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犯した過ち
125 ブラフの事情
しおりを挟む馬好き老夫婦との会話が終わり、3人は馬に跨り街の出口へと向かって行った。
老夫婦は3人を見送りながら話す。
「ホント、良い飼い主さん達だよなぁ」
「みんなああいう飼い主になって貰いたいモンだよねぇ」
「全くだ。……何かよ、今日は俺達冴えてねえか? あの子達の声が聞こえた気がするぜ」
「そうだね。いつにも増して何て話してるのか分かる気がするよ」
「俺達も馬の気持ち、大分理解出来るようになったもんだなぁ」
「……ところであんた、今朝の件どう思うよ?」
「あ? ああ、売った馬が帰って来てた件か?」
「あの胡散臭い奴に売った子だろ?」
「夜遅くにふらっと街に来て、すぐ出てった奴な」
「徒歩でやって来た時点でおかしいとは思ったけどさ、出る時もおかしな事言ったんだよねぇ」
「『街を出るのに馬が必要なのか?』って、足無しでどこに行く気してたんだかよ?」
「1頭買って乗ってったけど、何だいあのシウスとかいう男は?」
「あ? 女だったろ?」
「は? どこどうやったら女に見えたんだよ?」
「おめえこそ何で男に見えたんだ?」
「……何だろね。あたしら化かされたんかね?」
「……かも知んねぇな。夜にひとりでふらっと街に入って来たんだ、魔物の類だったのかもな」
「門前で油売ってた衛兵が怪しんで、どこ行くか尾行したんだったよねぇ?」
「ああ。その衛兵、今朝来たから聞いてみたんだけどよ。冒険者ギルドに入って、カウンターに金置いてすぐ出て来たんだってよ」
「怪しすぎるねぇ」
「んでよ、そのまま街出ようとしたトコ俺らが引き留めて、馬買って出てったらしい」
「それで、その買ってった馬は朝に門の外に居た……ってワケだねぇ」
「鞍も手綱も買わずにそのまま乗ってっちまったからなぁ」
「買ってったあの子、気性が荒い馬だったのにさ。あいつに目ぇ合わせられたら急に大人しくなっちまったんだよねぇ」
「……やっぱり人間じゃ無い何かだったんじゃねぇか?」
「だとしたら何であの子喰われずに帰って来たんだい?」
「何があったって聞いてみてもよ、何も答えねぇんだよなあの子」
「まるであいつに黙ってろとか言われたみたいに、知らんぷりすんだよねぇ」
「うーん……気持ちわりぃよなぁ」
「もしかしてあいつから貰ったお金、ニセ金だったんじゃないのかい?」
「俺もそう思って衛兵に見て貰ったんだけどよ、ギルドに払った金も俺らに払った金も本物だった」
「金持ってる魔物だったんかねぇ?」
「魔物が金の使い方知ってるワケねぇだろ」
「ホント気持ち悪い奴だったねぇ……」
老夫婦は昨夜街にやって来て、すぐに立ち去ったシウスという謎の人物に首をかしげた。
クリス達は、道の無い広大な草原に馬を走らせながら話す。
「ヘレナ、盗賊ブラフ一味って2人だけで間違いないのね?」
「うん。でも、ブラフは盗賊じゃないよ」
「は? んじゃ何でギルドに退治依頼出されてんのよ?」
「いや、何でも遠くの街から駆け落ちして逃げて来たんだってよ」
「駆け落ち……って何?」
「好き合った男と女がね、いろんな理由で夫婦になれないから、2人で一緒に誰も知らない土地へ逃げて来る事よ」
「えーっ!? それって酷い!」
「でしょ? お互い好き合ったら他の奴らが反対すんのおかしいよね?」
「うん」
「だからクリス、うちとカーソンの事反対しないでねー?」
「この馬鹿野郎っ! カーソンはあんたの事好きじゃないってのっ!」
「だっていつもうちの事好きって言ってくれてるもーんっ!」
「こいつの言う好きってのは男女の恋愛じゃねぇっ! 人として好きか嫌いかだけだっ!」
「人として好きならさー、そのまま女として好きって事になるんじゃないのー?」
「ならねぇっ! 無理矢理こじつけんなっ!」
「まずは1発してさー、うちのアソコ気に入ってくれたら駆け落ちさせてよー?」
「させるかこのアホーっ!」
クリスはしつこく自分からカーソンを奪い取ろうとするヘレナに嫉妬交じりの怒りをぶつけた。
クリスは怒りを鎮め、ブラフの事情についてヘレナに聞く。
「……んで、何で駆け落ちしたらギルドに依頼出されんのよ?」
「ブラフと一緒に駆け落ちしてきた女、ライって言うんだけどね。大金持ちの家の娘だったのよ」
「それじゃあ、その家の人が娘連れ戻したくて依頼出したって事? だったら何で盗賊退治で出したのよ? 退治に行った冒険者が間違ってその娘まで殺しちゃっちゃらどうすんのよ?」
「いや、残酷な話なんだけど、その金持ちはライの事一緒に殺して欲しいみたいなのよ」
「は!?」
「どうもね、ライは駆け落ちする時に家から大金を持ち出して、しかも悪い事して稼いでたってのを街に告発して逃げてきたのよ」
「え、何? それじゃ娘殺して復讐してくれって事!?」
「うん。街にバレて糾弾されて、その家没落したらしくてね。何が何でも殺して欲しいみたい」
「複数人から依頼出てんだよ?」
「大金持ちだったんだもん、使用人は沢山抱えてるでしょ?」
「使用人達も仕事無くして、その腹いせに依頼金増やしてたって事?」
「そうだと思う」
「何でギルドにちゃんとその事言わないのよ?」
「言ったよ? でも追加で依頼出してきた人達はそれ否定して、ブラフは盗賊で間違いないって言ってるの」
「……それ、本当の話?」
「うん。うちがあちこちから情報仕入れてまとめた話だから多分合ってるよ」
「多分ってどういう事よ?」
「どうしてもあの2人がどの街から逃げて来たのかだけは、いくら調べても分からないのよ」
「んじゃあ、嘘ついてるって可能性もあんのね?」
「いや、不正に稼いでた商家がバレて没落したってウラが取れた街はひとつだけあるの。だけど……」
「だけど、何?」
「ここから遥か北の国にある街でね、馬で移動したとしてどんなに早くても半年以上かかるのよ」
「そこはどうにかしてやって来たんじゃないの?」
「半年以上かけて来たにしてはさ、途中の街の冒険者ギルドにブラフ退治の依頼が一切出てなかったのよ」
「ダルカンにしかこの依頼出てないの?」
「うん、出てた痕跡すら無いよ。まるでブラフとライがダルカン周辺に居るってのを最初っから知ってたみたいにね」
「駆け落ちする時どっちかが親しい誰かに行き先喋っちゃって、それが金持ちの家にバレたとか?」
「あ。それ、案外いいセンいってるかもね」
「ねえ、ブラフってどんな奴なの?」
「ライを大切にしてる真面目な好青年だよ? ライもお嬢様だったんで家事なんか全く出来なかったけど、うちが色々と教えてあげたら頑張って覚えたし」
「んー……すぐ殺すのはちょっと待ったほうがいいかもなぁ……」
クリスはヘレナからブラフとライの生い立ちを聞き、盗賊と決めつけて殺す事に疑問を感じ始めた。
クリスは思案し、方針転換することをカーソンに話す。
「ねえカーソン。ブラフに会ったらすぐ殺すのはちょっと待とう」
「え? 何でだ?」
「どうもヘレナの話聞く限りじゃさ、盗賊じゃないかも知れないのよ」
「でも、悪い事したから捕まえて殺してくれって依頼出てたんだろ?」
「それが本当に悪い事じゃなかったかも知んないのよ」
「悪い事じゃないって……何でだ?」
「あのさ、あんたあたしとずっと一緒に居たい?」
「うん、一緒に居たい」
「ところがさ、イザベラ様が2人で居ちゃ駄目って言って、あんたひとり谷から追い出されたらどう思う?」
「えっ……嫌だ。俺、クリスと一緒に谷出たい」
「でしょ? どうもブラフはそれやって、殺してくれって依頼出されてるっぽいのよ」
「? イザベラ様は、俺殺せって言わないぞ?」
「そりゃ言うワケないわよ。でも、ブラフは言われた。どう? 分かる?」
「えっと……クリスと一緒に居れなくなって、俺がクリス連れて谷から逃げたら、殺しの依頼が来たのか?」
「そそ。それってなんか可哀想じゃない?」
「うん、可哀想だ。凄く大好きな人と離れ離れになる。俺、そんなの嫌だ」
「凄く大好きってあんた……そんなにあたしの事が大好きなの?」
「うん! クリスと一緒に居ると凄く楽しい! 俺、毎日幸せ!」
「こっ、こいつってば……しれっとあたしの事口説きやがるわね」
「なあ? クリスは俺の事……好きか?」
「んー……まぁ、そろそろ本心言ってやってもいいかな」
「好きって言ってくれると俺、嬉しい……」
「うんっ! あたしもあんたの事が大好きよっ!」
「やったぁーっ! クリスも俺の事大好きって言ってくれた! 俺、凄く嬉しい!」
「ふふっ……というワケで、ブラフに会ったら先にそいつの話聞くわよ!」
「うん! 分かった!」
「この2人……羨ましいなぁ……」
人目を憚らず公然と大好きと言い合う2人を、ヘレナは羨望の眼差しで見つめた。
草原の前方に小さな森が見えてきた。
ヘレナは森を指差しながら2人に話す。
「見えたよ! あの森の入口、昔木こりが住んでた家にブラフとライは居るよ」
「今は2人が住んでるの?」
「うん。この森にやって来る狩人達の、宿屋やって暮らしてるの」
「お尋ね者なのに、お金稼いで何に使うのよ?」
「お金は貰ってないよ。逆に狩人達が街から持って来た食料や生活必需品を買い取ってるの」
「ふーん。ライって女が家から持ち出したお金で暮らしてるんだ?」
「うん。欲しい物はこっちの言い値で買うんだけど、みんな少しの手間賃だけ上乗せして売ってたのよ」
「でもさ、こんな辺鄙な森に来る狩人って、そんな居ないんじゃないの?」
「それが思ったよりも居るのよ。この森の奥には貴重な薬草が自生しててね、街に持って行けば結構いいお金になるから」
「もしかして、シルバに食べさせてた薬草ってそれの事?」
「そうよ。他の連中は自分で採りに行ってたけど、うちはブラフが採って来てた薬草分けて貰う代わりに、ライへ料理とか裁縫教えてあげてたのよ」
「あんたそれって……知り合いどころのハナシじゃないでしょ」
「まあね。他の冒険者連中もね、コッチ方面の依頼受けた時には物資多めに買い込んで、立ち寄っては売ってあげてたのよ」
「……そっか。退治に来た冒険者達はみんな2人の事情知って、依頼失敗して自分達の実績に傷付けてまでも、陰ながら応援してあげてたんだね?」
「うん」
2人の会話を聞いていたカーソンは申し訳なさそうに話し、クリスが答える。
「何だ、みんないい事してたんだな。俺、あいつら嫌いって言った。帰ったら謝る」
「みんなあんたが言ってたの聞いてないから、別に謝らなくてもいいでしょ?」
「でも、そんな事知らないであいつら嫌いって言った俺が許せない。聞かれてなくても謝る」
「もう、ホントあんたってばクソ真面目よねぇ」
「本当はいい奴らだったのに、嫌いって言った俺、大嫌い。俺、悪い奴になりたくない」
「そんくらいで悪人なんかにならないってば」
「ううん。俺、気持ちが凄くモヤモヤしてる。街帰ったら絶対謝る」
「……許す代わりに自分をパーティに入れろって言われても、ちゃんと断りなさいよ?」
「うん、断る」
「ただでさえ強引に組まされた、どっかの誰かさんが居るんだから」
「えー。うち、そんなに強引だったかなぁ?」
「ほっといたら、知らないうちに赤ちゃんの父親殺しとかで、退治の依頼出されそうで怖いわ」
「そんな事しないってば。別にそんなのカーソンと1発させてくれれば許しーー」
「その日があんたの命日よ!」
「うひゃぁ、クリスお姐さんこわーい」
「ほら、森に着いたよ。ここからどうすんのよ?」
「ここからちょっと奥に行けば拓けた道があるから。ブラフの家はその先よ」
「分かった。カートンお疲れ様、ここからはゆっくりでいいよ」
「ブヒンッ」
「着いたらカーソンがヒーリング飲ませてくれるからね」
3頭の馬は森の入り口へと差し掛かり、徐々に走る速度を緩めていった。
森の中へ入った3人は馬を降り、一緒に歩きながら目の前に続く一本道を奥へと進む。
やがて前方からパカン、パカンという音が聞こえてきた。
先頭を歩くヘレナは2人に話す。
「ブラフ薪割ってるみたいね…………ほら、居た」
「ふーん、あいつがブラフね。結構若そう」
「悪そうな奴の顔してないな。なんかいい奴っぽい」
「2人とも会ってすぐ斬りかからないかって心配してたけど、大丈夫そうね。良かった」
「あんたの話聞いて無かったら、分かんなかったわよ」
「大好きな人とずっと一緒に居たい気持ち、俺凄く良く分かる」
「うち、先にブラフと話してくるね。2人はちょっと待っててね?」
「分かった。じゃあカーソン、カートン達にヒーリング飲ませてあげよ?」
「うん。お前達、お疲れ様。さあ、飲め飲め」
「順番に仲良くね?」
クリスは馬達の前に両手で手酌を作り、カーソンはヒーリングをかけた水袋から水を注ぐ。
3頭の馬はクリスの手酌に顔を寄せ合い、カーソンが注ぐ水を仲良く順番にガフガフと音を立てながら飲んだ。
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