翼の民

天秤座

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めぐり会い

183 ティコ

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 真夜中にティコはハッと目覚め、飛び起きた。

「……いけない。いつの間にか寝ちゃってた」

 昨夜、カーソンのシンボルを起たせる事が出来なかったまでの記憶はあった。
 

 数ヶ月ぶりの風呂と、全ての痛みから解放された身体。

 満腹になるまで食べた事も重なり、娼婦だという事も忘れぐっすり眠ってしまっていた。

「バカバカっ! 娼婦失格じゃないのわたしっ!」
「ん……どうしたティコ?」
「カーソン様! 申し訳ございません! どうぞ今からわたしを……」
「まだ早いぞ? もう少し……寝……ろ……すぅ……」
「カーソン様? また……寝ちゃった……」

 ティコは寝付けず、横になったままカーソンの寝顔を見つめ続ける。

「ん……むにゃ……てぃ……こ……」
「……カーソン様、寝言でわたしを?」
「ん……にゃっ……」
「ひゃっ!?」
「んむぅ……むぅ……」

 寝ぼけたカーソンは、ティコに抱きつこうとする。

 ティコは抵抗する事もなく、抱きついてきたカーソンへ身体を委ねた。

「んぅ……やめ……ろ……」
「……え?」
「やめ……おま…え……くいたく……」
「……カーソン様?」
「くいたく……な……い」
「寝言……」
「んがっ……やめ……ろ……」
「ひゃんっ!?」

 カーソンは眠ったままテイコの身体を裏返すと、抱き寄せる。

 後ろから羽交い絞めにしたまま、丸まろうとするカーソンに抵抗せず、じっとしているティコ。

 背中にカーソンの体温と寝息を感じながら、ティコも意識を手放し眠りへ就いた。



 朝を迎え、カーソンが目覚めた。

「くぁ……あー……おはよう、ティコ」
「おはようございます、カーソン様」
「……あ。俺、お前抱いたまま寝ちゃったのか?」
「はい。抱きかかえられて、わたしも気持ちよく眠れました」
「すまん、苦しくなかったか?」
「いいえ、とても気持ち良かったです」
「そうか……なんか悪かったな。昔の夢見てしまって、お前の事抱いたみたいだ」
「どんな夢を見られたのですか?」
「ウサギの……いや、うん」
「ウサギさんの夢ですか?」
「……ああ。夢に出てきたのは久しぶりだったよ」
「ウサギさん、カーソン様のペットだったのですか?」
「いや……友達だった。俺が食っちゃったんだけどな?」
「食べ……た?」
「これくらいで勘弁してくれ。俺もあんまり思い出したくないんだ」
「はい、申し訳ございません」

 ティコはカーソンの目に涙の跡を見つけ、悲しい夢だったのだろうと感じた。


 ベッドの上で正座し、深々と頭を下げながらティコはカーソンへ謝る。

「カーソン様、申し訳ございません。わたし、寝てしまいました」
「ん? いいだろ、別に寝ても?」
「で、でも。それではカーソン様のお花になっていません」
「……その花って、どういう意味なんだ?」
「え? あの、その……カーソン様とご一緒に夜を過ごして……」
「だったらいいじゃないか? 一緒にベッドで寝たんだし」
「いえっ! カーソン様にお花を提供していません!」
「だから、花って何だよ?」
「……これの……事です……」

 ティコはズボンを脱ぎ、下着をずらすと両手で女の大切な部分を広げながら、カーソンへ見せた。

 カーソンはティコの股間をしげしげと見ながら話す。

「ああ、そこを花って言うんだな? なるほど、言われてみりゃ花にも見えるかな?」
「このお花を……カーソン様に愉しんで頂かなければならないんです」
「うん、見たからもういいぞ? お前のお花、確かに見させて貰ったぞ?」
「えぇっ……見たからもういいだなんて……そんなぁ……」
「そんなトコ、誰かに見せちゃ恥ずかしいんだろ? 見せてくれて、ありがとうな?」
「お願いします! 触って下さい! 挿入れて下さい!」
「いやいいって。お前もくすぐったくなるんだろ?」
「やっぱり……こんな貧相な身体では、興奮なさらないのですね……ぐすっ」
「おいおい、泣くなよ。お前何も悪い事してないだろ?」


 コンコン

 カチャッ

 カーソンの部屋をノックし、クリスが扉からひょこっと顔を出してきた。

「ティコ、ちょっとこっちに来て」
「は、はい?」
「ちょっと、耳貸して」
「はい」

 クリスはティコに耳打ちをする。

「あいつね、女と子作りする事に全く興味無いのよ」
「えええっ!?」
「だからって、男に興味があるわけでもないよ?」
「そ、そんな人、今まで見た事もありません!」
「じゃあ、あいつがティコの初めて見た人だよ?」
「ど、どうしてですか? 女の身体に興奮しない男の人なんて……」
「あたし達のパーティの中にね? イザベラさんって人が居るのよ。
 おっそろしく強い魔法使いで、あいつの男の本能をね、魔力で封じ込めてるの」
「ま、魔法でおちんちんが……男として興奮しないのですか?」
「うん。誰にも破る事の出来ない、強力な魔法なのよ」
「そうよ、破れないわよ? そしてそのおっかない魔法使いが私の事ね?」
「だぁっ!? イザベラさんっ!?」
「ひぃぃっ!?」
「ふふふ。だから気にしなくもいいわよティコ? 私の魔力、絶対破られないから」
「で、でもわたし……お仕事しないと、親方に怒られてしまいます」
「多分大丈夫よ。カーソンはティコと寝たと思っているから、あの男にバレる事なんて無いわ」

 カーソンは頭を掻きながら入り口に近付いてきた。

「みんなして、何でヒソヒソ話してるんだ?」
「あんたの事、ティコに教えてあげてんのよ!」
「俺の事って何だよ?」
「あんたのおちんちんが、ただの飾りって事」
「ちんちんが? ちゃんとおしっこは出るぞ?」
子種他のが出てこないでしょうよ」
「ところで、そろそろ朝ゴハンじゃないか? いい匂いがする」
「そうよ。私が起こしに来てあげたら、クリスとティコがここで内緒話していたのよ」
「おぉっ! ゴハンゴハン。ティコ、行くか」
「カーソン様。わたし、行けません」
「何でだよ? お前も腹減ってるだろ? まさか昨日ので満足とか言うなよ?」
「わたし、食べてるところ親方に見られると……殴られるんです」
「何だって!? そんな馬鹿な話があるかよ!」
「本当なんです。朝ゴハン食べている時に親方が迎えに来たら、何をされるか分かりません」
「そうか、分かった。じゃあ、部屋で待ってろ。俺がゴハン持ってきてやる」
「で、でもそれではカーソン様にご迷惑を……」
「気にするな。あいつに見られなきゃいいんだろ? 持ってきてやるから、少し待ってろ」

 ティコを部屋に置き、カーソン達は朝食を食べに1階へと下りていった。

 カーソンが宿屋のフロントへ来ると、昨日の男が待っていて話しかけてくる。

「おっ! お兄さん、どうだったい? ウチの花は?」
「ああ、一緒に楽しく寝たよ」
「そうですかい、そりゃ良かった。じゃあ、そろそろ返して下さい」
「なあ、あの子もう一晩買ってもいいか?」
「へ!? そりゃ構いませんけどお兄さん。あんなガキんちょ、どこが気に入ったんですかい?」
「いくらだ?」
「今から明日の朝までだと……150ゴールド頂きます」
「ん、分かった。ほら、150ゴールドだ」
「へっへ……毎度あり。それじゃあ、また明日来ますよお兄さん」
「…………」

 ゴールドを貰った男は、そそくさと宿から立ち去った。



 カーソンは自分とティコの朝食を取り分け、部屋へと持ってくる。

「ティコぉ、開けてくれ。手が塞がってるんだ」
「はい、カーソン様。あっ……ゴハン……」
「さ、一緒に食べようか?」
「あの……でも……」
「大丈夫だ。親方だっけ? お前の事迎えに来たけど、今夜も買ったからもう帰ったぞ」
「えっ……今晩も……ですか?」
「あ! すまん。お前が嫌かどうか聞かずに決めちまった」
「そんなっ! 嫌じゃありません。ありがとうございます、カーソン様」
「それなら良かった。じゃ、一緒にゴハン食べよう」
「はいっ! カーソン様」

 2人は部屋で朝食を食べる。

「うん。ここの宿、ゴハンが旨いな」
「はい! 美味しいです、とっても!」
「ほら、これも食え」
「ありがとうございます、カーソン様」
「お腹いっぱい食うんだぞ? 残したら俺が食って片付けるから」
「えっ、それはいけません。順序が逆です!」
「いいんだよ。お前が腹いっぱいになるのが先だ」
「そんなっ……」
「いいんだって。最後に余らきゃいいんだよ」
「わたし、もうお腹いっぱいです。カーソン様、どうぞ」
「そりゃウソだな? ほれほれ……」

 カーソンはソーセージにフォークを刺し、テイコの口元へちらつかせる。

 ティコは恥ずかしがりながら、口を開けた。

「うぅっ……うー……あむっ」
「ははは! 遠慮なんかすんな。好きなだけ食え」
「もぐもぐ……んぐ。ありがとうございます、カーソン様」
「足りるか? 足りなかったら、また貰ってくるからな?」
「はいっ! じゃあ、わたしもカーソン様へ。はいっ、あーん……」
「あーん……もぐもぐ……うん、ありがとう」
「えへへっ……」

 ティコはカーソンと2人きりの食事に、今まで感じた事の無い幸福感に包まれる。

 娼婦の身に堕ちた自分が、まるで恋人同士のような食事を楽しんでいる。

 この幸福感が明日の朝まで味わえるのかと思うと、嬉しくて堪らなかった。

 


 朝食後、カーソンは宿屋のフロントへティコと共に食べ終えた食器を持ってやってくる。

 女将へ食器を渡すとロビーの椅子に座り、全員でティコを囲む。

 
 イザベラが口火を切り、ティコの身の上を聞き始めた。

「ティコはどこで生まれたの? ご両親は? 言いたくなければ言わなくてもいいわよ?」
「この街で生まれました。お父さんもお母さんも、わたしが小さい頃に死にました」
「まあ可哀想。その後、ずっとひとりでしたの?」
「この街の孤児院に入りました。親を無くした子供達を養ってくれる施設です」
「あの親方って奴とは、いつ会ったんだ?」
「わたしが16歳の時、孤児院に。わたしを買いに来ました」
「お前を買いに……来ただと? 人が人を金で買うなど……信じられん」

 ソニアは、人間界では人身売買が横行している事に目を見開いて驚愕した。


 クリスはティコが親方に買われた経緯を聞く。

「あの親方って奴が、孤児院に来てあんたを買ってったのね?」
「はい、孤児院ってお金がありませんから。わたしみたいにある程度大きくなったら売って、そのお金で他の子供達を養っているんです」
「金が無いからって……人を売るなんておかしいだろ……」
「実は、小さい頃から親方の事は知っていたんです。わたしより年上のお姉ちゃんを、よく買いに来てましたから……」
「お前より先に買われた、そのお姉ちゃん達はどうなったんだ?」
「……分かりません。ただ、いつも買って行く親方の口癖が『今度こそ死なせねぇから』でしたので、多分……お姉ちゃん達は……」
「死ぬまで……働かされたんだね……」
「わたし達孤児の中では、あの親方にだけは連れて行かれたくないって言われていました」
「ところがあなたは、あいつに買われてしまったのね?」
「拒否は出来ませんでしたの?」
「孤児ですから。とっくに死んでしまっていたところを、養って貰いましたので……せめて自分の身体をお金に換えて、ご恩返しをしなくちゃないんです」
「……違う、根本的に何かが違うぞそれは! お前を助ける為に養ったのだろうが! 売って次の子を養うなど、何の解決にもなっていないではないか!」
「落ち着きなさい、ソニア。その孤児院とやらにも、それなりの事情があっての事でしょう」
上辺うわべだけを見て、物事を判断してはいけませんよ?」
「でっ、ですがっ! 私には許せません! 売った事に納得など到底出来ませんっ!」
「そ、ソニア様……?」
「あのね、ティコ? ソニアもね、小さい頃に両親を亡くしているのよ」
「あなたと立場が似ているソニアだからこそ、許せないものがあると思いますわ」
「ソニア様もお父さんとお母さんを……ですか」
「……私はお前よりも、よっぽど恵まれていた……下手をすれば、私もそうなっていただろうに……」

 ソニアは義姉グレイスの優しい顔が脳裏によぎる。

 我儘し放題だった自分の子供時代、義姉グレイスは見捨てずに守り続けていてくれたのだと悔やんだ。


 
 カーソンはティコに、今までどうやって食べていたのかを聞く。

「食べる所見られたら殴られるって言ってたけど、今までどうやって食べてたんだ?」
「夜中こっそり起きて、お客様の食べ残しを見つけたら食べていました」
「あたし達みたいに、ゴハン食べさせてくれなかったの?」
「食べさせてくれるお客様も居ました。けど、帰る時に請求されて親方に殴られました」
「お前売ってお金稼いでんのに、お前が食ったゴハン代すら許せないのか?」
「最低な男ね! ティコのおかげであいつもゴハン食べられてんのに!」
「ねえティコ? その……あなたのお花が売れなかった日は、どうしていたの?」
「ずっと親方に……気が済むまで殴られ続けました。その後、2人でゴミ箱を漁っていました」
「残飯食ってたのか?」
「食べられそうのが見つかれば、まずわたしに少し食べさせて、腐ってなかったら親方が食べます」
「あんたも一緒に食べれるの?」
「その一口だけです。わたしは大丈夫だと思っても、親方が駄目だったら殴られます」
「本当に酷いわね。クズすぎて開いた口が塞がらないわ」
「そうですわね……外道にも程がありますわ」
「ティコ……お前、それだけ酷い目に遭っているのに、逃げようとは思わなかったのか?」
「一度だけ逃げた事があったんですけれど、すぐに捕まって両脚を折られました」
「あの骨折って、逃げて捕まった時の代償だったんだね……」
「はい。次逃げたら殺すって言われて、怖くてもう逃げられませんでした」
「聞けば聞くほど、可哀想になってくるわね……」
「ええ、本当に……」
「今日はいいとして、明日あの男へ返さねばならんのか?」
「ご心配して下さり、ありがとうございます。わたし、嬉しいです」

 カーソン達は、ティコから事情を聞き続ける。

 聞けば聞くほど、この未成熟な17歳の小さな少女がどれだけ必死に生きていたのかを感じ、可哀想に思った。




 カーソン達はティコを連れ、昼食を食べに街へ出る事にした。

 思い思いに資金を持ち、部屋の鍵と今日の宿代を女将へ渡す。

「女将さん、お昼食べに行ってきます。はい、鍵と今日の宿代」
「はい、確かに。ここ出たら東より西に行ったほうが、お店は多いですよ?」
「ありがとうございます」
「お部屋の掃除に入りますので、そこは了承して下さいね?」
「よろしくお願いしまーす」

 女将に見送られ、カーソン達は宿を出た。

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