61 / 271
クリスの受難
60 谷の昔話
しおりを挟む
クリスは突然髪を切ったカーソンの行動に驚きながら話す。
「あっ!? ちょっとっ! あんた何やってんのっ!?」
「いいんだ。クリス居なくなったら、切ろうと思ってたし」
「そういう問題じゃ無いのっ! 何でいきなり髪切るのよっ!」
「セイレーンと契約するのに、髪の毛必要」
「あんた知らないのっ!? ……って、教えて無かったわ」
「?」
「翼の民はね、きちんと処理出来る場所以外で髪の毛を切る事がね、禁忌にされてんのよ」
「え、そうなのか?」
「あたし、お風呂場以外であんたの髪切ってあげた事無いでしょ?」
「うん。いつも切った髪、すぐ燃やしてた。あれ臭い」
「切った髪の毛はね、絶対燃やさなきゃないのよ」
「何でだ?」
「大昔っからの言い伝えなのよ」
「言い伝え?」
カーソンはクリスから注意され、首をかしげる。
クリスは翼の民に古くから伝わる風習を語り出す。
「あのね、谷が出来た頃の悲しい昔話よ?」
「? うん」
「谷にとっても素敵な男が居たんだって。谷の女全員が慕ってて、そりゃもう毎日その男を奪いあってたんだってさ」
「うん」
「でね、ある日その男が自分と契約してる精霊を解約しに、谷から出てくって言ったんだって」
「何で解約するのに、谷出てくんだ?」
「精霊を元居た場所に戻したかったってよ」
「精霊の家に、返しに行くのか?」
「そそ。女達は全員反対したんだけど、どうしても行きたいって言われて、絶対帰ってくるって約束して送り出したんだってさ」
「ふーん」
「んでね、そん時女達はその男の髪の毛を分けて貰って、お守りにしたんだって」
「その男、髪の毛切って女達にあげたのか?」
「そそ。女達は無事にその男が帰って来れるように願って、髪の毛を貰って谷から送り出したの」
「うん」
「でもね、その男は二度と谷に帰って来なかったってよ」
「……え?」
「いつまで待っても帰って来ない男に、女達は毎日悲しみに明け暮れたんだって」
「その男、何で帰って来なかったんだ?」
「帰る途中で死んじゃったのよ」
「え? 死んだのか?」
「うん。だからね、切った髪の毛はちゃんと燃やさないと、不吉な事が起きるって言い伝えになったのよ」
「何で死んだって分かったんだ?」
「そっちの話も聞く?」
「うん」
カーソンは、何故谷から出て行った男が死んだと分かったのか不思議だった。
クリスは昔からの言い伝えの続きを話す。
「ある日ね、谷の対岸に身重な人間の女が現れたの」
「身重…って何だ?」
「赤ちゃんを宿した女の事を、身重って言うの」
「へー」
「人間の女は谷に向かって土下座してて、何事かと思った翼の民は事情を聞きにその女の所に行ったの」
「ふんふん」
「その女、翼の民の男を殺してしまったってね、泣きながら謝ったんだって」
「……あ、それで死んだって分かったのか?」
「そそ。その女ね、魔物に襲われてた自分を助けて倒れちゃっちゃ男をね、助けようとしたんだって」
「うん」
「でね、つい魔が差して……身動き出来ないその男とヤっちゃっちゃんだって」
「? 何をやったんだ?」
「子作り」
「? 赤ちゃん作ったのか? どうやって?」
「あんた作り方知らないから、そこは気にしないでよ」
「うん」
「その女ね、赤ちゃん宿したまま遥か遠くから谷に謝りに来たの。そりゃもうボロボロの身体してたってよ」
「ひとりで来たのか?」
「うん、たったひとりで。この子は谷の男の形見だから、せめてもの罪滅ぼしにって届けに来たんだってさ」
「男の形見の赤ちゃんか」
「でね、この話の続きは2通りあってね。ひとつは激怒した谷の女達から八つ裂きにされて、赤ちゃん共々殺されたっていう終わり方」
「え……折角来たのに殺されたのか?」
「酷いでしょ? でももうひとつの話はね、その女を谷に迎え入れて、一緒にその赤ちゃん育てたって話なの」
「俺、そっちの終わり方のほうがいい」
「でしょ? あたしもこっちのほうがいいな。大好きだった男の赤ちゃんならさ、例え自分が産んでなくても可愛いって思うじゃない?」
「うん」
「これが谷に伝わる風習よ。だからね、髪を切る時は気を付けなさいよ?」
「うん、分かった」
「で、その髪セイレーンにあげるのね?」
「うん。弱ってて、俺の身体の一部あげないと契約出来ないって言ってる」
「あんた契約すんの?」
「セイレーン、契約したらここの出口教えてくれるって言ってる」
「すぐ契約してっ!」
「うん。その前に剣返す」
「え? あんたの剣じゃない。あたしに返していいの?」
「うん。この剣、クリスにあげた。返せって言わない」
「……ありがと。この剣、もうあたしの宝物なのよ」
「宝物?」
「助けてくれたあんたから貰った剣だもん。この剣も、あたしの命の恩人よ」
「剣なのに恩人なのか?」
「いいじゃないの。そんな細かいトコまで気にしないでよ」
「うん」
「ねえ? 鞘も貰っていい?」
「分かった。左手使えないから、鞘ごと外してくれ」
「ありがと」
カーソンは剣を左の鞘に納め、クリスはカーソンの腰から鞘ごと外して大事そうにぎゅっと胸に抱く。
カーソンは自分の髪の毛を死体の前へ差し出しながら話す。
「えっと、確か……精霊セイレーンよ、我と契約し、我と共にありたまえ……だっけ?」
(それは下級連中と契約する時の言葉よ? 上級のアタシには必要無いわよ?)
「え? そうなのか?」
(上級は自分の意思で契約するの。でもその真面目さ、アタシは好き。契約してあげる)
髪の毛は突然ボゥッと燃え、消えた。
カーソンの触媒を貰い、死体から離脱する事が出来たセイレーンはカーソンに話す。
(これで契約成立ね。よろしくね、カーソン)
「よろしく、セイレーン」
(早速で悪いけど、ちょっとオド使わせてね?)
「うん、いいぞ」
(実体化して、出口まで案内してあげる)
「ありがとう」
(それと、今あなた達が話してた事も教えてあげる)
「え?」
カーソンの目の前にセイレーンが実体化して現れた。
肩までかかる緑色の長い髪。
緑色の澄んだ瞳。
そして薄緑色の透き通るようなローブ。
全身で風の緑色を表現している、美しい女性の姿をした精霊だった。
カーソンとクリスは実体化したセイレーンを見て、歓声を上げる。
「おーっ! セイレーン綺麗!」
「うわぁ……美人」
「ありがとう。アタシ今の話の結末、知ってるわよ?」
「え? 谷に来た人間の女の話か?」
「知ってるの?」
「アタシ、その時谷に居たもの」
「セイレーン凄い! じゃあ、どっちの話が本当なんだ?」
「流石精霊……長生きね」
「女は谷で暮らしたのが本当の話よ」
「良かった! 殺されてたら可哀想だもんな!」
「おおーっ! いい話のほうが真実だったのね!」
「でもね、その人間の女は生きてる間に赤ちゃん産めなかったのよ」
「えっ!?」
「何でっ!?」
「本来人間と翼の民の間じゃ赤ちゃんを作れないのよ。奇跡的に出来たはいいけど、人間の身体じゃ産めるまで赤ちゃんを成長させられなかったの」
「そうなのか?」
「まさか……お母さんごと赤ちゃん、死んじゃった?」
カーソンとクリスはセイレーンから当時の話を聞き、人間の女とその赤ちゃんの行く末を案じた。
セイレーンはその後の結果を話す。
「その女ね、年老いて死ぬまでずっと赤ちゃん産めなかったのよ」
「赤ちゃん産めないまま死んだのか?」
「ええっ……そんな……」
「だからね、死んだ後で谷の女達が赤ちゃん取り出して、立派に育て上げたわ」
「赤ちゃん助かったのか!」
「良かった!」
「人間が産んだ子供なんて言われる事も無くね、谷の子としてちゃんと成長し、子孫も残したわよ?」
「昔から谷のみんなって優しかったんだな。俺、嬉しい!」
「いい話だなぁ……」
「今でもあの女の子孫、誰かの血筋として生きてるんじゃないの?」
「生きてるといいな、クリス!」
「そうだね!」
「ちなみに……その人間の女の名前ね、クリスよ?」
「え?」
「……あたしとおんなじ名前?」
「カーソンとクリスか……あなた達の因果を感じるわ」
「? 因果?」
「その死んじゃった男の名前も、カーソンだったの?」
「ううん、ちょっとだけ違うわ」
「何て名前だったんだ?」
「気になる……」
「アタシが一番敬愛する、とっても尊い方なの。畏れ多くてアタシの口から名前は言えないわ」
「そうなのか」
「セイレーンが名前を言うのを憚るほど、尊敬してたのね?」
「まあね。カーソンと名前が近いって事だけは察してちょうだい」
セイレーンはカーソンの顔を見て、ニコッと微笑んだ。
カーソンはふと疑問に思い、セイレーンに聞く。
「あれ? セイレーンその男の人と契約してたんだろ? 何で一緒に行かなかったんだ?」
「あ、確かに。セイレーンは谷に残ったの?」
「そうよ。アタシは谷が気に入ったの。お願いして谷で解約して貰ったのよ」
「そうだったのか」
「じゃあ、その後も誰かと契約してたの?」
「アタシもあの方が帰って来るの待ってたんだけどね。死んだって聞いて、その後は気が向いた時だけ誰かと契約してたわ」
「あ、そうか。最後にセイレーンと契約してた人がこの死体なのか?」
「じゃあこの死体、谷の人?」
「そういう事。さて、出口教えてあげるわね?」
「ありがとうセイレーン」
「よろしくお願いします」
「いいのよ。やっと出口見付けたのにね、契約者さんもう死んでたから。アタシもやっとここから出れそうで助かるわ」
セイレーンは先頭に立ち、2人を出口へと案内する。
カーソンとクリスは、案内してくれているセイレーンに聞く。
「セイレーンは、どれくらいここに居たんだ?」
「この死体の痛み具合から察して、かなり長い間居たんじゃないの?」
「風の精霊は時間なんて気にしないわ。どっかの光の精霊と違ってね」
「?」
「クソ馬鹿?」
「気にしないで。さ、こっちよ……ちゃんと付いて来てね?」
「うん。腹減る前にここ、出たい」
「お腹減りすぎてカーソン食べちゃう前に、ここから出れそうで良かったわ」
「俺、クリスになら食われてもいいぞ?」
「食べないよ、勿体無い。違うとこ食べちゃうって意味よ」
「違うとこって…どこだ?」
「内緒!」
「?」
「ま、そのうち食べてあげる」
クリスはカーソンをからかいながら、クスッと微笑む。
セイレーンは立ち止まり、振り向くと腕を組みながら2人に話す。
「……あなた達、ちょっと緊張感無さすぎじゃないの?」
「だってセイレーン、出口教えてくれる」
「そりゃ延々と迷ってたら焦るけど、セイレーンが助けてくれるんだもん」
「言っとくけどアタシ、もしどっちも女だったら絶対契約して無かったからね?」
「え? 何でだ?」
「セイレーンは女が嫌いなの?」
「凄く嫌い。自分勝手で、言い訳ばっかりするんだもの」
「そうなのか?」
「全ての女がそうじゃないと思うよ?」
「自分が言った事に責任を持たずにね、主張や態度ををコロコロ変えるのが頭にくるのよ」
「女って、自分が言った事コロコロ変えるのか?」
「何でそう思ってんの?」
「好きな男と一緒になってもね、飽きたら他の男に靡くのも許せない」
「好きなのに、飽きちゃうのか?」
「それは偏見だと思うけど……」
「じゃあ、何で子供が出来たら男を蔑ろにして、自分が産んだ子供だけを可愛がるのよ?」
「? 俺、よく分かんない」
「うっ……それ、分かるような気がする」
「自分の血を引き継いだ子供が可愛いって思うのは分かるわ。けど、男と一緒に作ったんでしょ? 何で相手の男には好きっていう気持ちが消えるの?」
「女って、子供出来たら男嫌いになるのか?」
「いや、あたしも子供居ないから、お母さんになった女の気持ちは分かんないよ」
「アタシはね、そんな女ばっかり見てきたから。その時の気分で態度がコロコロ変わる、女って奴等とは絶対契約しないの」
「俺、男だったからセイレーンと契約出来たのか」
「何か……凄く耳が痛い話だわ。今後気を付けます」
「そうしてくれる? 目の前でそんな事されると虫酸が走るから」
クリスはセイレーンの女嫌いな理由に一理あるなと思う。
これ以上迂闊な事を言って女嫌いなセイレーンの機嫌を損ねてはいけないと思ったクリスは、余計な事を言わないようにと黙り込んだ。
セイレーンは振り返り、再び2人を出口へと案内する。
セイレーンは2人を連れて暫く歩き、薄暗い壁の突き当たりへと案内した。
壁の前までやって来ると、カーソンに壁を見せながら話す。
「ここよ」
「? 壁しかないぞ?」
「ここ、よく見て」
「……あ。狭い道がある」
「この道の突き当たり、真上から光が差し込んでるの。多分何処かに抜け出せれるわ」
「暗くて全然分かんなかった」
「何処に出るかまでは分からないからね? 気を付けてね?」
行き止まりと思われた壁には隙間があり、更に奥へと進めそうな隠し通路があった。
カーソンが通路を覗くと、確かに通路の突き当たりには上から微かに光が漏れていた。
カーソンはセイレーンにお礼をしながら狭い通路へ身体を横にして入り込む。
「ありがとうセイレーン。ちょっと行って調べてくる。クリス、ちょっと待ってろ」
「うん、お願い」
「よっ、ほっ……っと。この上か」
突き当たりまで来たカーソンは、狭い壁に両足を引っ掛けながら登ってゆく。
光の漏れる所まで登ると、石組みの隙間から漏れていた光だと分かった。
カーソンは石を押し出し、隙間が広がるかどうか試してみる。
石を押し出した後で、光の向こう側に人の気配を感じたカーソンは、しまった迂闊な事をしたと焦った。
「あっ!? ちょっとっ! あんた何やってんのっ!?」
「いいんだ。クリス居なくなったら、切ろうと思ってたし」
「そういう問題じゃ無いのっ! 何でいきなり髪切るのよっ!」
「セイレーンと契約するのに、髪の毛必要」
「あんた知らないのっ!? ……って、教えて無かったわ」
「?」
「翼の民はね、きちんと処理出来る場所以外で髪の毛を切る事がね、禁忌にされてんのよ」
「え、そうなのか?」
「あたし、お風呂場以外であんたの髪切ってあげた事無いでしょ?」
「うん。いつも切った髪、すぐ燃やしてた。あれ臭い」
「切った髪の毛はね、絶対燃やさなきゃないのよ」
「何でだ?」
「大昔っからの言い伝えなのよ」
「言い伝え?」
カーソンはクリスから注意され、首をかしげる。
クリスは翼の民に古くから伝わる風習を語り出す。
「あのね、谷が出来た頃の悲しい昔話よ?」
「? うん」
「谷にとっても素敵な男が居たんだって。谷の女全員が慕ってて、そりゃもう毎日その男を奪いあってたんだってさ」
「うん」
「でね、ある日その男が自分と契約してる精霊を解約しに、谷から出てくって言ったんだって」
「何で解約するのに、谷出てくんだ?」
「精霊を元居た場所に戻したかったってよ」
「精霊の家に、返しに行くのか?」
「そそ。女達は全員反対したんだけど、どうしても行きたいって言われて、絶対帰ってくるって約束して送り出したんだってさ」
「ふーん」
「んでね、そん時女達はその男の髪の毛を分けて貰って、お守りにしたんだって」
「その男、髪の毛切って女達にあげたのか?」
「そそ。女達は無事にその男が帰って来れるように願って、髪の毛を貰って谷から送り出したの」
「うん」
「でもね、その男は二度と谷に帰って来なかったってよ」
「……え?」
「いつまで待っても帰って来ない男に、女達は毎日悲しみに明け暮れたんだって」
「その男、何で帰って来なかったんだ?」
「帰る途中で死んじゃったのよ」
「え? 死んだのか?」
「うん。だからね、切った髪の毛はちゃんと燃やさないと、不吉な事が起きるって言い伝えになったのよ」
「何で死んだって分かったんだ?」
「そっちの話も聞く?」
「うん」
カーソンは、何故谷から出て行った男が死んだと分かったのか不思議だった。
クリスは昔からの言い伝えの続きを話す。
「ある日ね、谷の対岸に身重な人間の女が現れたの」
「身重…って何だ?」
「赤ちゃんを宿した女の事を、身重って言うの」
「へー」
「人間の女は谷に向かって土下座してて、何事かと思った翼の民は事情を聞きにその女の所に行ったの」
「ふんふん」
「その女、翼の民の男を殺してしまったってね、泣きながら謝ったんだって」
「……あ、それで死んだって分かったのか?」
「そそ。その女ね、魔物に襲われてた自分を助けて倒れちゃっちゃ男をね、助けようとしたんだって」
「うん」
「でね、つい魔が差して……身動き出来ないその男とヤっちゃっちゃんだって」
「? 何をやったんだ?」
「子作り」
「? 赤ちゃん作ったのか? どうやって?」
「あんた作り方知らないから、そこは気にしないでよ」
「うん」
「その女ね、赤ちゃん宿したまま遥か遠くから谷に謝りに来たの。そりゃもうボロボロの身体してたってよ」
「ひとりで来たのか?」
「うん、たったひとりで。この子は谷の男の形見だから、せめてもの罪滅ぼしにって届けに来たんだってさ」
「男の形見の赤ちゃんか」
「でね、この話の続きは2通りあってね。ひとつは激怒した谷の女達から八つ裂きにされて、赤ちゃん共々殺されたっていう終わり方」
「え……折角来たのに殺されたのか?」
「酷いでしょ? でももうひとつの話はね、その女を谷に迎え入れて、一緒にその赤ちゃん育てたって話なの」
「俺、そっちの終わり方のほうがいい」
「でしょ? あたしもこっちのほうがいいな。大好きだった男の赤ちゃんならさ、例え自分が産んでなくても可愛いって思うじゃない?」
「うん」
「これが谷に伝わる風習よ。だからね、髪を切る時は気を付けなさいよ?」
「うん、分かった」
「で、その髪セイレーンにあげるのね?」
「うん。弱ってて、俺の身体の一部あげないと契約出来ないって言ってる」
「あんた契約すんの?」
「セイレーン、契約したらここの出口教えてくれるって言ってる」
「すぐ契約してっ!」
「うん。その前に剣返す」
「え? あんたの剣じゃない。あたしに返していいの?」
「うん。この剣、クリスにあげた。返せって言わない」
「……ありがと。この剣、もうあたしの宝物なのよ」
「宝物?」
「助けてくれたあんたから貰った剣だもん。この剣も、あたしの命の恩人よ」
「剣なのに恩人なのか?」
「いいじゃないの。そんな細かいトコまで気にしないでよ」
「うん」
「ねえ? 鞘も貰っていい?」
「分かった。左手使えないから、鞘ごと外してくれ」
「ありがと」
カーソンは剣を左の鞘に納め、クリスはカーソンの腰から鞘ごと外して大事そうにぎゅっと胸に抱く。
カーソンは自分の髪の毛を死体の前へ差し出しながら話す。
「えっと、確か……精霊セイレーンよ、我と契約し、我と共にありたまえ……だっけ?」
(それは下級連中と契約する時の言葉よ? 上級のアタシには必要無いわよ?)
「え? そうなのか?」
(上級は自分の意思で契約するの。でもその真面目さ、アタシは好き。契約してあげる)
髪の毛は突然ボゥッと燃え、消えた。
カーソンの触媒を貰い、死体から離脱する事が出来たセイレーンはカーソンに話す。
(これで契約成立ね。よろしくね、カーソン)
「よろしく、セイレーン」
(早速で悪いけど、ちょっとオド使わせてね?)
「うん、いいぞ」
(実体化して、出口まで案内してあげる)
「ありがとう」
(それと、今あなた達が話してた事も教えてあげる)
「え?」
カーソンの目の前にセイレーンが実体化して現れた。
肩までかかる緑色の長い髪。
緑色の澄んだ瞳。
そして薄緑色の透き通るようなローブ。
全身で風の緑色を表現している、美しい女性の姿をした精霊だった。
カーソンとクリスは実体化したセイレーンを見て、歓声を上げる。
「おーっ! セイレーン綺麗!」
「うわぁ……美人」
「ありがとう。アタシ今の話の結末、知ってるわよ?」
「え? 谷に来た人間の女の話か?」
「知ってるの?」
「アタシ、その時谷に居たもの」
「セイレーン凄い! じゃあ、どっちの話が本当なんだ?」
「流石精霊……長生きね」
「女は谷で暮らしたのが本当の話よ」
「良かった! 殺されてたら可哀想だもんな!」
「おおーっ! いい話のほうが真実だったのね!」
「でもね、その人間の女は生きてる間に赤ちゃん産めなかったのよ」
「えっ!?」
「何でっ!?」
「本来人間と翼の民の間じゃ赤ちゃんを作れないのよ。奇跡的に出来たはいいけど、人間の身体じゃ産めるまで赤ちゃんを成長させられなかったの」
「そうなのか?」
「まさか……お母さんごと赤ちゃん、死んじゃった?」
カーソンとクリスはセイレーンから当時の話を聞き、人間の女とその赤ちゃんの行く末を案じた。
セイレーンはその後の結果を話す。
「その女ね、年老いて死ぬまでずっと赤ちゃん産めなかったのよ」
「赤ちゃん産めないまま死んだのか?」
「ええっ……そんな……」
「だからね、死んだ後で谷の女達が赤ちゃん取り出して、立派に育て上げたわ」
「赤ちゃん助かったのか!」
「良かった!」
「人間が産んだ子供なんて言われる事も無くね、谷の子としてちゃんと成長し、子孫も残したわよ?」
「昔から谷のみんなって優しかったんだな。俺、嬉しい!」
「いい話だなぁ……」
「今でもあの女の子孫、誰かの血筋として生きてるんじゃないの?」
「生きてるといいな、クリス!」
「そうだね!」
「ちなみに……その人間の女の名前ね、クリスよ?」
「え?」
「……あたしとおんなじ名前?」
「カーソンとクリスか……あなた達の因果を感じるわ」
「? 因果?」
「その死んじゃった男の名前も、カーソンだったの?」
「ううん、ちょっとだけ違うわ」
「何て名前だったんだ?」
「気になる……」
「アタシが一番敬愛する、とっても尊い方なの。畏れ多くてアタシの口から名前は言えないわ」
「そうなのか」
「セイレーンが名前を言うのを憚るほど、尊敬してたのね?」
「まあね。カーソンと名前が近いって事だけは察してちょうだい」
セイレーンはカーソンの顔を見て、ニコッと微笑んだ。
カーソンはふと疑問に思い、セイレーンに聞く。
「あれ? セイレーンその男の人と契約してたんだろ? 何で一緒に行かなかったんだ?」
「あ、確かに。セイレーンは谷に残ったの?」
「そうよ。アタシは谷が気に入ったの。お願いして谷で解約して貰ったのよ」
「そうだったのか」
「じゃあ、その後も誰かと契約してたの?」
「アタシもあの方が帰って来るの待ってたんだけどね。死んだって聞いて、その後は気が向いた時だけ誰かと契約してたわ」
「あ、そうか。最後にセイレーンと契約してた人がこの死体なのか?」
「じゃあこの死体、谷の人?」
「そういう事。さて、出口教えてあげるわね?」
「ありがとうセイレーン」
「よろしくお願いします」
「いいのよ。やっと出口見付けたのにね、契約者さんもう死んでたから。アタシもやっとここから出れそうで助かるわ」
セイレーンは先頭に立ち、2人を出口へと案内する。
カーソンとクリスは、案内してくれているセイレーンに聞く。
「セイレーンは、どれくらいここに居たんだ?」
「この死体の痛み具合から察して、かなり長い間居たんじゃないの?」
「風の精霊は時間なんて気にしないわ。どっかの光の精霊と違ってね」
「?」
「クソ馬鹿?」
「気にしないで。さ、こっちよ……ちゃんと付いて来てね?」
「うん。腹減る前にここ、出たい」
「お腹減りすぎてカーソン食べちゃう前に、ここから出れそうで良かったわ」
「俺、クリスになら食われてもいいぞ?」
「食べないよ、勿体無い。違うとこ食べちゃうって意味よ」
「違うとこって…どこだ?」
「内緒!」
「?」
「ま、そのうち食べてあげる」
クリスはカーソンをからかいながら、クスッと微笑む。
セイレーンは立ち止まり、振り向くと腕を組みながら2人に話す。
「……あなた達、ちょっと緊張感無さすぎじゃないの?」
「だってセイレーン、出口教えてくれる」
「そりゃ延々と迷ってたら焦るけど、セイレーンが助けてくれるんだもん」
「言っとくけどアタシ、もしどっちも女だったら絶対契約して無かったからね?」
「え? 何でだ?」
「セイレーンは女が嫌いなの?」
「凄く嫌い。自分勝手で、言い訳ばっかりするんだもの」
「そうなのか?」
「全ての女がそうじゃないと思うよ?」
「自分が言った事に責任を持たずにね、主張や態度ををコロコロ変えるのが頭にくるのよ」
「女って、自分が言った事コロコロ変えるのか?」
「何でそう思ってんの?」
「好きな男と一緒になってもね、飽きたら他の男に靡くのも許せない」
「好きなのに、飽きちゃうのか?」
「それは偏見だと思うけど……」
「じゃあ、何で子供が出来たら男を蔑ろにして、自分が産んだ子供だけを可愛がるのよ?」
「? 俺、よく分かんない」
「うっ……それ、分かるような気がする」
「自分の血を引き継いだ子供が可愛いって思うのは分かるわ。けど、男と一緒に作ったんでしょ? 何で相手の男には好きっていう気持ちが消えるの?」
「女って、子供出来たら男嫌いになるのか?」
「いや、あたしも子供居ないから、お母さんになった女の気持ちは分かんないよ」
「アタシはね、そんな女ばっかり見てきたから。その時の気分で態度がコロコロ変わる、女って奴等とは絶対契約しないの」
「俺、男だったからセイレーンと契約出来たのか」
「何か……凄く耳が痛い話だわ。今後気を付けます」
「そうしてくれる? 目の前でそんな事されると虫酸が走るから」
クリスはセイレーンの女嫌いな理由に一理あるなと思う。
これ以上迂闊な事を言って女嫌いなセイレーンの機嫌を損ねてはいけないと思ったクリスは、余計な事を言わないようにと黙り込んだ。
セイレーンは振り返り、再び2人を出口へと案内する。
セイレーンは2人を連れて暫く歩き、薄暗い壁の突き当たりへと案内した。
壁の前までやって来ると、カーソンに壁を見せながら話す。
「ここよ」
「? 壁しかないぞ?」
「ここ、よく見て」
「……あ。狭い道がある」
「この道の突き当たり、真上から光が差し込んでるの。多分何処かに抜け出せれるわ」
「暗くて全然分かんなかった」
「何処に出るかまでは分からないからね? 気を付けてね?」
行き止まりと思われた壁には隙間があり、更に奥へと進めそうな隠し通路があった。
カーソンが通路を覗くと、確かに通路の突き当たりには上から微かに光が漏れていた。
カーソンはセイレーンにお礼をしながら狭い通路へ身体を横にして入り込む。
「ありがとうセイレーン。ちょっと行って調べてくる。クリス、ちょっと待ってろ」
「うん、お願い」
「よっ、ほっ……っと。この上か」
突き当たりまで来たカーソンは、狭い壁に両足を引っ掛けながら登ってゆく。
光の漏れる所まで登ると、石組みの隙間から漏れていた光だと分かった。
カーソンは石を押し出し、隙間が広がるかどうか試してみる。
石を押し出した後で、光の向こう側に人の気配を感じたカーソンは、しまった迂闊な事をしたと焦った。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
俺だけ✨宝箱✨で殴るダンジョン生活
双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
俺、“飯狗頼忠(めしく よりただ)”は世間一般で【大ハズレ】と呼ばれるスキル【+1】を持つ男だ。
幸運こそ100と高いが、代わりに全てのステータスが1と、何をするにもダメダメで、ダンジョンとの相性はすこぶる悪かった。
しかし世の中には天から二物も三物ももらう存在がいる。
それが幼馴染の“漆戸慎(うるしどしん)”だ。
成績優秀、スポーツ万能、そして“ダンジョンタレント”としてクラスカースト上位に君臨する俺にとって目の上のたんこぶ。
そんな幼馴染からの誘いで俺は“宝箱を開ける係”兼“荷物持ち”として誘われ、同調圧力に屈して渋々承認する事に。
他にも【ハズレ】スキルを持つ女子3人を引き連れ、俺たちは最寄りのランクEダンジョンに。
そこで目の当たりにしたのは慎による俺TUEEEEE無双。
寄生上等の養殖で女子達は一足早くレベルアップ。
しかし俺の筋力は1でカスダメも与えられず……
パーティは俺を置いてズンズンと前に進んでしまった。
そんな俺に訪れた更なる不運。
レベルが上がって得意になった女子が踏んだトラップによる幼馴染とのパーティ断絶だった。
一切悪びれずにレベル1で荷物持ちの俺に盾になれと言った女子と折り合いがつくはずもなく、俺たちは別行動をとる事に……
一撃もらっただけで死ぬ場所で、ビクビクしながらの行軍は悪夢のようだった。そんな中響き渡る悲鳴、先程喧嘩別れした女子がモンスターに襲われていたのだ。
俺は彼女を囮に背後からモンスターに襲いかかる!
戦闘は泥沼だったがそれでも勝利を収めた。
手にしたのはレベルアップの余韻と新たなスキル。そしてアイアンボックスと呼ばれる鉄等級の宝箱を手に入れて、俺は内心興奮を抑えきれなかった。
宝箱。それはアイテムとの出会いの場所。モンスタードロップと違い装備やアイテムが低い確率で出てくるが、同時に入手アイテムのグレードが上がるたびに設置されるトラップが凶悪になる事で有名である。
極限まで追い詰められた俺は、ここで天才的な閃きを見せた。
もしかしてこのトラップ、モンスターにも向けられるんじゃね?
やってみたら案の定効果を発揮し、そして嬉しい事に俺のスキルがさらに追加効果を発揮する。
女子を囮にしながらの快進撃。
ステータスが貧弱すぎるが故に自分一人じゃ何もできない俺は、宝箱から出したアイテムで女子を買収し、囮役を引き受けてもらった。
そして迎えたボス戦で、俺たちは再び苦戦を強いられる。
何度削っても回復する無尽蔵のライフ、しかし激戦を制したのは俺たちで、命からがら抜け出したダンジョンの先で待っていたのは……複数の記者のフラッシュだった。
クラスメイトとの別れ、そして耳を疑う顛末。
俺ができるのは宝箱を開けることくらい。
けどその中に、全てを解決できる『鍵』が隠されていた。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる