する者達は己の非力を呪うだけで、何も出来なかった。
 ただ、決して黙っていた訳じゃない。
 捕まった翼の民を逃がそうと、真夜中に火事や騒動を起こす。
 街中が混乱するドサクサに紛れ、救出もした」

「それは谷にも伝わっているわよ。助けてくれる人間も居たってね」

「その組織は今でもこの街に息づいている。それは知っておいて欲しい。
 何度も権力者に潰されたがね、根絶やしにはされちゃいねえ。
 今の組織の長は……トレヴァの母だ。
 あのお方は元々権力者側の人だったんだ。
 谷にちょっかい出そうとする輩の動きは、ほぼ把握していらっしゃるよ。
 俺は冒険者ギルド職員として働いているがよ……。
 谷に関わろうとする連中の動きを知る為に働いてんだ。
 金で翼の民の命をどうこうしようとする連中からよ、無駄だぜと思いながら依頼金を受け取ってんだ」

 イザベラ達翼の民は、静かにマッコイの話を聞いていた。


 クリスはマッコイへ聞く。

「でもマッコイさん……ミリアっていう翼の民、捕まって殺されたよ」
「申し訳ねえ。街へ入る前、組織へ情報が届く前に殺されてたんだ」
「もしかしてミリア……街まで来てたら助かってたんだ……」
「まさか女性を犯すと死ぬって知らねえ阿呆が居たとは思ってなかったよ」
「でも、街に入らなかったら分かんないですよね?」
「それでギルドも捕獲の依頼受けてんだ。捕まえようとする連中は金目当てだからな、依頼通さずに捕まえても金欲しさに報告に来るだろうと思ってよ、依頼ボードに出してるって寸法さ」
「なるほど。捕まったらギルドも知るって事なんですね」
「捕獲の情報も得られるし、ギルドにも依頼でふんだくった金が残る、場所が確認されたら救助に向かうって事さ」
「トレヴァの街の人達って……翼の民守ろうとしてたんだ……」

 カーソンとクリスは、マッコイの話に感心していた。


 イザベラとローラ、ソニアの3人は半信半疑になりながらマッコイへ話す。

「その話を信じるのであれば……この街の人間の主張は分かるわ」
「ですが、街以外の出来事は不干渉なのですわね?」
「そこまで出来ぬのなら、翼の民側は理解を示さんぞ」
「今の組織ではこれが限界なんだ。仲間を増やして谷の近くまで見守りてえんだが、裏切りそうな奴を取り込んで内部崩壊しちゃ元も子もねえ。権力者に知られたらまた潰されちまう」
「では聞くわ。何でそこまでして、翼の民を守ろうとしているのかしら?」
「人間というだけで、翼の民は敵対視していますのに」
「今までしてきた数々の侮辱、許されるとでも思っているのか?」
「とんでもねえっ! 許されるなんて微塵も思っちゃいねえ! ただ……」
「ただ……何かしら?」
「俺達には……翼の民を守らなきゃならねえ理由をそれぞれが持ってんだ」
「どのような理由なのですか?」

 イザベラとローラの問いかけに、マッコイは答える。

「ほとんどの連中は大昔、ご先祖様が翼の民に助けられた為の恩返しだ。
 トレヴァの母は、無能な権力者を無駄に長生きさせねえ為にやっている。
 俺だけは……違う。ご先祖様がやっちまった罪滅ぼしでなんだ」
「何をしたの?」
「今から大体300年近く前……翼の民の男を殺しちまったそうだ」
「恐らく、287年前の件ですわね」
「妻を失くし、ひとりで息子と幼い娘を育てていた男を捕まえようとして……自殺させちまったって聞いている」
「……あ、それって……」

 マッコイの話を聞いたクリスは、横に居るソニアをちらっと見る。

 ソニアは両拳を握りしめ、わなわなと身体を震わせていた。



 マッコイの先祖が殺した翼の民、それはソニアの父親だと察したイザベラとローラは、カーソンへ話す。

「カーソン、ちょっと一緒にこっち来て」
「ソニアとクリスに、この場は任せましょう」
「え? 何でです?」
「ソニア、冷静に判断しなさいよ?」
「例えあなたが何をしても、わたくし達は咎めませんからね?」
「……ありがとうございます、陛下」
「何で俺達、離れなきゃないんですか?」
「いいからいいから、こっちに来て」
「8人の不審な人間達を牽制しましょう」
「あ、そうですね。分かりました」

 イザベラとローラはカーソンを連れ、その場から離れた。


 ソニアは不安そうに見つめるクリスの視線を受けながら、マッコイへ話す。

「マッコイ……教えてやる。貴様の先祖が殺した男は……私の父親だ」
「……そうか……そうだったのか……本当に……申し訳ない……」
「そして、クリスの祖父でもある」
「なっ……何だって……」
「隊長……」
「そうか……貴様の先祖が私の父を……」
「謝って許して貰えるなんて微塵も思っちゃいねえ。殺して仇をとってくれ」
「マッコイさんっ!?」
「クリス……すまねえ。まさかお前さんも血縁者だったとは……な」
「……貴様、私に殺されても構わんというのか?」
「勿論さ。遺書も書いて、胸のポケットへ入れてある」
「最初から殺されるつもりだったのか?」
「女王さんの命令で隊長さんが手を下すと思っていたんだが……まさか娘さんだったとは思いもしなかったよ」
「街の掟とやらで、自分は殺されぬと思っているのではないのか?」
「翼の民なら飛んで逃げられるだろうし、そもそも人間の掟なんざあんた達に意味ねえだろう?」
「マッコイさん……本当に殺されてもいいの?」
「いいも悪いもねえよ。俺は翼の民へ罪を犯した人間の末裔だ、生きてちゃいけねえんだよ」
「クリス……兄貴の代わりにお前がこいつの命、どうするか決めろ」
「あ、あたしは許しますよ? だってお祖父様の事、全然知りませんもの」
「では、私が決めていいのだな?」
「……はい」
「では……殺す」
「分かった。どうかひと思いにやってくれ」

 マッコイは土下座の姿勢となり、ソニアへその無防備な首を預けた。


 ソニアは背中に背負った大剣を抜き、マッコイへと近付く。

 両手で柄を逆手に持ち、剣先をマッコイの首めがけて振りかぶった。

「マッコイ……父の仇……覚悟しろ」
「もしあの世でソニアさんの親父殿に会えたら……きちんと謝るよ」
「隊長……マッコイさん……」
「……成敗っ!」

 クリスは堪えきれず、目を瞑る。


 ドスッ



 ソニアの大剣は、地面へ深々と突き刺さった。


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