翼の民

天秤座

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クリスの受難

61 谷の男達

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 沢山の男達が部屋の中にいた。

 男達は突然ゴトッと鳴り響き、柱の石の一部が動いた事に気が付く。

 男のひとりが動いた石を柱から抜き出し、中を覗いてみる。


 男は暗闇の中で息を潜めて此方を見つめている者を発見し、叫ぶ。

「おい、人だ! こん中に人がいるぞ!」
「何だと? 何でそんなトコに人が隠れてんだよ?」
「俺が知るかよ。すまねえが、みんな手伝ってくれや!」
「おうよ。助け出すんだな?」
「待ってろ、今助けてやるからな!」
「この柱、こんな仕掛けがあったとはな」

 男達は組まれた石をどかし、人ひとり分抜け出せる隙間を作った。

 カーソンは男達を警戒し、その場から動かずにじっと様子をうかがった。


 警戒して出て来ないカーソンに男のひとりが話しかける。

「安心しろ。俺達はこの島の者ではない。さあ、出ておいで」
「出てってもお前達、俺殺さないか?」
「殺すもんかよ。何でそんなトコに居るのか知らんが、早く出てこいよ?」
「……本当に、殺さないか?」
「殺さねえって。大丈夫だっての」
「……分かった」

 男の呼びかけでカーソンは、モソモソと身体をよじりながら部屋へと出てきた。


 立ち上がったカーソンの姿を見た男達は驚きながら話す。

「お、おい? その鎧……」
「近衛の正装鎧じゃねぇか!」
「何で男の子が近衛の鎧着てんだ?」
「いつの間に近衛は男の入隊許可したんだ?」
「……つうか、この子誰の子だ?」
「俺んとこには男の子居ねえぞ」
「うちにも居ねえ」
「どこの家の子だよ?」
「なあ君、名前は?」

 最初にカーソンを発見した男が、カーソンへ名前を聞く。

 部屋に居たのは他でもない、谷から島に連れて来られていた男達であった。


 カーソンは警戒しつつも、助けてくれたのだから名前くらいは言わなきゃと思い、名を名乗る。

「俺、カーソンって名前」
「カーソンだってっ!?」
「ウィンズんとこの赤ん坊の名前じゃねぇか!」
「いやちょっと待て、あの子は産まれてスグに殺されただろ?」
「な、なあ? 君は何歳だい?」
「えっと……18歳」
「18……だと?」
「カーソンって名前で……18歳だと?」
「ぴったり合ってんじゃねぇか!」
「いやいや待て待て! だからあの子はもう殺されちまってるって!」
「んじゃ、この子は誰の子だ?」
「なあ? 君は谷の子かい?」
「うん。俺、谷の子」
「ちょっ、ちょっと待ってくれるか?」
「? うん」
「お前らちょっと来い!」
「お、おう」
「誰の子か確認しよう」

 谷の男達はカーソンを待たせ、集まって話し合いを始める。


 カーソンを発見した男がその場を仕切り、話し出す。

「ええと、あの子の着ていた鎧から察するに、谷の子で間違いねえと思うが……どうよ?」
「異論無しだ」
「ぜってえどっかの家の子だ」
「問題は歳だ。18歳ったらよ、俺らがここに来る前に仕込んでねえと、計算合わねえぞ?」
「ちょっとよ、仕込んだ記憶ある奴は手ぇ挙げろ」
「…………」
「おいおい、爺さんと独りモン以外全員かよ!?」
「だってよ、いつ帰れるか分かんねえし」
「今生の別れになっかも知れねえし、1発やっちまった」
「んじゃあよ、そん時に仕込んだ誰かの子ってのは間違いねえな?」
「だな」
「俺ら居ねえのに、産んでくれたのか?」
「もし俺のカミサンだったら、帰ったら良くやったって抱きしめてやりてえ」
「いや俺もだ」
「女手ひとつであの子育ててくれたのか……」
「ありがてえ……」
「いい面構えの子じゃねぇか」
「きっと俺の子だ」
「何言ってやがる。俺の子だって」
「いやいや、俺の子だ」
「殺されたあの子の名前付けてやったのか……」
「……泣けてくるぜ」
「バルボアとミモザの事、想ってやったんだな……」
「名付けの義務がある父親、全員ここに居るんだもんな」
「あの子の生まれ変わりとして、カーソンって名付けたんだなぁ」
「よし! あの子に母さんの名前聞くぞ?」
「おうよ!」
「頼む! 俺の子であってくれ!」

 話し合いを終えた谷の男達はカーソンの周りを取り囲み、緊張しながら自分の子であって欲しいと願う。


 カーソンを発見した男は、緊張しながらカーソンに聞く。

「な、なあカーソン君? 君のお母さんの名前、俺達に教えてくれないかい?」
「うん。俺の母さん、グレイス」
「何だとおぉぉーっ!?」
「くっそ! セルゲイの息子かよっ!」
「うむぅ……うちのじゃ無かったか……」
「無念……」

 谷の男達は母親の名がグレイスだと聞き、フレイムアースの息子だと知って驚くと共に、自分の息子では無かったと知ってガッカリする。

 自分の息子だったと知って叫んだのは他でもない、カーソンを発見した男、セルゲイだった。


 セルゲイはカーソンに飛び付き、ぎゅっと抱きしめながら歓喜の声を上げる。

「うおおっ! 俺の息子っ! 息子ぉぉぉーっ!」
「うわっ!?」
「グレイスぅーっ! 愛してるぜぇーっ!」
「あの……えっと……」
「君は俺の息子なんだよっ! ああ…息子……俺の息子ぉぉぉーっ!」
「……苦しい」

 カーソンはいきなり抱きつかれ、訳が分からずに困惑した。



 その頃クリスは狭い登り壁の途中に両足を引っ掛けた状態で、上から聞こえてくる野太い騒ぎ声に恐怖しながら、登るのを躊躇ためらっていた。


 セイレーンは下からクリスを見上げながら話しかける。

「どうしたの? あなたも登ればいいじゃない?」
「いや……何か……男が沢山居て怖い」
「何で?」
「あたし出てったら……上に居る男達から集団で犯されちゃいそうなんだもん」
「カーソンが助けてくれるんじゃないの?」
「そのカーソンすら性に目覚めて……あたし犯されちゃうかも」
「別にいいじゃない? あなた、カーソンが好きなんでしょ?」
「好き……だけど、無理矢理犯されるのだけは嫌」
「……面倒臭い女ねえ、あなたって」
「もっとこう……お互い熱いキスをしながら愛し合って、そのままなし崩しにベッドに行って……そして、愛撫されながら……その……優しく挿入れて欲しーー」
「えいっ!」

 プスッ

 セイレーンは右手の人差し指を立て、クリスの股間めがけて突き入れた。

 セイレーンの人差し指は寸分狂わずクリスの股間の中央へ突き刺さる。

「ひっぎゃぁぁーっ!?」

 股間に指を突っ込まれたクリスは悲鳴を上げ、高速で壁をよじ登ると部屋へと這い出る。

 クリスは両手で股間を押さえながら部屋の中でうずくまった。


 部屋へと上がってきたセイレーンに、クリスは怒鳴りつける。

「なっ、何すんのよこの馬鹿精霊っ! 大事なモン失っちゃっちゃ・・らどうしてくれんのよっ!?」
「処女なんて、後生大事に取っておくものじゃ無いのよ?」
「うっさいっ! あたしの処女はカーソン以外にあげるつもり無いっ!」
「あなた、何歳なの?」
「168っ! それが何よっ!」
「100歳超えてるのに童貞と処女は、谷の恥晒しなのよ? あなた知らないの?」
「なっ!?」
「産めよ増やせよって教えられてないの? 昔っから谷では常識の事なんだけど?」
「うっ……」
「処女なんて、さっさと捨てちゃいなさいよ。取っとくだけ時間の無駄よ?」
「むぐぅ……」
 
 貞操をセイレーンに奪われそうになり激怒したクリスは、逆にセイレーンから説教されてしまい、ぐうの音も出ずに怒りの矛先を収めた。


 柱の穴から抜け出してきた女の子を見て、カーソンを抱きしめていたセルゲイは驚きの声を上げる。

「……クリス? クリスじゃないか! どうしてそんな所へ!?」
「へっ!? お父様? お、お父様っ! 会いたかった!」
「クリスぅーっ!」
「お父様ぁーっ!」

 カーソンから離れたセルゲイはクリスを抱きしめ、2人は抱き合いながら再会を喜んだ。


 セルゲイはクリスを抱きしめながら話す。

「クリス、お前あんまり変わってねえなぁ……」
「お父様……18年ぶり!」
「うんうん。元気だったか?」
「うん! 元気よ!」
「お姉ちゃんとして、頑張ってたか?」
「うん! あたし、頑張ってるよ!」
「グレイスは元気か?」
「元気よ! ひとり増えて家事が大変って言ってるけど、毎日楽しそうにやってるよ!」
「そうかそうか。グレイス、よく頑張って産んでくれたな!」
「…………へっ?」
「こんな立派な息子産んで、ちゃんと育ててくれてたんだなぁ……」
「……お父様?」
「何で姉弟揃って、あんな穴ん中に居たんだ?」
「いや、その……えっと……」
「どうせグスタフあたりに連れて来られて、変な事されたんだろ?」
「う、うん」
「2人とも無事で何よりだ。グスタフめ、俺の大事な娘と息子に何しやがんだよ」
「あ、あの? お父様?」
「息子が出来てたのは嬉しいよ。だが、お前の婿には出来ねえんだよな……」
「は? え? 何で?」
「弟と子供作れねえだろ? いくら谷でもそりゃ禁忌だ」
「いや……ちょっと……お父様?」

 何かを勘違いしてる父親セルゲイに、クリスはどう説明しようかと困惑した。


 完全にカーソンを自分の息子と思っているセルゲイは暴走する。

「おうみんなっ! 俺の息子貰ってくんねえか!」
「うちにくれっ!」
「トニトルスかよ。チェイニーちゃんがきちんと家事こなせるようになったら考えてやる」
「おいおい、そりゃ牛にトイレ教えるようなモンじゃねぇか! 勘弁してくれよ」
「うちの娘にどうよ?」
「ファイアストームか。コロナちゃんじゃ鍛冶屋の跡目継げねえしな」
「俺がみっちり基礎から叩き込んでやっからよ! くれ!」
「うちの婿に頼む!」
「シュヴェルツヴァッサかぁ……エリちゃん気難しいだろ?」
「大丈夫だって。こんな色男じゃ何も文句言わねえって!」
「是非うちの婿にしてくれっ!」
「ヴェーチェルか。ううむ……どうすっかな?」
「頼むって! あんな毒舌娘なんぞ誰も貰ってくんねえよ! ミリアのほうでもいいからよ!」
「うちのはどうだ?」
「アクアマリンか。ヨミ婆さん、こいつイジメねえだろうな?」
「そこはほれ、俺がちゃんと守るからよ。頼むわ!」
「うちにくれっ! 早く結婚させねえとババアになっちまう!」
「そりゃうちも一緒だっての! ってなワケでうちにくれ!」
「うちに頼む!」
「いや俺の娘にくれっ!」
「みんな待て待て! 何処の家でも欲しいってな良くわかった! 父親としてじっくり考えさせてくれや!」

 勝手にカーソンを売り出し始めた父親セルゲイに、娘のクリスは茫然とした。


 はっと我に帰ったクリスは、このままカーソンを売約されては堪らないと思い、慌ててセルゲイに話す。

「まっ、待ってよお父様っ! 勝手な事しないでっ!」
「まあそう言うなクリス。お前の弟は、谷で貴重な男なんだぜ?」
「ちょっ、ちょっと待ってよ!」
「待てるか。もうこの場で嫁さん決めちまう」
「だから待ってってばっ!」
「お前もお姉ちゃんだろ? 弟の嫁さんとして誰がいいか考えろ」
「あたし、あいつ誰かにあげるつもり無いからねっ!」
「そりゃ駄目だ。お前は弟と子供作れねぇ」
「勝手に決め付けないでよっ!」
「勝手も何も、姉と弟じゃ子作りは無理だ」
「だからっ! 違うってばっ!」
「なあクリス? 俺はレイナちゃんの婿にって思うんだがよ、どう思ーー」
「あたしの話を聞けぇぇーっ! この馬鹿親父ぃぃーっ!」

 勘違いをしたまま暴走するセルゲイに、クリスは話を聞けと怒鳴った。


 クリスはこれまでの経緯を、父セルゲイに話す。

 セルゲイはクリスの話を聞き、自分の盛大な勘違いにやっと気付く。

 「すると……あの子は本物のカーソン君なのか?」
 「そうよ! ウィンズ家のカーソンよ!」
 「何てこった……俺の勘違いだったのかよ……」
 「何であいつがあたしの弟って事にすんのよ!」
 「すまねえ……俺の早とちりだ」
 「お父様って昔っからそう! 何でもすぐ勝手にやっちゃうんだからっ!」
 「本当にすまんっ! お前の婿、誰かにくれてやっちまうトコだった!」
 「……もうっ!」
 「みんなすまねえっ! さっきの話、無しだ無しっ! カーソン君はうちのクリスが貰うっ!」
 「ち、ちょっとお父様っ!?」

 セルゲイは再び暴走を再開する。

 クリスはまた話がややこしくなると予感した。


 谷の男達は口々に文句を言い始める。

「おいおい! そりゃねぇぜセルゲイ!」
「何で俺らの娘にくれねえんだよ!」
「話が違うじゃねえか!」
「自分の息子じゃねえって分かった途端にそれかよ!」
「クリスちゃんまだ若いだろうが! 先に歳上連中とくっ付けろ!」
「んじゃうちのだな!」
「うちのもおめえんとこと同い年だ。譲らねえぞ?」
「最年長のモンだって勝手に決めんなよ!」
「全員に平等な権利くれよ!」
「誰だって早く孫の顔見てえんだからよ!」
「いや、ホントすまねえっ! 死んだバルボアとの約束なんだ! カーソン君はクリスが貰うって決まってんだ!」
「そんな約束、誰もボルボア本人から聞いてねぇぞ!」
「おめぇ前からそれ言ってっけどよ、みんな知らねぇからって約束してた事にしてんじゃねえのか?」
「バルボアもミモザも、もう死んでんだ。証明出来る奴は居ねぇんだぞ!」
「おめえの作り話なんざ、誰が信じるかよ!」
「ズルすんじゃねぇよ!」
「いやホント! カーソン君はクリスの婿なんだって!」

 セルゲイは谷の男達にペコペコと頭を下げる。

 
 谷の男達は憤慨しながら、セルゲイを責め立てた。

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