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犯した過ち
133 失意のカーソン
しおりを挟む小一時間後、鎧を着直したクリスとヘレナは家の中から外へと出て来る。
ヘレナはブラフが残した日記と、血の滲んだ白い布の袋を手にしていた。
クリスとヘレナは墓の前で蹲るカーソンと、その後ろで心配そうに見つめている馬達を見ながら話す。
「あ、カートン達戻って来てたね」
「ホントだ。あの子達もカーソンの事、心配してるみたいだね?」
「うん…………あれっ? お墓にお花並んでる」
「きっとカーソンが摘んで来たんだよ。凄く悲しそうで……見てらんない」
「かなり……参ってるっぽいね」
「うん……」
クリスとヘレナは、肩を震わせながら泣いているカーソンを心配そうに見つめた。
クリスは両手に白い袋と日記を持っているヘレナに聞く。
「ところであんた、それ……どうするの?」
「ちょっと考えがあるの。悪いようにはしないからさ、ギルドとの交渉、うちに任せてくれないかな?」
「まさか……そのシンの首、ブラフのだって言ってギルドに渡すつもり?」
「うん。まあ、他の連中はブラフの顔知ってるから、こいつ違うって言われるだろうけどね」
「それ駄目でしょ。嘘つくつもり?」
「ギルドに渡す前にみんなに事情説明して、こいつが元凶だったって言うよ。この日記証拠に見せて」
「あたしら殺したのに……シンのせいにするって事?」
「うん。実際あの2人を追い込んでたのはこいつだし、交渉の一切合財うちに任せてよ」
「何かやだなぁ。みんなの事騙してまで報酬欲しくない」
「まあ、ダメ元だから。うちもみんなの賛同貰えなかったら、無理しないよ」
「じゃあ……あんたに任せる」
「了解」
ギルドとの交渉をヘレナに任せる事にしたクリスは、泣きじゃくっているカーソンをなだめに向かった。
カーソンを背中からそっと抱きしめたクリスは、優しい声で話しかける。
「カーソン、街に帰ろ? ここでいつまでも泣いてたら……駄目だよ?」
「うぐっ……ひっく……えぐっ……」
「殺しちゃっちゃ事、悔んでばっかりじゃ先に進めないよ?」
「お……俺……赤ちゃん殺した。大嫌いなグスタフと……同じ事した」
「したくてしたんじゃ無いでしょ? あんた赤ちゃんが女のお腹に入ってるって事、知ってたの?」
「……知らなかった。知ってたら……お腹刺さない」
「うん、そうだよね? 知らなかったんだから……しょうがないよ」
「俺、殺されたのに生き返った。でも……俺が殺した赤ちゃん……生き返らな……うえぇぇ……」
「街に帰ってさ、宿屋で休も? その時に話聞いてあげるからさ?」
「ぐすっ…………うん」
「さ、立って。カートンもクリシスも、シルバも心配してるよ?」
「ぐすっ…………うん。ごめんなさい……殺してごめんなさい……」
「ブラフ達もさ……シンの事殺してくれて、きっと感謝してると思うよ?」
「カートン、クリシス、シルバ……心配させて……ごめんなさい」
「ヒンッ」
「ブヒンッ」
「ブルルッ」
カーソンは墓に向かって深々と頭を下げた後、振り返って馬達にも頭を下げて心から謝罪した。
馬達は悲しそうな瞳をしながら、カーソンの謝罪にこくこくと頷いていた。
街へと帰った来たカーソン達は、馬屋の老夫婦の出迎えも早々に切り上げて宿屋へと帰って行く。
老夫婦は3人の落ち込み様を心配しながら、帰って来た馬達に聞き始める。
「大丈夫かな、あの3人?」
「あんた達の主人の身に、何かあったのかい?」
「ブヒンッ ブルルッ」
「ヒンヒンッ ヒィン」
「ブヒヒンッ ヒヒンッ」
「ええっ!? そんな事になってたのかい? そりゃ気の毒だなぁ」
「何とまぁ……可哀想な事になっちゃったねぇ?」
「でもよ、ちゃんとそいつ殺して仇討ってやったんだな?」
「カーソンさんが一番酷く悲しんじゃったんだねぇ……」
「ヒンッ」
「でもまぁ、あの3人もお前達も無事に帰って来れたんだ。それで良しとしてもいいんじゃねえか?」
「そうだよ。これで誰かが死んでたったら、目もあてられなかっただろうけどさ?」
「ヒンッ ヒヒン」
「うんうん、お疲れさん。風呂入るか?」
「ヒンッ? ブヒヒン」
「大丈夫だよ? 夜になったらもう1回入ってもいいからさ」
「ヒンッ!」
「良し良し。じゃあ、風呂行こうな?」
「……ねえあんた? 何であたしらカートン達と話通じてんだい?」
「おめえもか? 何かよ、俺も朝からそんな気がしてたんだよな。何で聞こえるんだ?」
「空耳にはとても思えないんだよねぇ」
「はっきりそう喋ってるって、分かるんだよなぁ」
「……もしかして、神様があたしらにそんな力授けて下さったんじゃないのかね?」
「馬好きの馬鹿夫婦にもっと馬の世話をしなさい、ってか?」
「うーん……無い話じゃないかもねぇ?」
「何にせよ、ありがてぇ話だよな?」
「そうだねぇ。可愛い馬達と話が出来るようになったなんてさ」
「ささ、お前達。風呂行こうな?」
「しっかり温まんなよ?」
「ヒヒンッ」
老夫婦は突然目覚めた自分達の能力に驚き、これは神様が授けて下さった最高の贈り物だと喜びながらカートン達を風呂へと連れて行った。
道の途中でギルドに向かうヘレナと別れ、クリスはカーソンの手を引きながら宿屋へ戻り、店主に自分達とヘレナの部屋を手配すると鍵を預かりながら話す。
「じゃあ、ヘレナっていう女が来たら、その鍵渡して下さい」
「分かりました。夕食は早めのほうがいいですか?」
「ヘレナが来たら一緒に食べますので、時間の指定はしなくてもいいですか?」
「はい。では、ご準備だけしておきますね」
「お願いします」
部屋と食事の手配を終えたクリスはカーソンを連れ、今夜泊まる部屋へと歩き出した。
部屋に入ったクリスは、未だ抜け殻状態で立っているカーソンの鎧を脱がせる。
自分も鎧を脱ぎ、服と下着を着替えるのも後回しにして、カーソンを連れてベッドに2人横になった。
クリスはカーソンの頭を優しく撫でながら、更に落ち込ませないよう言葉に気を付けながら話しかける。
「お疲れ様。今日は……凄く悲しい事しちゃっちゃね?」
「俺……赤ちゃん殺した。お母さんも……殺した……」
「殺しちゃっちゃ事はもう忘れようよ? ねっ?」
「その後……クリス達まで殺そうとした……」
「……覚えてるんだ?」
「俺、怒った。怒ったら……勝手な事始めた。俺……もう殺したくないのに殺そうってした」
「? 身体が勝手に動いたの?」
「うん……身体、俺の言う事聞かなくなった。俺の身体、変な俺が動かした」
「でも……殺すなって必死に止めてたでしょ?」
「止められなかった。オド無くなって動けなくなったから……あいつ引っ込んだ」
「……そっか。カーソンの中には、もうひとりのカーソンが居るんだね?」
「……嫌だ。もうひとりの俺怖い、嫌い。殺す事好きな俺……大嫌い」
「じゃあ……もう、怒らないようにしなきゃね?」
「…………うん。俺、もう絶対怒らない。あいつ絶対出さない」
「うんうん。あたしもあのカーソン、怖いもん。出て来たらやだなぁ……」
「クリス……ごめんなさい」
「ん?」
「俺、クリスとヘレナまで殺そうとして……ごめんなさい」
「大丈夫だよ? カーソンはそんな事しないって、信じてたから。怖くなかったよ?」
「俺……もうやだ。もう……殺したくない」
「確かに……いくら悪い人間だからとはいえ……殺しすぎてたかもね?」
「人間達……仕方なく悪い事してたかも知れない。悪い人間って、ホントは居ないかも知れない」
「それは……どうかな? 悪い事して他人の命奪ったら、それは殺されて当然なんだよ?」
「良い人間殺した俺も……悪い奴。俺……依頼出されたら殺される」
「それは無いよ。カーソン強いから……殺せる人なんか居ないってば」
「強かったら殺されない、駄目。強かったら何しても殺されない……絶対駄目」
「じゃあ……強いカーソンは絶対悪い事出来ないね?」
「…………うん。だから、今日の事で依頼出されたら死ぬ。殺される」
「……え?」
「俺、悪い事してまで生きたくない。依頼受けて殺しに来たら……何もしないで殺される」
「ちょっ……そんなの嫌だよ!」
「クリスごめん。俺の事、誰か殺しに来たら……黙って殺される」
カーソンの発言にクリスは悲しくなり、自然とこみ上げてくる涙を溢しながら、このままではいけないと思う。
クリスは涙を流しながら、カーソンに話す。
「お願い、死なないで?」
「でも……俺、殺されなきゃない。死ななきゃない」
「そんなの嫌。あたし、殺しに来た奴絶対殺すからね?」
「それ駄目。そしたら、今度はクリス殺しに誰か来る」
「いいよ来ても。あなた失うくらいなら、あたしが殺されてもいい」
「え……俺、嫌だ。クリスに死なれたくない……」
「じゃあ、カーソンは死んでもいいの? あたしは死んで欲しくないってお願いしてるのに?」
「え……それは……」
「……ずるいよ? あたしには死んで欲しくないって言っといて、自分は死んでもいいの?」
「だって……俺、悪い奴だから死ななきゃない。でも、クリスはいい人。俺の大好きな人。死ぬ理由無い」
「あたしもカーソンが大好き。あたしにとっては……カーソン悪い人じゃないよ?」
「でも俺……赤ちゃんとお母さん殺した。とても悪い事した」
「じゃあさ、2人で赤ちゃん作ろうよ? あんた前にも言ってたでしょ?」
「? 俺、何か言ったか?」
「あたしにさ、『俺達の赤ちゃんいつ出来るんだ?』って聞いた事あるじゃない?」
「……覚えてない」
「あたし覚えてるもん。だからさ、殺しちゃっちゃ赤ちゃんの為に……あたし達が赤ちゃん作ろうよ?」
「……うん。でも、俺……赤ちゃんの作り方分かんない」
「あたし知ってるから大丈夫よ! 任しといてよ!」
「クリス、知ってるのか?」
「うん! だから大丈夫!」
「じゃあクリス……赤ちゃん作ってくれないか?」
「あたしひとりだけじゃ、赤ちゃんは作れないよ。あんたも手伝ってくれなきゃ」
「俺も……何かしなきゃないのか?」
「うん。でも、あんたまだ赤ちゃん作れる身体になってないからさ、今すぐは無理かな?」
「俺……まだ作れないのか?」
「そうなのよ。だからさ、あんたも赤ちゃん作れる身体になったら……一緒に作ろうよ?」
「……うん」
「約束よ?」
「うん……分かった。俺、クリスと一緒に赤ちゃん作る。約束する」
「うんうん。2人で赤ちゃん作ったらさ、きっとブラフもライも許してくれると思うよ?」
「許して……くれるかな?」
「絶対許してくれるって! シン殺して2人の仇取ったんだから、後は産まれて来れなかった赤ちゃんを、代わりにあたし達が作ってあげれば……大丈夫!」
「……うん。俺、早く赤ちゃん作れる身体になりたい」
「そうだね。あたしもその日を楽しみにしてるね?」
「……うん」
コンコン
誰かが部屋の扉をノックしてきた。
クリスはベッドから起き上がり、扉に向かいながら話す。
「多分ヘレナね。結果の報告に来たのかな?」
「……なあ? 俺、ヘレナとも赤ちゃん作ったほういいのか?」
「駄目! 赤ちゃん作るのはあたしとだけよ?」
「うん、分かった」
「くれぐれもあいつに赤ちゃん作りたいなんて言っちゃ駄目よ? 何されるか分かんないよ?」
「うん、ヘレナには言わない」
「他の女にもね?」
「うん、言わない」
もしかして自分は、カーソンの事を洗脳しているんじゃないかと不安になりつつも、それはそれで別にまあいいかと思いながら、クリスは部屋の扉を開けた。
部屋の前にはヘレナが立っていた。
クリスはヘレナを部屋に入れながら話す。
「お疲れ様。どうだった?」
「うん、上手くいったよ。で、そっちはどうなったの?」
「カーソン慰めてたよ。一緒に赤ちゃん作る約束した」
「あ、いいなぁ。是非うちとも作らせてよ?」
「あたし以外とは駄目って約束したもん。残念でした」
「うっ……ずるいなぁ……」
「あんたはもう諦めなさいよ」
「別にいいもーん。あなたには内緒で攻撃続けるからー」
「あいつは約束守る奴だもんねー。いくら頑張っても無理よ無理無理ー」
「ちぇっ……」
いつの間にかクリスとヘレナは、まるで旧知の間柄のような会話をしていた。
ヘレナはクリスにゴールドの入った袋を見せながら話す。
「はいこれ。結果から先に話すと、ブラフ退治が認められたよ」
「え、シンの首で報酬貰えたの?」
「うん、色々とあったけどね。うちのカードには成功の記録して貰ったからさ、明日にでも記録して貰いに行ってね?」
「……分かった。ま、入ってよ。どうやったのか聞きたいし」
「んじゃ、お邪魔しまーす」
「座ってよ。カーソンはどうする? 話聞く?」
「……いい。このまま寝てる」
「そっか。ホントに寝ないで、ちゃんと話聞いててね?」
「……うん、寝ないで聞く」
「じゃあヘレナ、報告よろしく」
「うん」
クリスはヘレナを部屋の中へ招き入れる。
ギルドでヘレナが何をしたか、事の顛末を聞く為に。
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