翼の民

天秤座

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犯した過ち

閑話 マーシャの日記

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 今日も帰って来ないのかなぁ。

 わたしは日課にしている北東の街、ダルカンからの待ち人を探している。
 わたしはあの日から毎日、あの2人が帰って来るのを待っている。
 小さかった頃に、優しくしてくれた2人を。

 お姉ちゃんは、とっても綺麗で、私の憧れだった。
 いつも村の為にあちこち動き回って、忙しそうに働いていた。
 わたしによく、リンゴをくれたのを今でも覚えている。
 お姉ちゃんがくれたリンゴはとっても甘く、美味しかった。
 村のみんなから慕われていて、私も慕っていた。
 でも、わたしにとっては恋敵でもあった。

 お兄ちゃんは、とっても格好よくて、大好きだった。
 いつも井戸の前に居て、魔法で井戸の水を輝かせていた。
 あの魔法のお陰で、この村はあっという間に元通りになった。
 わたしに勉強を教えてくれたのも、お兄ちゃん。
 作って貰った数字の計算表、今でも大事にしているよ?

 お兄ちゃんはいつも優しくて、私の頭を撫でてくれたよね?
 今考えると、とても恥ずかしくなるよ。
 確かにあの頃は、わたしも子供だったよ?
 でも本当はね、もっと女として見て欲しかったの。
 子供の扱いは……ううん、わたしがもっとお兄ちゃんへ積極的にいかきゃなかったんだよね。
 もしまた会えたら、わたしも積極的にいくからね?

 お兄ちゃんは、お姉ちゃんが恐いみたいだったよね?
 お姉ちゃんにいつも怒られていた気がするよ?
 わたしはお兄ちゃんを守ってあげたいと、いつも思っていたの。
 でもね、怒ってるお姉ちゃんはね、わたしも怖かったんだ。
 お姉ちゃんからお兄ちゃんを守ってあげられる自信、なかったの。
 ごめんなさい。


 あの日の事、覚えてる?
 お兄ちゃんとお姉ちゃんが、馬に乗ってダルカンへ行こうとしていたあの日。
 わたしはあの時、何故か不安になったのを今でも覚えてるよ?
 お姉ちゃんは、すぐ帰ってくるって言ってた。
 お父さんも行ってらっしゃいって言ってたから、すぐに帰ってくると思っていたんだよ?
 お兄ちゃんとお姉ちゃんを見送ってから、もう7年が過ぎたよ。
 ねえ? いつ村に帰って来てくれるの?

 2人が帰ってこないのを、お父さんに泣きながら怒ったんだよ?
 お父さんは知っててお兄ちゃんとお姉ちゃんを見送ったんだと思い、お父さんを恨んじゃった。
 でもね、お父さんは、2人は必ずここに帰って来てくれるって言ったんだ。
 だからわたしもね、お父さんを信じたの。

 わたしはずっと、帰って来てくれるのを待っているよ?
 お兄ちゃんと一緒に植えた、このリンゴの木に登りながらね?
 今年のリンゴも美味しく出来てるよ、お兄ちゃん。
 早く、食べに帰ってきてよ。


 わたしね、先月17歳になったんだよ?
 もう、お兄ちゃんの赤ちゃん産める身体になったんだよ?
 処女、ちゃんと守ってるよ?
 わたしの初めては、お兄ちゃんって決めてるんだもの。

 お父さんも村のみんなもね、帰ってきてくれるのをずっと待ってるんだよ?
 お父さんはね、あれから村の宿屋を建てて、経営してるんだ。
 村にはあんなに素敵なお風呂があるんだもん。
 宿屋も大繁盛だよ?
 わたしも料理の事を勉強してね、今は宿屋の食事を作っているの。
 自分で言うのは恥ずかしいんだけど、わたしの料理は美味しいらしくてね、常連のお客さんも出来たんだ。
 お兄ちゃん、待ってるよ?
 お姉ちゃん、わたし負けないから!
 大人になったわたしの魅力で、お兄ちゃん貰っちゃうからね!





 
 ようやく落ち着いてきた。
 これでやっと日記の続きを書ける。
 どうしてこうなってしまったのか、書いておこう。



 ある日、柄の悪い男達が村へとやって来た。
 旅人さんかなって思ったけど、どうも雰囲気が違ってた。
 30人くらいでやって来て、なんか怖かった。
 
 
 男達の中で一番偉そうな奴と、お父さんが口論になった。
 お父さんは、そいつにいきなり殴られ、剣を突き付けられた。
 わたしはお父さんを助けに駆け寄った。
 男はわたしの事を物凄くいやらしい目付きで見てきた。
 舐められる様な視線に、わたしは全身に寒気を感じた。

 お父さんをいきなり殴った男だ、わたしも身の危険を感じた。
 男はゲストールと名乗った。
 気持ちの悪い名前だ。

 手下っぽい奴が、わたしのお尻をいきなり揉んできた。
 ゲストールはその手下を殴り、俺の女に手ぇ出すなと怒鳴ってた。
 いつ! どこで! わたしが! あんたの女になったのよ!
 寝言は寝てから言いなさいよ!


 抱きついてこようとするゲストールを、わたしは必死に避けた。
 わたしはあんたの女になんかならないって叫びながら。
 わたしはもう、カーソンって人と結婚するって決まってるの。
 そう叫んだら、あいつはわたしにとても信じられない事を言ってきた。


 お兄ちゃんとお姉ちゃんは、俺が殺した……と。


 何を言ってるんだこいつ?
 わたしはゲストールに詰め寄った。
 そんなはずはない。
 あんたみたいな奴に、あの2人が殺されるハズなんか無い、と。

 ゲストールはわたしに、切り取られた人の耳を見せてきた。
 お兄ちゃんとお姉ちゃんの、耳だと言った。
 腐りかかって糸を引いてる、人の耳。
 わたしは気持ち悪くなり、トイレに駆け込むと、吐いた。
 口から鼻から、胃の中の物が全部出てきた。


 そして吐いた後、わたしは脱け殻になってしまった。


 わたしはずっと、お兄ちゃんのお嫁さんになろうと思っていた。
 だけどお兄ちゃんはもう、この世には居ない。
 お父さんと男が再び言い争いになったが、何を言っていたのすら覚えていない。


 わたしは自分の部屋に戻り、枕に顔をうずめて泣いた。

 お兄ちゃんにキスをしておきたかった。
 お兄ちゃんに抱きしめて貰いたかった。
 お兄ちゃんに処女をあげたかった。
 お兄ちゃんのお嫁さんになりたかった。
 お兄ちゃんの赤ちゃん、産みたかった。
 殺されたなんて嘘だ!
 絶対嘘だ!
 ずっと涙が止まらなかった。


 夕方、お父さんが部屋に入って来た。
 お父さんの顔には、殴られた痕が残っていた。
 お父さんは悲しそうな顔で、わたしに言ってきた。
 今からゲストールがわたしを抱きに来る、と。

 わたしは、あいつに犯される。
 あんな奴に、わたしの処女が奪われる。
 逃げたい。
 でも、逃げたらお父さんが殺されるかも知れない。

 あの時のわたし、どんな顔してたんだろう?
 多分、目だけは死んで無かったと思う。

 あの男は、お兄ちゃんとお姉ちゃんを殺した憎い敵。
 ならばわたしが、2人の仇を討ってあげなきゃ。

 わたしは護身用のナイフを手に、お父さんと一緒に部屋を出た。
 わたしは犯されてもいい。
 でも、必ず殺してやる。
 処女なんてくれてやる。
 その代わり、お前の命を絶対に奪ってやる。
 このナイフで。


 お父さんがわたしを連れてきたのは、あいつの目の前では無かった。
 もし火事が起きた時に逃げられるようにと作っていた、普段誰も使わない階段を降りて、宿の裏手に出た。
 そこにあったのは、ダルカン行きの作物を積んだ荷馬車。

 わたしは荷台に乗せられた。
 布をかけられ、その上から作物を積み重ねられた。
 お父さんは、わたしをダルカンへ逃がそうとしてくれた。

 村から出る時に手下達が調べに来たけど、わたしは発見されなかった。
 わたしは村から無事脱出し、ダルカンへと向かった。


 ダルカンに着くと、運んできてくれた人からお金を沢山貰った。
 このお金で暫く宿屋に身を隠しておくようにと、お父さんが用意してくれたそうだ。

 わたしの宿代は、定期的に村から補充してくれるとの事。
 村から逃げ出す事が出来てホッとする反面、残されたみんながあいつから何をされてしまうか凄く不安だ。
 特にお父さん。
 もしかして、あいつに殺されてしまうかも知れない。


 あいつはわたしが居なくなった事に、怒り狂うだろう。
 誰がわたしを逃がしたのかも、すぐに分かるだろう。
 お父さんは、大丈夫だろうか?
 村の人達は、酷い目にあってないだろうか?


 宿屋で一週間程過ごしていると、村の人がお金の補充に来てくれた。
 わたしは村がどうなっているのか聞いた。

 わたしが居なくなってから、やはりあの男は暴れ回ったらしい。
 でも、怪我人は出たけど死者は出なかったみたいだった。
 お父さんは散々痛め付けられて、この一週間まともに歩けなかったそうだ。

 お父さんは殺されていなかった。
 本当にホッとした。

 でもあの男、ゲストールとその野蛮な一味。
 奴らは、わたしが村に帰って来るまでずっと居続けるそうだ。
 お父さんからの伝言は、絶対に帰って来るなとの事。

 わたしは村に帰れない。
 もし帰ったら、あいつらに犯される。
 多分、村の女性達は……わたしの身代わりに毎日犯されてるかも。
 ごめんなさい。
 わたしだけ逃げちゃって、本当にごめんなさい。


 わたしは自分でお兄ちゃんとお姉ちゃんの仇を討てない事が、とても悔しい。
 わたしにもっと力があれば。
 お兄ちゃんとお姉ちゃんから、剣術を習っておけば良かった。
 でもそんな事、今更後悔してもしょうがない。
 分かってる、そんな事分かってるけど……とても悔しい。
 何で、どうしてこんな事になってしまったんだろう。



 わたしは思い立って、冒険者ギルドへ向かった。
 ギルドにゲストールとその一味の殺害をお願いしてみた。

 ギルドからは、人殺しの依頼は受けないと断られてしまった。
 でも、ギルドが調べてくれて分かったけど、ゲストールという男は盗賊だったそうだ。
 盗賊なら、退治の名目で殺してもやむを得ないとの事だった。

 わたしはその時持ってた手持ちのお金を全てギルドへ渡し、盗賊ゲストールとその一味の退治依頼を出した。

 ギルドは依頼を引き受けてくれた。
 でも、受けてくれる冒険者は居ないかもしれないと言われてしまった。

 何故かと聞いたら、それはあの男がお兄ちゃんとお姉ちゃんを殺したせいだと言われた。

 その時初めて、お兄ちゃんとお姉ちゃんは冒険者の中でも物凄く強い人達だったと聞かされた。
 余りに強すぎて、本当に実在していたのかすら疑われる程の存在。
 伝説の冒険者、カーソンとクリスと言われていた。

 わたしの知っているお兄ちゃんとお姉ちゃんが、そんな存在だったと知ってとても嬉しい。
 嬉しい反面、この依頼がとんでもない程の難しさなんだと気付く。
 あいつを退治に行ける人は、今この街には誰も居ないと言われてしまった。
 この先も現れるかどうか、本当に分からないとまで言われてしまった。


 悔しい。
 本当に悔しい。


 でもきっと、いつかあの男を殺してくれる冒険者が現れるまで、わたしは絶対に諦めない。



 
 やられた。

 ゲストールの奴、村とダルカンとの取引を辞めさせた。
 わたしに村からのお金が届かないようにされた。

 こんな嫌がらせに負けてなんかいられない!
 お金なんて自分で作ればいいんだ!
 前から思ってた事、実行に移そう。

 宿屋の娘をなめるな!
 宿代が払えないなら、この宿屋で働けばいいんだ!
 

 わたしは今、住んでる宿屋で調理を任されている。
 最初こそ見習い扱いだったけど、料理の腕前はすぐに認められた。
 わたしの料理でお客さんが徐々に増え続け、女将さんからとても喜ばれている。
 住み込みの従業員みたいな待遇で、宿代どころかお給料まで頂いている。
 料理の事、勉強してて本当に良かった。
 

 それとは別に、お兄ちゃんが作ってくれた計算表を真似て作り、ゴードンさんのお店で売れないかと交渉してみた。
 店長に聞かないといけないと言われ、これは断られたんだろうと諦めかけていた。
 それから3日後、オストのゴードンさんから二つ返事で了解を貰えたそうで、売れた枚数分わたしに売上の一部が貰えるようになった。
 子供を持つ親が、これは良いと買ってくれているみたいで、結構なお金が稼げている。

 お兄ちゃん、ありがとう。
 わたしには戦う力が無いけど、お金を作る力はあったみたいです。
 お金だって、使い方次第で力になるはず。
 依頼の報酬が高くなれば、沢山の冒険者達が集まって退治に行ってくれるはず。
 例えあのゲストールが、今や冒険者の間では伝説と言われてるお兄ちゃんとお姉ちゃんを殺した奴でも。


 

 今日は、凄く泣いた。
 お兄ちゃんとお姉ちゃんが殺されたって聞かされた日以来、ずっと泣かないように頑張ってたのに。
 こんなの……誰だって泣いちゃうよ。

 いつものようにゴードンさんのお店へ、食材の買い出しついでに計算表の売上を貰いに行ったら、普段オストの本店に居るはずのゴードンさんが居た。
 わたしが来るまで、ずっとこの街に滞在してくれていたそうだ。
 久しぶりの再会を喜んでいると、突然ゴードンさんからお金を手渡された。
 その額、50万ゴールド。

 
 ゲストールのせいで、ダルカンにあるゴードンさんのお店には村から家畜も作物も届かなくなってしまった。
 ゴードンさんはオストのお店の仕入れ量を倍に増やして、独自にダルカンのお店へ村の作物を届けていた。
 わたしが村から逃げ出してしまい、こんな事になったのに。
 とても申し訳なくて謝ったらゴードンさん、わたしのせいじゃないですよって。

 ゴードンさんは、わたしを全面的に支援しますって言ってくれた。
 村のみんなから頼まれて、わたしへの仕送り金も一緒に届けてくれた。
 でもきっとこのお金、全部が村からの仕送りじゃない。
 絶対に、ゴードンさんも出してくれているはず。
 

 わたしはゴードンさんにしがみつき、大泣きした。
 ゴードンさんは、泣いてるわたしの両手を優しく握ってくれながら、こう言ってくれた。
 
 『マーシャさん。あの2人の仇討ち、是非私にもお手伝いさせて下さい』

 ずるいよ、ゴードンさん。
 これで泣かないはず無いでしょう?
 わたし、ひとりであいつと戦ってなかったんだ。
 みんな、お兄ちゃんとお姉ちゃんの仇討ちに協力してくれてるんだ。
 
 

 お兄ちゃん、お姉ちゃん。
 天国から応援していて下さいね?
 絶対に、仇をとって見せます。
 ゴードンさんと村のみんな、そしてわたしが稼いだお金で、あいつらを絶対にやっつけます。
 

 冒険者の皆さん、お願いします。
 どうか、わたし達の村を助けて下さい。
 

 お願いします、神様。
 お兄ちゃんとお姉ちゃんの仇、とらせて下さい。
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