翼の民

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クリスの受難

55 クリス暴走

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 ティナは落ちていく途中、大の字になって両手両足をめいっぱい伸ばし、何とか落下しないように踏ん張る。

 穴はとても狭く、ティナの体長でも壁面に両手両足を引っかけさせる事が出来た。

 ガリガリと音を立て、指先の爪が剥がれる痛みに耐えながら、ティナは必死に落下を止める。

「うぐっ……ぐっ……止まれっ! 止まれぇーっ!」

 やがてティナの身体はエビ反りになりながら、穴の途中で留まった。


 ティナは首を持ち上げ、慎重に両手両足を少しずつ動かしながら呟く。

「戻ってクリス助けなきゃ!
 ……よっ……ほっ……たっ……!」

 ティナは両手両足を突っ張らせ、少しずつ穴をよじ登ってゆく。


 突然、上からの明かりが何かに遮られる。

「ティナぁーっ!」
「!? クリスっ!?」
「追い付いたぁーっ!」
「わぁっ!?」

 ティナの上にクリスが、ドスンと落ちてきた。

 クリスに乗られたティナの身体はミシミシと音を立て、踏ん張りきれずに徐々に下へと落ち始める。


 クリスはまだ落ちていなかったティナにしがみつきながら話す。

「ティナっ! 良かったっ! 無事だったのねっ!」
「クリスっ……何でっ……落ちて……」
「今度はあたしが、あんた助けなきゃっ!」
「たっ……助けるって……うぐぐっ……」
「落ちる時は一緒よっ!」
「クリスっ! 重いっ! 重いっ!」
「おっ、重い言うなっ! 気にしてんだからっ!」
「あっ……もう……駄目」
「ひっ!? きゃぁーっ!」
「うわぁーっ!」

 クリスの重みに耐えきれなくなり、ティナは両手両足の踏ん張りを失い、クリス共々再び落下する。


 急速に近付く穴の底が見えてきたところで、突然ティナは時間が止まったような感覚に襲われた。

 ティナは以前も味わった、この不思議な感覚に戸惑いながら思う。
 
(あ、これって……俺の命が危ない時になるやつだ。
 って事は……俺、死にそうになる?
 ん? 下に……何か……うわっ!?)

 落とし穴の底には、無数の針がティナ達に向かって突き立っていた。

 ティナは不思議な感覚がこれを教えてくれたのかと、回避策を練る。

(あの針に刺さったら死ぬかも。
 避けなきゃ!
 あ……隙間。あそこ通れば刺さらないか!
 よし……これなら避けれ……クリスっ!?
 俺避けたら、針知らないクリスが刺さる!
 どうしよう……どうする?
 よし! 決めたっ! クリス守りながら避けるっ!)

 ティナは振り返り、クリスをぎゅっと抱き寄せる。

 抱き寄せた時に顔の位置が同じであった為、ティナとクリスは唇が当たってしまった。

「んぶっ!? んぅーっ!?」

 クリスは突然振り向いたティナに唇を奪われ、ビックリしている。

 ティナは落とし穴の終点と針の山の隙間を感覚で推測し、ギリギリまで引き付けてから回避行動に移った。

 タイミングは若干遅れ、ティナの翼は針の山にえぐられる。

「うぶっ!? むぶぅっ……」
「んぅーっ!? んむぅーっ!?」

 クリスはティナから口の中に息を吹き込まれ、いきなり何をするんだこいつはと困惑した。

 当然の事ながら、ティナが翼の痛みに堪えて漏らした吐息である事など、クリスは知らない。

 ティナは自分の翼を傷付けながらも、辛うじて落とし穴の底へと背中から滑り込み、辿り着いた。


 パァンッ


 クリスは飛び起きてティナに馬乗りになりながら、右手でティナの左ほっぺたを思いきりビンタした。

 顔を赤くしながら口元をゴシゴシと拭き、ティナに怒る。

「ちょっとっ! いきなり何すんのよっ!? きっ、キスしちゃっちゃ・・じゃないのっ!」
「いたた。だってクリスっ! アレっ! アレっ!」

 ティナは左手で張られた左のほっぺたを押さえながら、右手で針の山を指差した。

 クリスは後ろを見て、突き立つ針の山を視界に入れる。

 赤らんだ顔からはみるみる血の気が引いてゆき、顔色を真っ青にしながら話す。

「何よっ!? あっ!? えっ!? ごっ、ごめんっ! 痛かったでしょ!?」
「ううん、痛……くない」
「あれ避けたのっ?」
「うん。俺は気付いたけど、クリス気付いてなかった。俺、クリス助けたかった」
「教えてくれたらあたしも……いや、ちょっとこれは無理だったかも」
「俺だけ避けて、クリス死ぬのやだ」
「ごめんっ! ホントにごめんっ!」
「俺もクリスも刺さって死ななかった。良かった」
「ビンタなんかしてごめん……ごめんなさい……」
「ううん、大丈夫。こっち・・・はそんな痛くない」

 謝り続けるクリスを、ティナは大丈夫と言って気遣った。


 クリスはティナの発言がふと気になり、心配しながら聞く。

「ねえ? 今、こっちは痛くないって言わなかった?」
「うん、言った。クリスに叩かれたのは、そんなに痛くない」
「もっと……痛いトコあるの?」
「ううん、大丈夫。クリス死なれるより、痛くない」
「あたしの事気にしてくれるのは嬉しいんだけど……ケガしてるんじゃないの?」
「うん。ちょっと翼、切れたかも」
「えっ!? ちょっ……ちょっと見せて!」
「……うん」
「自分で起き上がれる?」
「大丈夫。クリス、俺の上からどけてくれるか?」
「ごっ、ごめんっ!」

 クリスは慌ててティナの上から飛び退き、横に座りながらティナが起き上がるのを待った。

 ティナは身をよじり、肩肘を着いて起き上がろうとする。

 クリスは起こすのを手伝おうと、ティナの背中に手を回す。

 クリスの手に、ぬるりという感触が伝わる。

 ティナの上半身を起こしたクリスは、ぬるついた感触が気になって自分の手を見る。

 クリスの手は、血で真っ赤に染まっていた。


 慌ててティナの背後に回り込んだクリスは、ティナの翼を見て絶句する。
 
「ティナ……あんた……これ……」
「大丈夫。俺、そんなに痛くない」
「ねえ? 翼……動かせる?」
「えっと……痛い……」
「やばい……これ……やばいよ」
「……動くぞ、ほら」
「動かしちゃ駄目っ!」
「俺、大丈夫だから」
「こんなの大丈夫なワケ無いじゃないっ! 血が吹き出してるっ!」

 ティナの翼は針にえぐられ、血がどくどくと流れ出していた。

 翼を動かす度に血がびゅっと吹き出し、相当な深手を受けていると、クリスは青ざめる。


 クリスはティナに翼の状況を伝える。

「ティナっ! 絶対に翼動かしちゃ駄目っ! これ、血管切れちゃってるっ!」
「大丈夫。これくらい俺、平気」
「駄目だよ! 血が止まんない! 早く血ぃ止めなきゃっ!」
「そのうち止まると思う」
「血管切れちゃってるから止まんないってば! やだっ! 死んじゃやだっ!」
「? 俺、死ぬ?」
「この血、何とかして止めなきゃあんた死んじゃうっ!」
「じゃあ、ヒーリング…………あ、水無い」
「あたし水探して来るっ! あんた絶対動いちゃ駄目よっ!」
「ううん、俺も一緒に水探す」
「絶対に動くなぁーっ!」
「う……うん、分かった」

 ティナに絶対動くなと釘を刺し、クリスは大慌てで周囲に水が無いか探しに駆け出した。



 クリスは落とし穴の底を駆け回りながら水を探す。

「水っ! 水っ! 水ぅーっ!」
 無い……無いっ!
 水が無きゃ……ティナ死んじゃうっ!
 水ぅぅぅーっ!
 あああこんちくしょうっ! 何なのよここっ!
 死体ばっかりで水なんか何処にも無いじゃないのっ!」

 クリスが水を求めて駆け回る先には、無数の死体が転がっているばかりであった。


 近くに水が無いと悟ったクリスは、大急ぎでティナの元へと戻る。

「ごめんっ! 水見付けらんないっ!」
「大丈夫。俺、じっとしてる。そのうち血止まる」
「その傷じゃ止まんないってばっ! 何か水の代わりになるものっ……あっ!?」
「?」

 何かを閃いたクリスは、突然自分の胸を揉みしだき始める。


 急に胸を揉み始めたクリスを不思議に思い、ティナは何をしているのか聞く。

「クリス、何してるんだ?」
「多分出るっ! きっと出るっ! 気合いで出すっ!」
「? 何が出るんだ?」
「はいっ! 吸ってっ!」
「? 吸うって……何をだ?」
「あたしのおっぱい吸うのっ!」
「……え?」
「早くっ! 気合いで出すから! 早く吸ってっ!」
「う、うん。…………ちゅっ……ちゅっ……」
「ちゃんとヒーリング念じて吸ってねっ!」
「んむっ……ちゅっ……ちゅっ……」

 クリスは気合いさえあれば母乳が出ると信じて、ティナを自分の右乳首に吸い付かせる。

 ティナはクリスの右乳首を無心になって吸い続けた。


 クリスはティナの頭を大事そうに掴みながら聞く。

「どうっ? 出たっ!?」
「……出ない」
「んじゃ次は左の吸ってっ!」
「うん。ちゅっ……ちゅっ……」
「出たっ!?」
「……ううん、出ない」
「くっ……何で母乳のひとつも出せないのよ! あたしはっ!」
「クリス。俺、大丈夫だから」
「絶対大丈夫なんかじゃ無いっ! お願いだから死んじゃ駄目っ!」
「う、うん」
「何か他に水の代わりになりそうなのっ…………あっ!?」
「? 何かあるのか?」
「ちょっと待っててっ!」

 クリスはくるりと振り返り、屈みながら股を開いて何かを始めた。


 チョロッ
 チョロチョロッ
 ジョロロロロ

 水の流れ出す音が周囲に響き渡る。


 クリスはくるりと振り返り、ティナを向く。

 両手で作られた手酌の中には、何やら黄色みがかった液体が貯まっていた。

 クリスは手酌の液体をティナに差し出しながら話す。

「はい水っ! たぶん水っ!」
「え、クリス。これって……おしっこ?」
「きっと水っ! ヒーリングかかるかどうか試してみてっ!」
「う……うん」
「かかったら絶対飲んでっ!」
「う……わ……分かった」

 ティナはヒーリングを念じる。

 黄色みがかった液体は輝き、ヒーリングが発動した。


 クリスは手酌の液体をティナの口元へと運びながら話す。

「よしかかったっ! これ飲んでっ!」
「え……う、うん」
「早くっ! 血が出過ぎて死んじゃう前に早くっ!」
「う……じゅるっ……ずずっ……ごくっ……ごくっ……」
「どうっ? 効いたっ!?」
「ぐっ……むっ……ごくん」

 ティナはクリスの作り出した液体を我慢して飲み込んだ。

 ヒーリングは無事にかかり、ティナの翼はみるみると修復され、元通りに戻った。


 ティナは回復した翼を動かしながら、クリスに感謝する。

「治った。ありがとう、クリス」
「ああっ……良かったぁ……」
「クリスのおしっこ……えっと、その……旨かった」
「…………うぇっ!?」
「クリスのおしっこで俺、助かった。ありがとう」
「あ……うん……どう……いたしまして」


 クリスは顔を真っ赤にし、ティナの報告に恥ずかしがりながらうつむいた。

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