翼の民

天秤座

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クリスの受難

60 谷の昔話

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 クリスは突然髪を切ったカーソンの行動に驚きながら話す。

「あっ!? ちょっとっ! あんた何やってんのっ!?」
「いいんだ。クリス居なくなったら、切ろうと思ってたし」
「そういう問題じゃ無いのっ! 何でいきなり髪切るのよっ!」
「セイレーンと契約するのに、髪の毛必要」
「あんた知らないのっ!? ……って、教えて無かったわ」
「?」
「翼の民はね、きちんと処理出来る場所以外で髪の毛を切る事がね、禁忌にされてんのよ」
「え、そうなのか?」
「あたし、お風呂場以外であんたの髪切ってあげた事無いでしょ?」
「うん。いつも切った髪、すぐ燃やしてた。あれ臭い」
「切った髪の毛はね、絶対燃やさなきゃないのよ」
「何でだ?」
「大昔っからの言い伝えなのよ」
「言い伝え?」

 カーソンはクリスから注意され、首をかしげる。


 クリスは翼の民に古くから伝わる風習を語り出す。

「あのね、谷が出来た頃の悲しい昔話よ?」
「? うん」
「谷にとっても素敵な男が居たんだって。谷の女全員が慕ってて、そりゃもう毎日その男を奪いあってたんだってさ」
「うん」
「でね、ある日その男が自分と契約してる精霊を解約しに、谷から出てくって言ったんだって」
「何で解約するのに、谷出てくんだ?」
「精霊を元居た場所に戻したかったってよ」
「精霊の家に、返しに行くのか?」
「そそ。女達は全員反対したんだけど、どうしても行きたいって言われて、絶対帰ってくるって約束して送り出したんだってさ」
「ふーん」
「んでね、そん時女達はその男の髪の毛を分けて貰って、お守りにしたんだって」
「その男、髪の毛切って女達にあげたのか?」
「そそ。女達は無事にその男が帰って来れるように願って、髪の毛を貰って谷から送り出したの」
「うん」
「でもね、その男は二度と谷に帰って来なかったってよ」
「……え?」
「いつまで待っても帰って来ない男に、女達は毎日悲しみに明け暮れたんだって」
「その男、何で帰って来なかったんだ?」
「帰る途中で死んじゃったのよ」
「え? 死んだのか?」
「うん。だからね、切った髪の毛はちゃんと燃やさないと、不吉な事が起きるって言い伝えになったのよ」
「何で死んだって分かったんだ?」
「そっちの話も聞く?」
「うん」

 カーソンは、何故谷から出て行った男が死んだと分かったのか不思議だった。


 クリスは昔からの言い伝えの続きを話す。

「ある日ね、谷の対岸に身重な人間の女が現れたの」
「身重…って何だ?」
「赤ちゃんを宿した女の事を、身重って言うの」
「へー」
「人間の女は谷に向かって土下座してて、何事かと思った翼の民は事情を聞きにその女の所に行ったの」
「ふんふん」
「その女、翼の民の男を殺してしまったってね、泣きながら謝ったんだって」
「……あ、それで死んだって分かったのか?」
「そそ。その女ね、魔物に襲われてた自分を助けて倒れちゃっちゃ・・男をね、助けようとしたんだって」
「うん」
「でね、つい魔が差して……身動き出来ないその男とヤっちゃっちゃ・・んだって」
「? 何をやったんだ?」
「子作り」
「? 赤ちゃん作ったのか? どうやって?」
「あんた作り方知らないから、そこは気にしないでよ」
「うん」
「その女ね、赤ちゃん宿したまま遥か遠くから谷に謝りに来たの。そりゃもうボロボロの身体してたってよ」
「ひとりで来たのか?」
「うん、たったひとりで。この子は谷の男の形見だから、せめてもの罪滅ぼしにって届けに来たんだってさ」
「男の形見の赤ちゃんか」
「でね、この話の続きは2通りあってね。ひとつは激怒した谷の女達から八つ裂きにされて、赤ちゃん共々殺されたっていう終わり方」
「え……折角来たのに殺されたのか?」
「酷いでしょ? でももうひとつの話はね、その女を谷に迎え入れて、一緒にその赤ちゃん育てたって話なの」
「俺、そっちの終わり方のほうがいい」
「でしょ? あたしもこっちのほうがいいな。大好きだった男の赤ちゃんならさ、例え自分が産んでなくても可愛いって思うじゃない?」
「うん」
「これが谷に伝わる風習よ。だからね、髪を切る時は気を付けなさいよ?」
「うん、分かった」
「で、その髪セイレーンにあげるのね?」
「うん。弱ってて、俺の身体の一部あげないと契約出来ないって言ってる」
「あんた契約すんの?」
「セイレーン、契約したらここの出口教えてくれるって言ってる」
「すぐ契約してっ!」
「うん。その前に剣返す」
「え? あんたの剣じゃない。あたしに返していいの?」
「うん。この剣、クリスにあげた。返せって言わない」
「……ありがと。この剣、もうあたしの宝物なのよ」
「宝物?」
「助けてくれたあんたから貰った剣だもん。この剣も、あたしの命の恩人よ」
「剣なのに恩人なのか?」
「いいじゃないの。そんな細かいトコまで気にしないでよ」
「うん」
「ねえ? 鞘も貰っていい?」
「分かった。左手使えないから、鞘ごと外してくれ」
「ありがと」

 カーソンは剣を左の鞘に納め、クリスはカーソンの腰から鞘ごと外して大事そうにぎゅっと胸に抱く。


 カーソンは自分の髪の毛を死体の前へ差し出しながら話す。

「えっと、確か……精霊セイレーンよ、我と契約し、我と共にありたまえ……だっけ?」
(それは下級連中と契約する時の言葉よ? 上級のアタシには必要無いわよ?)
「え? そうなのか?」
(上級は自分の意思で契約するの。でもその真面目さ、アタシは好き。契約してあげる)

 髪の毛は突然ボゥッと燃え、消えた。


 カーソンの触媒を貰い、死体から離脱する事が出来たセイレーンはカーソンに話す。

(これで契約成立ね。よろしくね、カーソン)
「よろしく、セイレーン」
(早速で悪いけど、ちょっとオド使わせてね?)
「うん、いいぞ」
(実体化して、出口まで案内してあげる)
「ありがとう」
(それと、今あなた達が話してた事も教えてあげる)
「え?」

 カーソンの目の前にセイレーンが実体化して現れた。

 肩までかかる緑色の長い髪。
 
 緑色の澄んだ瞳。

 そして薄緑色の透き通るようなローブ。

 全身で風の緑色を表現している、美しい女性の姿をした精霊だった。

 
 カーソンとクリスは実体化したセイレーンを見て、歓声を上げる。

「おーっ! セイレーン綺麗!」
「うわぁ……美人」
「ありがとう。アタシ今の話の結末、知ってるわよ?」
「え? 谷に来た人間の女の話か?」
「知ってるの?」
「アタシ、その時谷に居たもの」
「セイレーン凄い! じゃあ、どっちの話が本当なんだ?」
「流石精霊……長生きね」
「女は谷で暮らしたのが本当の話よ」
「良かった! 殺されてたら可哀想だもんな!」
「おおーっ! いい話のほうが真実だったのね!」
「でもね、その人間の女は生きてる間に赤ちゃん産めなかったのよ」
「えっ!?」
「何でっ!?」
「本来人間と翼の民の間じゃ赤ちゃんを作れないのよ。奇跡的に出来たはいいけど、人間の身体じゃ産めるまで赤ちゃんを成長させられなかったの」
「そうなのか?」
「まさか……お母さんごと赤ちゃん、死んじゃった?」

 カーソンとクリスはセイレーンから当時の話を聞き、人間の女とその赤ちゃんの行く末を案じた。


 セイレーンはその後の結果を話す。

「その女ね、年老いて死ぬまでずっと赤ちゃん産めなかったのよ」
「赤ちゃん産めないまま死んだのか?」
「ええっ……そんな……」
「だからね、死んだ後で谷の女達が赤ちゃん取り出して、立派に育て上げたわ」
「赤ちゃん助かったのか!」
「良かった!」
「人間が産んだ子供なんて言われる事も無くね、谷の子としてちゃんと成長し、子孫も残したわよ?」
「昔から谷のみんなって優しかったんだな。俺、嬉しい!」
「いい話だなぁ……」
「今でもあの女の子孫、誰かの血筋として生きてるんじゃないの?」
「生きてるといいな、クリス!」
「そうだね!」
「ちなみに……その人間の女の名前ね、クリスよ?」
「え?」
「……あたしとおんなじ名前?」
「カーソンとクリスか……あなた達の因果を感じるわ」
「? 因果?」
「その死んじゃった男の名前も、カーソンだったの?」
「ううん、ちょっとだけ違うわ」
「何て名前だったんだ?」
「気になる……」
「アタシが一番敬愛する、とっても尊い方なの。畏れ多くてアタシの口から名前は言えないわ」
「そうなのか」
「セイレーンが名前を言うのをはばかるほど、尊敬してたのね?」
「まあね。カーソンと名前が近いって事だけは察してちょうだい」

 セイレーンはカーソンの顔を見て、ニコッと微笑んだ。


 カーソンはふと疑問に思い、セイレーンに聞く。

「あれ? セイレーンその男の人と契約してたんだろ? 何で一緒に行かなかったんだ?」
「あ、確かに。セイレーンは谷に残ったの?」
「そうよ。アタシは谷が気に入ったの。お願いして谷で解約して貰ったのよ」
「そうだったのか」
「じゃあ、その後も誰かと契約してたの?」
「アタシもあの方が帰って来るの待ってたんだけどね。死んだって聞いて、その後は気が向いた時だけ誰かと契約してたわ」
「あ、そうか。最後にセイレーンと契約してた人がこの死体なのか?」
「じゃあこの死体、谷の人?」
「そういう事。さて、出口教えてあげるわね?」
「ありがとうセイレーン」
「よろしくお願いします」
「いいのよ。やっと出口見付けたのにね、契約者さんもう死んでたから。アタシもやっとここから出れそうで助かるわ」

 セイレーンは先頭に立ち、2人を出口へと案内する。


 カーソンとクリスは、案内してくれているセイレーンに聞く。

「セイレーンは、どれくらいここに居たんだ?」
「この死体の痛み具合から察して、かなり長い間居たんじゃないの?」
「風の精霊は時間なんて気にしないわ。どっかの光の精霊クソ馬鹿と違ってね」
「?」
「クソ馬鹿?」
「気にしないで。さ、こっちよ……ちゃんと付いて来てね?」
「うん。腹減る前にここ、出たい」
「お腹減りすぎてカーソン食べちゃう前に、ここから出れそうで良かったわ」
「俺、クリスになら食われてもいいぞ?」
「食べないよ、勿体無い。違うとこ食べちゃうって意味よ」
「違うとこって…どこだ?」
「内緒!」
「?」
「ま、そのうち食べてあげる」

 クリスはカーソンをからかいながら、クスッと微笑む。


 セイレーンは立ち止まり、振り向くと腕を組みながら2人に話す。

「……あなた達、ちょっと緊張感無さすぎじゃないの?」
「だってセイレーン、出口教えてくれる」
「そりゃ延々と迷ってたら焦るけど、セイレーンが助けてくれるんだもん」
「言っとくけどアタシ、もしどっちも女だったら絶対契約して無かったからね?」
「え? 何でだ?」
「セイレーンは女が嫌いなの?」
「凄く嫌い。自分勝手で、言い訳ばっかりするんだもの」
「そうなのか?」
「全ての女がそうじゃないと思うよ?」
「自分が言った事に責任を持たずにね、主張や態度ををコロコロ変えるのが頭にくるのよ」
「女って、自分が言った事コロコロ変えるのか?」
「何でそう思ってんの?」
「好きな男と一緒になってもね、飽きたら他の男になびくのも許せない」
「好きなのに、飽きちゃうのか?」
「それは偏見だと思うけど……」
「じゃあ、何で子供が出来たら男をないがしろにして、自分が産んだ子供だけを可愛がるのよ?」
「? 俺、よく分かんない」
「うっ……それ、分かるような気がする」
「自分の血を引き継いだ子供が可愛いって思うのは分かるわ。けど、男と一緒に作ったんでしょ? 何で相手の男には好きっていう気持ちが消えるの?」
「女って、子供出来たら男嫌いになるのか?」
「いや、あたしも子供居ないから、お母さんになった女の気持ちは分かんないよ」
「アタシはね、そんな女ばっかり見てきたから。その時の気分で態度がコロコロ変わる、女って奴等とは絶対契約しないの」
「俺、男だったからセイレーンと契約出来たのか」
「何か……凄く耳が痛い話だわ。今後気を付けます」
「そうしてくれる? 目の前でそんな事されると虫酸むしずが走るから」

 クリスはセイレーンの女嫌いな理由に一理あるなと思う。

 これ以上迂闊な事を言って女嫌いなセイレーンの機嫌を損ねてはいけないと思ったクリスは、余計な事を言わないようにと黙り込んだ。

 セイレーンは振り返り、再び2人を出口へと案内する。


 セイレーンは2人を連れて暫く歩き、薄暗い壁の突き当たりへと案内した。

 壁の前までやって来ると、カーソンに壁を見せながら話す。

「ここよ」
「? 壁しかないぞ?」
「ここ、よく見て」
「……あ。狭い道がある」
「この道の突き当たり、真上から光が差し込んでるの。多分何処かに抜け出せれるわ」
「暗くて全然分かんなかった」
「何処に出るかまでは分からないからね? 気を付けてね?」

 行き止まりと思われた壁には隙間があり、更に奥へと進めそうな隠し通路があった。

 カーソンが通路を覗くと、確かに通路の突き当たりには上から微かに光が漏れていた。


 カーソンはセイレーンにお礼をしながら狭い通路へ身体を横にして入り込む。

「ありがとうセイレーン。ちょっと行って調べてくる。クリス、ちょっと待ってろ」
「うん、お願い」
「よっ、ほっ……っと。この上か」

 突き当たりまで来たカーソンは、狭い壁に両足を引っ掛けながら登ってゆく。

 光の漏れる所まで登ると、石組みの隙間から漏れていた光だと分かった。
 
 カーソンは石を押し出し、隙間が広がるかどうか試してみる。




 石を押し出した後で、光の向こう側に人の気配を感じたカーソンは、しまった迂闊な事をしたと焦った。


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