翼の民

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冒険者カーソンとクリス

98 最後の刺客

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 3人の目にオストの街が見え始めた頃、カーソンは後ろから馬に乗った男が2人、一定の距離を保って付いて来ている事をクリスへ話す。
 
「クリス……後ろに2人、男だ。怪しいぞ」
「……追って来たかな?」
「ネストからずっと同じく、付いてきてる」
「追い付かず、追い越さず……か。怪しいわね」

 2人の会話を聞いたギルドの女性は、興奮しながら話す。

「あらっ! 刺客が来たの!? まあ怖い、どうしましょ!」
「お姉さん……楽しそうですね?」
「もし刺客だったら、お姉さんも危ないぞ?」
「だって、暗殺の現場なんて滅多に見られないじゃない? それにあなた達の強さ、この目で見られるんだもの」
「あたし達が負けたら、どうするんですか?」
「その時はその時よ。私も殺されるでしょうけどね?」

 自分も殺されてしまう可能性があるにも関わらず、ギルドの女性は楽しそうに話した。

 3人と後ろの2人は一定の距離を保ちつつ、オストの街へと進んでゆく。


 3人の前方に何かが見えてきた。

 段々近付くと、男2人が馬を留め、食料や道具を地面に広げて行商をしているのが見えた。

 カーソンはクリスに話しかける。

「行商みたいだな?」
「そうだね。利用してみる?」
「後ろの奴らがどう動くか、仕掛けてみるのか?」
「うん、やりましょ」

 3人は行商の前へ近付いてゆく。

 行商の男2人は3人へ気さくに声をかけてきた。

「おーい! お姉ちゃん達、何か買ってかないかい?」
「お兄ちゃん! 彼女に何か買ってってくんないか?」

 3人は行商達の馬の横へ自分達の馬を着け、ギルドの女性をその場に残して行商達の前へ近付いて行った。

「おじさん、ちょっと売り物見せて」
「面白いの、売ってるか?」
「よしきた! 安くしとくよ。さあ、見てくれよ」
「わぁっ、ありがとう! どれどれ……」
「んー、面白そうなの……無いな」

 行商の前で2人は商品を見ている。


 馬に乗った男達が段々と近付いてくる。

 やがて行商の目前まで来た男達は、馬を止め降りてきた。

 男達は行商へ近付き、話しかける。

「おっ、行商じゃないか。どれどれ、どんな物売ってるんだい?」
「いらっしゃい。お兄ちゃん達も見てくれよ。安くしとくよ」
「なかなか良い品揃えじゃないか。よし、アレとソレ、ソイツもくれ」
「あいよ、毎度あり。全部で50ゴールドだ」
「おっといけねえ。財布を馬に忘れてきちまった。ちょっと待っててくれ」

 男達は馬へと戻るフリをし、カーソンとクリスの背後へ静かに回り込んだ。

 そして腰から剣を抜くと2人めがけて背後から斬りかかってきた。

 同時に、目の前に居た行商達も剣を抜き、正面から斬りかかってくる。

 2人は前後を同時に挟まれた。

 その様子を少し離れた場所から見ていたギルドの女性は、思わずアッと叫ぶ。


 次の瞬間、クリスは剣を抜き、真正面の男ひとりの胸を突き刺し、くるりと振り向くと背後の男が振るう剣を盾で受け止める。

 隣のカーソンは左手のサイファで真正面の男の胸を突き刺し、くるりと振り向いて右手のサイファで後ろの2人をなぎ払った。

 一瞬で決着がつく。

 行商の2人は心臓を貫かれ、背後の2人は胴体を真っ二つにされ、それぞれ倒れた。

 2人は剣をしまうと、それぞれふうっと一息入れながら両手を擦り合わせるようにパンパンと叩く。


 ギルドの女性は一部始終を目撃し茫然としていたが、はっと我に返り馬から降りると、2人の元へ駆け寄ってきて話す。

「すっ、凄いじゃないあなた達! こんなに強いとは思わなかったわ!」
「いえ、それほどでも。行商まで刺客だったのは予想外でしたけど」
「えっ!? 予想外だったのに、あんな息の合った攻撃したの!?」
「ええ。こいつとはもう何年も一緒に戦っているので、なに考えてどう動くかってのは大体分かります」
「俺が前のひとり刺して、後ろの2人斬ろうと思ってたのクリス分かってくれてた」
「あたしは念の為背後から斬られないように、盾で防いだだけですよ」
「俺は間違えてクリスまで斬らないように気を付けただけだ」
「ホントに凄いわね、あなた達って。フィピロニュクスが独断で手を打った・・・・・・・・のにも納得したわよ」
「え? おじさん、何かしたんですか?」
「私に頼み込んできたのよ。あなた達をどうしても街から逃がしてあげたいので、私に協力してくれってね」
「おじさん……頑張ってたのか」
「……頭、上がんないわ」
「今頃、辻褄合わせの書類作りまくってると思うわよ?」
「そんな大変な事になっちゃってるんですかっ!?」
「おじさん、そこまでして俺達逃がしてくれたのか!?」
「昨日ね、あなた達が帰ってから随分と説得されたけど……確かに失うには惜しい逸材よ、あなた達は」

 ギルドの女性は、ニコッと微笑む。

 カーソンとクリスは、ネストのギルド受付の男フィピロニュクスへ心から感謝した。



 クリスは行商の死体の前に近付くと、死体に話しかける。
 
「行商さんっ。要らないんならこの商品、貰って行きますね?」
「? クリス、これ持ってってどうするんだ?」
「使える物はあたし達が貰って、残りはオストのお店に売るのよ」
「それって泥棒になんないのか?」
「じゃあ返すの? この死体に?」
「うーん……貰ってもいいのか?」
「いいのよ。どうせこのまま置いてったら、他の誰かが持って帰るんだし」
「そっか。じゃあ、俺達が貰ってくか?」
「あの、お姉さん? こいつらのお金、貰ってもいいですか?」
「何で私に聞くの?」
「だって……お姉さんから盗賊扱いされたくないですし」
「ギルドから退治の依頼出されたら、俺達困る」
「お姉さんにも山分けしますんで、見逃して下さい」
「私まで巻き込む気? 口封じ?」
「駄目か?」
「いいわよ。その話、乗った! お金はいくらあっても困らないし」
「あはっ! お姉さん、ありがとうございます」

 刺客達が殺害に使用した小道具を、2人は貰って換金すると決めた。

 クリスは4人の死体からゴールドを抜き取り、3人へ均等に分ける。

 ギルドの女性はクリスより渡されたゴールドを受け取り、ほくほくと喜びながら自分の財布へ入れた。

 カーソンは刺客が乗っていた馬の装備を外し、逃がし始める。

 ギルドの女性は、何故馬を逃がすのかと聞いてくる。

「あら、馬は逃がしちゃうの? 勿体無い、馬って高く売れるのに」
「えっ!? 馬って売れるんですか? いくらくらいで?」
「調教済みの馬だから、そうねえ……1頭で30000ゴールドくらいじゃないかしら?」
「そんなにっ!? カーソンっ、売ろうよ!」
「クリス。馬、売っちゃダメだぞ? それじゃ……一緒だぞ?」
「え? 一緒って何と? ……あっ、そっか。駄目だよね」
「うん、駄目だと思うぞ?」
「危ない危ない。いつの間にかあたしもお金に拘ってたよ」
(そんな事したら、あたし達捕まえて売ろうとしてる人間と一緒になっちゃうもんね)

 暗殺者達の馬4頭を野に放ち、2人は品物を自分達の馬に乗せる。

 ギルドの女性を乗せた馬を連れ、自分達は歩きながらオストの街へと向かった。



 街へ到着すると、ギルドの女性を馬から降ろす。

 自分達の馬からも荷物を降ろし、馬番へ馬を預けた。


 ギルドの女性が別れ際、2人へ話しかけてくる。

「それじゃ、私はギルドに行くわね。2人とも、待ってるわよ?」
「はい。後でお邪魔しますね? ありがとうございました」
「ありがとう! 助けられた事、俺達絶対忘れないぞ!」
「あ、そうそう。渡された身分証、あなた達の好きにしていいわよ? 邪魔だったら捨ててね?」
「はい、分かりました」
「俺、助けてくれたこのカード絶対捨てないぞ」
「ううん、捨ててくれたほうがギルドにとっては……いえ、何でもないわ」
「? ギルドにとって……何ですか?」
「トレヴァでマッコイが言ってたぞ。無くしたらお金払わなきゃないって」
「あら、余計な事言われてたのね……」
「余計な事って……?」
「何でも無いわ。いつの間にか無くすの、期待してるわね?」

 ギルドの女性は、意味深な含み笑いをしながら去って行った。

 カーソンとクリスは直感的に、このカードを紛失すると自分達に何かしらの不利益が起きるかも知れないと感じ、自分達のギルド証と2枚1組で大事に保管しようと思う。

 この直感が後の自分達を助ける事になろうとは、今の2人は全く考えていなかった。



 2人は刺客が残した荷物を道具屋へと運ぶ。

 荷物を下取って貰うと、宿屋へと向かった。

 部屋に入ると装備を脱ぎ、ようやく一息ついた。


 カーソンとクリスは、無事にオストへ辿り着けた事に安心しながら話す。

「しっかし危なかったわね。まさか行商まで刺客だったなんて」
「何か俺、怖い。周りの人間、みんな刺客に見えてくる」
「本当よね。あたしら殺すの諦めてくれないかしら?」
「こうしてる間にも、あいつら次はどうやって殺そうか考えてるんだろうな」
「やだなぁ……ホントに」

 ネストの宿でやった時と同じ様に、寝る時は扉も窓も塞いで隠そうと話し合う2人。

 2人は警戒し過ぎて大分疲れたのか、夕食後すぐ眠りについた。



 カーソンとクリスがオストの街へ到着してから2日後。

 ここはとある場所にある暗殺ギルドの隠れ家。

 男女数名が話し合っていた。

「送り出したスティンガーと、失敗時の補佐4人が殺された」
「カーソンとクリス……相当な実力者のようだ」
「此方が5人も殺されたのは痛いな」
「報酬100000ゴールド程度では……割に合わんな」
「しかもまだ支払われていないではないか」
「成功したら支払うとか、随分と舐めてくれる」
「これだから盗賊共の依頼は信用ならん」
「よもや踏み倒しなどせぬだろうな」
「冗談じゃない。既に5人の兄弟が殺られたのだぞ」
「こちらの被害も馬鹿にならん」
「下手な奴を送り込んでも、返り討ちにあうわね」
「で、次は誰が行く?」
「…………」

 ひとりの男が名乗りを上げた。

「……では、拙者が参る」
「お主が行く……とな?」
「うむ。しかしマスター、頼みがござる」

 マスターと呼ばれた老婆は、男に話を聞く。

「何だ? 長右衛門、話すがよい」
「刺客は、拙者で最後にしてくれぬか?」
「……お主で最後にしろ、とな?」
「うむ。確実に殺ってくる。だが、もし万が一拙者が負けたら彼奴らには、もう手を出さないで欲しいのでござるよ」
「もしお主が負けたら、カーソンとクリスを殺るのは諦めろとな?」
「拙者が返り討ちに遭うような輩ならば、非常に手強いでござる。これ以上ギルドへ被害が及ばぬよう、諦めるのが得策と思うのでござるよ」
「…………うむ、分かった。そうしよう」

 周囲からどよめきの声が上がる。

「しかしマスター! 我らギルドは暗殺が仕事。もし負けたら見逃すなどと……」
「そうよ! 受けた依頼は確実に殺らなければ、我らの信用に関わるわ!」
「我らが手より逃れられた者など、ひとりも居ないハズではないか!」
「まあお待ちよ、あたしの可愛い子供達」

 マスターは周囲の声を制止し、ゆっくりと答えた。

「……居るんじゃよ。我らがギルドの歴史でたったひとり、ギルドは2度と手を出さないと誓わされた奴がね」
「!? そ、それは本当かマスター!」

 ギルドマスターの老婆は、淡々と話す。

「本当じゃよ。
 あれはあたしがまだ、お前達よりもずっと若い頃だった。
 あたしが殺しに行って、失敗しちまってね。
 半殺しにされて、この場所を自白しちまったんだ。
 死にかけのあたしを引きずったまま、ここに殴り込まれちまってね……。
 ギルドの兄弟姉妹、そいつにほぼ皆殺しにされたよ。
 この暗殺ギルドが、たったひとりの魔法使いに壊滅寸前まで追い込まれたのさ。
 あたしを含めた僅かの生き残りはね、あいつの前で土下座したよ。
 もう2度と暗殺ギルドは、あなたを襲いません……ってね。
 あたしは今でも、そいつの無慈悲な顔を覚えているよ。
 あの……立ち向かう者全てに死を撒き散らす、イザベラっていう末恐ろしい魔法使いの顔をね」

 老婆の昔話を聞き、周りの者達は全員黙り込んだ。

 老婆は話を続ける。

「長右衛門。もしもお主が負けるならば、もう我らで殺せる様な相手では無い。必然でお主が最後の刺客となるであろうて」
「済まぬ、マスター。では、行って参る」
「あたしもまだお主を失いたくないよ。もしも殺されそうになっちまったら、恥など捨てて無事に生きて帰っておいで?」
「……うむ、そうさせて頂くでござるよ」

 長右衛門と呼ばれた男は、その場から去って行った。


 隠れ家から出ようとする長右衛門を、ひとりの女性が引き止める。
 
「私もお供します。長右衛門様」
「うむ。だが、手出しは無用。拙者が死んだらお主は生きて知らせに帰れ、詩音」
「はい。承知しました」

 陽の光の元へと出てきた2人は、とても変わった服装をしていた。

 長右衛門は浴衣にも似た服、左腰には反り返った剣らしきものを鞘に収め、2本差していた。

 詩音は裸の上から帷子を着込み、浴衣を短く切ったような露出の高い服、妖艶な姿で背中に1本の剣を斜めに背負っていた。


  
 2人は馬に乗り、カーソンとクリスが居るであろうオストの街を目指し、馬を走らせた。

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