翼の民

天秤座

文字の大きさ
上 下
110 / 271
廃村復興支援

109 守る狼と攻めるギルド

しおりを挟む
 豊富に水を貯えた井戸を見ながら、クリスは話す。

「よしっと! 水は確保したわ。後は村の復興に必要な資材ね」
「資材か?」
「この縄みたいに色々と腐ってそうだよね。オスト行って買ってこよっか?」
「そうだな、行くか」

 クリスはカーソンと相談し、ダンヒルに話しかける。

「ダンヒルさん。あたし達、一度オストに行って来ます」
「馬殺されたから、走って行ってくる」
「出来るだけ早く帰って来ます。食料とか道具は全て置いて行くので、皆さんで使って食べて下さい」
「オストまで、何しに行くんだい?」
「村の復興に必要な資材を買いに行って来ます。とは言っても、あたし達の所持金で買える分だけど……」
「それは駄目だ! ここまでお世話になって、これ以上君達には迷惑をかけられないよ!」

 申し出を断るダンヒルだが、クリスはそれを制止して話す。

「いいんですよ! あたし達がやりたいからやるんです。ほら、カーソン、走るよ!」
「分かった」

 ダンヒルへ有無も言わさず、2人は走って村から出て行った。


 ダンヒルが申し訳なさそうに2人を見送っていると、クリスだけ物凄い勢いで戻って来た。

「ごめんなさい! 火種、1個だけ持って行きますね!」
「いや、元々は君達の所有物じゃないか」
「1個だけ! 後は自由に使って下さいね!」


 クリスはまた走って村から出て行き、先で待っていたカーソンと合流する。


 ダンヒルは走り去ってゆく2人を、その姿が消えるまでずっと見送り続けた。



 2人は息が切れるまで走り続け、呼吸を整えてはまた走ってを繰り返し、陽が落ちてもまだオスト目指して走り続けた。

 深夜になり、流石に走り疲れた2人は野宿で少し身体を休める事にする。

 カーソンは狩りに出かけ、クリスは薪を集め火種で火をつけた。

 燃える火種を見ながらクリスは呟く。

「……これだけは便利すぎて手放せないわ」



 焚き火の炎を見つめていたクリスの元へ、カーソンが獲物を背負って戻って来た。

「鹿、捕まえてきた」
「ありがとう。それじゃ、ゴハンにしよ」

 クリスは腰の後ろへ下げていた護身用のナイフにシャープエッジをかけ、鹿を上手に捌いてゆく。


 カーソンはクリスの巧みなナイフ捌きに感心しながら話す。

「クリス凄いな。本当に凄い」
「へへー。大分上手くなったでしょ?」
「うん。この木の棒に刺して焼くか?」
「よろしく。後で塩……あ、置いてきちゃっちゃ・・
「食えればいいだろ?」
「ま、そうだね」


 2人は鹿の肉を焚き火で焼き始めた。

 片面が焼け、裏返したあたりで暗闇に光る複数の目が現れる。

 鹿の血の匂いを嗅ぎ付けてやって来た、狼達の群れだった。


 クリスは立ち上がり、剣を抜いて身構えながら話す。

「……カーソン、狼よ」
「うん、来たな」
「グルルル……ウゥー……」
「ガウッ! ガウガウッ!」
「そんな怒るな。俺達はお前達の敵じゃないぞ?」
「ウガッ……ガウッ…」
「ちょっとだけ待ってくれな?」

 カーソンも立ち上がり、クリスの前に立つと制止する。


 クリスはカーソンの行動に戸惑いながら話す。 

「どうしたのカーソン!? 危ないのよ!?」
「いや、大丈夫だ。こいつら腹減って怒ってるだけだ」
「だからあたし達狙われてんでしょ!?」
「ううん、大丈夫だ」

 カーソンは自分達が食べきれない鹿の肉を、狼の群れへ投げ込んだ。

「これはお前達の分だ。仲良く食べろよ?」
「ウガッ……ガウッ……」
「いいよ。俺達のぶんはあるから」
「クルル……」
「いいって。全部食え」
「ワフッ」

 狼達は鹿の肉へ群がり、ガツガツと食べ始めた。


 カーソンはクリスへ狼の群れを指差しながら話す。
 
「クリス、ほら、見てみろ」

 クリスがカーソンの指差す先を見ると、大人の狼に混じって小さな子供狼が必死に鹿の肉へかぶりついていた。

「あら可愛い。そっか、この子達も生きる為必死なのね……」
「うん。さあ、俺達もこれ食って早く寝よう」
「ちょっ!? 狼の群れの前で寝ろっての!?」
「大丈夫だ。こいつら、食ったらお礼に俺達寝てるとこ見守るって言ってる」
「へっ!? 何で?」
「鹿食わせてくれるお礼だってよ」
「いや、でもさ……寝込み襲ってこない?」
「あいつら、俺達強いの知ってる。それやったら殺されるから、絶対しないって言ってるぞ」
「へぇ……」
「他の危ない奴等来たら、起こすってよ」
「あんたが動物と話せて良かったよ」

 カーソンとクリスは、自分達も焼いた鹿の肉を頬張りながら、狼達の食事風景を見守った。


 クリスは段々と食事の輪に入ってゆけなくなっている子供狼と、焼けた部分を食べて生の部分が増えてきた自分の鹿肉を見比べながら話す。

「……あたし、もういいや。この肉、あの子達に食べさせてもいいかな?」
「そうか? あいつらも喜ぶと思うぞ」
「ちょっと、行ってくるね」

 クリスは立ち上がり、輪に入り込めない子供狼達の前にしゃがみ込むと、手にしたナイフで鹿の肉を切り落としながら肉片を地面に置く。

 子供狼達はクリスの顔をじっと見つめた。

 クリスの優しい瞳と、目の前にある鹿の肉に子供狼達は警戒心を解き、近付いてきてかぶりついた。

 クリスは子供狼達をとても可愛いと思いながら、ナイフで鹿の肉を切っては地面に落とす。



 カーソンも立ち上がり、子供狼達に餌付けをしているクリスの横に座りながら話す。

「クリス。ほら、俺達見てる大人の狼居るだろ?」
「うん、居るね」
「あいつら、この子供達の母さんだ」
「ありゃ、何かされないか心配されてる?」
「うん。心配だって言ってる」
「お母さん多いね」
「ううん、母さんはあいつとそいつとあいつ。他は違う」
「他の狼、この肉狙ってんの?」
「うん。食べたいのに食べさせてくれないから、こっちの食べたいって言ってる」
「そうなの?」
「俺もあいつらに食わせる」
「競争に負けた大人にまでは、別にいいんじゃないの?」

 クリスは子供の分まで狙っている大人狼に図々しいと思う。

 カーソンは食べ損ねている大人狼の心境をクリスへ伝える。

「あいつらな、もうすぐ赤ちゃん産まれるって」
「えっ! そうなの?」
「食べて育てなきゃないのに、食わせてくれないから腹減ってるって」
「ありゃま、可愛そう」
「赤ちゃん育てなきゃないのに、食べさせてくれないって悲しんでる」
「そりゃ大変、食べさせたげなくちゃ」
「うん。俺の分はあいつらにやるよ」
「いいの?」
「結構食ったし、いい。おーい、俺の分やるからこっち来い」

 カーソンは自分の鹿肉を歯で噛み千切り、右手に乗せて差し出す。

 妊娠中の狼が2頭、恐る恐るカーソンに近寄ってくる。

 目の前の鹿肉に我慢出来なくなり、1頭がカーソンの右手から肉を貰う。

 カーソンは再び鹿肉を噛み千切り、もう1頭の狼へ差し出す。

 2頭は交互にカーソンから鹿肉を貰い、喉を鳴らしながら食べた。



 食事を終えると2人は焚き火の前で横に寝転んだ。

 カーソンが言った通り、狼達は鹿の肉を食べ終えると2人を遠巻きに見守る。

 
 翌朝2人が目を覚ますと、見届けた狼の群れは去っていった。

「ホントにあたし達の事、見守ってくれてたんだね」
「狼は優しいぞ。森ではよく助けられてた」
「そうなの?」
「うん。何か知らないけど、気に入られた」
「へぇ……あんたって誰とでも仲良くなるのね?」
「でも、狼は怒ると怖いぞ? 俺何度か失敗して、よく怒られた」
「狼には狼の掟があるんだね?」
「そうみたいだ」
「よし、またオストまで走るよ」
「分かった」

 2人は足で焚き火を消すと、オスト目指して再び走り出した。


 なるべく早く辿り着きたい2人は、全力で走る。

 殺された馬がどれだけ自分達にとって大切な存在だったかを実感しながら、カーソンはクリスへ話す。

「はぁ……はぁ……クリス……」
「はぁ……はぁ……はぁ…………何?」
「はぁ……はぁ……帰り……馬、買わないか……」
「はぁ……はぁ……お金……余ったらね……」


 その日の昼過ぎ、2人は何とかオストの街へ辿り着く。

 ふらふらになりながら、2人は冒険者ギルドへと向かった。

 ギルドに入るとセリカが2人を見て、驚きの声を上げる。
  
「ちょっと2人とも! ギルドはあなた達の事、ずっと探してたのよ!? 何処行ってたのよ!?」
「……ごめんセリカさん。先に……水飲ませて」
「喉……乾いた……」
「分かったわ。その代わり、何があったかキッチリと報告してよ?」

 ホールのテーブル席へ腰かけた2人は、ぐったりとしながら身体を休める。

 
 セリカがお盆に氷水と水差しを持ってやって来る。

 2人へ氷水を渡しながらセリカも椅子に座り、話す。

「はい。レモン搾ってあげたわよ」
「ありがとうセリカさん! ………んぐっ……んぐっ……ぷっはぁーっ!」
「んぐっ……んぐっ…………うあー! 生き返る!」
「おかわりは自分でやってね」
「はい。もう一杯飲もっと」
「俺も!」
「……で、今まで何処に居たの?」
「南東の廃村です。ゴルドから地下の住人達と一緒に」
「ゴルド、みんなの事殺そうとしたからな」
「そそ。地下で廃村に帰るよう説得してたら、あんのクソ町長……下水に油流しやがって」
「火ぃ点けて、俺達全員焼き殺そうとしたぞ」
「こいつが何とかしてくれたけど、ホント殺されるかと思いましたよ!」
「でも、馬は殺された……あいつら大嫌いだ」
「それで頭にきたこいつね、南門ぶち壊したんですよ」
「あいつら殺したかったけど、クリスに止められた」
「だってギルドに迷惑かけると思ったし」

 水を飲んで一息ついた2人は、これまでの経緯をセリカに話した。


 2人の話を聞いたセリカは、こめかみに青筋を立てながら怒り出す。

「……そうだったのね!? ゴルドめ、話が違うじゃないのっ!」
「何かあったんですか?」
「ゴルド、ギルドに何か言ってきたのか?」
「あなた達の目を見れば、今のが作り話じゃないって分かるわ。ゴルドめ! よくもふざけた真似してくれたわね!」
「セリカさん……どうしたの?」
「セリカさん怒らせる事してきたのか?」

 2人は目の前で怒るセリカが、ゴルドから何を言われていたのか不思議に思う。


 セリカは座ったまま足を組み、腕を組みながら2人へ話す。

「ゴルドはね! あなた達が町に火をつけて、南門を破壊して逃げたと言って、ギルドに300万ゴールドも請求してきたのよ!」
「さっ……300万ゴールド!?」
「おかしいと思ってたのよ! 確かにあなた達ならやりそうな事だけどっ! ホントにやる訳ないじゃない!」
「ごめんなさい。俺、ホントに頭きて門壊した」
「あなた達の話を聞いたら納得がいったわ。よし! 冒険者ギルドは所属する優秀な冒険者を危険に巻き込んだのと、依頼がギルドのルール違反だったとして400万ゴールド請求してやるわっ!」

 セリカと、その後ろで聞いていたギルド職員達は大きく頷き、即座に行動を始める。



 受付へ戻り猛烈な勢いで請求書を書くセリカに、クリスは恐る恐る聞く。

「あの、セリカさん。ギルドで紹介出来る、信用のある商人さんって居ませんか?」
「ん? 居るけど……何か高い買い物したいの?」
「はい。実は……廃村を何とかしたくてですね、資材沢山買いたいんです」
「でもそれ、冒険者として何の得にもならないんじゃない?」
「確かに損こそしますけど、困ってる人達は助けるもんじゃないですか?」
「……うん。やっぱりあなた達の言い分が正しいと思うわ。ゴルドは下手したら住民皆殺しにされるところを自分が盾になって守ったから、これくらいの被害で済んだとか言ってたし」
「……あいつ衛兵の後ろに隠れてましたよ?」
「でしょうね。誇大講釈のたまえば嘘だってバレるのに」
「アホですね、あいつ」

 村の復興に必要な資材を買いたいと訴えるクリスに、セリカは2人の証言が嘘偽りの無い真実であると確信する。

 
 セリカはメモに店の住所を書き、クリスへ渡す。

「はいこれ。ギルドの紹介状も付けておいたから、商人に見せてね」
「ありがとうセリカさん! それじゃ、早速行って来ます!」
「あ! そうそう! あなた達の回収した財宝分のお金あるんだからね?」
「あっ、それいくらくらいになります?」
「まだ全部は換金出来てないけど、資材の取引で大金が必要になりそうだったら、ギルドが立て替えてあげるわよ?」
「ホントですかっ!?」
「クリス、お宝で足りなかったら俺達何かされるかも知れないぞ?」
「ちっ! カーソン君はこういう時、ホントに勘が鋭いわね!」
「あぶなっ。ほいほい買ってたらお金返す為、ギルド職員にされてたのね……」
「いや、ホントにギルドがお金手伝うからね? 遠慮しないで沢山買いなさいよ?」
「そのセリカさんの含み笑いが無かったら、信じてアホみたく買ってたかも……」

 セリカは不敵な笑みを浮かべながら、2人へ好きなだけ買えと言う。

 クリスはギルド恐るべしと思いながら、カーソンを連れてギルドから出ていった。


 目指すはギルドが勧める街の商店。

 2人はセリカから渡されたメモを頼りに、店へと向かった。

しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

今日の授業は保健体育

にのみや朱乃
恋愛
(性的描写あり) 僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。 その日はちょうどユキ以外には誰もいなかった。 ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

処理中です...