翼の民

天秤座

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廃村復興支援

118 旅立ちの決意

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 村に娯楽施設が出来てから1週間後。

 事前に起きた不備を改善し、いよいよ大浴場の営業が始まる。

 利用していた護衛の冒険者達が街で噂を広めた事もあり、初日から大勢の利用客が近隣の街から集まり、行列を作った。

 大浴場の管理を任された村人達は、額に汗を流しながら大勢の利用客に対応する。


 入植者も増え、村の設備も充実してきた。

 先日からは、育った家畜の出荷も始まった。

 ゴードンが村と交わした専売契約を嗅ぎ付け、他の商人達が大挙を成して自分達とも契約をとやって来ていた。

 ダンヒルはゴードンとの義理を通し、出荷契約はゴードンの店としかしないと宣言し、他の商人達は不満を持ちつつも品質の良い村の作物を買い付ける。

 廃村だったこの村は、完全に復活を果たした。




 大浴場の繁盛を見届けた2人は翌日ある決心をし、オストのゴードンを訪ねた。

 店に赴きゴードンに会うと、クリスはダンヒルから受け取った手紙を渡し、言い難そうに話を切り出す。

「こんにちはゴードンさん」
「おおっ! いらっしゃいませ」
「はいこれ、ダンヒルさんからの手紙です」
「商品の仕入れ手配書ですね? 確かに受け取りました」
「ゴードンさん。実は……お話があって来ました」
「俺達、そろそろ……えっと……」
「分かっておりますよ。そろそろ旅に出たいのでしょう?」
「えっ!? どうして分かったんですか?」

 驚くクリスを優しい目で見ながら、ゴードンは話を続ける。

「あなた達の本業は冒険者。もう、充分ですよ」
「あっ……あの?」
「おっと、私とした事が……言葉が不充分でしたね。
 もちろん村との取引は末長く続けさせて頂きます。
 あなた達が去っても、あの村はもう大丈夫。
 充分な蓄えもありますよ」
「良かった! 今後ともあの村をよろしくお願いします!」
「はい、お任せ下さい。ところで、村の名前は決まりましたかな?」
「いえ、それがまだなんです。ダンヒル村長が、どうしてもあたし達に村の名前を付けて欲しいって言うんです」
「ははは。お付けになったらよろしいでしょう?」
「付けたんですよ、ダンヒル村って。思いっきり断られました」
「ゴードン村も、お断りしますよ?」
「えーっ!? そのお願いにも来たのにぃ……」
「おおっ、危ない危ない。まあ、村の名前は放っておいても決まると思いますよ?」
「そうですよね。それじゃあ、あたし達はまた旅に出ます。今までありがとうございました!」
「いえいえ、こちらこそ。あなた達のおかげでウチの店ね、1500万ゴールドも儲かりましたよ?」

 店の収支を報告しながら、ゴードンは2人へ満面の笑みで微笑んだ。
 
 旅立ちを留保されやしないかと、心配していたカーソンとクリス。

 引き留められずにほっとしつつ、ゴードン村の命名を断られがっかりしながらゴードンに別れを告げた。


 
 馬に乗り、村へ帰りながら2人は話す。
  
「1500万……ゴードンさんって本当に凄いわ」
「150万でコイン買って、10倍も儲けたんだな」
「スイカで他の店から苦情きた時ね、仕入れ値段そのまんまで売り分けたってよ?」
「それじゃ護衛の費用ぶん損するじゃないか」
「しかもゴードンさんのお店よりね、安売りしても構わないって」
「儲けてんだか損してるんだか分かんないな?」
「だから上手くいってんのかな? ただ儲けだけ求めたら、どっかで失敗するんだろうね?」
「俺達にはその商売方法、難しすぎるよな」
「うんうん、あれはゴードンさんだから出来てるんだと思うよ」

 ゴードンの商売方法に、2人は人柄がそのまま現れているのだろうかと話し合った。


 
 2人は村へと戻ってくる。

 ダンヒルとマーシャが出迎えてくれた。

「お帰りなさい。どうでした? ゴードン村は?」
「オニイチャン、オネエチャン、オカエリー!」
「ただいまマーシャ! やっぱり、駄目でした」
「言う前に断られた」
「そうでしたか。残念でしたね」
「お風呂屋さんの売れ行き、どうですか?」
「ええ。予想を遥かに上回る利用者数でしてね、500着用意していた湯帷子ゆかたびら、前日の使用分が天日干しで乾かずに今、大慌てで風呂釜の近くで干してますよ」
「そんなに来てるんですか!?」
「開店してすぐにこれですからね。お渡しした手紙には追加で3000着の手配をお願いしました」
「洗濯ぶん考えたら、それくらいないと駄目か?」
「ええ、嬉しい誤算ですよ。是非売ってくれというお客さんも出始めまして、最悪湯帷子ゆかたびらが回せなくなったら下着で入浴して頂こうかと」
「流石に素っ裸じゃ入れませんもんね。男ならともかく、女は嫌ですよ」
「うん、俺なら素っ裸でも入れるな」
「あたしが絶対入れさせないけどね」
「えー、何でだ?」
「理由を聞くな!」
「……はい」
「ははは! クリスさんも大変ですね?」
「恥じらいの欠片もない馬鹿を抑えつけるの、疲れますよホントに」

 クリスは溜め息をつきながら、ダンヒルへ答えた。


 旅支度を済ませた長右衛門と詩音が、2人を出迎えにやって来る。

「おおっ、戻られたか。クリス殿、カーソン殿」
「我等は先に発つぞ」
「あ、詩音さん。あれからどうですか?」
「ん、ああ……1度だけ上手くいった」
「詩音!」 
「いいじゃないですか長右衛門さん、男と女なんですから」
「拙者、節操は持ち合わせておるつもりでござるぞ」
「奇襲に成功したぞ」
「性交だけに成功ですね?」
「い、言うに事欠き……女子おなご共が何を言っておるのだ!」
「いいなぁ詩音さん、あたしも頑張ってみます」
「健闘を祈る」
「? みんなで何の話をしてるんだ?」
「……頑張れよ? クリス」
「期待はしないで下さいね……」

 詩音とクリスは、いつの間にか仲良くなっていた。

 

 クリスは2人に深々と頭を下げ、今までの働きを労う。

「長右衛門さん、詩音さん。今まで長い間お手伝い、本当にありがとうございました」
「何、構わぬよ。護衛で金子きんすも沢山頂いたしの。拙者達も冒険者になろうかと思ったでござるよ」
「……なかなか楽しませて貰った。冒険者も悪くない」
「あはは!」

 カーソンも長右衛門との別れを惜しみながら話す。

「ヒノモトっていいな! 俺達が困ってる事に、ほとんど答えがあるな!」
「小さな島国だからのう。生きる為に編み出す知恵と工夫の力は、他国にも負けぬでござるよ」
「刀って凄いよな! 刺すと斬るに特化させて、ああいう形の剣になったんだな」
「うむ。この国では手に入らぬのが口惜しいでござるよ」
「え? 長右衛門、刀あるじゃないか?」
「拙者の打刀うちかたなはもう、使い物にならなくなったでござるよ。今はほれ、此方の脇差しで斬っておる」
「何でだ?」
「カーソン殿のサイファで熱を受け過ぎ、刀身が焼き付いてしまってのう……斬れば恐らく折れてしまうでござるよ」
「直せないのか?」
「打ち直さねばなるまいよ。だが、刀を打ち直せる刀匠はこの国に居らぬ」
「あ。それじゃあトレヴァの街に行ってな、ドンガっていう鍛冶屋にお願いしてみたらどうだ?」
「トレヴァでござるか?」
「うん。クリスの剣を凄く切れるように打ち直してくれたぞ?」
「……ふむ。クリス殿、その剣を見せては頂けぬか?」
「あ、どうぞどうぞ。ホントにスパスパ切れるんですよ」

 クリスは左腰から剣を抜き、長右衛門へ差し出す。


 剣を受け取った長右衛門は刀身をしげしげと見つめ、とある特徴に気が付く。

「刀のように波紋が出ておる……これはもしや……重ね打ちの業か?」
「なんか見てたらな、何度も叩いて水で冷やして、溶鉱炉に入れてまた真っ赤にして叩いてたぞ」
「……ふむ」
「ドンガの店に刀持ってって、直せるか聞いてみたらどうだ?」
「お酒飲んで酔っ払ってるかも知れませんけど、カーソンとクリスから教えられて来たって言ったら、対応して貰えると思いますよ?」
「うむ。駄目で元々、金子きんすもある事だし訪ねてみるでござるよ」
「それじゃ、行ったらクリスの剣凄く切れてる、ありがとうってお礼してくれないか?」
「承知した、確かに伝えるでござるよ」

 長右衛門はクリスへ剣を返し、そのままトレヴァへ行ってみる事にした。


 別れ際に長右衛門は詩音へ指示の継続を言い伝え、2人へ別れの言葉を送る。

「お二方に何か困り事があれば、詩音が知らせてくれる。その時はいつでも助太刀に参るぞ。では、これにて御免」
「死ぬなよ、長右衛門?」
「カーソン殿もな?」
「うん! 元気でな!」
「長右衛門さん、ありがとうございました!」

 長右衛門は馬に乗り、村から去った。
 
 詩音はいつの間にか、何処かへと消えていた。



 カーソンとクリスは、村から分けて貰った食料と道具、寝具をリュックに詰め込み、馬へと乗せた。

 ダンヒルは涙ぐみながら、2人へ声をかける。

「……いよいよ、行かれるのですね?」
「ええ。この村はもう大丈夫。あたし達が居なくても、大丈夫!」
「……今まで本当にありがとう。カーソン君、クリスさん」
「機会があったら、またこの村にお邪魔しますね?」
「これは村からの感謝の気持ちです。到底足りませんが、どうか受け取って下さい」
「お金ならいくらでも稼げるので要りませんよ? 村の為に使って下さい」
「うん、お金は村の為に貯めてたほうがいいぞ?」
「そういう訳にはいきません。どうぞ受け取って下さい」
「要りませんってば! 村の為になるもの買って下さい」
「んじゃダンヒル。そのお金、ゴハン食べられずに困ってる人にあげてくれ」
「この村には食べ物に困る者など誰も居ませんよ、お2人のおかげで」
「んじゃ、これから村にやって来るお腹減った人にだな!」
「そうだね、そのお金はその人達に使ってあげて下さい」
「…………分かりました、必ずそうします」
「よろしくな?」

 マーシャが何かを感じて、不安そうな顔で2人へ聞いてくる。

「オニイチャン、オネエチャン、ドコイクノ?」
「うん。今度はね、ダルカンの街へ行って来るの」
「スグカエッテクル?」
「うーん……そうね、帰ってくる。約束よ?」
「……オネエチャン、ナイテルノ?」
「ちょっとね、目にゴミが入っちゃっちゃ・・
「さ、マーシャ。2人に行ってらっしゃいしよう」
「ウン! オニイチャン、オネエチャン、イッテラッシャイ!」

 カーソンとクリスは馬に乗った。

「行ってきまーす! ダンヒルさん。村の名前、やっぱりあたし達には荷が重すぎます。村長が決めて下さい」
「ダンヒルが決められなかったら、みんなで決めてくれ」
「……分かった。行ってらっしゃい。いつまでも、お元気で!」
「マーシャ、元気でな!」
「ウン! スグカエッテキテネ!」
「ははは、分かった!」

 2人は通りすがる村人全員から見送られ、ダルカンの街へと出発した。



 ダルカンの街へと向かう途中、2人は話し合う。
 
「なあ、クリス」
「……んー?」
「本当に、これで良かったのか?」
「何がー?」
「俺、あのまま村に居ても良かったぞ?」
「……あんたっていつも、優しいよね」
「そうか?」
「あたしもね、ずっと居ても良かったかなぁって……思ったけどね」
「何で、村出ようと思った?」

 カーソンの問いかけに、クリスは困った顔で答えた。

「だってほら、あたし達冒険者じゃない? 冒険者なら、旅に出ないとね!」
「……そうだな」
「ねえ、カーソン?」
「何だ?」
「カーソンは次、ドコ行きたい?」

 クリスの質問に、カーソンは空を見上げながら答える。

「んー、そうだな。ヒノモトってとこ、行ってみたい」
「長右衛門さんと詩音さんが来た国ね。よし、行ってみようか? ずっと東へ」
「うん」
「それじゃあ、まずはダルカンのギルドで資金稼ごうか!」
「村のお金、貰えないもんな?」
「うんうん、あのお金は村のみんなのお金だもんね」
「さーて、また盗賊殺してお金稼ぐぞぉー!」
「おーっ! 悪い人間共、ひとり残らず血祭りにしてやろーっ!」



 カーソンとクリスは、ダルカンの街を目指し、馬を駆った。
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