翼の民

天秤座

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冒険者カーソンとクリス

95 優しさ

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 2人はネストの街を拠点にし、冒険者ギルドの依頼を受けた。

 隣の街や村までの護衛や盗賊退治、依頼を受けては確実にこなすので、冒険者カーソンとクリスの名は、冒険者ギルドの間で一目置かれる存在になっていた。

 今日も2人は仕事を終え、ギルドへとやってくる。

「こんにちはー。おじさん、仕事終わったよ」
「親分の頭と、持ってたお宝だ」

 いつものように仕事を終えた2人はギルドに報告へやって来る。

 2人は主に報酬の高い盗賊退治を引き受け、街の外にある盗賊達の隠れ家を見付け出しては血祭りにあげていた。

 手配書に人相書きさえあれば、カーソンが風の精霊魔法『風の目』でシルフを飛ばし、その顔の人物が今何処に居るか特定が出来る。

 大抵隠れ家に身を潜めている為、財宝の在処ありかまで分かる。

 人相書き付きの手配書を見てから先に依頼対象の位置と隠れ家を突き止め、受注して即仕留めに行く事を繰り返す。


 盗賊から奪い取るゴールドと完了報告して入手するゴールド。

 それとは別に、2人のギルド証には未換金の財宝が増え続ける。

 2人には現在所持しているゴールドよりも数倍の資金が蓄えられていた。


 受付の男はニコニコと笑顔で2人を出迎え、ギルド証と証拠の頭、回収した財宝を預かりながら話す。

「お疲れさん。今回も気の毒な盗賊を始末して来たんだね」
「隠れ家に突入して皆殺し、お宝も回収して来ましたよ」
「盗賊弱いな。何でみんなこの仕事しないんだ?」
「君達くらいだって。居場所も仲間の数も分からん集団に突撃して、無傷で帰ってこれる冒険者なんか」
「ま、こいつがすぐ場所も人数も特定しちゃうので、後は潰しに行くだけですもん」
「顔さえ分かればすぐ見付けられるぞ?」
「君達、ちょっと振り向いてごらん?」
「え? ありゃ……」
「俺達、何か凄く見られてる」

 2人は振り返り、他の冒険者達から注がれる熱視線にたじろいだ。


 受付の男は話す。

「本来盗賊退治なんてかなり難しいんだよ。たった2人でやり遂げる君達が羨ましくない訳ないじゃないか」
「そうかなぁ?」
「難しくないぞ?」
「何とか君達と手を組ませてくれってね、いつもこっちに頼まれて困ってるくらいだよ?」
「ギルドに言ってもしょうがないじゃないですか? いくらあたし達が断ってるとは言っても……」
「だってあいつら強くない。連れてったら盗賊に殺されるぞ?」
「簡単に死なれちゃ嫌なんですよ、こっちとしても。この前なんか勝手に付いてきて、いつの間にか殺されてたんですよ?」
「怪我した奴も居るし、治す俺も大変なんだぞ?」
「途中で気付いて姿隠すのにも、怪我人治すのにもこいつに負担かけてるんですよ?」
「それなんだよ、それ。君達を追っかけても目の前から突然消え去るし、大怪我しても不思議な力で治してくれるって、他の連中は君達が何者なんだってうちギルドに問い詰められてるんだよ」
「えっ!? そっちも?」

 クリスは自分達の持つ精霊魔法を誤魔化しながら答える。

「実はあたし達ね、魔法が使えるんですって言ったら……おじさん信じます?」
「魔法使いかぁ……それなら信じるよ」
「俺達、魔法使い。剣術のほうが得意だけどな」
「しかしだなぁ……魔法使いってのはこの世に珍しすぎるぞ? 大抵インチキ魔法使いばっかりなのに」
「あ、魔法使いって居るんだ?」
「魔法使いって、インチキなのか?」
「いや、本物の魔法使いは確かに居るんだよ。滅多に人前に出てこないだけで」
「出てこないのか?」
「何で?」
「人嫌いな変わり者が多いからね。他人から利用されるのを極端に嫌うんだ」
「ふーん、そうなのか?」
「まあ、便利な道具扱いされたら……あたし達も嫌ですね」
「だろ? だから魔法使いって事を知られずに、ひっそりと暮らしてるんだよ」
「どうやって暮らしてるんだ?」
「お金、どうしてるの?」
「国が出してるよ。有事の際には協力してくれる条件でね」
「有事って…何だ?」
「戦争や災害が起きた時の事さ」
「そうなった時に力を貸すだけでいいんですか?」
「なあクリス? 俺達も国からお金貰えないか?」
「それはやめといたほうがいいんじゃないか? 国が抱え込むって事は……国どころか街から出る事も出来なくなるよ?」
「え? そうなのか?」
「あ、そっか。必要な時にどこ居るか分かんなきゃ意味ないですもんね」
「常に監視されてるらしいよ? これ以上は俺にも分からないけどね」
「ふーん……人嫌いなのに、人からお金貰って暮らしてるなんて変な奴等だな?」
「君達も大概変だけどな?」
「ひっどおい! どこが変なんですか」
「たった2人でこの辺の盗賊片っ端から潰してる。これが変じゃなくて何処が変なんだい?」
「そんなに変か?」
「変……なのかな?」

 2人は受付の男から変人扱いされ、自分達が人間とかけ離れ過ぎた能力を持っているのかと思う。

 受付の男は2人へギルド証と報酬を渡しながら話す。

「はい、今回の報酬は16800ゴールド。未換金分はカードに記録しといたよ」
「ありがとう」
「頂きますね」
「なかなか換金が進んでなくて申し訳ない」
「お金結構あるから、急がなくていいぞ?」
「寝食くらいにしか使ってませんから」
「君達がお金にうるさい冒険者じゃなくて助かるよ」
「んじゃ、次の仕事はゴハン食ってから探す」
「今日のおすすめって何ですか?」
「牛肉の煮込みシチューだそうだよ」
「肉か!? やったー!」
煮込みシチューかぁ……美味しそう」

 2人は振り返り、受付の反対方向へ向かった。

 トレヴァの食堂はギルド向かいの建物であったが、ネストのギルド内には食堂が併設されていた。

 受付と食堂を挟むホールにはテーブル席が並び、所々で冒険者達が食事や仕事の打ち合わせをしている。


 カーソンはふと、ホール隅のテーブル席で食事をしている男女4人組の冒険者を見た。

 自分達が手にするパンをちぎって食べながら、ひとつの煮込みシチューを回して食べている。

 カーソンの視線を追ったクリスは、次にこの男カーソンが何をするか察しながら共に食堂のカウンターへと向かった。

 
 クリスはカウンター向こうの女性店員に話しかける。

「すみません、おすすめの煮込みシチューいくらですか?」
「15ゴールドだよ。パン付けるなら17ゴールド」
「あたしひとつ。あんたいくつ?」
「んー……6つ」
2皿・・食べんの?」
「うん」
「じゃあ、すみません。全部にパン付けて7皿下さい」
「えっと……2人だよね? 7皿もかい?」
「クリス、119ゴールドだぞ」
「ほいほい…………はい、119ゴールド」
「はぁ……お代は貰ったよ」

 2人で7人分の注文をされた女性店員は、ややぎこちない動きで食事を用意し始める。

 先に出された2人分を持ったカーソンは、先程の分け合って食べている冒険者達へと向かった。

 カーソンはテーブルの上へ持ってきた2人分の食事を置き、振り返るとまたカウンターへと向かう。

 食事を置かれた冒険者達は唖然としている。

 追加で2人分を持ってきたカーソンは、テーブルへ置きながら話す。

「良かったら食え」
「…………何でですか?」
「あなたにこんな事される覚えは無いです」
「どうしてこんな事を?」
「憐れみなら結構です」
「いいから食え。お前達が食わないなら、俺が食う」
「いやでも、ホント何で?」
「俺達がそんなに貧しく見えたんですか?」
「すみません。う、嬉しい……です」
「私達、昨日から何も食べてなくて……」
「腹減ってたら仕事出来ないもんな? あとこれ、内緒だぞ?」

 カーソンは自分の財布から、そっと200ゴールドをテーブルへ置くと去っていった。
 


 クリスは自分達の食事をテーブルへ置き、カーソンを待っていた。

 席へと座るカーソンにクリスは聞く。

「いくらあげたの?」
「ん。200ゴールド」
「宿代もあげてきたの?」
「うん」
「あんた、後ろからあの4人に凄く拝まれてるよ?」
「こういうのって、知らないふりするんだろ?」
「……まあね。さて、食べようか?」
「うん。いただきまーす!」
「あ、これ美味しいね」
「うん! 旨い旨い。2つ頼んでて良かった」
「……あの4人、泣きながら食べてるよ?」
「腹減ってたら何でも旨いのに、こんなに旨いゴハン食べたら泣くよな?」
「それだけじゃないでしょ」

 2人は煮込みシチューへちぎったパンを浸しながら美味しそうに食べ続けた。



 食事を終えた2人は食器を返却し、次の仕事を探しに依頼ボードへと向かう。

 依頼ボードを見ながら2人は話す。

「人相書き付きの盗賊退治、無いな」
「あらかた片付けちゃっちゃ・・ね」
「残りのは親分の顔分かんないやつだけか」
「名前すらバレてない盗賊団しか残ってないね?」
「んー……どうする?」
「そろそろ別の街で仕事するってのもいいんじゃない?」
「あ、そっか。そっちなら人相書きある盗賊退治、あるかもな?」
「ここで残りの盗賊潰しに時間かけるよりいいかもよ? もし無かったらまた次の街に行けばいいんだし、時間が経てばここの依頼にも顔バレた親分が出てくるかもよ?」
「そうだな。そうするか?」
「よし。じゃあ、隣街のオストに行こう」
「分かった」

 2人は宿屋へ荷物を取りに行く為、ギルドを出た。


 ギルドを出てすぐに、カーソンは入口前でウロウロしている母とその娘らしい小さな女の子の2人組を見付ける。

 気になったカーソンは母親に声をかける。

「どうしたんだ? 冒険者ギルドに何か用か?」
「あの、失礼ですが冒険者さんですか?」
「うん、そうだぞ」
「すみません、実はこの子が冒険者ギルドに依頼を出したいと言いまして、連れてきたんです」
「依頼?」
「ほら、トルテ。お兄さんにお願いしてみなさい?」
「うん。おにいちゃん、みゃーちゃんさがしてください」
「? みゃーちゃん?」
「うちで飼ってる猫なんです。先週から行方不明になりまして、娘が捜索の依頼を出したいと……」
「猫か。それじゃ、俺達と一緒にギルドにお願いしに行くか?」
「うん」

 カーソンとクリスは母子を連れ、再びギルドへと入っていった。


 クリスは受付の男へ話しかける。

「おじさん。この女の子、依頼を出したいみたいですよ?」
「お? そうかい、じゃあおじさんに依頼の内容、話してごらん?」
「うん。あのね、みゃーちゃんをねーー」

 受付の男は女の子へ依頼内容を聞き、母親に依頼申請書を代筆して貰う。

 小さな女の子はその両手で大事に抱えていた貯金箱を受付の男へ渡しながら話す。

「このおかねでさがしてください」
「うん、どれどれ…………ふむ、30ゴールドか」
「おてつだいしてためたの」
「うーん……これは……困ったな」
「? おじさん、何が困ったんだ?」
「いや、依頼は最低でも100ゴールドから引き受けてるんだ。流石に30ゴールドは……ちょっとなぁ……」
「おねがいします。みゃーちゃんさがしてください」

 小さな女の子は瞳を潤ませながら受付の男へ依頼を懇願する。

 受付の男は頭をボリボリと掻きながら悩む。

 クリスは母親と何かを話している。

 悩む男を見かねたカーソンは、財布から70ゴールド取り出して渡しながら話す。

「俺、それ受ける。これで100ゴールドになるよな?」
「ちょっと待ってくれ! 何言ってんだカーソン!?」
「トルテ、100ゴールドで依頼出したぞ。俺、依頼受ける」
「そうかその手が……いやいや! カーソンが損するだろそれじゃ!?」
「俺、その仕事受けた。はい、契約金10ゴールド」
「いやいや、ちゃんと相方のクリスに聞いてから……って、受けてもいいのかい?」

 受付の男がクリスを見ると、半分諦めた表情のクリスがうなずいていた。

 冒険者が80ゴールド支払って30ゴールドの依頼を受ける。

 冒険者ギルドが運営されて以来、前代未聞の珍依頼と受注が成立した瞬間であった。



 カーソンはしゃがみ込み、女の子へ目線を合わせながら聞く。

「みゃーちゃんって、どんな猫なんだ?」
「にがおえかいてきたの。おねがいします」
「うん、どれどれ?」
「おにいちゃん、みゃーちゃんみつけてください」
「………………うん、分かった」
「ありがとう!」
「じゃあ、見付けて来るから母さんと家で待ってるんだぞ?」
「うん!」

 母親と女の子は何度も頭を下げながら、ギルドを出ていった。


 カーソンは女の子から貰った紙を見ながら、難しい顔で悩んでいる。

 クリスと受付の男は、カーソンへ聞く。

「どしたの?」
「似顔絵あるんならすぐに見付かるんじゃないかい?」
「えっとな……これがみゃーちゃんらしい」
「どれどれ…………え?」
「…………落書きだろ……これは……2人とも失敗になりかねないぞ?」

 女の子から手渡された猫の似顔絵。

 そこには猫なのか犬なのか何なのかも分からない絵が描かれていた。

 誰がどう見ても落書きにしか見えない似顔絵から迷子の猫を探しだす。


 この時まだ、カーソンとクリスは知らなかった。

 この依頼が、盗賊退治よりも遥かに難しい依頼だった事を。
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