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クリスの受難
64 兵達の不満
しおりを挟むカーソンは目の前で死んだ男の子を自分と重ね、その無念さに悲しみながら話す。
「あの子供、ゴハン食べられなかった。島の奴らに殺された」
「お腹減らしたまんま……可哀そうだったね」
「人間ゴハンにするなら、嘘つかないでゴハンになってくれって、お願いしなきゃない」
「うん。あたしもそう思うよ」
「助けるって嘘ついて殺すのやだ。俺、許せない」
「そうだよね? あたしも許せないよ」
「俺、嘘ついた島の奴ら殺したい」
「……気持ちはわかるよ」
「でも、嘘ついてないけど……俺も人間殺してる」
「そりゃまぁ……あたしだって人間殺してるよ」
「……俺、今日も人間殺した」
「あたしの事犯して殺そうとした人間だよ? 悪い人間だったんだよ?」
「俺、本当に悪い人間の事、食わなくても殺していいのか?」
「いいんだよ? 生かしてたら他の誰かが苦しむんだもの」
「なあクリス。俺、悪い奴だと思ったら、殺していいか?」
カーソンは自分が悪だと思った相手は殺してもいいかとクリスに聞く。
クリスはカーソンが優しいのか怖いのか分からなくなり、困惑しながら答える。
「何かあんたさ、両極端だよね?」
「? 両極端って何だ?」
「自分が良い奴だと思った連中にはすっごく優しいけど、悪い奴だと思ったら殺そうなんてさ」
「? 悪い奴ら、殺しちゃ駄目か?」
「そうは言ってないけどさ、言って止めさせるとか出来ない?」
「俺、話すの苦手。まだクリスみたいに、上手く話せない」
「まあ、変なトコで話句切るし、何となく伝わるけど上手に話せて無いよね」
「俺、上手く話せない。だから、話して分からせるの難しい」
「んー……話せるようになってまだ5年だもんね。それはしょうがないかな」
「だから俺、悪い奴だと思ったら殺す」
「んじゃせめてさ、あたしに聞いてから殺してね?」
「うん。クリスに聞いてから殺す」
「間違っても悪くない人、殺しちゃ駄目よ?」
「うん」
クリスはカーソンの殺人に対する安易な思考に不安を覚え、いつか間違えて無実の人を殺してしまわないかと危惧した。
その時、右側の扉が開いて兵士達がゾロゾロと部屋から出てきた。
どうやら人間達を殺した兵士達のようである。
兵士達はカーソンとクリスに近付いてくる。
カーソンは兵士達を睨みつける。
左手はクリスの右手を握っている為、右手でクリスの腰にある剣を手探りで求める。
カーソンが剣の柄を探り当て、掴み取って抜刀しようとした瞬間、クリスはカーソンの右手を自分の左手で押さえつける。
クリスに止められたカーソンは振り返り、クリスに何故止めると目で合図を送る。
クリスはフルフルと首を振り、殺すなとカーソンに合図を送る。
カーソンは困惑しつつ、コクンと頷いて右手を剣の柄から離す。
もうじき兵士達が自分達の目の前にくる。
カーソンとクリスはガラス窓に張りつき、やり過ごそうとした。
兵士達が目の前を通りすぎようとした時、ふと兵士のひとりが立ち止まってガラス窓を見る。
兵士は首をかしげながら自分達に近付いてきた。
クリスは慌てて左手でカーソンの口を塞ぎ、自分も口を閉じて呼吸を止める。
尚も近付いた兵士は、クリスの顔の目の前で首をかしげる。
他の兵士達が何事かと話しかける。
「おい、何やってんだ?」
「……いや、何かガラスに写ってんだよ」
「何だよ、またいい加減な事言いやがって」
「まーた見えねえモン見えたって言うつもりかよ?」
「おいおい、死体が動いてるとか言い出すんじゃねえぞ?」
「人間達全員死んでんだぞ?」
「ホントにおめぇはビビり性だな」
「だから死体に睨まれたとかほざくんだよ」
「たまたま目が合っただけだっての」
「いや……何か変なのがガラスに写ってんだって」
「気のせいだろ?」
「おめえ、死体片付けたくねえからそんな事言ってんのか?」
「ちっ、違うって! ホントに変なんだって!」
兵士は振り返り、自分を馬鹿にしている兵士達に反論する。
クリスはガラス窓をちらっと見て、戦慄する。
(やばっ!? あたしらガラスに写ってる!
えっ、何でっ!? 何であたしら写ってんのっ!?
もしかして、セイレーンってばガラスの反射分までは消せないの?
ど、どうしよう……バレちゃう!
ど、どうする? カーソン?)
クリスは顔色を真っ青にしてカーソンを見る。
カーソンもガラスに反射している自分達の姿に気付き、クリスを見つめている。
カーソンは再び右手をクリスの左腰にある剣へと伸ばす。
クリスはカーソンが兵士達を殺す気だと察し、悩みながらも覚悟を決め、カーソンにコクンと頷く。
カーソンもコクンと頷き返し、右手で剣の柄を握りしめる。
いざ抜刀し、目の前の兵士を斬り殺そうとした瞬間、兵士達はその場を離れながら話す。
「ほれ行くぞ。さっさと片付けねえと」
「交代番に引き継いだら顰蹙喰らっちまうぞ?」
「俺ら先行くからな。お前だけそこで幻でも探してろ」
「ちゃんとお前の運ぶ分は残しとくからな?」
「俺らの倍くらい残しといてやる」
「お、おい。待ってくれよ!」
その場を立ち去る兵士達の後を追いかけ、ガラスに写ったカーソンとクリスの背中に気付いた兵士も立ち去って行った。
兵士達は通路を右に曲がり、姿を消した。
クリスはホッとしながらカーソンに小声で話す。
「……危なかったね」
「うん。もう、殺すしかないと思った」
「あたしも覚悟してたよ」
「クリス、何であいつら殺すの止めたんだ?」
「だって、あいつら悪い奴かどうかまだ分かんないもん」
「お腹減ってた子供、殺した」
「まあまあ、そこは我慢してよ」
「うー……」
「それにさ、姿見せないまま斬りかかったら卑怯だと思うし」
「……あ。俺、ソニアに卑怯な事するなって言われてた」
「んじゃ、隊長の命令守れて良かったじゃない?」
「うん。俺、神様から天罰落とされそーー」
「ガラスから離れてっ!」
クリスは兵士達が部屋の中に入って来たのを目撃し、慌ててカーソンを引っ張りガラス窓から離れた。
もしかするとガラス越しに向こうから見られるかも知れない。
クリスはガラス窓から離れておいたほうが良いと判断した。
クリスはカーソンの手を引き、兵士達の入った部屋へ行こうとカーソンに提案する。
「ねえ? あたしらもあの部屋行かない?」
「えっ? 何でだ?」
「あの兵士達にはまだ気付かれて無いもん。何話すのか聞きたくない?」
「あいつらの話聞いて、どうするんだ?」
「もしかして、ここから出れる道順喋るかも?」
「あ、そうか」
「それにさ、あいつらの後追っかけたら出口に行くかも?」
「おー。クリス、頭いいな」
「まずは近くまで行ってさ、話聞いてみようよ?」
「うん、分かった」
クリスはカーソンを連れ、部屋の入り口まで向かう。
2人は部屋の入り口まで来ると、聞き耳を立てて中に居る兵士達の会話を盗み聞きする。
兵士達は死体を荷車に積み上げて片付けながら、不平不満を言っていた。
「しっかしよぅ……何で殺すまでオド吸い取らなきゃねえんだよ?」
「そりゃ生かして帰したらよ、帰された人間達が噂広めちまうからだろ?」
「島に行ったら、オド吸われるってな」
「一応よ、貧しくて生きて行けねえ人間募って連れて来てんだ」
「ただ単に居なくなっても困らねえ連中集めてるだけだろうがよ」
「生きてくのが苦しい連中に死を与えて、ラクにしてやってるんだとよ」
「上の連中の言い分は、ワケ分かんねえよな」
「んじゃせめてよ、腹いっぱい食わせてやってから死なせてもいいじゃねーかよ」
「食わせる食料が勿体無えんだとよ」
「オド奪い取っといて、何ほざいてんだよ」
「人間居なけりゃあの爺さん共も生けてけねえだろうがよ」
「爺さん共を執政と呼ぶんじゃねえぞ?」
「おめぇ、それわざと言っただろ?」
「あ? 間違った事は言ってねえぞ?」
「……あーあ。今回子供多いよな」
「可哀想に。まだ生きたかっただろうな」
「何で子供連れて来たんだよ?」
「殿下がよ、子供のオドはうめえって言ったんだとよ」
「は? 容器ん中で大人と混ざんのに何ほざいてんだあの馬鹿息子?」
「『ボクはオドの味が分かるんだ!子供のオドは旨いんだ!』だってよ」
「……バカじゃねーの?」
「自分専用に、子供のオドだけ集めろとか言ってるらしいぞ?」
「ドアホだわ」
「あいつ……次の皇帝になんのかよ?」
「勘弁してくれよ」
「ソーマ、グスタフ、執政の爺ぃ共……こいつらさっさと死んでくんねぇかな?」
「ま、少なくとも俺達より死ぬ確率は低いな」
「……俺、谷に逃げてえな」
「翼の民になりてえ……」
「やめとけよ。谷の女王に殺されっぞ?」
「今まで島がよ、谷にどんな事してきたよ?」
「よく谷から戦争仕掛けて来ねぇと思うわ」
「耐えてくれてんだよ、谷は」
「いっその事、戦争仕掛けて来てくんねぇかな?」
「俺ら真っ先に殺されちまうだろ?」
「俺は谷に寝返るぜ?」
「俺はドサクサに紛れて、あいつらぶっ殺そうと思ってるぜ?」
「俺もだ。あいつらの首持ってよ、谷の女王に翼の民として迎え入れて下さいって、懇願しようと思ってる」
「……陛下はどうすんだよ?」
「何で陛下の話になるんだよ?」
「そりゃ当然、陛下は命懸けでお守りすんぜ?」
「まず俺らがあいつらの命狙うよりもよ、先にあいつらが陛下のお命狙っちまう」
「そこはしっかりと、お守りせにゃならん」
「エルザ様が居て下さる限り、陛下のお命は安全だって」
「そらそうだがよ、エルザ様ひとりだけじゃ無理だろ」
「だから俺らが頑張んなきゃねぇんだよ」
「どうせ兵士として死ぬならよ、せめて忠義あるお方の為に死にてぇよな?」
「俺は谷の女王陛下の為に死にてぇ」
「あーあ。島も腐っちまったな」
「楽しそうに暮らしてる谷が羨ましいぜ」
「おい、無駄話はそこまでだ。手分けして死体運ぶぞ」
「へーい」
「お前達、本当に申し訳無かった」
「人間騙して連れて来ねえと俺達、生きてけねぇんだ」
「天国で神様に会ったらよ、俺らボロクソに言ってくれ」
「島の連中は、ひとり残らず地獄行きさ」
「覚悟は出来てるよ」
「ロクな死に方させねえように、天国からずっと恨み続けてくれ」
兵士達は人間達の死体を5台の荷車に積み込み、部屋を出た。
そのまま荷車を引きながら、通路を奥へと進む。
カーソンとクリスは、兵士達の後を追いかけながら小声で話す。
「なあ? あいつら何て言ってたんだ?」
「かなり島に対して不満あるみたいだよ?」
「ふーん……。俺、何話してたか、よく分かんなかった」
「あの人達ね、人間達にごめんなさいって、ちゃんと謝ってたよ?」
「え? そうなのか?」
「うん、ちゃんと謝ってた」
「……そっか。悪い奴らじゃなかったんだな?」
「そうみたいだね」
「良かった。悪い奴らだと思って、殺すトコだった」
「あとはね、あの人達もソーマとグスタフ、大っ嫌いみたいだよ?」
「あ、それ何か嬉しいぞ」
「意外とまともな人達ね?」
「うん」
「あとね、翼の民になって、谷で暮らしたいってよ?」
「え? あいつら、そんな事言ってたのか?」
「うん。楽しそうに暮らしてる谷が羨ましいって」
「……俺、あいつら殺さなくて、本当に良かった」
「そうだね。あたしも島の人達が、みんな嫌な奴らじゃないって分かって良かったよ」
クリスは島の民が酷い奴らばかりでは無いと知り、今日味わった嫌な気分が薄れていった。
死体を運ぶ兵士達は、緩い勾配の四角い回廊を下へ下へと進む。
カーソンとクリスは、死体を運ぶ兵士達の後を追いかけた。
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