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クリスの受難
50 告白
しおりを挟むイザベラとローラ、近衛兵達は全員右手で目を覆い、がっくりとうなだれながら思う。
(ティナ……それじゃ駄目よ)
(心を……込めませんと)
(台詞を棒読みしてどうする)
(クリスの心に響かないってば)
(あーほら……クリス怪訝そうな顔してる)
(誰かの入れ知恵って、バレちゃうでしょうが)
(失敗した……ティナに誰も言って無かった)
(馬鹿正直な子だって……すっかり忘れてたわ)
イザベラ達は、誰もがこれは大失敗だったと後悔した。
クリスはティナの瞳を見つめながら話す。
「それ……ティナが言おうと思ったの?」
「ううん。イザベラとローラに、言えって言われた」
「……ティナが思って言った言葉じゃ……無いんだね?」
「うん。これ言えば、クリス島に行かないって言ってた」
「……そっか、そうだよね? じゃないとあたし、島に行っちゃうもんね?」
「うん。でもこれで、クリス島に行かない」
「………………」
「俺、ちゃんと言えた。クリス、島に行かなくて済んだ」
「あたし……島に行くよ?」
「…………え?」
「お花、ありがとね?」
「え……何で……何で? どうして?」
「じゃあね、バイバイ。元気でね?」
「あ……え……」
クリスは立ち上がり、グスタフの元へと歩き出す。
ティナは何故クリスが島に行くのか分からず、混乱する。
イザベラとローラは魔力を使い、誰にも聞かれないように話し合う。
(ティナにこういうのは早すぎたわね)
(心はまだ子供であった事、失念していましたわ)
(よし、やるわよ?)
(クリスを操りましょう)
(私がやるわ。その間ローラはグスタフに気取られないように取り繕ってね)
(はい、お姉様)
(じゃあ、クリス。……悪く思わないでね?)
(あっ、待ってお姉様! ティナが……)
(え?)
(ティナが……何かしようとしていますわ)
(何かって……何を?)
イザベラとローラは、クリスの後を追うようにふらふらと歩き出したティナを見つめ、魔力で操る事を一時的に中断した。
ティナはクリスの後ろ姿に向かい、声を震わせながら話しかける。
クリスはティナに声をかけられている事に気付き、立ち止まって耳を傾ける。
「クリス……やだ」
「…………」
「俺……クリス居ない……やだ」
「…………」
「やだ……やだ…………やだぁぁぁーっ!」
「!?」
「クリス行かないで! 俺、クリス居ないとやだ!」
「…………」
「俺、クリス大好き! でもクリス、俺嫌い!」
「……違う」
「俺、クリスに嫌われた! だからクリス、島に行く!」
「違うって……」
「クリスに嫌われた俺、全部悪い! でも俺、クリスと離れたくない!」
「……ティナは悪くないよ」
「クリス! 俺、捨てないで! 俺、もう嫌われないように頑張るから!」
「ティナ……」
「行かないで! 俺の全部、クリスにあげるから……行っちゃやだぁぁぁーっ!」
「そんな事言うと……ホントに貰っちゃうよ?」
「クリス腹減ったら、俺食ってもいいから! 行かないでぇぇぇぇーっ!」
「……食べちゃうワケ無いでしょ、勿体無い…………ぐすっ」
「やだぁぁぁー! クリスぅぅぅー! うわぁぁぁーん!」
「……ティナぁぁぁーっ!」
クリスは振り返り、ティナから貰った花束を放り投げた。
泣きじゃくっているティナに向かって駆け出すと、力の加減など忘れてティナの身体を思いきり抱きしめる。
クリスに抱きしめられたティナは、無意識にクリスをぎゅっと抱きしめ返した。
ティナが自分の気持ちで、自分の考えで離れたくないと言ってくれた事にクリスは感動し、こんなに思ってくれているこの子を置き去りにしようとした自分に後悔しながら話す。
「ティナ……ごめん! ホントにごめん!」
「クリス……行かないで……」
「うん……うん……行かない」
「本当? 行かない?」
「行かない! あたしが馬鹿だった!」
「ううん、クリス馬鹿じゃない。俺のほうが馬鹿」
「ティナは馬鹿じゃないよ!」
「俺、クリスが島行きたいのに、やだって言った。クリスの気持ち、邪魔した俺、馬鹿」
「違う! 違うの……あたしのほうが馬鹿! ティナの気持ち無視して、自分勝手な事したあたしが馬鹿なの!」
「クリス? 俺と一緒に……居てくれる?」
「うん! ずっと一緒に居る!」
「やった……やったぁ!」
「ティナ……ありがとね?」
「クリスもありがとう!」
2人は抱き合ったまま、お互いを大事にしている事を改めて認識し合った。
谷の女衆は抱き合う2人を見つめながら、目に涙を浮かべて話す。
「やっぱりあの2人、離れられない運命だったね」
「あれって実質、ティナちゃんからクリスに求婚したよね?」
「自分の事、全部あげるだってよ?」
「いいなぁ、私も言われてみたいわぁ……」
「あらあら。ティナちゃんもう、クリスのモンになっちゃったね」
「婿取り競争なんか起きないじゃないのさ」
「いいねぇ、若さって」
「あたしらもこんな時代、あったねぇ……」
「もし私がクリスだったら、こんな大勢の前で求婚されちまうと……こっ恥ずかしいわ」
「でも、うんって言っちまうんだろ?」
「そりゃそうさ。女冥利に尽きるよ」
「さっすがティナちゃん! それでこそあたしの孫だよ!」
「……そうだねぇ。間違い無くあんたの孫だよ」
「人の心鷲掴みにしちまうとこなんざ、ヨミそっくりだ」
「いい孫じゃないか」
「谷の未来も、あの2人が居てくれれば安泰だねぇ」
ティナの求婚を受けたクリスを羨ましがる未婚の女衆。
自分の娘はティナを貰えないと残念がる母親衆。
ヨミの孫にしては優しすぎるとは思っていたが、ヨミ同様気持ちの強い子だったと知って関心する老婆衆。
女衆は全員、あの2人の幸多いであろう未来に祝福を送った。
イザベラとローラ、近衛兵達もうんうんと頷きながら話す。
「何だ、私達が心配する事なんて無かったじゃない」
「ティナはちゃんと、クリスを引き留められましたわね」
「私達が苦心せずとも、こうなる結果であったか」
「良かったね、ティナ」
「クリスも幸せモンだよ」
「あーあ、クリスの圧勝じゃん」
「競争したって、惨めな思いするだけだったね」
「早く男に…っといけね、もう離ればなれになるなよー?」
島の女達は全員、新たな番の誕生を心から祝福した。
ひとりだけ、部外者が居る事を忘れて。
鳴り止まぬ歓声を憮然とした態度で聞いていたグスタフは、抱き合うティナとクリスに近付いてゆき、話す。
「おいクリス。そろそろ行くぞ」
「いえ、あたしは島に行きません」
「貴様、約束を反故にするとでも言うつもりか?」
「はい。皇子様より、もっと大切な人が出来ましたので」
「そんなものが理由に出来るとでも、思っておるのか?」
「理由も何も……あたしはもう島へは行きません」
「……チッ。ならば無理にでも連れて行くぞ」
「嫌です。島はもう、あたし達に関わらないで下さい」
「断る。来い!」
「嫌っ! やめて下さいっ!」
「グスタフ! クリスいじめると俺、お前殺す!」
クリスの左腕を掴み、強引に連れ去ろうとしたグスタフに、ティナは腰に下げていた剣の柄に手をかけ、睨みつけながら威嚇する。
イザベラとローラは、グスタフに話す。
「グスタフ、貴様もう帰れ」
「クリスは島へ行きません。谷は妃取りのお話、拒否致します」
「約束が違うではありませぬか!」
「おや? 島が約束を守れと言うのか?」
「いつも約束を反故になさるのは、島の常套手段ではありませんか」
「谷から嫁を取りたかったら、まず先に男衆を返せ」
「お話はそこからですわ」
「ぐぬぬ……どうなっても知りませぬぞ?」
「これ以上何をすると言うのだ?」
「谷へ攻め入り、滅ぼそうとでも?」
「やってみるが良い。谷の総力を以て、貴様らを皆殺しにしてやる」
「必ずや、後悔させてご覧にいれますわ」
「ほれ、どうした? 帰って戦争の準備でもして来い!」
「貴方を殺して、此方から宣戦布告しても宜しくってよ?」
「ぐぬぅ……」
グスタフは女王2人に文句を言ったが、倍以上にして返されて言葉を失った。
クリスはティナから離れ、イザベラとローラに話す。
「お待ち下さい。あたし、島に行ってきちんとお断りして参ります」
「クリス、そんな事しなくていいのよ?」
「そうですわよ? 私達にそのような義理はありませんわ」
「いえ、元はと言えばあたしが行くと行ってしまったのが原因です。あたしが直接皇子様にお会いして、正式にお断りして参ります」
「いいってば、そんな事しなくても」
「島の事など放っておきなさい」
「いえ、行きます。行ってお断りしてして来ます」
「……そう。そこまで言うのなら止めないけどね……」
「その格好で行かれると、勘違いされてしまいますよ?」
「あっ、花嫁衣装……」
「ちゃんと着替えてから行くのよ?」
「グスタフ。その程度の時間、お待ちになりなさい」
「結果的に行くのであれば、儂は待ちますぞ?」
グスタフはニヤリと口元を歪めた。
イザベラとローラは、ソニアに指示を出す。
「ソニア、クリスの着替え、手伝ってあげて頂戴」
「はっ。ではクリス、一緒に来い」
「はい、隊長」
「近衛は全員待機! 両陛下の護衛を継続せよ!」
「はっ!」
「ティナも護衛しろ!」
「俺、クリスと一緒に行きたい」
「駄目だ。もしグスタフ将軍が暴れたら、お前にしか止められん。両陛下をお守りしてくれ、頼む」
「……うん、分かった。俺、イザベラとローラ守る」
「頼んだぞ?」
「うん! 隊長!」
ティナはグスタフの前に立ち、キッと睨み付けると両腰に下げていた剣を2本抜刀し、身構えて威嚇を始めた。
グスタフは初めてティナの戦闘態勢を目の当たりにし、その只ならぬ殺気に恐怖を覚える。
全く隙の無い構え、一歩でも動けば先手を打たれる、これが谷最強の剣士かと、額から汗が出る。
イザベラとローラはグスタフの畏怖を察し、ティナをけしかける。
「ティナ、そのまま殺っちゃえ」
「5年前の怨み、晴らしても良いですわよ?」
「じょ、女王陛下……お戯れはおやめ下され」
「殺していいのか?」
「ええ。ルドルフの馬鹿には私から言っておくから、殺っちゃえ」
「先に無礼を働いたとか屈辱を受けたとか、言い訳などどうにでも出来ますから」
「ほ、本当におやめ下され。儂は何もしませぬから」
「俺、グスタフ殺す。グスタフ、死ね!」
「あ、待ってティナ。本気にしちゃ駄目よ?」
「殺すのは許してあげて下さいね?」
「うん、分かった。俺、グスタフ殺さない」
「し……心臓に悪いですぞ……」
ティナをけしかけられそうになったグスタフは、肝を冷やした。
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