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犯した過ち
136 失敗作
しおりを挟むクロノスはシウスに躊躇いつつ話す。
「ただ……人間共に関してはお前の失敗作だな。あのような不完全な生命体を増やしおって」
「言うな。それは私が誰よりも理解しておる」
「魂と母体を持つ生命体としては、実に愚かな事を平気でする」
「…………嘆かわしい」
「上位の生命体には魂となる意思と、母体となる意思。2つの意思を共存させるのであったな?」
「そうだ。上位の生命体が肉体を行動させる為には、2つの意思が合意せぬと出来ぬようにした」
「何故、そうした?」
「母体だけではその経験から延々と同じ事しか選択しない。故に別の方法を模索する魂を持たせた」
「基本の思考は、母体が受け持つのであったな?」
「ああ。母体となる意思が優先され、魂となった意思はその行動で得た知識を学習し、将来母体となる為に精神鍛練をしている状態だ」
「魂も母体が同意すれば、肉体を動かせるのだったか?」
「母体は過去の知識が豊富であるが故に、新しい知識の処理に疎い。新しい知識は魂が受け持ち、母体も更に学習する仕組みだ」
「より多くの知識を得た魂が、母体となれるのであったな?」
「そうだ。数多くの生命体の生死を経験し、学習しなければならぬ故に母体となる為には、相当な時間を必要とする」
「では何故、肉体を失った魂と母体両方の記憶を都度消し去るのだ?」
「全てを消している訳では無い。記憶は行動し、得た結果を己の知識へと蓄積し、新たな肉体を得た時に枷とならぬようにしておるだけだ。行動に対する結果だけを残し、課程に伴った思考は全て消去する」
「何故、記憶全てをそのまま次の肉体に持ち越させぬのだ?」
「そうした時期もあった。何故今はそうしていないか……お前も察しろ」
「……ふむ」
「肉体を失った時、それまでに得た記憶は己の経験へと変わる。次の肉体に記憶を全て持ち越せば、何かと問題が起きた」
「男が女になった時、またその逆も同様に記憶がその肉体を動かすのに邪魔となるのか?」
「それも単純な問題のひとつだ。実際は更に複雑であり、全ての記憶を持ち越させるのはやめた」
「仮に前の肉体が馬だったとして……次の肉体が人間であれば、動かす意思も困惑してしまうか」
「その通りだ。私も次に与える種を、全て望み通りに選ばせてはやれぬ」
「だから記憶を新しい肉体へ引き継がせぬ……という事か」
「ああ。新たに得た肉体で生きる為、更に学んで欲しいという私の願いも込めている」
「だからか。どんな肉体を得ても、生命維持や生殖行動が誰から教えて貰わなくとも覚えているのは」
「それが経験であり、知識である。人間達は『本能』と名付けているようだがな」
「では人間共の付けた名で言えば、母体の意思を宿すのが『卵子』、魂の意思を宿すのは『精子』と捉えても良いのか?」
「うむ。数多の魂から選ばれた者だけが母体と合流し、宿した女の力で新たな肉体を完成させ、共に動かす」
「何故、肉体を完成させられぬ時があるのだ?」
「肉体を作り出す女が失敗する時もあれば、母体が魂を受け入れた後、この魂とは相容れぬと悟った母体が判断し、産まれる事を諦める場合もある」
「肉体の失敗は物理的に仕方が無いとして、諦める母体は何処でその決断をする?」
「私もそこまでは知らぬ。母体の判断はそれぞれ異なるのだが、選んだ魂との共生を拒否し、次の機会を待つのであろうと思っておる」
「神の一族はまだマシなほうではあるが……翼の民の肉体を得たい母体はその傾向が強すぎるのではないか?」
「翼の民の肉体を望む母体は、精霊が見えなければならぬという戒めを持っておるようだ。故に魂と合流しても精霊が見えぬと分かれば自ら誕生を放棄し、次の機会を待つと以前私に話してくれた者がおる」
「だからと言って選り好みを続ければ、機会そのものが減り種として絶滅してしまうではないか」
「それもまた仕方ない。私は翼の民として肉体を得たい者達の、意思を尊重する」
「お前が原因だと、私は思うのだが?」
「私が奴の封印維持を命じたせいか。ふむ、連中にはそこまで忠義を持たんで良いと説いてやるとしよう」
「ところでシウスよ。お前が仕組んだカーソンは、本来あの肉体の持ち主であった者達と差し替えたのか?」
「ああ。詫びて直ぐにそれぞれが望む肉体を約束してやった」
「そいつらは納得したのか?」
「私の願いに背く事を恐れたやも知れぬがな。魂のほうは承諾し、既に人間として地上に産まれておる」
「母体は……また翼の民を願い、待っているのか?」
「ああ。好きなだけ魂を吟味しろと言い、特別に構ってやっている」
「神が望み通りの肉体を用意すると約束すれば、カーソンに肉体を譲ったのも許せるか」
「そう思いたいものだ」
「……成る程な」
「どうしたクロノスよ?」
「いや……含みは無い」
未来を知るクロノスは、本来カーソンとして産まれる予定であった母体が手に入れた肉体に見当をつけたが、先に話を進めてからシウスに話そうと機会を待った。
クロノスはシウスに話す。
「いかん、いつの間にかカーソンの話に変わっていた」
「……ああ。人間は不良品だという話であったな?」
「人間共は、いつかこの星を食い潰してしまうぞ? 長い眠りから目覚め、その愚行を見たお前は、それでも良いのか?」
「良い訳が無いわ。私の作った人間達が……何故殺し合っておるのだ?」
「奴がばら蒔いた、病原体に侵されたのだよ」
「何だと?」
「恐らくネロスと同じ事になったのではないか? 病原体に侵された人間共は狂暴体となって自らを世界の統治者と名乗り、他の狂暴体と統治支配する土地を巡って戦争をした」
「私の愛する人間達が……病原体に? そんな馬鹿な……」
「事実だシウス。この星には国と呼ばれる人間共の生活圏が存在し、今はその土地を勝ち取った狂暴体の末裔が統治している」
「まさか……その末裔も狂暴体だと言うのか?」
「いいや、伴侶となる生命体の血で薄まり、末裔は多くが克服している。比較的穏やかに統治しているぞ」
「そうか、穏やかにしておるか」
「中には未だ克服出来ていない末裔も居る。隣の国に再び戦争を仕掛けたり、未だ争い続けている国もある」
「奴め……封印されても尚、この星の平穏を邪魔するか」
「病原体に侵された人間共は後を絶たん。国の統治者を殺害し、新たな統治者として土地の拡大を企む奴まで存在しているぞ」
「……信じられぬ。クロノス、私は今からその人間達を排除に動くぞ。お前も協力しろ」
「無駄な事はするな。シウスよ、私は未来を知っているのだぞ?」
「……では、今存在している国というものは……消えぬのか?」
「戦争や統治者の気まぐれで消える国もあるがな。基本的にこの国という仕組みは、未来永劫絶対に消えぬ」
「何という事だ……私は……人間達をそのような愚かな存在にするつもりでは……」
「お前は望まぬであろうが、人間共は独自に集団で生きる為の手段を構築したのだ。潰しにかかってはお前もネロスと同様、悪神にされてしまうぞ?」
「……眠りなどせず、常に監視し手を施し続ければ良かったのか?」
「今更悔むな。こうなってしまった以上、お前は黙って見守り続けるしか無いではないか?」
「失敗作の行動に一切手を出さず……黙って見続けるしか無いのか?」
「その通りだ。人間共にこの星の未来を託した以上、黙って奴等の盛衰を見続けろ」
「私は口惜しいぞ……クロノスよ」
「気の毒だとは思うがな……神なら神らしく、潔く諦めろ」
「……致し方あるまい」
シウスは人間の作り出した世界の失敗に酷く後悔し、諦めろとクロノスに諭された。
人間を失敗作と認め、それでも手を出さないと誓ったシウスはクロノスに聞く。
「クロノスよ、私に教えてくれ。人間達に未来はあるのか?」
「ネロスの消滅に失敗すれば、当然無い」
「成功した場合の話だ。教えてくれ」
「シウス、我々はネロスを消滅させる為に尽力しているのだぞ? 先の話をするのは早計だ」
「知りたいのだ。場合によっては……失敗しても悔まぬ」
「神とあろう者が、あっさりと見捨てるな」
「……済まぬ。私も少々動転していたようだ」
「…………仕方ない、教えてやろう。ただ、私も一度しか見ていないがな」
「一度だけとは、何故だ?」
「ネロスの件が解決した先の未来は、尋常では無い程時の分岐が現れる。到底私も把握出来ぬ程な」
「お前が諦める程、未来は不安定になってしまうのか?」
「その通りだ。しかもだ、ネロスが滅んだ先の未来を見るには大量のオドが必要となってしまう」
「何故だ? 未来を見る能力にオドは然程必要としないハズだが?」
「必要になってしまうのだよ。恐らくはこの星の創造主が片方消滅するからであろう」
「星の均衡が、崩れてしまうのか?」
「ああ。お前が仕組んでいない事だけは分かっているのだがな、精霊の力が大きく衰退してしまうのだ」
「衰退するだと? 何故だ?」
「私が知るか。実体化するだけで今よりも10倍以上オドを消費し、能力を使えば更に100倍、1000倍と消費してしまう」
「お前が未来に跳んだ瞬間に、そうなってしまうのか?」
「そうだ。オドを貰う為深い森に居たのだが、3つほど見たら急に戻された。戻って来たら、森は草木も生えぬ不毛な砂漠となってしまっていた」
「何だと? 星のオドでは賄いきれぬという事か?」
「私の興味を満たす為にこの星を潰す訳には行かぬ。ネロス亡き未来は二度と見ぬと、心に誓った」
「……そうか。それで、お前が見た3つの未来はどうであったのだ?」
「聞いても後悔せぬのなら……言ってもいいが?」
「後悔せぬと誓おう。教えてくれ」
「ひとつはお前の兄弟にこの星を破壊される未来。もうひとつは人間共がこの星から飛び出し、お前の兄弟が作った星を破壊する未来だ」
「なん……だと?」
「更に言えば、他の兄弟からの報復で……この星は破壊される」
「私の星は……滅んでしまうのか……」
「時の分岐はまるで蝶の羽のように、行き着く先が全く定まらぬ。故にそうならぬ未来もあるはずなのだがな」
「クロノスよ、私は後悔しておらぬ。するのは絶望だ」
「まあ、結論を急ぐな。3つ目の分岐を少しだけ見たが、あの分岐は滅んでいなかったようだぞ?」
「……そうか」
「悲観的になるなよ? 力が衰えるが故に今のような協力は出来ぬが、お前が生き残ればある程度の修正は独りでも可能な筈だ」
「お前は、私独りに任せると言うのか?」
「協力したくても出来ぬのだ。最上級連中から徐々に消滅し、最後まで残る下級も存在するだけが限界になってしまうのだ」
「お前も……消滅してしまうのか?」
「いずれな。精霊の定めとして、受け入れねばなるまい」
「私が決してその様な事にはさせぬ」
「無理だな、諦めろ。私も人間共が支配する、今よりも更につまらぬ世界などに興味は無い」
「クロノスよ、お前は消滅を受け入れるつもりなのか?」
「私はな、共にネロスを消滅させる事こそ、最後の仕事だと思っている。その先の未来に存在したいとは思わん」
「父を、見捨てると言うのか?」
「子に頼るな。父なら父らしく、最後まで人間共に付き合ってやれ」
「クロノスよ、私は嘆かわしい……」
「嘆くで無い。ネロスを消滅させるまでは、嫌でも付き合ってやる。その先は自分で何とかしてくれ」
「……うむ。仕方あるまい」
シウスはクロノスより実質的な最後の日を宣告され、複雑な想いで宣告を受け止めた。
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