翼の民

天秤座

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クリスの受難

54 鬼神

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 抱き合うティナとクリスを見ながら、衛兵達はどよめきの声を上げる。

「な……何だあの小娘は?」
「アレを受けて……動き回れる……だと?」
「し、信じられん」
「何故動けるのだ?」
「……化け物か?」
「あの鎧……もしや谷の近衛か?」
「そのようだ」
「我等でもアレを受ければ全く動けぬのに……」
「谷の近衛には……あのような猛者がおるのか?」
「見ろよ、殺された人間の死体を」
「……変わった斬られ具合だな」
「斬ったというよりも……斬り潰したと言うべきか?」
「まるで押し切ったパンのようだ」
「あの斬撃、大剣並みの威力があるぞ」
「……よく見ると、中々可愛らしい小娘ではないか」
「大人になれば、さぞや美人になるであろうな?」
「殺すには偲び無いが……島に喧嘩を売ってきたのだ」
「生きて帰す訳にはゆくまい」
「各自、あの2人を包囲せよ」
「承知!」

 衛兵達は次々と剣を抜き、クリスとティナの周りを取り囲む。


 ティナは包囲した衛兵達を睨みつけながら、泣き続けるクリスに話す。

「泣くなクリス。まだ終わってないぞ」
「ぐすっ……うん」
「あいつら、俺達殺しに来る。クリス、動けるか?」
「……駄目。立ってるのがやっと……」
「分かった。俺、クリス守る」
「ティナ……」
「俺、頑張るけど……あいつらクリス殺しに来るかも知れない。剣1本渡す、来たら剣使って戦え」
「えっ……でも、そしたらティナが……」
「俺、剣1本で戦う。大丈夫!」
「あたし動けない。ティナが使って」
「ううん。剣、きっとクリス守ってくれる」
「あたし……もう殺されてもいいよ? ティナだけ逃げて?」
「やだ! 俺、クリスと一緒に谷に帰る!」
「お願い……あたし、ティナが殺されるトコなんか見たく無いよ」
「俺はクリス殺されるの見たく無い」
「じゃあ……頑張ってみよっか?」
「うん」

 ティナは床に置いた2本の剣を拾い上げ、1本をクリスに手渡した。

 クリスは剣を受け取り、逆手に持って剣先を床に刺し、身体を支える。

 2人は包囲する衛兵達から何とかして逃げ出そうと、悪あがきをする決心を固めた。
 

 騒ぎの一部始終を眺めていたソーマは、手を叩いて喜びながら話す。

「うん、面白い余興であった。ご苦労、後は死んで良いぞ」
「誰が死ぬもんかっ! こんの馬鹿皇子っ!」
「俺達、絶対谷に帰る!」
「無駄な事はするな。衛兵! 殺せ!」
「はっ!」

 衛兵達は剣を握りしめたまま、じわじわと包囲の輪を縮めて行く。


 突如衛兵達は、ソーマに向けて叫ぶ。

「殿下! この2人の拘束、解いて下さいませぬか!」
「我等島の衛兵は正々堂々、こ奴らと剣を交えとうございます!」
「拘束された娘を斬り殺すなど、島の衛兵の恥でございます!」
「何卒お願い致します、殿下!」
「ならぬ! 早く殺せ!」
「我等に恥をかけと仰せられますか!」
「うるさい! ボクに指図するなっ!」

 ソーマは衛兵の願いを拒否し、早く殺せと命令する。


 衛兵達は顔を見合わせながら話す。

「……やむを得ん、やるしかない」
「ならばせめて、1対1でやるか」
「うむ。せめてもの情けだ、集団で殺しはしまいて」
「立ってるのがやっとの小娘には手を出すな」
「動ける小娘のほうだけやるぞ」
「承知した」
「では、それがしが一番手で参ろう」
「分かった。行け、ウモン」 

 衛兵のひとりが輪の中からティナに近付いてゆく。


 衛兵仲間からウモンと呼ばれた男は、ティナの前に立ちはだかりながら話す。

「いざ、参るぞ。小娘」
「お前達、俺殺してからクリスに行け!」
「そのつもりだ。身動き出来ぬ者を斬る剣は、誰も持っておらぬ」
「……絶対、クリスに行くな!」
「約束してやる。お前が死なぬ限り、あの娘には手を出さん」
「分かった。来い!」
「小娘よ、それがしは出来ればお前が何の障害も無い状態で、剣を交えたかったぞ」
「…………」

 ティナは剣を両手で握りしめ、目の前に立ちはだかる衛兵の斬撃を避ける事に集中する。


 衛兵は剣を横に構えると、ティナ目がけ力任せに横へ薙ぎ払った。
 
「せりゃぁーっ!」
「んがぁーっ!」
「ぬおおっ!?」
「でりゃぁぁぁーっ!」
「うぐぁっ!?」

 ティナは何倍にも重くされた体重をモノともせず、空高くジャンプして飛び上がり、空中で身体を捻りながら衛兵の背後に回り込む。

 そのまま落下の速度と全体重を預けて鎧の隙間、首筋から背中にかけて思い切り剣を突き刺した。


剣を突き刺された衛兵は倒れ込み、ティナに称賛を送る。

「う……ぐ……見事……だ」
「………………」
「よもや……飛べるとは……思わ……なんだ……わ」
「……殺してごめんなさい」
「……悔いは……無い」
「剣、抜くぞ?」
「…………」

 ティナは衛兵に突き刺した剣を引き抜こうとする。

 しかし、高い位置から全体重を乗せて突き刺した剣は衛兵の身体から抜き取ろうにも、全くびくともしなかった。

 ティナの剣は、余りにも深く刺さり過ぎてしまっていた。


 剣を回収出来ず、丸腰になったティナへ次の衛兵が立ちはだかる。

 衛兵はティナへ称賛の言葉を投げかけながら身構える。

「よもやその身体で飛び上がるとは思ってもみなかったぞ、小娘」
「…………」
「だが、剣を失ったのは悪手であったな?」
「俺、剣無い。それでもやるのか?」
「小娘よ、覚えておけ。いくさで剣を失う事、それは死を意味するとな」
「分かった。もう剣、無くさない」
「それは生きてここから出られたらにしろ」
「俺、絶対生きて帰る! クリスと一緒に谷に帰る!」
「私も生かしてやりたいところではあるが……同胞をやられた仇はとらせて頂く!」
「……来い!」
「いざ参る! はぁぁーっ!」

 衛兵はティナの頭めがけ、容赦無い一撃を振り下ろす。


 ガキィン

 ギャリギャリギャリ


 ティナは頭の上で両腕を交差させ、籠手で斬撃を受け止める。

 そしてそのまま衛兵に向かって体当たりを敢行した。

 籠手と剣は摩擦で火花を散らし、ティナは衛兵に思いきりぶつかる。


 ティナの捨て身の体当たりを予測出来なかった衛兵は、突進の勢いに吹き飛ばされる。
 
「ぐぉぉっ!?」
「あっ!? 剣落とさなかった」
「うぐぅ……お前に渡してなるものか……」
「まだやるか?」
「無手でもやれるとは……見事だ。谷の兵士は凄まじいな」
「俺、今重い。身体武器に出来る」
「不利を有利に変えるとは……実に見事だ!」
「お願いだからもうやめろ。俺達谷に帰して」
「……それは出来ん」
「何でだ?」
「ここまで抗われては島の威信に関わるのだ。意地でも我等はお前達を生きて帰す訳にはいかぬ」
「クリスと一緒に谷に帰りたい……帰して……」
「…………」
「お願いします……俺達、谷に帰して……」

 衛兵達はティナの切実な願いに心を揺さぶられる。

 元はと言えば島の謀略にこの2人は巻き込まれてしまったのだ、果たして殺すのが正しい道なのであろうか、と。

 ティナの訴えに心を揺さぶられ、戦意を喪失した衛兵達は次々と剣を下げ始めた。


 ソーマは衛兵達の体たらくぶりに苛立ち、自身の護衛をしていた2人の親衛兵に命令する。

「お前達、クリスを人質にしろ」
「はっ!」
「クリスを殺すと脅して、先にあの化け物を始末する」
「仰せのままに」

 親衛兵は即座に動き、クリスに向かって駆け出す。


 ティナは親衛兵の動きを察し、阻止に動き出したところをソーマに叫ばれる。

「動くな化け物!」
「俺、化け物じゃないっ!」
「黙れ化け物! そこから一歩でも動いてみろ、クリスを殺す!」
「やめろっ! クリス殺すなっ!」
「では動くな!」
「俺、動かない! クリス殺さないで!」
「うん、少しは考えてやる」

 ソーマの言葉を信じ、ティナはその場に留まった。


 親衛兵は衛兵達を突き飛ばし、身動き出来ないクリスの喉元に剣を突き付ける。

「お前嘘つくな! 俺、動いてないぞっ!」
「嘘などついておらぬぞ? まだ殺してないからな?」
「クリス殺したら俺、絶対お前許さないっ!」
「ティナ逃げてっ! あたしもう駄目! 死んでもいいから、ティナだけは逃げてっ!」
「やだっ! 絶対クリスと一緒に生きて帰るっ!」
「お願いティナ……あたしもういいから、助けに来てくれただけで、幸せだったよ?」
「やだ! クリス死んだら俺も死ぬ! あの悪い奴殺してから俺も死ぬっ!」
「やれやれ、ボクも嫌われたものだな? 何もしておらんというのに」
「このクソ野郎っ! 他人事みたいに言ってんじゃねぇっ!」
「ボクは寛大だぞ? お前なんかの暴言などで怒らないからな?」
「このっ……クソっ……」

 クリスはソーマに怒る気力さえ失い、がっくりとうなだれる。 


 ソーマはティナに勝ち誇った顔で話しかける。

「さて化け物。クリスを殺されたくなかったら、ボクの言う通りに動け」
「分かった」
「後ろに下がれ」
「…………」
「そうそう、いいぞ。もう少し後ろだ」
「……分かった」
「良し、そこで止まれ」
「…………」
「落ちろ」
「うわぁっ!?」
「きゃぁーっ! ティナぁーっ!」

 ソーマが指をパチンと鳴らすと、ティナが立っていた床が突然消え去り、落とし穴が開く。

 ティナは落とし穴へと落ちていった。

 クリスはティナが落とされる瞬間を目撃し、悲鳴をあげた。


 ソーマは親衛兵に手をかざし、クリスに突き立てていた剣を下げさせながら話す。

「どうだクリス? ボクに逆らうとどうなるか分かったか?」
「あ……あ…………ティナ…………」
「あの落とし穴に落ちれば、絶対に生きて出てこれないぞ」
「嫌だ……そんなの……嫌……」
「悲しいか? 悔しいか? ボクは堪らなく愉快だぞ?」
「ティナ……待ってて……あたしも……そっち行くからね?」
「さてクリス、もう一度人間を呼んでやる。ここで嬲られて死ね」
「……動け…………いい加減動けあたしっ!」
「無駄な事はするな。黙ってもう一度ーー」
「動けっ! 動け動け動けぇーっ! こんちくしょぉぉーっ!」
「なっ!?」

 クリスは気力を振り絞り、自力で身体を動かして歩き出す。

 ティナから渡された剣を杖代わりに、その足取りはおぼつかぬまま、一歩、また一歩と、少しずつティナが落ちた落とし穴へと歩みを進める。


 ソーマは歩き出したクリスに呆然としながら話す。

「たっ、谷の娘は化け物ばかりなのか!?」
「今度は……あたしが……助けてあげなきゃ」
「何で……動けるのだ?」
「早くしないと……ティナに追い付けない。頑張れあたし!」
「くくっ、いい事思い付いたぞ。飛び込む瞬間に穴を閉じてやる」
「……? 何か……力が沸いてきた」
「ほれ、頑張れ。もう少しだぞ? 直前で閉じてやって……くくくっ」
「よし、動けるっ! ティナぁーっ!」
「……あっ! 待てクリスっ!」
「今そっち行くからねぇーっ!」
「……ああ、ボクの玩具おもちゃが……」



 クリスは突然不思議な力が沸き上がり、一気に駆け出すと迷わずティナが落ちた落とし穴へと飛び込んだ。

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