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クリスの受難
56 事態の収拾
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冷静さを取り戻したクリスは、頭に血が上っていた時にやらかした自分の行為をゆっくりと思い出す。
(あたし……今、何したの?
ティナにキスされて……ちょっと嬉しくなって?
酷いケガしてるの見て……慌てて?
水探しても……見付かんなくて?
出るって信じて……おっぱいをひぃぃーっ!?
何やってんのよあたしっ!
おっぱい吸わせるだなんてっ!
あれっ? 吸わせても……くすぐったくならなかった?
おかしいな?
前に吸わせた時はくすぐったくて我慢出来なかったのに。
あ。もしかして……お母様に聞いた時に言われた……あれなの?
何で赤ちゃんにおっぱいあげても平気なのかって聞いたら……愛してる人には吸われてもくすぐったくならないって言われたんだった。
えっ、何? あたし……ティナの事……愛してんの?
くすぐったくならなかったって事は……そういう事なの?
そっか……あたし……ティナの事、愛してるんだ?
そっか。だからか……おしっこ飲まっひぃーっ!?
何やらかしてんのよあたしっ!
水が無いからって……あいつにおしっこ飲ませるなんてっ!
や、やばい……嫌われちゃっちゃかな?
あーっ! 馬鹿っ! あたしの馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁーっ!)
クリスは自分のやらかした行動に後悔し、両手で顔を覆う。
ぺちょっ
クリスは自分の手が濡れていた事を忘れ、思わず口に出す。
「……ぐぁっ」
「? どうしたクリス?」
「おしっこ……しょっぱい」
「うん、ちょっとしょっぱかった」
「あ、あのさ……ティナ?」
「ん?」
「今のでさ……あ、あたしの事……嫌いに……なった?」
「ううん。クリス凄く頑張って、俺助けてくれた。俺が思ってたよりもキズ、酷かった」
「あのまんまじゃ……死んじゃうと思ったの。凄く破廉恥な事して……ごめん」
「俺、クリスに助けられた! 俺、クリスの事もっと大好きになった!」
「ほっ……ホント?」
「うん! 俺、やっぱりもう絶対クリスと離れたくないって思った!」
「あはっ……良かった……良かったぁぁ……」
クリスはティナの瞳を見つめながら聞き、この子は嘘をついていないと感じて心の底からほっとした。
その時、上から先程殺した人間達の死体が落ちてきて、針の山にグチャっと刺さる。
死体は立て続けに落ちてきて、グチャっ、グチャっと針の山へと突き刺さる。
やがて落とし穴の入り口は閉じられ、上から差し込む光でうすらぼんやりと明るかった周囲は一気に暗くなり、かろうじて身近な周囲を見渡せる程度の照度となった。
上の広間ではソーマがぶつぶつと文句を言う。
「やれやれ。神聖な広間を薄汚い人間の血で汚しおって」
「殿下。死体の処理、完了致しました」
「まだ1匹残っておるではないか」
「は? 居りませぬが?」
「そこの役立たずだ」
「殿下。ウモンはまだ生きております」
「では、殺せ」
「い、いえ……それは……」
「役に立たぬ衛兵などいらん。そいつを殺せば、腑抜けなお前達の処罰は免じてやる」
「殿下……」
「早く殺せ」
島の為に尽力し負傷したウモンを1匹扱い、尚且つ殺せと命令したソーマに、衛兵達は困惑した。
衛兵達はやむなくウモンに介錯をしようと近付いたところで、広間の奥から皇帝ルドルフと護衛隊長エルザが現れ、ソーマを問い質した。
「何の騒ぎだソーマ。お前、一体何をした」
「おお!これはこれは父上。いえ、大した事はございません。ちょっと遊んだだけですよ」
「遊んだだと? 遊びで何故、血が流れておるのだ?」
「ははは、心配性だなぁ父上は。ボクはこの通り、無事ですよ?」
「それは誰の血だ?」
「人間です」
「谷の娘の血ではないのか?」
「おや、既に父上はご存知でしたか」
「余の預かり知らぬところで、勝手な事をするな」
「ボクは次期皇帝になる身です。今のうちから様々な知識を身に着けなくては」
「不必要な知識を欲するな」
「これは手厳しい。今まで父上はボクがやりたい事に一切口出しされなかったのに、何故今更?」
「お前が人の命を軽視しおったからだ」
「裏切り者共の命など、どうでも良いではありませんか?」
「谷を裏切り者と呼ぶな」
「おや、違うのですか? では、何と呼べと?」
「勇敢な戦士達の末裔と呼べ」
「では、ボク達は腰抜けの末裔になってしまうではありませんか?」
「事実だ。島の民は大昔の大戦で、臆病風に吹かれて逃げた者達の末裔なのだ」
「ボク達が臆病者の末裔であると? ははは、父上の冗談は面白い」
「これは紛れもない事実なのだ。ソーマよ、お前もいずれ知る時が来る」
「そんな作り話、とても信じられませんね。ボク達島の民こそ大昔の大戦で勇敢に戦った戦士の末裔、谷の奴等は島から逃げ出した連中の末裔ですよ?」
「誰がお前に、それを教えた?」
「ボクの教育係、執政の者達からですが……何か?」
「執政の老人共か」
「邪神を封印し、裏切り者のあいつらが好き勝手に動き回らないように、あの谷で封印を維持させる罰を神から与えられたのでしょう?」
「ソーマ……」
「ボク達は大戦で非常に貢献したからこの移動要塞を神より授かり、人間共を監視する名誉なご指示を承ったのですよ?」
「あやつらめ、事実をねじ曲げて教育しおって……」
ルドルフはソーマが事実と異なる認識を教えられていた事を知り、教育係として任せた執政達に失望する。
ルドルフは広間を見渡しながらソーマに聞く。
「時にソーマよ。谷の娘達を何処へやった?」
「さて? 何処でしょう?」
「言え。何処へやった?」
「……谷の娘は2人共、勝手に穴へと落ちました」
「落とし穴は余かお前にしか開けられぬ。お前が開けたのに、勝手に落ちたと言うのか?」
「はい。勝手に落ちました。ボクは知りません」
「では何故、落とし穴を開いた?」
「人間共の死体を処理する為ですよ、父上」
「入り口を開けたら、谷の娘達は自分から落ちたと言うつもりか?」
「つもりも何も、その通りです」
「余に嘘は通用せぬ。お前が落とした事は既に把握しておる」
「ああ、父上には目と耳が居るのでしたか。はい、嘘です。ボクが落としました」
「谷を刺激するなと言っておいただろう、何故やった?」
「父上、裏切り者の一族に何をそんなに心配なされているのですか?」
「谷の女王達が報復に封印を解くなどしてみろ。世界は破滅するのだぞ?」
「たかが娘2人の為に、世界を破滅に追い込むとでも?」
「お前は谷の女王達の気性を知らぬから言えるのだ」
「だとしたら、父上が捕らえている谷の男達は大丈夫なのですか?」
「…………」
「かれこれ18年も帰していないのに、報復など一切ありませんよ?」
「命の保証をしておるからだ。お前の落とした娘達はどうなる?」
「そうですね。落ちたあの2人はもう助かりますまい。いずれ朽ち果て、死ぬでしょう」
「ソーマ……それが何を意味しておるのか、お前には分からぬのか?」
「大丈夫ですよ父上。谷が報復に出ればこれ幸い、皆殺しにする口実となります」
「お前が直接出向いて、皆殺しにするのか?」
「はははまさか。ボクは次期皇帝ですよ? 兵士共にやらせます」
「愚かな事を口に出すでは無い」
「娘2人の命に文句を言って来たら、父上が捕らえている谷の男共を帰して、帳尻を合わせれば宜しいでしょう?」
「ソーマよ、まさかお前は……そこまで見越して娘を連れ去って来たのか?」
「さて、どうでしょうね? いずれにせよ、それでも納得出来ないようでしたら、谷を滅ぼすだけですよ」
「お前という奴は……」
小賢しい真似をしたソーマを、ルドルフは怒りと困惑が混ざった複雑な思いで見つめた。
ルドルフの横で警護をしていたエルザは、会話が途切れたのを見計らい、倒れ込む衛兵に剣を向けている衛兵達に声をかける。
「ところでお前達、何をしておるのだ?」
「はっ! やられたウモンに介錯を」
「この馬鹿者共ぉぉーっ! 誰がそんな指示を出したっ!」
「あ、あの……殿下でございます」
「それは誠ですか! 殿下っ!?」
「ん? いや……ボクはそんな事言っていないぞ」
「傷付いた兵を、殺す気であったのでございますかっ!?」
「ぼ、ボクはそんな命令下しておらぬ」
「殿下……身を呈して殿下をお守りした兵を、殺そうとなさったのでございますか?」
「ボクは言ってないっ! そこの衛兵共が勝手にやろうとしてるんだっ!」
「……兵は命令が下されぬ限り、同胞に介錯など絶対に致さぬのですが?」
「ボクは知らぬっ! あいつらが勝手に殺そうとしてるんだっ!」
困惑している衛兵達の顔をちらっと見たエルザは、ソーマが嘘をついていると理解した。
エルザはルドルフに頭を下げ、懇願する。
「陛下。一時護衛からお離れ致す事、お許し下さいませ」
「良い。助かるなら助けろ」
「はっ! では、失礼致します! ラルフ、来い!」
「はっ! エルザ様!」
「回復要員を連れてきておったか。流石エルザだ」
エルザは広間に向かう途中で出会ったラルフというヒーリングが使える兵士に声をかけ、一緒に連れて来ていた。
ルドルフは倒れ込んでいるウモンに大急ぎで駆け寄るエルザとラルフの後ろ姿を見ながら、改めてエルザの有能ぶりを実感する。
エルザは倒れたままピクリとも動かないウモンに話しかける。
「ウモン、まだ生きておるか?」
「……はっ、生き恥を晒しておりまする」
「島でも指折りな……お前がやられるとはな」
「エルザ様、某は鬼神の相手をしてしまいました」
「ふむ、鬼神とな?」
「あの小娘……よもや人ではありませなんだ。鬼神でございました」
「ふむ……その小娘、何をしたのだ?」
「殿下より重力倍加の拘束を受けておりながらあの小娘、飛んだのです」
「何だとっ!? あの拘束を受けても尚、飛べたのかっ!?」
「はっ。誠に見事としか言い様がありませぬ」
「それで、その剣を突き立てられたのだな?」
「面目次第もございませぬ」
ウモンは自分を仕留めた小娘の事を、鬼神だったとエルザに報告した。
エルザはウモンに突き立てられた剣を観察しながら話す。
「……飛んだのも見事だが、この剣の差し込みも見事だ」
「はっ。ここしか無いと思ったのでしょう」
「重厚な鎧へ斬り付けるよりも突き刺す、尚且つ一番効果のある位置へとな」
「谷の近衛……我等よりも相当な練度をしておりまする」
「動けぬか?」
「はい、全く。指先までピクリとも動かせませぬ」
「神経を断ち切られておるな。いや、神経だけを断ち切ったと言ったほうが早いか」
「まだ生きているのが、不思議なくらいでございます」
「その小娘、私とやり合ったら……どっちが勝ったかの?」
「それは……島最強のエルザ様でございましょう」
「いや、分からぬな。倍加の拘束を受けても尚、この一太刀を浴びせた奴だ。良くて相討ち、悪くて私の首だけ飛んだかも知れんな」
エルザはウモンをたった一撃で無力化した小娘の存在に畏怖を覚えた。
はっと我に返ったエルザはウモンに話す。
「すまぬ、私の悪いクセが出た。ラルフを連れてきておるから、治療を始めるぞ」
「申し訳ございませぬ」
「良い。よくぞ命を繋ぎ止めてくれた。剣を抜くが……死ぬなよ?」
「はっ。意地でも心臓は止めませぬ」
「止めるでないぞ? ふんっ!」
「うぐぅっ! ぐぅぅ……」
「ぬぅりゃっ!」
「がはっ……はっ……はっ……ぐっ……」
「抜けたっ! ラルフっ!」
「はっ! 頑張れウモン!」
「おぅ! く……う………………ふぅっ」
「どうだ?」
「……はっ! 無事、生還致しました!」
「うむ、無事で何よりだ」
エルザが剣を抜き、ラルフがヒーリングの水をウモンの傷口にかける。
流れるような一連の動作によってウモンは回復し、無事に立ち上がる。
周りで心配しながら様子を見守っていた衛兵達はウモンの生還を喜び、安堵の息を漏らす。
エルザは血まみれの剣をしげしげと見ながら話す。
「……ふむ。こんななまくらであの一撃を……か」
「エルザ様、某にも見せて頂けませぬか?」
「ほれ、酷い出来の剣だ」
「これは……芯が全く通っておりませぬな」
「まるで素人が叩いた剣だ。よくもまあこんな剣で、お前を仕留めたものだ」
「……エルザ様。この剣、某に下さいませぬか?」
「貰ってどうするのだ?」
「某、得物が業物である程強い武人になれると、常々思っておりました」
「あながち間違ってはおらぬぞ?」
「ですが、鬼神は得物すら何でも良いと知りました。あの小娘ならば、木剣でも人を殺せましょう」
「それ程までに、恐ろしい奴だったのか?」
「はっ! 某は今日の事を二度と忘れぬ為、この剣を部屋に飾って戒めとしたく存じます」
「……別に構わぬが、血くらいは拭うのだぞ?」
「勿論でございます。剣の手入れは武人として当然でございます」
「好きにしろ」
「ははぁっ! 有り難き幸せ!」
「……ウモンよ。いい加減そのヒノモトの奴等のような口調、直さぬか?」
「いえ、某はあの遥か東の国、ヒノモトの武人が提唱している『武士道』というものに痛く感銘を受けました。某は絶対に直しませぬ」
「ふむ、お前もかなり面倒な奴だな」
エルザはウモンの言動に呆れつつも、いつも通りのヒノモトかぶれなウモンに戻って一安心した。
(あたし……今、何したの?
ティナにキスされて……ちょっと嬉しくなって?
酷いケガしてるの見て……慌てて?
水探しても……見付かんなくて?
出るって信じて……おっぱいをひぃぃーっ!?
何やってんのよあたしっ!
おっぱい吸わせるだなんてっ!
あれっ? 吸わせても……くすぐったくならなかった?
おかしいな?
前に吸わせた時はくすぐったくて我慢出来なかったのに。
あ。もしかして……お母様に聞いた時に言われた……あれなの?
何で赤ちゃんにおっぱいあげても平気なのかって聞いたら……愛してる人には吸われてもくすぐったくならないって言われたんだった。
えっ、何? あたし……ティナの事……愛してんの?
くすぐったくならなかったって事は……そういう事なの?
そっか……あたし……ティナの事、愛してるんだ?
そっか。だからか……おしっこ飲まっひぃーっ!?
何やらかしてんのよあたしっ!
水が無いからって……あいつにおしっこ飲ませるなんてっ!
や、やばい……嫌われちゃっちゃかな?
あーっ! 馬鹿っ! あたしの馬鹿馬鹿馬鹿ぁぁーっ!)
クリスは自分のやらかした行動に後悔し、両手で顔を覆う。
ぺちょっ
クリスは自分の手が濡れていた事を忘れ、思わず口に出す。
「……ぐぁっ」
「? どうしたクリス?」
「おしっこ……しょっぱい」
「うん、ちょっとしょっぱかった」
「あ、あのさ……ティナ?」
「ん?」
「今のでさ……あ、あたしの事……嫌いに……なった?」
「ううん。クリス凄く頑張って、俺助けてくれた。俺が思ってたよりもキズ、酷かった」
「あのまんまじゃ……死んじゃうと思ったの。凄く破廉恥な事して……ごめん」
「俺、クリスに助けられた! 俺、クリスの事もっと大好きになった!」
「ほっ……ホント?」
「うん! 俺、やっぱりもう絶対クリスと離れたくないって思った!」
「あはっ……良かった……良かったぁぁ……」
クリスはティナの瞳を見つめながら聞き、この子は嘘をついていないと感じて心の底からほっとした。
その時、上から先程殺した人間達の死体が落ちてきて、針の山にグチャっと刺さる。
死体は立て続けに落ちてきて、グチャっ、グチャっと針の山へと突き刺さる。
やがて落とし穴の入り口は閉じられ、上から差し込む光でうすらぼんやりと明るかった周囲は一気に暗くなり、かろうじて身近な周囲を見渡せる程度の照度となった。
上の広間ではソーマがぶつぶつと文句を言う。
「やれやれ。神聖な広間を薄汚い人間の血で汚しおって」
「殿下。死体の処理、完了致しました」
「まだ1匹残っておるではないか」
「は? 居りませぬが?」
「そこの役立たずだ」
「殿下。ウモンはまだ生きております」
「では、殺せ」
「い、いえ……それは……」
「役に立たぬ衛兵などいらん。そいつを殺せば、腑抜けなお前達の処罰は免じてやる」
「殿下……」
「早く殺せ」
島の為に尽力し負傷したウモンを1匹扱い、尚且つ殺せと命令したソーマに、衛兵達は困惑した。
衛兵達はやむなくウモンに介錯をしようと近付いたところで、広間の奥から皇帝ルドルフと護衛隊長エルザが現れ、ソーマを問い質した。
「何の騒ぎだソーマ。お前、一体何をした」
「おお!これはこれは父上。いえ、大した事はございません。ちょっと遊んだだけですよ」
「遊んだだと? 遊びで何故、血が流れておるのだ?」
「ははは、心配性だなぁ父上は。ボクはこの通り、無事ですよ?」
「それは誰の血だ?」
「人間です」
「谷の娘の血ではないのか?」
「おや、既に父上はご存知でしたか」
「余の預かり知らぬところで、勝手な事をするな」
「ボクは次期皇帝になる身です。今のうちから様々な知識を身に着けなくては」
「不必要な知識を欲するな」
「これは手厳しい。今まで父上はボクがやりたい事に一切口出しされなかったのに、何故今更?」
「お前が人の命を軽視しおったからだ」
「裏切り者共の命など、どうでも良いではありませんか?」
「谷を裏切り者と呼ぶな」
「おや、違うのですか? では、何と呼べと?」
「勇敢な戦士達の末裔と呼べ」
「では、ボク達は腰抜けの末裔になってしまうではありませんか?」
「事実だ。島の民は大昔の大戦で、臆病風に吹かれて逃げた者達の末裔なのだ」
「ボク達が臆病者の末裔であると? ははは、父上の冗談は面白い」
「これは紛れもない事実なのだ。ソーマよ、お前もいずれ知る時が来る」
「そんな作り話、とても信じられませんね。ボク達島の民こそ大昔の大戦で勇敢に戦った戦士の末裔、谷の奴等は島から逃げ出した連中の末裔ですよ?」
「誰がお前に、それを教えた?」
「ボクの教育係、執政の者達からですが……何か?」
「執政の老人共か」
「邪神を封印し、裏切り者のあいつらが好き勝手に動き回らないように、あの谷で封印を維持させる罰を神から与えられたのでしょう?」
「ソーマ……」
「ボク達は大戦で非常に貢献したからこの移動要塞を神より授かり、人間共を監視する名誉なご指示を承ったのですよ?」
「あやつらめ、事実をねじ曲げて教育しおって……」
ルドルフはソーマが事実と異なる認識を教えられていた事を知り、教育係として任せた執政達に失望する。
ルドルフは広間を見渡しながらソーマに聞く。
「時にソーマよ。谷の娘達を何処へやった?」
「さて? 何処でしょう?」
「言え。何処へやった?」
「……谷の娘は2人共、勝手に穴へと落ちました」
「落とし穴は余かお前にしか開けられぬ。お前が開けたのに、勝手に落ちたと言うのか?」
「はい。勝手に落ちました。ボクは知りません」
「では何故、落とし穴を開いた?」
「人間共の死体を処理する為ですよ、父上」
「入り口を開けたら、谷の娘達は自分から落ちたと言うつもりか?」
「つもりも何も、その通りです」
「余に嘘は通用せぬ。お前が落とした事は既に把握しておる」
「ああ、父上には目と耳が居るのでしたか。はい、嘘です。ボクが落としました」
「谷を刺激するなと言っておいただろう、何故やった?」
「父上、裏切り者の一族に何をそんなに心配なされているのですか?」
「谷の女王達が報復に封印を解くなどしてみろ。世界は破滅するのだぞ?」
「たかが娘2人の為に、世界を破滅に追い込むとでも?」
「お前は谷の女王達の気性を知らぬから言えるのだ」
「だとしたら、父上が捕らえている谷の男達は大丈夫なのですか?」
「…………」
「かれこれ18年も帰していないのに、報復など一切ありませんよ?」
「命の保証をしておるからだ。お前の落とした娘達はどうなる?」
「そうですね。落ちたあの2人はもう助かりますまい。いずれ朽ち果て、死ぬでしょう」
「ソーマ……それが何を意味しておるのか、お前には分からぬのか?」
「大丈夫ですよ父上。谷が報復に出ればこれ幸い、皆殺しにする口実となります」
「お前が直接出向いて、皆殺しにするのか?」
「はははまさか。ボクは次期皇帝ですよ? 兵士共にやらせます」
「愚かな事を口に出すでは無い」
「娘2人の命に文句を言って来たら、父上が捕らえている谷の男共を帰して、帳尻を合わせれば宜しいでしょう?」
「ソーマよ、まさかお前は……そこまで見越して娘を連れ去って来たのか?」
「さて、どうでしょうね? いずれにせよ、それでも納得出来ないようでしたら、谷を滅ぼすだけですよ」
「お前という奴は……」
小賢しい真似をしたソーマを、ルドルフは怒りと困惑が混ざった複雑な思いで見つめた。
ルドルフの横で警護をしていたエルザは、会話が途切れたのを見計らい、倒れ込む衛兵に剣を向けている衛兵達に声をかける。
「ところでお前達、何をしておるのだ?」
「はっ! やられたウモンに介錯を」
「この馬鹿者共ぉぉーっ! 誰がそんな指示を出したっ!」
「あ、あの……殿下でございます」
「それは誠ですか! 殿下っ!?」
「ん? いや……ボクはそんな事言っていないぞ」
「傷付いた兵を、殺す気であったのでございますかっ!?」
「ぼ、ボクはそんな命令下しておらぬ」
「殿下……身を呈して殿下をお守りした兵を、殺そうとなさったのでございますか?」
「ボクは言ってないっ! そこの衛兵共が勝手にやろうとしてるんだっ!」
「……兵は命令が下されぬ限り、同胞に介錯など絶対に致さぬのですが?」
「ボクは知らぬっ! あいつらが勝手に殺そうとしてるんだっ!」
困惑している衛兵達の顔をちらっと見たエルザは、ソーマが嘘をついていると理解した。
エルザはルドルフに頭を下げ、懇願する。
「陛下。一時護衛からお離れ致す事、お許し下さいませ」
「良い。助かるなら助けろ」
「はっ! では、失礼致します! ラルフ、来い!」
「はっ! エルザ様!」
「回復要員を連れてきておったか。流石エルザだ」
エルザは広間に向かう途中で出会ったラルフというヒーリングが使える兵士に声をかけ、一緒に連れて来ていた。
ルドルフは倒れ込んでいるウモンに大急ぎで駆け寄るエルザとラルフの後ろ姿を見ながら、改めてエルザの有能ぶりを実感する。
エルザは倒れたままピクリとも動かないウモンに話しかける。
「ウモン、まだ生きておるか?」
「……はっ、生き恥を晒しておりまする」
「島でも指折りな……お前がやられるとはな」
「エルザ様、某は鬼神の相手をしてしまいました」
「ふむ、鬼神とな?」
「あの小娘……よもや人ではありませなんだ。鬼神でございました」
「ふむ……その小娘、何をしたのだ?」
「殿下より重力倍加の拘束を受けておりながらあの小娘、飛んだのです」
「何だとっ!? あの拘束を受けても尚、飛べたのかっ!?」
「はっ。誠に見事としか言い様がありませぬ」
「それで、その剣を突き立てられたのだな?」
「面目次第もございませぬ」
ウモンは自分を仕留めた小娘の事を、鬼神だったとエルザに報告した。
エルザはウモンに突き立てられた剣を観察しながら話す。
「……飛んだのも見事だが、この剣の差し込みも見事だ」
「はっ。ここしか無いと思ったのでしょう」
「重厚な鎧へ斬り付けるよりも突き刺す、尚且つ一番効果のある位置へとな」
「谷の近衛……我等よりも相当な練度をしておりまする」
「動けぬか?」
「はい、全く。指先までピクリとも動かせませぬ」
「神経を断ち切られておるな。いや、神経だけを断ち切ったと言ったほうが早いか」
「まだ生きているのが、不思議なくらいでございます」
「その小娘、私とやり合ったら……どっちが勝ったかの?」
「それは……島最強のエルザ様でございましょう」
「いや、分からぬな。倍加の拘束を受けても尚、この一太刀を浴びせた奴だ。良くて相討ち、悪くて私の首だけ飛んだかも知れんな」
エルザはウモンをたった一撃で無力化した小娘の存在に畏怖を覚えた。
はっと我に返ったエルザはウモンに話す。
「すまぬ、私の悪いクセが出た。ラルフを連れてきておるから、治療を始めるぞ」
「申し訳ございませぬ」
「良い。よくぞ命を繋ぎ止めてくれた。剣を抜くが……死ぬなよ?」
「はっ。意地でも心臓は止めませぬ」
「止めるでないぞ? ふんっ!」
「うぐぅっ! ぐぅぅ……」
「ぬぅりゃっ!」
「がはっ……はっ……はっ……ぐっ……」
「抜けたっ! ラルフっ!」
「はっ! 頑張れウモン!」
「おぅ! く……う………………ふぅっ」
「どうだ?」
「……はっ! 無事、生還致しました!」
「うむ、無事で何よりだ」
エルザが剣を抜き、ラルフがヒーリングの水をウモンの傷口にかける。
流れるような一連の動作によってウモンは回復し、無事に立ち上がる。
周りで心配しながら様子を見守っていた衛兵達はウモンの生還を喜び、安堵の息を漏らす。
エルザは血まみれの剣をしげしげと見ながら話す。
「……ふむ。こんななまくらであの一撃を……か」
「エルザ様、某にも見せて頂けませぬか?」
「ほれ、酷い出来の剣だ」
「これは……芯が全く通っておりませぬな」
「まるで素人が叩いた剣だ。よくもまあこんな剣で、お前を仕留めたものだ」
「……エルザ様。この剣、某に下さいませぬか?」
「貰ってどうするのだ?」
「某、得物が業物である程強い武人になれると、常々思っておりました」
「あながち間違ってはおらぬぞ?」
「ですが、鬼神は得物すら何でも良いと知りました。あの小娘ならば、木剣でも人を殺せましょう」
「それ程までに、恐ろしい奴だったのか?」
「はっ! 某は今日の事を二度と忘れぬ為、この剣を部屋に飾って戒めとしたく存じます」
「……別に構わぬが、血くらいは拭うのだぞ?」
「勿論でございます。剣の手入れは武人として当然でございます」
「好きにしろ」
「ははぁっ! 有り難き幸せ!」
「……ウモンよ。いい加減そのヒノモトの奴等のような口調、直さぬか?」
「いえ、某はあの遥か東の国、ヒノモトの武人が提唱している『武士道』というものに痛く感銘を受けました。某は絶対に直しませぬ」
「ふむ、お前もかなり面倒な奴だな」
エルザはウモンの言動に呆れつつも、いつも通りのヒノモトかぶれなウモンに戻って一安心した。
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ある狼獣人の里には、仕置き小屋というところがある。
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今夜もまた一人、里から出ようとして仕置き小屋に連れられてきた少女がいた。
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