42 / 271
クリスの受難
41 剣術試験 後編
しおりを挟む先に仕掛けたのはソニアだった。
ソニアの剣は真横に、目にも止まらぬ速さでティナの左肩めがけ、振り抜かれた。
翼を羽ばたかせ、加速させた木大剣を思い切り真横に薙ぎ払う。
「いあーっ!」
「っ!」
ティナは翼を羽ばたかせ、加速させてしゃがみ込みながらソニアの一撃をかわした。
長い髪の毛がふわりとなびき、ソニアの木大剣が空を切る。
(良しっ! 避けたっ! 反撃っ……っとわぁぁっ!?)
「まだまだぁーっ!」
(もう1回来るっ!?)
しゃがみ込んだティナに、ソニアの二撃目が襲い掛かる。
木大剣を振り返し上げながら、真上から垂直に振り下ろされた強烈な一撃だった。
ティナは冷静に、しゃがみこんだまま身体を右に捻り、半身になってソニアの二撃目を避ける。
そのまま左手の木剣の剣先を、ソニアの喉元めがけて立ち上がりながら一気に突き入れる。
「おりゃぁーっ!」
「…………」
(!? 避けないのかっ!?)
ティナは慌てて木剣の突き上げをピタリと止めた。
ティナに木剣を喉元ギリギリで止められたソニアは、フッと笑いながら木大剣を下げて話す。
「……参った」
「えっ!? ソニア、まだ本気出してないだろ?」
降参の宣言をしたソニアに、ティナは目を丸くして驚いた。
木剣を下げたティナに、ソニアは清々しい表情をしながら答える。
「本気だったさ。本気で一撃目を入れた。お前にかわされた時、既に負けたと思ったよ」
「俺も翼使って、本気で避けたぞ」
「そのまま負けを認めても良かったのだがな……悔しいからもう一撃入れてみた」
「次のやつは、翼使わなかったよな?」
「あれは一撃必殺だからな……二撃目には使えん。当然のようにお前にかわされた」
「確かに、勢いは無かったぞ?」
「お前には私が隠していた、剣術の秘密を知られてしまった。文句無しに……私の完敗だよ」
「いいのか? 俺の勝ちで?」
「おめでとう、ティナ」
「ありがとう! ソニア!」
お互い訓練場の中央に戻り、一礼を終える。
近衛達は一目散にティナの元へと駆け寄り、勝利を褒め称える。
「ティナ凄いっ! 凄いよっ! とうとう隊長に勝っちゃった!」
「おめでとうティナーっ!」
「隊長に勝っちゃうなんて……本当に凄いっ!」
「さっすがバケモンっ!」
「ティナが勝ったってお婆ちゃんが聞いたら、きっと狂喜乱舞しちゃうよっ!」
「ティナ偉いっ! 偉いよっ! これで今晩のご馳走はすっごく美味しいよっ!」
「えへへ……。俺、ソニアに勝っちゃった!」
ティナを囲む近衛達の歓喜の輪にソニアも入り込み、ティナに話しかける。
「これで今日からお前は、近衛隊最強の剣士となったな」
「俺、近衛で一番強い! やったぁーっ!」
「ふふっ。お前さえ良ければ、隊長の座を譲ってやるぞ?」
「近衛隊長? んー……食い物なら貰うけど、他は要らない」
「はっはっは。実にお前らしいな?」
「隊長は、ソニアのままでいいや」
「何だと? お前は隊長になる気が無いのか?」
「うん、無い」
「……即答するんじゃない。少しは悩んでから断ってくれ」
「あはははは!」
近衛達は、眉毛をハの字にして溜め息をつくソニアの困り顔を見て、大笑いした。
ソニア達は試合最後の回復、休憩を入れる。
休憩中、ティナはクリスにそっと近付き、耳元で囁く。
「クリス、ちょっと聞いてくれ」
「ん? 何?」
「ソニアな、時々翼広げる時あるだろ?」
「うん。あれって大剣の重さに負けないように、バランス取ってるんじゃないの?」
「俺もそう思ってたけど、あれ違うぞ」
「え? 違うの?」
「うん。あれ、本気でやる合図だ」
「えっ!?」
「ソニアな、翼使ってあのでっかい剣の振り速度上げてる」
「そうなのっ!?」
「さっき戦ってみて分かった。人間相手にはよくやってるけど、俺達には滅多にやらないから、今まで気付かなかった」
「あんた何で分かったの?」
「この前の試験の時、いつもより速かったから避けられなかった。何が違うのか分かんなかったけど、今日ようやく分かった」
「隊長って……翼羽ばたかせて、その勢い使って剣の振り速度上げてるのね?」
「うん。間違い無いと思うぞ」
「ありがとう。先に聞いてて良かった」
「ソニアが翼広げたら、いつもより速くあの剣が来るぞ。気を付けろ」
「うん、分かった」
クリスはティナの助言に感謝し、素直に頷いた。
そして最終、8回戦が始まる。
ティナ・コロナ・ナタリー・レイナは対戦無し。
試験27回戦、チェイニー対エリ。 エリ勝利。
「やったぁーっ! やっと勝てたぁーっ!」
「くっそぉーっ! 単独6番狙ってたのにぃーっ!」
「へへー! これで3人とも仲良くビリだぁー!」
全敗の危機から辛うじてチェイニーより勝ちをもぎ取ったエリは、跳び上がって喜んだ。
試験28回戦、ソニア対クリス。
剣術試験の最終戦、1敗同士のソニアとクリスの戦いが今、始まる。
ティナ達はソニアと対峙するクリスに声援を送る。
「クリスぅーっ! 怪我してもヒーリングあるからなーっ!」
「無様に負けんなよぉーっ!」
「せめて1発当てろよぉーっ!」
「殺されんなよぉーっ!」
「死んだらティナ貰っちゃうぞぉーっ!」
「首だけは跳ね飛ばされないでよぉーっ!」
「うっさいっ! 気が散るっ!」
好き勝手叫ぶ近衛達に集中力を搔き乱されたクリスは、怒鳴り返した。
ソニアとクリスはじっと睨み合う。
じりじりと摺り足でにじり寄ったソニアは、クリスを木大剣の間合いに入れる。
そしてティナの時と同じように、翼を大きく広げる。
ソニアが本気だと知ったクリスは、冷や汗を垂らしながら話す。
「……隊長。あたしにも本気で……来るんですね?」
「……良く分かったな? ティナに聞いたのか?」
「はい。隊長が翼を広げたら本気の一撃が来るって……教えられました」
「そうか……私もお前にまで負けていられんからな。悪いが本気で行くぞ?」
「……はい」
「頭と首は狙わんから、安心しろ」
「そうして頂けると助かります。まだ……死にたくありませんので」
「私も貴重な戦力を失いたくない。だが……勝たせては貰うぞ?」
「近衛の意地、お見せします!」
「その心意気だ! クリス覚悟っ!」
「負けませんよ! 隊長っ!」
ソニアは翼を羽ばたかせ、加速させた木大剣を思い切り真横に薙ぎ払う。
「いあーっ!」
「そこっ!」
クリスは太刀筋を見切り、盾で防ぐ。
ソニアはお構い無しに、木大剣を思いきり振り抜く。
「笑止っ!」
「うぇっ!? キャァーッ!」
「……手応えあり」
バキィッ
ドガァンッ
クリスは木盾ごと吹き飛ばされ、兵舎の壁へ凄い勢いで叩きつけられた。
ソニアの一撃を受け止めたハズの木盾は、真っ二つに割れてくるくると回りながら壁にぶつかり、カランと乾いた音を立てて床に転がる。
盾を持っていたクリスの左腕は骨折し、壁に寄りかかりながら床に崩れ落ちるクリスの身体とは真逆の方向へと曲がっていた。
クリスは呻き声を上げながら身体を起こそうとし、左腕を動かした瞬間襲ってきた激痛に、顔を歪める。
ティナは慌ててコップに水を汲み、両手で溢さないように持ちながらクリスに駆け寄った。
「うっく……いたた……うぐぅっ!? いっ……痛いっ!」
「大丈夫かクリスっ!」
「痛い……あ……腕が……折れてる……」
「腕見るな。余計痛く感じちゃうぞ?」
「うん……。いっ、いたた……」
「待ってろクリス。……ほら、水飲め」
「ありがとう。んぐっ……んぐっ…………ぷぅっ」
ティナはヒーリングをかけた水の入ったコップをクリスに渡し、飲ませる。
クリスの折れた左腕は、ヒーリングが発動し回復する。
左腕の骨折を回復したクリスは、ティナにコップを返しながら話す。
「あー、ビックリした。太刀筋は何とか見えたけど、盾ごと吹き飛ばされちゃっちゃ」
「ソニアの剣はまともに受けちゃダメだぞ? 避けないと」
「避けられるのはあんたくらいよ。あたしは盾で防ぐのが精一杯よ」
「やっぱりソニア、翼使っていつもより速く剣振っただろ?」
「うん。いつもより段違いの速さだったよ」
「本気のソニアって、凄いよな?」
「そうだね。あんたから教えて貰ってても、全然対処出来なかったよ」
ソニアが近寄り、クリスに謝る。
「痛い思いをさせて済まなかったな、クリス」
「いえ。でもやっぱり、隊長は強いです。あたしじゃ到底敵いません」
「いいや。盾で防いだという事は、私の太刀筋を見切られたという事。クリス、お前も強くなったな?」
「それは……毎日どっかの剣馬鹿に付き合わされたら……あたしの目も良くなりますよ」
「クリス、剣馬鹿って俺の事か?」
「……あんた以外に誰が居るのよ?」
「馬鹿とか酷い……」
「あははははは!」
兵舎には近衛達の笑い声がこだました。
本日の剣術試験、最終成績。
1位 7勝0負 ティナ
2位 6勝1敗 ソニア
3位 5勝2敗 クリス
4位 4勝3敗 レイナ
5位 3勝4敗 ナタリー
6位 1勝6敗 チェイニー・コロナ・エリ
この日、ティナは初めて近衛兵団最強の座を手に入れた。
帰宅後、グレイスへ1位と3位の報告をするティナとクリス。
残念会のつもりで調理をしていたグレイスは、喜びながら大慌てで追加料理の準備を始める。
そしてティナ1位記念の夕食準備中に、可愛い孫が近衛最強の座を手に入れたと大はしゃぎしながら乱入して来たヨミ一家。
狂喜乱舞しながらティナを抱きしめるヨミ。
家から持ってきた料理をグレイスへ渡し、呆れ返りながらヨミのはっちゃけっぷりを見つめるシリカとレイナ。
これはとても賑やかな夕食会になりそうだと微笑むグレイスとクリス。
1位・3位・4位合同祝勝会が非常に大盛り上がりを見せたのは、言うまでもない。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる