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クリスの受難
47 やらかしたチェイニー
しおりを挟むソニアが兵舎まで戻って来た時には、既に夕食の準備は一通り出来上がり、近衛達がイザベラとローラの前に運んでいる最中であった。
ティナはソニアを見付けると、右手をめいっぱい振り回し、作り笑顔で叫ぶ。
「ソニアー! ゴハンもう出来てるぞー!」
「ティナ……無理するな」
「? 俺、大鍋無理して運んでないぞ?」
「……お前、そんな重い鍋……ひとりで運んだのか?」
「うん! みんなやめろって言ったけど、こんなの軽いぞ!」
「隊長、ティナってば凄いんですよ。隊長でもきついあの大鍋、軽々と運んだんです」
「ホント化け物ですよ、化け物」
「おかげで凄く助かりました」
「……何か、カラ元気なのが気になりますけど」
「俺、元気! ゴハン楽しみ!」
「隊長? ティナの身に、何かあったのですか?」
「……お前達にも分かるか?」
ティナの作り笑顔と、カラ元気な振る舞いに気付いた近衛達は、何かがあったのだと察し、ソニアに聞く。
ソニアはフレイムアースの家での出来事を、近衛達に話す。
「クリスへ会わせに行ったのだがな、ティナは会わずにこちらへ戻ったのだ」
「そうですか……納得しました」
「道理で……あんな作り笑顔してるワケですね」
「言いたい事も言えずに……帰って来たんですね」
「仲良しな2人だと思ってましたが……意外と遠慮し合ってたんですね」
「もどかしく思います」
「お前達まで気付くとは……ティナの態度は相当分かり易いな」
「ええ。まるで子供が嘘ついてるの、隠してるみたいです」
「あそこまで顔と態度に出されると、誰でも気付きますよ」
「わたし達に出来る事があれば、何とかしてあげたいのですが……」
「あの2人って、女同士の仲良しさじゃなくて……別の何かじゃないかなって思っているんです」
「まるで男と女の恋仲……私達にはまだ分かりません」
「私にも分からん」
近衛達は全員腕を組み、拗れた2人の仲を何とかしてあげたいと悩んだ。
ティナが近付いてきて、ソニア達へ話しかけてくる。
「料理運ぶの、終わったぞ! 次何すればいい?」
「ティナ……お前、クリスと会って話してみーー」
「俺、腹減った! 早くゴハン食べたい!」
「ねえ、クリスと話ーー」
「腹減った! ゴハンゴハン!」
「ゴハン食べたらさ、クリスとーー」
「俺、食べたらちゃんと片付ける!」
「いいよ、わたし達がやるから。ティナはクリーー」
「俺も一緒にやる!」
「ティナ、ちゃんと話し合おうよ。クリスもきっとーー」
「片付けたら俺、寝る!」
「夜は長いんだよ? クリスと話すくらいの時間ーー」
「俺、早く寝る! 朝早く起きる!」
「……そこまでお前は、クリスと話したくないのか?」
「俺、明日クリスに歓送の儀礼、ちゃんとやって送る!」
「……お前も頑固な奴だ」
クリスの話を持ち出される度に歪んだ笑顔で妨害をするティナ。
露骨にクリスの話をはぐらかすティナに、近衛達はこのままでは絶対に駄目だと困惑する。
ソニアは一度この場からティナを退場させ、その間に全員で策を練ろうと思い、ティナへ指示を出す。
「ティナ、調理場の食器棚から皿を持って来てくれ」
「うん! 分かった!」
「ナイフとスプーン、フォークも忘れずにな?」
「うん! 行ってくる!」
ティナは兵舎に向かって駆け出していった。
走り去るティナの背中を見送った近衛達は、顔を見合わせながら話す。
「さて……どうしたものか」
「露骨にクリスの話、させませんでしたね」
「お願いだからクリスの話をしないでくれって、態度に出しましたね」
「……困ったな。どうすればいいんだろ」
「下手な事言って、余計に拗らせたらまずいですね」
「いっその事首に縄付けて、クリスんとこ連れてきますか?」
「無理矢理会わせても恐らく、あいつは何も言わんぞ?」
「でも、このままじゃ……駄目ですよ」
「何とかして、2人を会わせなきゃないです」
「2人とも一生、後悔する事になりますよ」
「あ、お酒飲ませて酔っ払わせるってのはどうでしょう?」
「酔っ払わせてから会わせれば、上手く行くかも知れませんよ?」
「酒……か。だが、果たして飲むかどうか分からんぞ? 」
「うーん……」
「あなた達、悩んでるところ悪いんだけど……」
「私達の事、忘れていませんか?」
「!? へ、陛下?」
目の前で悩み続ける近衛達をずっと見ていたイザベラとローラは、痺れを切らして会話へ割り込んできた。
イザベラとローラは、今の2人の事情を承知の上で話す。
「私も風の目で見てたわ。あの2人の馬鹿みたいな勘違いをね」
「私も、お姉様から伺っておりますわ」
「陛下……何か手立てがございますか?」
「ええ、簡単よ?」
「クリスを断らせれば良いのですわ」
「しかし……どの様にすれば宜しいのでしょうか?」
「私かローラが、魔力でクリスの事操ればいいのよ」
「あの子が言い出せないのなら、操って言わせるだけで良いのです」
「陛下が……クリスを操られるのでございますか?」
「クリスはティナに嫌われたと勘違いして、もう谷に居られないと思い込んでるわ」
「ティナもクリスの幸せを心から願い、身を引こうとしていますね」
「何とも微笑ましく、何とも愚かな事してると思うわ」
「馬鹿皇子の顔を立てる為に、好き合うあの2人が離ればなれになる事など、全くありませんのに」
「大丈夫よ。クリスを操って断らせるわ」
「お互いの事を大切に想うが故に勘違いなさっている誤解は、島を追い返してから2人でゆっくりと、話し合えば良いのですわ」
「きっと、2人とも誤解だったと分かって、大笑いすると思うわよ?」
「きっと、今以上に絆が深まると思いますわ」
「ティナも身体こそ女の子だけど、心は思春期に揺れる男の子だったという訳ね」
「クリスもティナを妹のような存在と思いながらも、心の何処かで恋愛対称として受け止めていたのでしょうね」
「本当、ティナってば心の優しすぎる男の子ね?」
「クリスも、とっても可愛らしい女の子ですわね?」
「だから、私達が絶対に阻止してあげる」
「絶対にあの2人を離ればなれになどさせませんわ」
「大丈夫よ、私達に任せなさい!」
「皆さんは、何の心配もありませんわ!」
女王2人が必ず阻止すると知り、近衛達は安堵の息を漏らした。
両手で木箱を抱えたティナが兵舎から走って来た。
夕食会場の隅へ木箱を置いたティナは、その場に居る誰もが見ていて辛くなるような作り笑顔をさせたまま話す。
「お皿とナイフとスプーンとフォーク、持って来たぞ!」
「すまんな。では、食事を始めよう」
「うん! 俺、腹減った!」
「お前、両陛下よりも先に食べ始めるんじゃないぞ?」
「あら、別に私達は構わないわよ?」
「ティナ、一緒に食べましょうね?」
「うん!」
ティナとクリスの問題が解決出来る見込みと知った近衛達は、安心しながら全員でティナの持ってきた木箱から食器を取り出し、輪を描くように中央へ並べた料理の前へ置く。
それぞれ自由に地面へ座り始め、ティナの左右にはイザベラとローラが座った。
ティナはイザベラが普段は見かける事の無い杖を持っている事に気付く。
イザベラの持つ杖は一見するとただの木杖だが、頭の部分に赤、青、黄色、緑、透明、黒、もうひとつ透明に輝くとても綺麗な7つの石がはめ込まれており、商売を知らない素人が値踏みしても分かるくらい、大変高価に見える杖であった。
杖に興味を持ったティナは、イザベラに話す。
「イザベラの杖、綺麗。かっこいい」
「あら、ありがとう」
「俺、イザベラが杖持ってるの、初めて見た」
「あら、そうだった? いつも近くに置いていたわよ?」
「杖、あるのは知ってる。近くで見たの、初めて」
「この杖ね、とっても便利なのよ?」
「便利なのか?」
「この杖を持ってるとね、何処に居ても全ての精霊魔法が使えるのよ?」
「精霊魔法って、精霊居ないと使えない。紙に書いてたぞ?」
「ええ、そうよ。だけどね、この杖はほら、石が7個付いてるでしょ?」
「うん、付いてる」
「この石それぞれがね、精霊の力を持ってるの」
「? その石、精霊なのか?」
「そう思ってもいいわよ。だから暗くなった今でもね、こうやって……光の精霊」
イザベラは杖を持ち上げ、光の精霊の名を呟く。
杖に埋め込まれている透明な石が輝きを放ち、周囲に光る玉が10個現れた。
光る玉は食事会場の周囲に散らばり、薄暗かった会場を明るく照らす。
イザベラはティナに話す。
「どう? 夜でも光の精霊を呼び出せるのよ?」
「おー! 凄い!」
「あっ、ティナ。その玉に触っちゃ駄目よ? 痺れちゃうからね?」
「えっ!? これ、痺れるのか?」
「私が使える光の精霊魔法、『光源』よ。プライマリではこうして10個出て、照明として明るく照らしてくれるのよ」
「へー! これ、便利!」
「セカンダリはこれを相手に高速でぶつける、『光弾』として使えるのよ?」
「これ、飛ばせるのか!?」
「しかもプライマリと違って、無制限にね」
「イザベラ、凄い!」
「ローラのプライマリはね、もっと凄いわよ?」
「俺、ローラの見たい!」
「ごめんなさいティナ。私のプライマリは、今使うと大変な事になってしまいますわ」
「? 大変?」
「沢山の雷を落としてしまいますの。どなたかに当たってしまってはいけませんわ」
「雷? チェイニーも使ってるやつか?」
「チェイニーは光と水と複合させて使う『雷雨』、ローラのは光だけで使える『雷撃』っていう魔法よ」
「へー。同じ雷でも、違う雷なのか?」
「ええ。でも、威力はチェイニーのほうがより強力ですのよ?」
「? 何でだ?」
「雨で身体が濡れると、人は雷に対する抵抗力が凄く落ちるの。おまけに水は雷をよく通す、雨の範囲内に雷が1発でも落ちるとね、身体が濡れちゃってれば問答無用で喰らうわよ?」
「それ、チェイニーの魔法、凄いって事か?」
「ええ。チェイニーは谷でも優秀な範囲攻撃魔法の使い手なのですよ?」
「じゃあチェイニー、剣より魔法使うほうが強いのか?」
「そうなるわね」
「チェイニー、凄い!」
ティナは目を輝かせ、羨望の眼差しでチェイニーを見た。
ティナに視線を向けられた肝心のチェイニーは、涙目になりながらしゅんとしている。
ティナは落ち込んでいるチェイニーに、首をかしげながら話しかける。
「? チェイニー、どうした?」
「ティナぁー……凄いと思ってくれたんならさー……私の事助けて……」
「? 助ける? 何をだ?」
「私が作ったパン、全部責任とって食えって言われたの……ティナも食べんの手伝ってよ…………しくしく」
「パン、食べればいいのか?」
「うー……我ながら名案だと思ったのになぁ……みんな気持ち悪がって、食べてくれないの」
チェイニーの座る目の前には、大皿へ小振りのパンが山のように積み上げられていた。
近衛達はナタリーを皮切りに、チェイニーへ文句を言い始める。
「何かこそこそやってんなーっては思ってたけど、何て事してくれんのよ」
「食べ物粗末にすんなよ」
「責任とって全部食え」
「サラダとかソーセージとかちょろまかして……まさかあんな事してたなんて」
「何だお前達、チェイニーがなにかやらかしたのか?」
「隊長……聞いて下さいよ」
「チェイニーのアホ、パン生地の中に……」
「ワケ分かんないもの入れて、ナタリーに焼かせたんです」
「申し訳ありません。焼き上がった時の香りで、初めて気付いたんです」
「チェイニー…………お前、何を入れた?」
ソニアはチェイニーをじろりと睨みつける。
チェイニーは肩をすぼめ、しゅんとしながらソニアに答える。
「苺のジャムとか……ジャガイモのサラダ……他にも色々と入れました」
「…………何でまたそんな事を……」
「あの……パンちぎって、ジャム塗って食べるって……面倒くさくありませんか?」
「無い」
「食べたら中にジャム入ってれば、塗る手間省けていいんじゃないかなー……って」
「ジャムはパンに塗って食べるものだ。中に入れてしまってどうする?」
「……申し訳ありません」
「そんなに作りおって……全てのパンの半分以上ではないか」
「……はい」
「やってしまった事を咎めはせん。その代わり、責任とってお前が全部食え」
「うぅ……はい……」
「そんなもの、ティナに食わせるんじゃない」
「これ全部……とても私ひとりじゃ食べきれ……はい、食べます。何日かけても、責任とって全部食べきります」
「当たり前だ」
「うぅ……3日くらいかかりそう……」
チェイニーは目の前にあるパンの山に、食べる前から胃が痛くなり始め、お腹をさすりながら死んだ魚のような目をしていた。
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