翼の民

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剣士達の帰還

140 絶望のダンヒル

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 宿屋の従業員一同総出で見送られたマーシャは、カーソンとクリスの後ろを歩く。

 クリスは振り返り、背中に背負った小さなリュックと、両手で持っている小さなカバンを見ながらマーシャへ話す。

「ねえマーシャ。荷物、それだけでいいの?」
「うん。必要だなって思ったのだけ、あとは処分して貰うよ」
「そっか」
「村のみんなにお土産買ってたんだけど、よく考えてみたらそんな状況じゃ無いって気付いーー」
「あっ!? ごめんっ! もっかいギルド行かなきゃ!」

 マーシャの言葉で何かを思い出したクリスは、慌てて冒険者ギルドへと走り出した。

 カーソンとマーシャは何事かと思いながら、先を走るクリスの後を追った。



 3人はギルドへと駆け込む。

 奥から主任が出てきて、クリスへ尋ねる。

「おや? どうした? 何か忘れ物か?」

 クリスはうなずくと、主任にあるものを手渡した。

「うん。うっかり忘れちゃって。はいこれ、ヒノモトの国のお土産!」
「……なんだこりゃ? 魚くわえた……クマ?」
「そそ、木彫りのクマ! 店に置いておけば商売繁盛するんだって!」
「へえ、そうなのか。ありがとう、受付に飾っておくよ」
「それじゃ、行ってきまーす」

 3人はゴードンの経営するダルカンの支店にも立ち寄り、クマを置いていった。



 馬屋に戻り、自分達の馬を受け取った2人は、マーシャに聞く。

「マーシャはどうやってダルカンまで来たの? 馬?」
「ううん、村の馬車に隠れて一緒に乗ってきたの」
「馬車で来たのか」
「うん。ゲストールに見付かったら危ないって、お父さんが乗せてくれたの」
「そうか……マーシャ、ひとりで馬に乗れるか? 1頭買ってやるぞ?」
「うん、乗れるけど……お兄ちゃんと一緒に乗りたい。ダメ?」
「いや、別に構わないよ。それじゃ、俺の後ろに乗れ」
「ありがとうお兄ちゃんっ!」
「カートン、悪いけどクリスと一緒に荷物頼むな?」
「ヒンッ」
「なあクリス。そのバカでっかい袋……」
「まだ聞くの? これは渡す人決まってるからそれまで内緒よ」
「馬達と一緒に預けていいもんなのか?」
「いいのよ」
「なら別にいいか。クリシス、2人乗るけど宜しくな?」
「ヒヒンッ」
「ねえねえ! わたしの事覚えてる? マーシャだよ?」
「ヒヒンッ ブフンッ」
「ブヒンッ ブルルッ」
「ははは、そうだよな?」
「カートンとクリシスって名前付けてあげたんだね? 何て言ってるの?」
「最初マーシャだって気付かなかった。かなり育ったね、美味しいもの食べて大きくなったのか? って言ってるぞ」
「覚えてくれてたんだ! 嬉しいな!」
「リンゴ沢山食わせてくれたから、忘れられないってよ」
「あはは! 懐かしいなぁ」

 マーシャは2人の馬に再会し、出荷用のリンゴをこっそり持ち出しては馬達と一緒に食べていた当時の思い出を懐かしんだ。


 クリシスの顔へそっと近寄り、軽く頬擦りをしたマーシャはあぶみへ左足をかけ、クリシスの背中を跨ぎながら話す。

「クリシス、お願いします……よいしょっと」
「いよっ……と。クリシス、重くないか? 走れそうか?」
「ブフンッ」
「カートンも大丈夫か?」
「ブヒンッ」
「そかそか。疲れたらすぐ言ってくれ、ヒーリング飲ませるからな?」
「ヒンッ」
「ヒヒンッ」
「無理しちゃ駄目よ? それじゃあ、カリス村へ出発っ!」

 3人は街を出て、カリス村に向けて馬を駆った。

 挨拶しようと追いかけていた馬屋の老夫婦は、再び街の金持ちに捕まりペットの相談を受けてしまった為、カーソンとクリスには会えず終いとなった。
 


 馬を走らせながら、2人はマーシャに聞く。

「ねぇ……カリス村って、他に名前付けれなかったの? 恥ずかしいよ」
「わたし覚えてるよ。クリスお姉ちゃんがお父さんに名前付けてくれって言ってたの」
「だからって俺達の名前付けなくても良かっただろ?」
「村長が決めたから絶対なの! お兄ちゃん達の村なの!」
「それにしてもゲストールって奴……あたし達殺したなんてウソついて!」
「許せないな。村のみんなに怪我させてたら、タダじゃおかない」

 マーシャは左手でカーソンにしがみつき、右手を恐る恐るカーソンの股間へと這わせながら話す。

「でも、本当に良かった! お兄ちゃん達が生きててくれて!」
「ははは、そう簡単に殺されないよ」
「わたし、死んだって言われても絶対信じて無かったもん!」
「あれっ? さっき大泣きしたって言ってなかった?」
「んもぅっ! クリスお姉ちゃんの意地悪っ!」
「あははは。ごめんごめん」
「…………こらマーシャ、そんなにちんちん触るなよ。くすぐったいぞ」
「ごっ、ごめんなさい」
「ふふっ……そりゃ女なら気にもなるわよね? そいつのおちんちん」
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
「そいつ嫌がるからさ、あんまりしつこくいじっちゃ駄目よ?」
「はい……ごめんなさい」
(お兄ちゃん……触ってもお姉ちゃんには黙っててくれると思ったのに)

 マーシャはカーソンから今何をしているのかを言われ、クリスに知られて顔を赤くした。



 カーソンは太陽の傾きを見ながら2人に話す。

「今日中になるべく村まで距離を稼いで、途中で野宿だな」
「わたし、2人にゴハン作ってあげるね!」
「ありがと! 楽しみだわ」
「マーシャの手料理か! そりゃ楽しみだ」

 3人は夕暮れまで馬を駆った。

 夜、キャンプを設営すると、マーシャの手料理を美味しく食べ、眠りについた。



 翌朝、村では朝からゲストール一味が酒宴をひらいていた。

「おいこら、酒が無えぞ! 早く持って来い!」
「ったくよう! 気の利かねえ奴等だな!」
「いつになったら俺らが言わなくてもいいようになんだよ!」
「早く持ってこいや!」

 ゲストール一味は、村でやりたい放題暴れ回っていた。

 酒に酔ったゲストールはダンヒルと無理矢理肩を組み、迫る。

「なあ、ダンヒル村長さんよぅ。そろそろマーシャを村に呼び戻さねぇか?」
「…………」
「俺達がうんと可愛がってやるからよぅ……へへへ」
「ガキ孕んだらよう、ちゃんと育ててやっからよ?」
「将来立派な盗賊にしてやるぜ?」
「もし娘だったら……へへへ」
「孫まで仕込んでやるよ」
「ひひひっ」

 手下達が酒を飲みながら下卑た声で笑う。

 ダンヒルは気丈に振舞い、ゲストールの要求を断る。

「断る。お前達がこの村に居る限り、マーシャが村に帰って来る事は無い!」
「……んだとこら? 自分の立場、ちゃんと分かってんのか?」


 ゲストールは腰から剣を抜き、ダンヒルの頬に刃をあてがう。

「てめえよ、俺の事分かって言ってるのか? 俺は、この村を作ったカーソンとクリスをブチ殺したゲストール様だぞ?」
「……お前が何と言おうと、マーシャは帰って来させん!」
「そうか、なら仕方がねぇ。俺達の良心、ってモンにも限度がある。マーシャが帰って来るまで今日から1日1本! 村人の指、切り落としていってやる。まずはガキからだ」
「そっ……そんなっ!?」
「へっへ。自分の娘と、この村の将来を背負って行くガキの指、てめえはどっちが大事なんだ? ええ? 村長さんよぅ!」
「くっ……卑怯なっ!」
「いい事を教えてやる。卑怯って言葉はな、俺達盗賊にとっちゃ最高の誉め言葉なんだ。誉めてくれてありがとうよ、村長さん」

 ダンヒルは立ち上がり、ゲストールへ背中を向けて立ち去る。


 ゲストールはダンヒルの背中に向かって話しかけた。

「いいか村長! 夕方まで時間をやる。じっくり考えな!」
「…………」
「今回ばっかりは本気だ! いつもみてぇに無視したら、泣く事になっからな!」


 拳を握りしめたまま戻ってきたダンヒルを、村人達は心配そうに見守る。

「ダンヒル……あいつら、何て?」
「マーシャを村に戻さなければ……帰ってくるまで毎日1本ずつ、子供の指を斬り落とすと……」
「何だって!?」
「あいつら……とうとうそこまでする気になったのか……」
「冒険者ギルドはまだ動いてくんねえのかよ!」
「くそっ! 国は助けてくれないのか!?」
 
 村人達は、いよいよゲストールが子供達にまで手を出し始めると知り、天を仰いだ。


 ダンヒルは拳を震わせ、俯きながら呟く。

「ダルカンに使いの馬を出し……マーシャを呼び戻す」
「駄目だよダンヒル! それだけは駄目だ!」
「そうだよ! 折角逃がしたげたのに!」
「いや、もう限界だ。うちの子だけ危害がないのでは……みんなに示しがつかない……」
「待て待て! どうせまたいつもの脅しだろ?」
「マーシャちゃん戻したところで、なんも変わらないって!」
「無理難題が通ったらさ、味しめてまた次に子供狙われるって!」
「ああ、分かってる。これに従ったら、その次の脅しにするってのは」
「分かってるんなら呼び戻すなよ!」
「いや、呼び戻す。マーシャが奴らに嬲られている間は……恐らくみんなの子供には危害がない」
「俺達の子へ時間稼ぎする為に……自分の子マーシャを犠牲にしようってのか?」
「もう……私にはそれしか思い浮かばない……それしか無いんだ」
「本当に……それしか方法は無いのか?」
「無い……これから手紙を書く。人と馬の手配を頼む」
「ダンヒル……」
 
 ダンヒルは俯きながら、自分が経営する宿屋へと歩き出した。

 村人達は、今回マーシャひとりが犠牲となっても、いずれ我が子に危害が及ぶ事になるであろう将来に絶望し、全員うなだれた。




 宿へと戻るダンヒルはふと足を止め、周囲を見渡す。

 ゲストールに壊された噴水。

 水を止められた為に使えなくなった、水洗トイレと入浴施設。

 排水路を利用し、新たに耕したのに使えなくなった南側の荒廃した畑。



 活気のあった当時を思い出しながら、無念の表情でダンヒルは呟く。

「マーシャ……すまない、もう限界だ。村の為に……犠牲に……なってくれ」

 ダンヒルは再び歩き出し、宿屋へと向かった。







 やがてゲストールに指定された夕方がやってくる。

 ゲストールは手下に指示し、村の北側の丘へ全員集めさせた。

 何とかして我が子を隠そうと躍起になっていた村人達の奮闘虚しく、全員連れ出される。



 1本のリンゴの木・・・・・・・・を境に、村人達とゲストールが対峙する。

 手下達は村人達が逃げ出さないように、村人達の背後を取り囲んでいた。


 ゲストールは大声で叫ぶ。

「時間だ村長! さあ、どうすんだ?」
「マーシャには帰って来いと手紙を出した!」
「おう、そうかそうか! で? いつ帰ってくんだ?」
「早くても5日くらい先だ!」
「あーそうか! 今日、ここにマーシャは居ねえんだな?」
「今日使いの馬を出したばかりだ! 居るハズがないだろう!」
「今、マーシャが居ねえんじゃしょうがねえな? ガキの指、切る!」
「なっ!? 何を言ってるんだ! 必ず帰って来る! もう少し時間をくれっ!」
「……待てねぇな。盗賊ってな時間にうるせえんだ。おぅ、ガキ連れてきな!」
「へーい!」

 手下は村人達の中へ入り込み、ひとりの男の子の手を掴む。

 必死に抵抗する両親を蹴飛ばし、強引に男の子を引っ張り出した。

 泣き叫びながら男の子は、ゲストールの前に連れてこられた。


 
 男の子の目の前でゲストールは剣を抜く。

 ダンヒルは慌ててゲストールへ詰め寄り、自分の両手を差し出しながら叫ぶ。

「や、やめてくれっ! 切るなら、この私の指を切ってくれ!」
「……出来ねぇな。盗賊は約束をちゃーんと守るんだ」
「約束通りマーシャは帰って来る! 何で今日なんだ!」
「おめえがその場凌ぎのでまかせ言ってっかも知んねえしな?」
「嘘じゃない! マーシャは来る!」
「まあ、見せしめだ! 今まで俺に逆らい続けてた、天罰ってモンだ!」
「ふざけるな! いいから早く、その子じゃなく私の指を切っーー」
「うるせえ!」

 ゲストールに詰め寄ったダンヒルは胸を蹴飛ばされ、転んだ。



 ゲストールは泣き叫ぶ男の子の指に剣を近付け、ニヤニヤと笑いながら話す。

「へへへ…恨むんならよ、今日ここに居ねえ村長の娘マーシャを恨みな?」
「やめろっ! その子に手を出すなっ! 私の指を切れっ!」
「うるせえ! 俺はこの村の支配者だっての、おめえらに周知させてやる!」
「やめろっ! やめてくれっ! お願いだ! どうか……やめてくれっ!」
「上手くいきゃ、また生えてくるぜ? そこのぶった切った2本の木・・・・・・・・・・みてえによう?」
「やめてくれぇーっ!」
「ああ、わりぃわりぃ。そこの木、生えてこねぇで腐ってきてたな? ひゃーっははは!」



 ゲストールは、泣き叫ぶ男の子の指へ切っ先をあてがう。

 ダンヒルは泣きながら叫んだ。

「かっ、神様っ! お助け下さい! この村をっ! お救い下さいっ!」



 ダンヒルの叫び声は村人達の悲鳴と共に、天高く響き渡った。



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