翼の民

天秤座

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剣士達の帰還

139 カリス村

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 カーソンとクリスがヒノモトの国へ旅立ってから、8年の月日が流れた。


 ダルカンの街へ2人の冒険者が馬に乗り、東からやって来る。

「見えた、ダルカンよ。あー、長かったね?」
「ああ、本当に長かった」
「あれから8年かぁ……」
「村のみんな、元気で暮らしてればいいな?」
「ギルドに挨拶したら、ちょっと行ってみよっか?」
「それいいな、そうしよう」

 2人は街に着いた。


 2人の若い馬番の男が、2人の馬を預かりながら話しかけてくる。

「ようこそダルカンへ。お2人さん、この街には初めてかい?」
「そうですねえ、8年前に来て以来かな」

 若い女性が馬番へ答えた。

「へー、そりゃお帰りなさいだ。何処から来たんですか?」
「ここから東、ヒノモトの国からでござる」

 青年も馬番へ答えた。

「ヒノモト!? そりゃ随分と遠くからいらしたもんだ!」
「この街でお金貯めて、行ってきたでござるよ」
「今、ここの馬屋ってお兄さん達がやってるんですか?」
「いいや、違うよ? 俺達は雇われ人さ」
「それじゃあ、あの夫婦が今も健在なんですね?」
「そうだよ。今ね、ちょっと出かけてるんだ」
「そうですか。あたし達の馬見たら、懐かしむかな?」
「カートン、クリシス。俺達ギルドへ行くから、会ったら挨拶しててくれないか?」
「ヒンッ」
「ブフンッ」
「よしよし、いい子だ」
「へぇ……お2人の馬、賢そうですね?」

 若い馬番達は2人を街へと見送った。



 2人は街を歩きながら話す。

「あんたまだ、そのござるって言葉抜けて無いの?」
「すまん、油断するとつい口に出てしまうんだ」
「ヒノモトの国、思ってた以上に恐い国だったわね」
「異国の格好した俺達見ると、すぐ戦い求めてきたもんな」
「命がいくつあっても足りなかったわ」
「お金稼ぐにも大変だったしなぁ……」
「必ず何かしらヤバイ事に巻き込まれてたもんね?」
「俺はもう、二度とあの国に行きたくないよ」
「……同感。しっかし、この街も変わってないわね」
「そうか? ほら、あの店、8年前には無かったよ」
「あんた、よく覚えてるわね」
「そりゃあ、ここでは色々とあったからな」
「うん……そうだね、色々あったね」

 街の風景を懐かしみながら、2人は冒険者ギルドへ向かった。



 馬屋には、老夫婦が文句を言いながら帰ってきていた。

「ったく、馬鹿だろあの飼い主よ!」
「犬にタマネギ食わそうとしてたなんて、信じられないね!」
「何がうちのワンちゃんが病気で、あたくしの料理食べてくれないんですのだよ!」
「タマネギは毒だって、犬は知ってんだってばさ!」
「こりゃあよ、どの動物には何を食わしちゃいけねえかって本、作ったほういいな」
「全くだよ。毎度毎度こんなバカネモチ連中に呼び出されちまう、うちらも堪ったもんじゃないよ!」

 帰ってきた老夫婦に、若い馬番達はつい先程預かった馬達の世話をしながら話す。

「あ、おかえりなさい。どうでした?」
「ただいま。そりゃもうひでえ飼い主だった」
「ホント金持ちってなに考えてんだか」
「だからバカネモチって笑われてんだよ」
「あー、いつもの毒餌騒ぎですか?」
「あたくしのワンちゃん、何て言ってるか教えて下さいってたからよ、包み隠さず言ってやったぜ」
「毒食べさせて殺さないでって、泣いてるってね」
「ははは、ホント酷い飼い主ですね」
「お? その子達、俺ら居ない間に預かったんか?」
「おや、賢そうな顔した子達だ……って、あれっ!?」
「もしかしてお前達……カートンに……クリシスか?」
「ヒンヒンッ」
「ヒヒヒンッ」
「お……おおお……お前達、元気だったのか!」
「ずっと可愛がってくれてたんだね! 一緒にシルバも来てんのかい?」
「ブフンッ」
「ブヒンッ」
「あ、そうか……そりゃ残念だ」
「そうだったんだね? そりゃ寂しかったろうね……」
「この子達の主人はどうした?」
「あ、なんかギルドへ行くって言ってましたよ?」
「そうかそうか、ちょいと挨拶に行ってくるか」
「こうしてあたし達が動物と話せるようになったの、あの人達のおかげだもんね」
「ちょいとまた出かけて来る」
「留守番頼んだよ?」
「はい、お気を付けて」
「あ、そうだ。その子達な、風呂に入れてやってくれ」
「風呂好きなんだよ、その子達」
「へえ、風呂好きなんですか。分かりました」

 老夫婦は馬達の飼い主を追い、冒険者ギルドへと向かって行った。



 ギルドに着いた2人は、受付の若い男に話しかける。

「こんにちはー」
「ようこそ、ここは冒険者ギルドだ。ギルド証はあるかい?」
「はいこれ、よろしくお願いします」

 2人は受付にギルド証を渡した。

 受付の若い男はギルド証を受け取り、名前を確認する。

「はいよっ、どれどれ……カーソンに……クリス?」
「はい、そうです」
「8年ぶりにここへ帰ってきました」
「そうですか。ちょっとカードが古いんで、少し待って貰えますか?」
「はい、分かりました」
「カード古くなると、確認が必要になるんですね?」
「ええ、そうです。少しお待ち下さい」

 受け付けの若い男は、2人のカードを手にしたまま奥へと早足で下がっていった。


 奥に居る年配の男へ、若い男はカードを見せながら話す。

「主任、見て下さいこれ」
「ん? どうした?」
「このカード、カーソンとクリスです」
「どうせまた偽造だろ?」
「それがですね……アレも一緒にあるんですよ」
「アレ? アレって特命カードの事か?」
「はい。このカードまで偽造は出来ないんですよね?」
「まあな。これの存在を知ってる冒険者は、そんじょそこらに居ないからな」
「うちじゃ主任が担当だったじゃないですか。2人の顔、確認して貰えませんか?」
「ん、分かった。偽物だった時の手配しとけ」
「はい、分かりました」
「さてさて、今度はどんなそっくりさんかねっと…………うおっ!?」

 奥から主任と呼ばれた男が顔を出し、2人を見て驚いた。


「あっ! おじさん、お久しぶりです!」

 冒険者の女性は、主任と呼ばれた男に久し振りと言った。

「カーソン? そ、それにクリスじゃないか!? バカな、死んだハズじゃ……」
「やだなあおじさん。あたし達の事、勝手に殺さないで下さいよ」
「えっ? 俺達死んだ事になってたんですか?」

 主任の男は、未だに信じられぬ目で2人を見る。

「君達、生きてたのか!? ゲストールに殺されたって聞いてたぞ!?」
「? ゲストールって、誰?」
「いや、俺も知らん」

 2人の冒険者は初めて聞く名前に首をかしげ、お互い顔を見合わせた。



 周りに居た冒険者達も受付の騒ぎに気付き、2人を遠巻きに見ながらざわざわと騒ぎ始めた。


 主任はカウンターから外に出て来て、2人と握手しながら話す。

「いやー、良かった。君達ちゃんと生きてたんだな!
 カーソン、えらい男前になったな!
 クリスは歳とってないんじゃないかってくらい、相変わらず美人だ!」
「へへー。ありがと!」
「俺も大人っぽくなったでしょ?」

 2人は照れながら主任と握手した。


 受付の若い男が恐る恐る、主任へ聞いてくる。

「あの、主任? この方達があの伝説の冒険者、カーソンさんとクリスさんですか?」
「ああ、そうだ。本物のカーソンとクリスだ」
「ほっ、本物なんですかっ!?
 たった2人で盗賊の首1000人跳ね飛ばして!
 ミノタウロスを素手で殴り殺して!
 暗殺ギルドを壊滅寸前まで追い込んで土下座させて!
 ゴルドの町を火の海にして!
 村をまるごとひとつ買い取ったカーソンさんとクリスさんですかっ!?
 ああっ! ずっとお会いしたいと思ってたんです!」
「何か俺達がやった事、話が大きくなってるな」
「そんな化け物じゃありませんよ? あたし達」

 尊敬の眼差しで2人を見つめる受付の若い男と握手しながら、2人は自分達の武勇伝を否定した。



 主任は2人に手配書を見せ、仕事の依頼を頼んできた。

「早速で申し訳無いがお2人さん、仕事を依頼したいんだがいいか?」
「はい! いいですよ! その為にギルド来たんだし」
「難しい仕事ですか?」

 快く返事をする2人に、主任は依頼を持ちかけた。

「その依頼ってのは他でもない、君達を殺した盗賊ゲストール一味の退治。総勢37人の盗賊団だ」
「いや、殺されてないよ俺達」
「確かにずっとこの国に居なかったけど、ちゃんと生きてますってば」
「ん、スマンそうだった。
 何せ君達を殺したと騙った奴だ。
 ビビって誰も依頼を受けようとしなくてな。
 もう1年近くカリス村に我が物顔で居座り続けてるんだ。
 村を救ってやってくれないか?」
「いいですよ。でも、カリス村って初めて聞く名前の村ね?」
「いつの間にそんな名前の村が出来たんだろうな?」

 首をかしげる2人に、主任はニヤリと笑いながら答えた。

「村の正しい呼び名は『カーソンとクリスが作った村』だ。
 みんな省略して、カリス村って呼んでいるんだよ。
 何処にある村かは、2人とも分かってるよな?」
「えっ……えええーっ!? 何ですかそれ!?」
「うわ……ダンヒル村長……やってくれたな……」
「村の名前は決めて下さいってお願いはしてたけど……そうじゃない……そうじゃないのよダンヒルさん……」
「俺達晒し者じゃないか……酷いな」

 2人は村に自分達の名を付けられていた事実を知り、茫然とした。


 ギルド主任の男は、依頼の詳細を2人へ話す。

「成功報酬は70万ゴールドだ。
 依頼人達は明確に一味の殺害を希望している。
 ギルドとしても、それが最適だと思ってる。
 公には言えないがな、捕獲は望んでない」
「報酬たっかっ!」
「クリス、契約金の7万ゴールドってありそうか?」
「……ごめん、帰ってくるまでにほとんど使いきっちゃっちゃ・・
「ごめんおじさん。今、契約金無いや」
「君達忘れてないか? ギルドがまだ支払ってない報酬があるんだぞ?」
「あ、すっかり忘れてた」
「そうだった。隣の国の中津じゃ受け取れなくて、お金に苦労してたわ」
「あの国のギルドとうちは提携してないからな、苦労させたようで申し訳ない」
「いえいえ、どうって事はないです」
「カーソン、随分と話し方が落ち着いたな?」
「俺もずっと子供のまんまじゃないですよ? 礼儀作法はきっちりと学びましたよ? ヒノモトで」
「そうかそうか。可愛らしい坊主が、ちゃんとした色男になって帰ってきたんだな」
「よして下さいよ。俺なんかまだまだです」
「クリスも大変だったんじゃないのか? この色男が誰かに奪われちまわないように監視すんの」
「いえ、わりかし放置してましたよ? 流石に夜這いかけてきた阿呆はぶちのめしましたけどね」
「俺、未だに分かんないんですよ。何で女性が俺にちょっかい出してくるのか」
「……まあ、クリスが苦労してないんならいいだろ」
「別にほっといてもいいって分かったら、気がラクになりましたよ」
「カーソンの身持ちは堅いって事か、それは何よりだ」

 ギルドの主任は2人と話しながら、カードへ依頼受注の記録を入れる。


 2人へカードを返しながら、主任は話す。

「よし、じゃあ、依頼は君達に任せたぜ! 冒険者ギルドはそのホラ吹きの首が欲しいと頼んどくぜ!」
「任せてよ! じゃあ、早速行ってきますね」
「村には立ち寄る予定だったし、丁度いいや」
「よくないでしょ! ずっと盗賊に居座られてんのよ?」
「みんな無事だといいな……心配だ、早く行こう!」
「おおっと待った! 村へ行く前に、このメモに書いてある宿屋に行って村長の娘と会ってくれないか? 身の危険を感じて村から逃げ出し、ずっと宿屋に居るんだ」
「え? マーシャがこの街に? 村がそんな盗賊にずっと居座られてたら、苦労しただろうな……」
「多分、ダンヒルさんが逃がしてくれたんだろうね」

 居合わせた冒険者達のざわめき声を背に、2人はギルドを出た。



 2人は主任から受け取ったメモを片手に、宿屋を探す。

「あった、ここだ。マーシャ、大きくなってるんだろうなぁ」
「8年ぶりだもんな。18歳くらいか?」

 2人は宿屋に入ると、カウンターに立っている女将へ聞く。

「すいません。ここにマーシャっていう子、泊まってませんか?」
「18歳くらいの女の子ですが、居ませんか?」
「マーシャですか? マーシャはうちの従業員ですけど、あなた達どちら様ですか?」
「あたし達、冒険者ギルドから来ました」
「あ、マーシャここで働いてたんだ?」

 宿屋の女将に冒険者ギルドから来たと話していると、2階から声が聞こえた。

「誰っ!? わたしの事を探しているあなた達は?」



 2人が見上げると、ホール吹き抜けの2階テラスから可愛らしい女性が自分達を見下ろしていた。


 8年の歳月は、彼女を大人の姿へと変えるには充分な程の時間があった。

 しかし当時のあどけなさを面影に残した顔を見て、2人はマーシャだとすぐに気付く。


 2人はマーシャに手を振る。

「きゃーっ! マーシャ久しぶりー!」
「おーっ! マーシャか! 大きくなったなー!」
「誰……なの? 何でわたしの名を知ってるの……」

 マーシャは最初、2人が誰だか分からなかった。

 もしやゲストールの一味に、とうとうここが知られたのかと戦慄する。


 マーシャはなるべく2人と目を合わせないよう、恐る恐る容姿を窺う。

 足元から胸元までを見た感じでは、冒険者のような姿。

 盗賊とは違うようだと思ったマーシャは、少しずつ視線を上げて2人の顔を見る。

 段々と思い出してきた聞き覚えのある声、そして2人の顔を見て、全身に鳥肌がたつ。


 マーシャはふらふらとした足取りで、2人の顔から視線を離さず階段へと歩きながら話す。

「もしかして……カーソンお兄ちゃん? クリスお姉ちゃん!?」
「そうよー! クリスだよーっ!」
「カーソンだぞー! マーシャ俺の事覚えてるかー?」
「いっ……生きて……た……生きてたんだ……」
「あたし達、何故か殺された事になってたよ?」
「俺達ちゃんと生きてるぞー?」
「お……にぃ……ちゃ……お兄ちゃぁぁぁーんっ!」

 マーシャは駆け出した。

 階段を踏み外しそうになりながら駆け降り、カウンター前に居るカーソンへ勢いよく飛び込んで抱きついた。



 溢れる想いが込み上がり、抱きつきながらマーシャは泣き出す。

「おにぃぢゃんっ……いぎでだ……いぎでだぁぁぁーっ!」
「そう簡単には死なないって」
「ぇっ……ぇっ……会いだがっだ! 会いだがっだよぉぉぉ……」
「俺も会いたかった。大きくなったなぁ?」
「いぎででぐれだぁぁぁー……わぁぁぁーん……うぇぇぇーん……」
「そんなに泣くなよマーシャ。折角の美人が台無しだぞ?」
「だっ…だって……すぐ帰ってくる…って……言ってたのに……」
「そうでも言わないと、多分お前行くなって泣き叫んだだろ?」
「ごめんねウソついて。でも、あたし達ちゃんと帰って来たよ?」
「お兄ちゃん……お兄ちゃん生きててくれた………」
「あたしも生きてたんだけど……まぁカーソンが先よね、ふふっ」
「あ、マーシャ? 痛くないか?」
「痛くないよ……お兄ちゃん……あったかいよ……」
「いや、そうじゃなくてな……まぁガーディアンは許してくれてそうだし、別にいいか」

 マーシャは一度カーソンから身体を離し、カーソンの瞳を見つめると、もう一度抱きつきながら話す。

「カーソンお兄ちゃん、殺されたなんてウソだったんだね?
 わたし、ゲストールからそう言われて……大泣きしたんだからねっ!」
「そのゲストールって奴、酷い奴だな。これから俺達が行って叩きのめしてやるからさ、マーシャはここで待ってろ」

 ゲストールの退治を宣言したカーソンに、マーシャは首を横に振りながら答える。

「ううん、わたしも一緒に村へ帰る! お父さんが心配だし、何よりもお兄ちゃんとお姉ちゃんがゲストール倒す所、この目で見たいの!」
「そうか。じゃあ、一緒に行くか。ところで、ここの宿代大丈夫か? もし支払い溜まってるなら、俺達が手伝うぞ?」
「ううん、大丈夫だよ。わたしね、ここに住み込みで働いてお給料貰ってたの」
「お金無くなって、働いてたんじゃないんだな?」
「うん!」
 
 2人はマーシャが宿代を滞納し、働かされていたと思っていたが違うと分かり、安心した。



 マーシャはカウンターに立つ宿屋の女将に近付き、ペコリと頭を下げながら話す。

「女将さん、今日までありがとうございました。わたし、村に帰ります」
「この人達が退治してくれるんだね? 良かったねぇ?」
「突然ですみません」
「いいよいいよ、そういう約束だったんだし」
「村が平和になったら、ご連絡しますね?」
「楽しみにして待ってるからね? それじゃ、今日までのお給料支払うね」
「あ、要りません。その代わり、持ち帰れない荷物の処分をお願いしてもいいでしょうか?」
「分かったよ。今までありがとうね」
「こちらこそ、ありがとうございました」

 女将が差し出した両手を握り、マーシャは今までの感謝を込めて深々と頭を下げた。



 マーシャは2階に上がり、自分の部屋へ入ると荷物をまとめ始める。

 その瞳には、やっと村へ帰れる喜びと、ゲストールと対峙する決意が入り交じっていた。


 カーソンの顔を思い起こし、頬を赤らめながら。
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