翼の民

天秤座

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幼少~少年時代

31 魚捕り

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 食事を終えたクリスはティナを連れ、トイレの下流へと向かう。

 トイレの下流は民達の手によって川幅を広げられ、流れを緩やかにすると共に、魚が留まり易いように手を加えられていた。

 谷の母親・老婆・未婚の女。近衛以外の女衆は全員集まり、川へ向かって両岸から釣り糸を垂らしていた。

 各自の足元に置いてある水の張られた木桶には、魚が1匹も入っていない。

 どうやら全員苦戦中のようであった。


 ティナは嬉しそうにピョンピョンと飛び跳ね、また即興で歌い出す。

「サカナッ、サカナッ、サァーカァーナァーッ!」
「まーた変な歌作って歌ってる。……ほら見えた、みんな居るでしょ?」
「? ミンナナニシテルンダ?」
「釣りよ。長い棒に糸と針を付けて、ミミズとか虫の幼虫エサにして魚捕ってるの」
「ミミズ? アア、ツチノナカニイル、ホソナガイヤツカ。アレウマイヨナ!」
「うげっ!? あんたミミズ食べた事あるのっ!?」
「ウン。ニククエナカッタトキ、ホジクリダシテクッテタ」
「うぇ……気持ち悪っ! あ、でも……森じゃ貴重な栄養源か」
「ムシノアカチャンモウマイヨナ! ヨクカアサントイッショニ、ハチノイエトッテキテ、アマーイヤツとハチノアカチャンクッテタ!」
「あんたが石投げて、ハチの巣落としたのね?」
「ウン! オレ、ハチニササレルノイヤダカラ、オトシタラカアサンニマカセテ、ニゲテタ」
「あはは!」
「ハチノイエトルトキハ、イツモカアサンニホメラレテタ。カアサン、イシナゲレナイカラ」
「そりゃそうだわ。クマが石投げれるワケ無いじゃないの」


 こちらにやって来るクリスとティナを見付けたグレイス達は手を振って声をかける。

「あら! ティナちゃーん! 見に来てくれたのーっ?」
「わぁっ! 可愛いっ!」
「いやーんっ! あんなの見たら子供欲しくなっちゃうぅ!」
「おーっ! 男に戻ったら誘惑しちゃおっかなぁ?」
「あらまっ! あれがティナちゃん?」
「可愛いねぇ……」
「あんなに可愛い孫なら、そりゃヨミ婆ちゃんも張り切っちゃうよねぇ」
「ヨミに無理矢理駆り出されちまったけど、あの子に食べさせてやりたいんだねぇ」
「あんくらい可愛かったら、ヨミがメロメロになんのも納得だぁね」
「ほれほれ、あんたら集中集中っ! 魚が逃げちまうよっ!」
「釣り名人のヨミばーちゃんじゃないんだから、私達の釣果に期待しないで下さいよ」
「頑張ってるんですけどねぇ……釣れる気がしません」
「わたしゃもう腕上がんないんだ。老体にムチ打たせんじゃないよ」
「ヨミが頑張って釣ってくんなきゃ」
「あたしゃもう目が悪くなっちまってんだ! あんたらが釣ってくれなきゃ困るよ!」
「はーい。頑張りまーす」
「何とか釣り上げます」
「やれやれ、老人使いの荒い婆様だこと……」


 ウキウキしながら近くにやって来たティナに、女衆は申し訳無さそうな顔をしながら釣果を報告する。

「ティナちゃん、ごめんねぇ? 頑張ってるんだけどさ、まだ誰にも釣れてないんだよ」
「ア…サカナ、マダツカマエラレテナイノカ?」
「頼みの綱のヨミばーちゃんも目が悪くてさ、折角食いつかれても逃がしちゃってるんだ」
「すまないねぇティナちゃん。一生懸命釣ってるんだけど、みんな下手くそばっかりでねぇ」
「男衆がこういうの得意なんだけどねぇ……」
「食いつかれた瞬間が分かんなくてね、エサばっかり取られちゃってるのよ」
「何とか1匹でも釣り上げてさ、ティナちゃんにあげるから待っててね?」
「ナア? オレ、サカナトリニ、カワハイッテモイイカ?」
「えっ!? ティナちゃん素手で魚捕まえられるの?」
「ウン。モリノカワデヨクトッテタ」
「素手でかぃ? さっすがあたしの孫だね! ティナちゃん、ばーちゃんに見せとくれよ!」
「ウン! ヨミバーチャン!」

 ティナは服をポイポイと脱ぎ捨て、素っ裸になると川にザブンと飛び込む。

 川の深さはティナの腰くらいまであり、ティナはザブザブと水を漕いで川の中央で立ち止まった。

 ティナは腰をかがめ、両手を川の中に沈めると川の流れをじっと睨む。


 ヨミはティナが足を滑らせて溺れやしないかと心配し、女衆は呆れながら話す。

「ティナちゃん、転んで溺れちゃ駄目だよ? ばーちゃん心配だよぅ……」
「ダイジョウブ! モリデハモットハヤイカワデ、サカナトッテタンダ!」
「ヨミ婆ちゃん……ティナちゃんに見せてくれって言っといて、心配ですか?」
「当たり前じゃないかぃ! 可愛い可愛い孫が溺れたりなんかしたら、あの世逝った時バルボアとミモザに顔見せ出来ないよっ!」
「そう簡単に死にませんってば」
「ヨミも人の子だったんだねぇ」
「年寄りまで全員かき集めて釣りに行くって言われた時ゃ、鬼かと思っちまったよ」
「ティナちゃん、無理しなくていいんだよ? 釣ってりゃそのうち捕れるんだからね?」
「全員へたくそでも、数居りゃ1匹くらいは釣れるからね?」
「そうだねぇ。ティナちゃんの為に1匹くらいは釣りたいよねぇ」
「まさかティナちゃん直々に魚捕るとは……ああ、神様ぁ。ティナちゃんをお守り下さい」
「自分からティナちゃんに頼んどいて心配とか……とうとうボケちまったのかい、ヨミ?」
「まだボケて堪っかい! ティナちゃんが曾孫を作ってくれるまでは、意地でも生きてやっからね!」
「ミンナシズカニシテクレッ! サカナガニゲルッ!」
「ごめんよティナちゃん……」

 ガヤガヤと騒いでいた女衆はティナに叱られ、シュンとした。


 ティナは川の流れをじっと睨み、ボソボソと呟く。

「オー……オオキナサカナ……イッパイイル……。
 コイツラツカマエルトキハ……ユビヲウゴカシテクイモノニミセナガラ……。
 マチガエテクイニキタヤツヲ……イッキニ……トル。
 …………ヨシ、キタキタ……ソレェーッ!」

 バシャッと音を立て、大きな魚が川岸へと飛ばされてきた。


 川岸でビチビチと跳ねる魚を見ながら、女衆は大歓声を上げる。

「おおっ!? やったぁーっ!」
「おっきいーっ!」
「ティナちゃんすごぉーいっ!」
「こりゃたまげた! ホントに素手で魚捕れるんだねっ!?」
「さっすがあたしの孫だっ!」
「孫…関係無いだろ?」
「ひゃーっ! ティナすごーいっ! 魚捕るの上手っ!」
「クマノカアサンカラ、ツカマエカタオソワッタンダ。アトナンビキ、ヒツヨウダ?」

 ティナは魚をどれくらい捕ればいいか、女衆に聞いた。


 グレイスは岸へ打ち上げられた魚を捕まえながら話す。

「そうねぇ。このくらい大きな魚をあと20匹くらい捕れれば、谷のみんなが食べられるよ」
「ワカッタ。…………ソレーッ!」
「おおーっ! また捕まえたっ!」
「…………ソリャーッ!」
「こりゃまた大物だっ!」
「………………オリャーッ!」
「おほぉーっ!」
「…ヨイショーッ!」
「ティナちゃん……ホント凄い!」
「………イヨッ!」
「面白いくらい魚が飛んでくるねぇ……」

 
 ティナはサクサクと魚を捕り続け、あっという間に20匹集まった。



 クリスは、岸へと上がってきて服を着るティナを手伝いながら聞く。

「ねぇティナ、もっと沢山捕ったら?」
「イヤ、ダメダ。ソノヒクウブンダケトル。ソレガ、シゼンノオキテダ」
「そっか。クマのお母さんからそう教わったのね?」
「ウン」


 グレイス達は魚を各自の木桶に配り終え、逃げられてもいいように川岸から離すとティナの周りを取り囲みながら誉め称える。

「ティナちゃんありがとっ! これでみんな久しぶりに魚食べられるよ!」
「イママデサカナ、ツカマエテナカッタノカ?」
「うんうん。たまーに誰かはやってたんだけどね、なっかなか釣れなくてさ」
「やっとこさ釣れた魚を、みんなで分けてゴハンにしてたんだよ」
「みんなで分けるからさ、ほんのひとくち程度しか行き渡らなくてねぇ」
「全部の家の夕飯のおかず一品になるなんて、本当に久しぶりさ!」
「あん時ゃ……そうだ、バルボアが沢山釣ってきてくれたんだったねぇ」
「さっすが親子だよ。ちゃんと血を受け継いでるんだねぇ」
「あーあ……ウチにティナちゃん欲しいよ……」
「みんなティナちゃんの事、自分ちの娘にしたがってるよ?」
「エヘヘ……」
「フレイムアースが羨ましいねぇ……」

 女衆はティナを育てる事になったフレイムアース家を、心底羨ましがった。


 グレイスは自慢げに女衆へ話す。

「本当にティナちゃんっていい娘なのよ。あたしの作ったゴハン凄く美味しいって言ってね、いっぱい食べてくれるんだよ」
「あらぁ、いいわねぇ。ウチの娘は文句ばっかしか言わないよ」
「ウチもだよ。だったら自分で作れって言っても聞こえてないフリしやがるしさ!」
「ずぼらな娘より一生懸命になって水汲みしてくれるし、本当可愛いったらありゃしないよ」
「お母様っ! 今朝の話はやめてっ!」
「じゃあ、明日からはティナちゃんと一緒に起きて、水汲みすんだよっ!」
「はーい……」
「あはは! クリスちゃんも可愛い妹が出来て嬉しいだろ?」
「はいっ! でも……出来れば妹よりもお婿さんに……」
「え? 何だって?」
「いっ、いえ! 何でもありません!」
「あははは! それはいつか男に戻った時に、他の娘達と競争しなきゃね?」
「……はい」

 クリスは顔を赤くしながら俯いた。


 女衆はクリスの立場を考え、好き勝手に話し出す。

「でもねぇ……ひとつ屋根の下で暮らすクリスちゃんは、他の娘達より有利かもねぇ?」
「ティナちゃんの一番近くに居る娘だからねぇ……」
「そう……ですか?」
「でもね、油断してると逆になっちゃうかも知れないからね、気を付けるんだよ?」
「えっ? 逆って?」
「あんまりお姉ちゃんぶって威張り散らしてると、嫌われちゃうんだかんね?」
「そうそう。一緒に長く暮らしてると、相手の嫌なところに気付いちゃうからね」
「ま、嫌われちゃったほうがさ、ウチらの娘が貰える可能性が高くなっけどねぇ?」
「ティナちゃんから嫌われないように、気を付けなよ?」
「じゃないと近衛連中どころか、私達みたいなちょっと歳くった娘に取られちゃうかもよ?」
「は、はい……」

 クリスは母親達と未婚女性達に脅かされ、顔色を青くしながらうなずいた。



 クリスが女衆からいじられている間、ティナはヨミとその娘、シリカと話していた。

「どうだいシリカ、似てんだろ?」
「……うん。目元なんかあいつそっくり!」
「だろぉ? あたしもそう思うよ」
「エット……アノ……」
「あ、ごめんごめんティナちゃん。わたしシリカ。ティナちゃんの伯母さんよ?」
「オバサン…ッテナンダ?」
「えっとね、ティナちゃんの父さんの、お姉ちゃんよ?」
「オレノトウサン?」
「そうよ? ティナちゃんの父さんは、わたしの弟よ?」
「オトウト? オレニトウサンイルノカ?」
「居たのよ。お父さんとお母さんが居ないと、ティナちゃんは産まれてこれなかったのよ?」
「ソウナノカ?」
「うん。男と女が一緒にならないとね、赤ちゃんは産まれないのよ?」
「フーン……ヨミバーチャンハ、オレノトウサンノカアサンデ、シリカオバサンハ、オレノトウサンノオネエサマカ」
「うんうん! ティナちゃんは賢いねぇ。さすがあたしの孫だ!」
「オレカシコイ? エヘヘ……」
「あっ。ティナちゃん笑うと、お母さんのミモザそっくり!」
「うんうん! 可愛いよぉティナちゃん」
「オレ、ホメラレル、スゴクウレシイ!」
「もうね、ティナちゃん食べちゃいたいよ!」
「エエッ!? オレ、クワレルノイヤ!」
「あはははは! 食べるってのは本当に食べるって事じゃ無いよ?」
「?」



 クリスは昼休み時間がとっくに過ぎていた事に気付き、慌ててティナの手を掴んで話す。

「いっけないっ! お昼とっくに過ぎてるっ! 急いで兵舎に戻るよ!」
「ア、モドンナキャナイノカ?」
「早く戻んないと隊長に怒られちゃうっ!」
「エッ!? ソニアガオコル、コワイ!」
「走ってくより飛んでったほうが早いっ! 飛んでくよっ!」
「ウン! ワカッタ!」


 翼を広げ、急いで兵舎に飛んで戻ろうとするクリスとティナにグレイス達は手を振って叫ぶ。

「ティナちゃーん! 今夜のゴハン、楽しみにしててねー!」
「アノサカナモ、リョウリナルノカ!? タノシミー!」
「ほらティナ、急いで戻らなきゃ隊長に遅いって怒られちゃうよ?」
「ウン! オレ、オコラレタクナイ」
「ティナちゃんありがとねーっ!」
「今日はどこの家もご馳走だよぉーっ!」
「訓練頑張ってねぇーっ!」
「ハーイッ!」


 クリスとティナは、飛んで兵舎へと急いだ。


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