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剣士達の帰還
151 オストのセリカ
しおりを挟む「…………あ?」
自室のベッドの上で、マーシャは目を覚ます。
ダンヒルが目の前に居た。
「目が覚めたか?」
「おっ、お兄ちゃんはっ!? お姉ちゃん……は?」
飛び起きたマーシャは周りをキョロキョロと探す。
「もう、大分前に出発したよ」
「…………そっか」
ダンヒルの言葉に、マーシャはガックリと肩を落とした。
マーシャは自分の身体を触り、続けて顔を撫でながら話す。
「あれっ? わたし……怪我してない」
「カーソン君がお前の事、治して行ってくれたよ」
マーシャは目に大粒の涙を浮かべ、ぽろぽろと溢しながら昔の事を思い出した。
「そうだ。むかーし、転んで擦りむいたところ、お兄ちゃんに治して貰ったっけ」
「良く頑張ったな、マーシャ」
「……でも、勝てなかった。わたし……悔しい……」
「クリスさんから、伝言があるよ」
「……何て?」
「お前が負けて悔しいと思ったなら、お前は強い剣士になれる。だそうだ」
「……やだなぁ、お姉ちゃん。わたしは料理人よ? 剣士だなんて……うっ……ぐすっ……ふぐぅっ……」
マーシャはダンヒルへ抱きつき、その胸に顔をうずめ泣き出した。
「お父さん、お父さん……わあああああ…………」
「人はね、こうして出会いと別れを繰り返し、大人になるんだよ?」
「うわぁぁぁん…………あぁぁぁぁーん……」
「お前も……こうして大人になってゆくんだよ……」
ダンヒルは、泣き叫ぶマーシャの頭を優しく撫で続けた。
カーソンとクリスは、オストの街へ向かっていた。
目の前に見えてきたオストの街に、クリスは呟く。
「もうじきオストかぁ。セリカさん、元気にしてるかな?」
「なあ……クリス」
「あんたの言いたい事は分かってるよ。マーシャには可哀想な事しちゃっちゃ」
「ああ……今頃、泣いてるんだろうな?」
「大丈夫よ。あの子はとっても芯の強い子だもん……大丈夫だよ」
2人はオストへ到着すると馬屋へ馬を預け、冒険者ギルドへと向かった。
ギルドの受付には、歳をとったが見覚えのある女性が座っていた。
2人は受付の女性に懐かしみながら、声をかける。
「きゃーっ! セリカさんお久しぶりーっ!」
「あら? 今度の偽者さんは随分と本物っぽいわね?」
「俺達本物ですよ、セリカさん」
「さぁて、どうかしら? ギルド証出して」
「これよこれこれ、セリカさん変わってないわ」
「はい、どうぞ」
「…………チッ。まだ無くしてないのね」
「無くすワケありませんってば」
「無くしたら俺達、終わりじゃないですか」
「始まるだけよ? おかえりなさい、カーソンにクリス」
「ただいま、セリカさん」
「また会えて、嬉しいです」
2人はセリカとの再会を心より喜び、セリカもまた笑顔で喜んだ。
8年の歳月が経ち、中年女性のようにふっくらとした風貌になったセリカへクリスは話す。
「セリカさん、あの……大分貫禄つきましたね?」
「……太ったって言いたいんでしょ?」
「ところで、セリカさんは俺達生きていた事に驚かないの?」
「ギルドの情報網を甘くみないでよ。あなた達がカリス村に居る間に全ギルドへ情報が行き渡ったわよ? 伝説の冒険者は生きていたってね」
「伝説って、そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないわよ。もっと自分達に自信持ちなさいよ」
「はあ……はい。あ! そうそう、これギルドにお土産!」
「木彫りのクマでしょ?」
「えっ!? そんな事まで情報流れてるんですか!?」
袋からクマを取り出す前にセリカから言い当てられ、クリスは驚いた。
この後セリカの手によって伝説の冒険者のエピソードに、クマの伝道師と書き加えられるのは少し先の話である。
木彫りのクマを受け取ったセリカは、2人へ話す。
「ありがとう。大事に飾らせて貰うわね」
「そんな大層な物じゃないですよ?」
「ギルドの情報網、凄いですね」
「いや実はね、もう驚くのにも飽きてたところなのよ。あなた達の偽者がわんさか湧いたんだから」
「偽者?」
「ダルカンでもそんな事言われてた気がしたけど、俺達の偽者が出てきたんですか?」
「ええ。あなた達が死んだって話が流れてからね、あっちこっちのギルドに現れたんだから」
「そいつらが、自分達はカーソンやクリスだって吹聴したんですか?」
「カード紛失したから再発行しに来たって言いながらね、ついでにギルドへ預けてたお金出して欲しいってね」
「お金目当てですか?」
「そうよ。当然特命カードの事なんて知らないもんだから、紛失したらどうなるかも分からずにね?」
「あーあ……気の毒に」
「失礼ね。そんなにギルドの職員になりたくないの?」
「なりたくないから、こうして今も冒険者してるんじゃないですか」
「俺達には、決まった仕事なんて向いてませんよ」
「まっ、本物と偽者の決定的な違いはそこなのよね。偽者連中ね、職員になるって聞いてどいつもこいつも喜んだのよ」
「ありゃま。そりゃどんなにソックリさんでもバレるわ」
「それで……難しい仕事に送り出したんですか?」
「出せるワケないじゃない。偽者なんかに出来る仕事じゃないのよ?」
「今の話聞いて、益々あたし達職員になる気が失せました」
「セリカさん、失策ですよそれ?」
「くっ……2人とも、言うようになったわね」
「そりゃもう、この8年で酸いも甘いも経験しましたもん」
「情に流されてホイホイ従ってたら、何度も痛い目に遭いましたからね」
「苦労したみたいね、あなた達も」
「はい、そりゃもう」
「それで、その偽者連中……どうなったんですか?」
「地形柄、北に湧いた連中は殆ど私の所へ回されたわ。もしくはネストのフィピロニュクス、ダルカンのトレース、トレヴァのマッコイにね」
「顔馴染みの受付さん達ですねぇ……」
「そこで本物かどうか確認したんですね?」
「ええ、そうよ。そしてみんな逃げてったわ」
「逃げてったって……何したんですか?」
「無茶な事させたんですか?」
「別に無茶な事なんかさせて無いわよ? 居合わせた冒険者達と一戦交えさせただけよ」
「うん、それは無茶ですね」
「偽者連中、血祭りじゃないですか」
「そうね。例外なくボッコボコにされてたわ」
「ああ、それで今……後ろからあたし達に殺気向けられてるんですね?」
「何とかして貰えませんか、セリカさん?」
セリカと話す2人の後ろには、血気盛んな冒険者達が今にも襲いかかって来そうな程の殺気を撒き散らしながら集まっていた。
セリカは2人の後ろに集まっている冒険者達へ手を叩きながら叫ぶ。
「はいはいみんな! この2人は本物よ! 後で親睦深めてね!」
「うお……本物……」
「お……おぉ……やっと御会い出来た」
「思ってた以上に色男ぉ……」
「後で握手して貰おっと!」
「クリス姐さん……美人だぁ……」
「大変失礼致しましたっ!」
「おいみんな、戻ろうぜ」
冒険者達はぞろぞろと、その場から引き返して行った。
セリカは2人へ話す。
「悪く思わないでね? 彼等はあなた達を尊敬しているのよ。だからね、偽者の存在を絶対に許さないのよ」
「尊敬って……恥ずかしいわ」
「俺達の知らないうちに……こんな事になってたんですか?」
「今この街を拠点にしてる冒険者はね、あなた達を冒涜する偽者を許さない連中が大半を占めてるの」
「冒涜って……偽者がそんなに許せないの?」
「俺達の名前使って悪い事さえしなけりゃ、そんな気にしませんけど?」
「そういう無関心なところがね、余計にあなた達を神格化させてるのよ?」
「神格化って、どうせセリカさんが何か吹聴してるんでしょ?」
「ダルカンで受付のお兄さんから言われましたよ? 素手でミノタウロス殴り殺したって。それ聞いて噂流したのセリカさんじゃないかって思いましたよ?」
「あら残念ね。ミノタウロスの話は私じゃなくてフィピロニュクスよ?」
「セリカさんは暗殺ギルド土下座の話ですか……」
「勘弁して下さいよ。変な恨み買って要らない喧嘩売られるのって、俺達なんですよ?」
「あらっ、何それ? 詳しく教えて?」
「嫌です。余計ややこしくなりそうですし」
「更に喧嘩売られそうなので、黙秘します」
「もうっ。2人とも変に賢くなっちゃって、つまんないわねぇ?」
「つまんないとか、セリカさん酷い……」
「俺達に恨みでもあるんですか?」
「ギルドの職員になりたくないんでしょ? 私から恨まれて、何か文句でもある?」
「いえ、ありません」
「畏れ入りました」
笑いながら話すセリカの眼力に負け、2人は深々と頭を下げた。
2人はその後も事務所の中へと招かれ、セリカと暫くの間談笑した。
「へぇ。ヒノモトってそんな怖いとこだったのね?」
「そうなんですよ! もう、毎日戦い挑まれましたよ」
「もう、何度も命落としかけたよな?」
「あ、そうそう。あなた達ゴルド町行った?」
「……あんなトコ、もう2度と行きませんよ!」
「それが正解ね」
「そういえば、400万ゴールドの請求ってどうなったんですか?」
「ああ、あれね。送り付けたらゴルドからの返信、無かったわ」
「あはは、いい気味!」
「あの町ね、今大変よ?」
「大変って……どんなふうに?」
「話長くなるけど、いい?」
「はい、お願いします」
セリカはコホンと咳払いをして、ゴルド町の現状を話し始めた。
「カリス村が出来てから、客足はみんな村へ持って行かれたの。
元々客を馬鹿にした高飛車な態度や、物価を無視した高い商品を売り付けていたので、あっという間に町は廃れて行ったわ。
何とかしようと思ったゴルドは、カリス村の大浴場に目をつけたのよ。
無理矢理住民を立ち退かせ、まんま同じような大浴場を作って営業を始めたわ」
「ところがこれが大誤算。
カリス村のそれとは違い、計算された作りじゃないシロモノだったのよ。
上だけ熱くて下は冷たい、入った人が掻き回せば良いだろうって思ってたみたいでね。
カーソン君が、設計図通りに作った仕組みを再現出来なかったんだもの。
それしか思い浮かばなかったんでしょうね。
更に計算外だったのは、水を馬鹿みたいに消費してしまう事。
住民から水に税金をかけて徴収し、何とか維持しようと躍起になってね。
当然住民からは反発され、限りある水の節約を始めたのよ。
お風呂のお湯は入れ換えずにそのまま使ったもんだからさあ大変。
腐った臭いのするお湯になんか、誰も入りたくならないわよね?
挙げ句にそのお風呂から疫病まで発生させちゃって、完全におしまい」
「失態だらけの町長に怒り、住人は責任をとらせて辞めさせようとしたの。
焦ったゴルドは、地方統治者だったドリテスに泣きついて住民を粛正。
反発した住民を全て町から追い出したのよ。
そんな事しちゃったら、町として成り立たないわよね?
立ち行かなくなったゴルドはドリテスへ町の権限を譲り渡し、名前だけの町長として生きてく事になったのよ」
「そして、あなた達を殺したと騙ったゲストール騒動。
黒幕がドリテスとゴルドだったって知られたから、誰もあの町へ行かなくなったわ。
ドリテスも国にその悪行がバレて、処刑。
今、あの町は国からその存在を抹消されているわ。
ゴルドはまだ頑張ってるみたいだけど、近いうちに終わるわよあの町」
セリカは事前にトラスト7世から言われていた通り、2人へ話す内容は詳しい状況を省いた事実を伝えた。
詳しい事情を知らない2人は、セリカの話を聞き心情を漏らす。
「……なんか、すっごい気の毒」
「そう言う割に顔が笑ってるぞ、お前」
「いいじゃない。町の人には本当に気の毒だけど、あたし達間違ってなかったんだもん」
「そうね。カリス村であなた達がした事、この街ではみんなあなた達の事を英雄視しているわ。本当にね」
「何か……恥ずかしいな」
「こうなるとは思ってなかったけど、トランさんみたいな力のある人達には認められてたって事は、素直に嬉しいです」
「あとね、伝説の冒険者さん達に朗報よ? ゴルド町が事実上消滅したから、カリス村が重要拠点になったわよ?」
「え? そうなの?」
「カリス村、どうなるんですか?」
「主だった設備は国からの出費で増築されて、軍隊も常設されるそうよ?」
「軍隊もっ!?」
「カリス村駐留軍の責任者は、あなた達もよく知ってるランミル将軍よ」
「ランミルさんって……将軍だったんだ……」
「冒険者ギルドもね、カリス村への配置が正式に決まったわ」
「そりゃ凄い! カリス村はもう、安泰じゃないですか」
「ええ、そうね。そしてあなた達には不本意だろうけど、一般国民にも村の創始者であるあなた達の名が知れ渡る事になるから、そこは覚悟しておいてね?」
「えぇぇ……そうなっちゃうの?」
「ああ……やっぱりスイカ村とかリンゴ村にしとけば良かったか……」
「そんな名前にしたところで、あなた達が関わった事実は消えないんだからね?」
「うわぁ……こんな大事になるなんて、思ってもみなかったわ」
「参ったな……」
カーソンとクリスは、村の更なる発展を喜ぶと共に、自分達の名が世に知れ渡る事に困惑した。
セリカは奥から小箱にぎっしり詰まった依頼書の束を2人の前に持ってきて話す。
「それと……はいこれ」
「? 何ですかこれ?」
「この8年間で溜まりに溜まった、あなた達ご指名の依頼よ」
「うわ、これ全部?」
「そうよ。盗賊から魔物まで、退治して欲しいって依頼ばっかり。いろんな街であなた達の事、待ってるわよ? 多分うちに来るだろうから、国中のギルドから送り届けて貰ったのよ」
「流石はセリカさん」
「俺達の行動、先読みしてるなぁ……」
「でしょ? 中には変わった依頼もあるわよ」
「変わった依頼……って?」
「ちょっと待ってね。えーっと……あった、これだ。はい」
1枚の依頼書を見たカーソンとクリスは、目を見開いて驚く。
依頼書には、ほんの一行で済まされた内容が書いてあった。
翼の民との交渉 報酬はその場にて
カーソンとクリスはお互い顔を見合わせ、再び依頼書の文字へと視線を釘付けにされた。
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