翼の民

天秤座

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復活の日

160 それぞれの処遇

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 島へと帰ってきたソーマは、出迎えた兵士からヒーリング水を顔にかけられる。

「殿下、傷をお治し致します」
「うむ、早くやれ」
「…………治りました」
「早く拭け。身体もだ」
「はっ」

 泉へと飛び込み、ずぶ濡れになった身体を兵士達に拭かせるソーマ。

 遅れて帰ってきたグスタフと3人の親衛兵が話しかけてくる。

「王子……これからどう致しましょう?」
「決まっておろうが! 死ね!」
「殿下……どうかお許しを……」
「ボクの親衛兵になりたい者は、腐る程居るのだ! 役立たずなお前達など処刑されてしまえ!」
「王子……まさか、儂まで処刑なされるのですか?」
「何を心配しておるのだ、グスタフよ」
「あ、儂は罷免して頂けるのでござーー」
「お前も死ぬかもな?」
「そっ、そんなっ!? 儂はっ……今まで王子の為にっ……!」
「例えボクが許しても、父上が許さぬかも知れぬ」
「陛下が……でございますか?」
「なあ、グスタフよ。お前もまだ、死にたくないであろう?」
「……はい!」
「では、ボクと一緒に来い。父上へ報告しに行く」
「陛下へ謁見に……でございますか?」
「お前も口裏を合わせろ。何としてでも、谷が勝手に封印を解いたと主張するのだ」
「谷がやった事にするのですね? 承知致しました」
「主張が通らねば、お前も処刑される。死に物狂いで父上を騙せ!」
「はっ!」

 ソーマとグスタフは、皇帝ルドルフへと謁見に向かう。

 3人の親衛兵はロープで縛られ、処刑場へと連行された。




 ソーマとグスタフは、謁見の広間へと来た。

 皇帝ルドルフは玉座に座り、目を瞑っている。

 ソーマとグスタフは床に跪き、ルドルフへ叫ぶ。

「父上! ご報告致します! 谷が、邪神の封印を解いてしまいました!」
「陛下! 儂もその場に居合わせ、谷の蛮行をこの目で見て参りました!」
「父上っ! 全ては谷の仕組んだ事です! 証人はこのグスタフ!」
「女王達が嬉々として、封印を解きました!」
「どうか! 島の兵に谷への報復命令をっ!」
「儂が指揮を執り行い、谷を滅ぼして参ります!」

 ルドルフは目を瞑ったまま、静かに答える。

「…………黙れ」
「父上っ! 谷がわざと封印を解いーー」
「ソーマよ、余は黙れと言った。黙れ」
「ち、父上……?」
「お前達が騒ぐと、イザベラとローラの声が聞き取れん」
「あ、あんなババア共の話など聞き入れてはいけません!」
「そ、そうでございます陛下! 谷に都合の良い嘘を吹き込まれるだけでございます!」
「…………お前達から嘘を吹き込まれるよりはマシだ」
「父上っ! 違うっ! ボクじゃないっ! やってないっ!」
「陛下! やったのは! 封印を解いたのは女王達でございます!」
「……集中出来ん。エルザ、黙らせろ」
「はっ、仰せのままに」

 エルザはルドルフへ一礼し、ソーマ達の元へつかつかと近寄る。

 跪いているソーマとグスタフは、立ったまま自分達を見ているエルザへ怒鳴る。

「エルザ! ボクより視線が高いぞ! この無礼者っ!」
「儂を見下すつもりか! 下がれエルザ!」
「……どうか、お黙り下さいませ」
「ボクに命令するな!」
「護衛隊長ごときが! 将軍の儂に指図しおって!」
「どうか、お願い致します。
 陛下は、殿下と将軍を黙らせるよう私へご命令されました。
 手段のご指示までは、頂いておりません。
 つまり……武力を用いても構わぬという事なのです」

 エルザは右手で左腰の鞘から剣を抜き、ソーマとグスタフへ見せる。

 ソーマとグスタフは、エルザの目と右手に持つ剣に青ざめながら話す。

「ぶっ、無礼者……このボクを……愚弄……するな」
「エルザ……貴様……後で覚えておれ」
「どうかお静かに。私とて、この剣を赤く染めたくありませぬ」

 静かに話すエルザの言葉とは裏腹に、強い殺意を感じたソーマとグスタフは黙り込んだ。



 暫くしてルドルフは目を開き、話し出す。

「エルザよ、戻れ」
「はっ」
「…………ソーマ、グスタフ……この……愚か者めが」
「父上っ! ボクじゃありません!」
「谷です! 谷がやったのです!」
「……余をたばかる事は出来ぬ」
「たっ、たばかってなどいません!」
「王子は濡れ衣を着せられたのです! 谷にっ!」
「余には『目と耳』が居る。余は全てを見た、全てを聞いた」
「ちっ、違う! ボクは悪くない!」
「王子は……何も……して……おりま……せぬ」
「この広間に居る者達よ、見せてやる。『目と耳』が見て、聞いた真実を」
「やめっ! やめて下さい父上っ!」
「ああぁ……終わった……」
「島の目よ、耳よ。ここに居る者全てに、真実を見せるのだ」

 ルドルフが命令を下すと、エルザを始めとする広間を守る衛兵や兵士達の頭の中へ、谷での出来事が鮮明に映し出された。

 エルザ達は沈黙し、時に声を出しながら驚く。

 
 
 島の目と耳から知らされた真実に、エルザ達は青ざめた。

 ルドルフは、広間に居る全員へ聞こえる程の大声で叫ぶ。

「これが真実だ! これでも尚、この愚か者共を庇う者は手を挙げよ!」
「……………………」
「居らぬか! 誰も居らぬのか! 正直に手を挙げよ!」
「…………陛下、誰ひとりとて居りませぬ」
「エルザよ、お前は何を思った?」
「島の……殿下と将軍の……決して許されてはならぬ過ちでございます」
「お前達! エルザの言葉に賛同する者は手を挙げよ!」
「……………………」
 
 広間を守る衛兵や兵士達は全員賛同し、その手を挙げた。

 ソーマとグスタフは全てを知られ、ガックリとうなだれた。
 


 ルドルフは玉座から立ち上がり、ソーマとグスタフへ怒鳴る。

「ソーマっ! お前が世界を救う子だと信じておった余が愚かだった!
 世界を滅ぼす子であったとは情けない!
 このっ……ラインハルト家に泥を塗りおって!
 今すぐ処刑してやりたい! 処刑してやりたいがっ!
 先の未来で貴様が犠牲となって世を救う可能性もある!
 口惜しいがっ! それまでは幽閉して生かしてやる!
 これを提案してきたイザベラとローラに、心から感謝しろ!
 余はっ! お前をっ! 殺す以外考えておらぬ事を忘れるな!」

「グスタフっ! お前の職務怠慢にはもう我慢ならぬっ!
 お前がもっと賢ければ! こんな事にはならなかった!
 たった今! お前の将軍職を解任する!
 そして! 此度の責任をとらせ、処刑する!
 お前達! この愚か者共を余の目の前から消すのだ!」

「ははっ! 直ちに!」

 衛兵と兵士達は、ソーマとグスタフをそれぞれ連行する。


 叫び過ぎて息を切らし、玉座に座ったルドルフをエルザが気遣う。

「陛下、素晴らしいご采配でございます。このエルザ、平伏致しました」
「はぁ…はぁ……エルザよ、お前に命じる」
「はっ、何なりと」
「お前を、今より将軍職へと任命する」
「は? そ、それは……」
「余の命令に背くのか?」
「い、いえ。ですが……老人…いえ、元老院の許可無しでは……」
「安心しろ。余は奴等も幽閉し、拒めば処刑する」
「なっ!? 何ですと!?」
「ソーマをあれほど愚か者に育てたのは奴等だ。その責任をとらせる」
「し、しかし……素直に従わぬかと存じますが?」
「だからお前を、将軍にするのだ。後は……分かるな?」
「!? 陛下、いよいよ……始めるのでございますね?」
「うむ。余はこの島を変える。悪しき者は全て、排除する」
「かしこまりました。このエルザ、地の果てまでお供致します」
「将軍職……引き受けてくれるか?」
「はっ! 謹んで承ります!」

 エルザはルドルフへ跪き、将軍職を承諾すると共に更なる忠誠を誓った。

 傍でエルザの将軍就任を聞いていた衛兵と兵士達は拳を小さく握り、これでやっと島も変わる事が出来ると喜びを噛みしめた。


 ルドルフはエルザへ最初の任務を言い渡す。

「ではエルザ。これより処刑場へと向かい、グスタフの処刑を任せる」
「はっ! しかし……宜しいのでございますか?」
「この島で誰よりもグスタフの死を望んでおるのは、お前ではないのか?」
「はい、その通りでございます」
「ならばその望み、叶えるが良い。余はこれより部屋へと戻る」
「はっ! では、護衛致します」
「要らぬ」
「そうは参りませぬ。陛下に何かあっては一大事でございます」
「良い。お前の忠実なる部下、護衛兵達で充分だ」
「宜しいのでございますか?」
「処刑はお前に任せる。見たい者達も連れて行って構わぬ」
「はっ、仰せのままに」
「見れなかった者にも、望めば後で見せてやる」
「ありがとうございます」
「それと……親衛兵の3人、お前に任せる。助けても構わぬ」
「はっ!」

 ルドルフは玉座から立ち上がり、護衛兵を引き連れて広間から自室へと戻って行った。

 エルザは顔をパンパンと叩き、独り言を呟く。

「父上……エルムンド……やっと奴を……この手で殺せそうです」

 処刑場へと駆け出したエルザに、居合わせた衛兵と兵士達は声援を送った。





 グスタフはロープで縛られ、処刑場の入り口へと連れられていた。

 処刑場へと入る直前、連行する兵士達の前へひとりの男が立ちはだかる。

 男はローブを身にまとい、頭は深くフードを被りその顔は見えない。


 兵士達は男へ話しかける。

「エイジス様、咎人の連行中でございます。道を開けて下さいませ」
「ああ、すまん。邪魔する気はない」
「では……」
「咎人グスタフに、我等元老院からの伝言を聞かせたい。それくらいの時間は貰えんか?」
「は、はぁ……そのくらいでしたらば……」
「すぐに済む」

 エイジスと呼ばれた男は、グスタフへ近寄り話す。

「グスタフ将軍、元老院より伝言です」
「エイジス、来てくれたか! 元老院は儂を助けてくれるのだな!」
「私は元老院を代表し、処刑を見届けて来いと言われて参りました」
「なっ、何だと……」
「元老院は、グスタフ将軍へ今までありがとうと伝えよ……と」
「ふっ、ふざけるな! おっ、おのれクソ爺ぃ共めっ!」
「将軍らしく、派手に散りなされ。私は処刑を見届けます」
「エイジスっ! 今までずっと儂が可愛がってやった恩を忘れ……!?」
「……忘れませんとも。では、これにて」

 エイジスは兵士達に気付かれないよう、そっとグスタフの後ろ手に縛られた手に、小さなナイフを握らせる。

 グスタフは無言で、渡されたナイフを手の中に隠した。



 処刑場では、先に連れて来られていた3人の親衛兵の処刑が始まろうとしていた。

 島の処刑場は、処刑される者が自らの処刑方法を選ぶ。

 杭に磔られてからの槍による刺殺。

 全身に油をかけられてからの焼殺。

 大斧で首を落とされる斬首。

 本人が望む通りの落命を選択出来るようになっていた。

 処刑される多くの者が望むのは、痛みも苦しみも少ない斬首が多い。

 最初に処刑される親衛兵のひとりも、斬首を選んでいた。



 斬首台にその首を置く親衛兵。

 断罪人が大斧を両手に持ち、振りかぶる。

 エルザが処刑場へと駆け込み、断罪人へ叫ぶ。

「待て! 陛下より本日の処刑、このエルザに任された! その処刑、一旦止めろ!」
「はっ、エルザ様」
「しばし待て! じきに非番の兵達がやって来る!」
「……は? あいつら、見に来るのですか?」
「来ぬかも知れぬが、少し待ってやれ。そこの3人、私の話を聞け」
「……エルザ様。私達は……何故処刑されねばならないのですか?」
「だからそれを話してやる。黙って聞け」

 3人の親衛兵は泣きながらエルザの声に耳を傾ける。

「お前達、殿下の為に死ぬか?」
「………………」
「では、陛下の為に死ぬ気はあるか?」
「……どうせ死ぬのであらば……陛下の為に」
「うむ、良い心掛けだ」
「…………うぐっ……ぐすっ……」
「実はな、少々困った事になってしまってな?」
「……ぐすっ………と、申しますと……?」
「邪神が復活してしまい、そいつを追わねばならなくなったのだよ」
「わ、我等の失態でご、ございます」
「ところがだ、その場に居合わせた殿下は幽閉され、将軍を解任されたグスタフは間もなくここで処刑される」
「は!? 殿下と……将軍が?」
「ほれ、そこを見ろ。グスタフが処刑を待っておる」
「あ……」
「そうなるとな? 邪神をその目で見た自由に動けそうな者が、この島に居なくなってしまうのだ」
「で、殿下が幽閉なされ、グスタフ将軍が処刑されてしまえば……確かに」
「いや、困ったのう……どうしたものかのう?」
「エルザ……様……」
「お前達。親衛兵の任を解かれ、邪神捜索隊に編入される気はないか?」
「あっ……あります!」
「ここで死ぬくらいならっ! 邪神に一太刀浴びせてから死にとうございます!」
「皇帝陛下! そしてエルザ様へこの命、捧げとう存じます!」
「うむ。そう言ってくれねば、私はお前達を助けらぬのだ」
「えっ、エルザ様っ! このご恩、一生忘れませぬ!」
「あっ、ありがとう……ございま……うおおぉーん……」
「まだ生きられる……生きてゆける……うぅっ……」
「泣くでない。さあ、この3人の処刑は取りやめだ、解放せよ」
「はっ、仰せのままに!」

 断罪人は3人のロープを切り、解放した。

 親衛兵達は泣きながら、エルザへ土下座し感謝した。

 グスタフ処刑を知り、見届けにやって来ていた非番の兵士達も一連のやり取りを目撃し、エルザの寛大な措置に感動していた。



 非番の兵士達に迎え入れられ、泣きながら決意を固める3人の元親衛兵。

 エルザは断罪人へ近付き、そっと耳打ちをする。

「元老院より、誰か来たか?」
「はい、エイジス様がいらっしゃいました」
「グスタフと接触は、しておらぬか?」
「いえ、どうやら入り口前で接触したようでございます」
「……ふむ、そうか。気を付けろ、恐らくすんなりとはいかぬぞ」
「と、申されますと?」
「あのグスタフが、こんな状況でも全く騒いでおらぬ」
「あ、そう言われてみますと……確かに」
「グスタフは、何らかの回避策を手にしておると思って間違いない」
「どう、致しましょう?」
「お前は自身の安全に留意し、グスタフの反撃に備えておけ」
「はっ!」
「すんなりと処刑されればそれで良し。もし問題が起きたら、私に任せろ」
「仰せのままに」
「グスタフの動き、ほんの些細な事でも見逃すでないぞ」
「はっ!」



 エルザは断罪人と会話を交わしながら、無表情で待機しているグスタフに警戒した。

 

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