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幼少~少年時代
14 悲しみと憎しみ
しおりを挟む翌朝。
一睡もできなかった女衆は、殺された3人の遺体を埋葬するために、谷底へと降りていった。
遺体を発見する女衆。
周囲に集まり、しゃがみこんで両手を合わせ、涙しながら冥福を祈る。
やがてひとりの老婆が立ち上がり、周りへ叫ぶ。
「ほれっ! いつまでもこうしてちゃ集ってる虫に食われちまうよ! ちゃんと埋めてあげなきゃないよ!」
「……ヨミよ。あんた息子殺されたってのに…」
「嫁さんも孫も一緒に殺されてちまったってのに……もう少し悲しんだらどうだい?」
「悲しんでたら帰ってきてくれるんならいつまででも悲しむよ! だがね…もう…死んじまった……」
「ヨミよ。ここであんたが泣いてもさ、誰も止めないよ?」
「あんたが一番泣きたいってのにさ…こんな時に強がらなくてもいいじゃないかい」
「やかましいっ! 我慢してんの察してくれっ!」
「……すまなかったよ。そうだね、早く埋めたげないとね」
ヨミと呼ばれた老婆は、殺された男バルボアの母親であった。
女衆はヨミの気丈なふるまいに敬意を評し、遺体にまとわりついている虫を払い始めた。
ヨミは冷たくなった息子、バルボアの顔を撫でながら、優しく話しかける。
「バルボア……苦しかったかい?
…悔しかったかい?
あたしゃね…やっとお前が父親になれて…ほっとしてたんだ。
なのに……なんだよ……この仕打ちはさ。
お前もミモザも…たった1日しか…親になれないなんてさ。
……子供、カーソンって名付けたんだって?
いい名をつけたげたねぇ……。
ほんと……くそったれだねぇ……島のくそったれ……」
ヨミはぼろぼろと涙をこぼしながら、息子に話しかけ続けた。
女衆はヨミの悲壮な姿に、口を手でおさえ、嗚咽した。
ヨミの気性をよく知る老婆衆は、静かに話す。
「みんな、手を休めて少し待っとくれ」
「ヨミが落ち着くまで…一緒に泣いてあげとくれ」
「おっかないババアに見えるだろうけどね、ホントはこいつ…泣き虫なんだ」
「子供の時からね、いつもどっかに隠れて泣いてたんだ」
「それがさ、こんなに人が居る前で泣いちまった」
「ヨミも辛いだろうよ。たった数回しか孫抱けなかったんだ」
「この子らがさ、いったい何したってんだよ」
「いきなりやって来て……何で殺してくんだい……」
「270年ぶりの男の子だったってぇのに……何でだよ?」
「島の横暴には……もうやってらんないよ」
「悲しいねぇ……本当に…悲しいねぇ…」
「いいんだよ、ヨミ? こんなときくらい声だして泣いても」
「みんなでこの悲しみ…分かち合おうじゃないか」
老婆衆の慰めに、ヨミはついに張りつめていた心の糸が切れる。
「やかま…しい。余計なお世話……だよ………。
……うわあぁぁぁーっ!
殺されたぁぁぁぁー!
こんなの…こんなのぉぉぉ!
ふざけんじゃないよぉぉぉーっ!
なんて事っ……して……くれ……たんだょぅ…。
おぉーぃぉぃぉぃぉぃ……」
空を見上げ、堰をきったように声を張り上げて号泣を始めたヨミ。
他の者達もつられ、その場に泣き崩れる。
女衆の悲鳴にも似た泣き声は、谷底から女王達の元まで届いた。
イザベラは立ち上がり、ローラへ話す。
「ローラ。ちょっと行ってくるわね」
「はい、お願い致します」
「民が殺されるのなんて148年ぶりだから、みんな心が折れそうになってしまってるわ」
「女王として、諌めねばなりませんね」
「ええ。何とかしてくる」
「お姉様も、どうかご一緒に悲しんでいらして下さい」
「うん。私も泣ける自信あるわ」
イザベラは翼を広げ、飛び立つと女衆の居る谷底へと降りて行った。
谷底へと降り立ったイザベラは、女衆へ話す。
「みんな…本当にごめんなさい。救えなくてごめんなさい」
「イザベラ様…私達も、守れませんでした」
「この報復は必ずするわ。いつかグスタフをこの手で殺す」
「……どうか…お願い致します」
「私にも3人の冥福、祈らせて頂戴」
「はい……」
イザベラはヨミの隣へ座り、泣き続けるヨミの両肩に手を置きながら話す。
「ヨミ…ごめんなさい」
「ぐずっ…ぐずっ……陛下ぁぁぁ……おぉぉぉーん……」
「涙は悲しみを洗い流し、壊れた心を治してくれる。好きなだけお泣きなさい」
「うわぁぁぁぁ……わぁぁぁぁぁ……」
「みんなね……ずっとあなたの心の中に居てくれるわ。
あなたの息子、バルボア。
私も信頼を寄せていたミモザ。
そして……谷の希望だった…カーソン。
きちんと埋葬して…あげなくちゃね?」
「うぐっ……ぐぅぅ……はい、陛下」
ヨミはイザベラに慰められ、幾分か冷静になる。
イザベラは死体を悲しい瞳で見つめながら話す。
「バルボアがミモザを守り、ミモザはカーソンを守って殺された。そんな様子ね…」
「はい。逃げ出さなかった息子…誇りに思います」
「谷の男、ましてやヨミの息子だものね?
きっと勇敢だったでしょう。
ミモザも退役したとはいえ、元近衛隊長。
産後の衰弱した身体でなければ…あんな腐れグスタフなど返り討ちに出来たでしょうに…。
これ以上ない最悪のタイミングで…殺しに来られてしまったわ…。
カーソンも…この世界を見る前に………あらっ?
………カーソンは……どこ?」
イザベラは蹲るミモザが抱えているであろうと思っていたカーソンの亡骸が、何処にも見当たらない事に気付く。
女衆は神妙な面持ちをしながら、イザベラへ話す。
「はい。赤ん坊の遺体が……見当たらないのです」
「獣に運ばれた形跡もありません」
「小さな血溜まりがありますので……ここにあったと思われるのですが…」
「もしや…島が遺体を連れ去って行ったのでしょうか?」
「遺体が見当たらない以上…そうとしか考えられません」
「おのれ……そこまでしたのか……腐れグスタフめ!」
イザベラはふつふつと込み上がる怒りに両手を握りしめ、肩を震わせた。
赤ん坊の死体が見当たらない以上、女衆はやむなくバルボアとミモザの死体のみ谷底から引き上げ、墓地へと埋葬する。
墓標が建てられ、2人の冥福を祈る女衆。
それぞれ思い思いに墓前へ酒やパン、花を捧げてゆく。
後ろ髪を引かれながら家路に戻る女衆。
イザベラも戻り、入れ代わりにローラがやって来る。
墓前にはヨミとグレイスだけが残っていた。
ローラは墓前にしゃがみこみ、深く祈りを捧げる。
ヨミとグレイスは、ローラの後ろ姿を黙って見守っていた。
祈りを終え、立ち上がったローラは振り返り、ヨミとグレイスへ話す。
「ヨミ、気を確かに持って下さいね? グレイスも、決してセルゲイの失敗ではありませんからね?」
「はい、陛下。あたしゃ決めました! グスタフがくたばるまで、絶対先に逝きません!」
「あたしも……少しでも多く島の連中を道連れにしてからくたばります」
「私もお姉様も、その所存です」
「元近衛隊長…『極寒の魔女ヨミ』の名にかけて!」
「同じく…元近衛隊長『灼熱の魔女グレイス』の名にかけて、島との戦争に馳せ参じます!」
「あら? ヨミは『極寒の冷徹魔女』、グレイスは『灼熱の凶暴魔女』ではありませんでしたか?」
「陛下ぁ……そこの部分は省かせて下さいよ…」
「冷徹だ凶暴だって……不本意なんですから。ミモザみたいに『暴風の美魔女』なんて綺麗な異名が良かったですよ…」
「あなた達はそれだけ島に恐れられているのです。売られた喧嘩はきっちりと、倍にしてお返しして差し上げましょうね?」
「もちろんですとも!」
「何倍にでもして叩き返してやりますよ!」
復讐をほのめかしたのに、女王は乗ってくれた。
ヨミとグレイスは、ローラの計らいに感謝した。
墓標を見つめ続ける3人。
意を決し、グレイスはヨミへ話しかける。
「ヨミ隊長……実はご報告が」
「その呼び方はよしとくれ。あたしゃもう近衛隊長じゃないよ。あんただって元近衛隊長だろ? 立場は一緒だよ?」
「いえ。あたしが憧れ、目標としていた隊長です。その立場でご報告させて下さい」
「なんだい? 急にかしこまって?」
「隊長、申し訳ございません。あたしは、隊長のお孫さんを……うちの娘に貰おうなどと、邪な事を思っておりました」
「カーソンちゃんを…クリスちゃんにかい?」
「カーソンちゃんが年頃になるまでに、あの馬鹿娘を立派な嫁へと徹底的に鍛える所存でございました」
「……そうかい。そりゃ惜しかったねぇ。あたしもクリスちゃんになら……万歳しながら喜んでたよ」
「隊長……」
「端から見ててもクリスちゃんは優しい子だ。それでいて芯もしっかりしてる。孫の嫁にするなら文句なんぞなかったね」
「あ……ありがとうございます!」
「きっと……とても可愛い曾孫、産んでくれただろうねぇ……」
「あたしにとっては……孫……で……すみません、もう限界です」
突然グレイスはその場にへたりこみ、空に向かって大声で泣き始めた。
「うわぁぁぁぁーん!
うちのお婿さん……殺されたぁぁぁぁーっ!
ヨミ隊長から……お許し頂けたのにぃぃぃーっ!
あの馬鹿娘貰ってくれるはずだったのにぃぃぃーっ!
覚えてやがれグスタフのハゲぇぇぇーっ!
次会ったら消し炭にしてやるぅぅぅーっ!
くそったれめがぁぁぁぁーっ!」
号泣するグレイスを見つめながら、ローラとヨミは話す。
「グレイスも…辛かったのですね…」
「あたしは息子と嫁と孫が殺されて…グレイスは娘婿を殺された……」
「人を殺せば、殺された近親者はこうして悲しむというのに……何故島はそんな大切な事も分からなかったのでしょう」
「自分達の事しか考えていないのでしょう。あたしも他人の事は言えませんけど」
「悲しみは憎しみへと変わる……そして憎しみは悲しみへと戻る」
「………なんとも……不毛でございますねぇ…陛下」
「………ええ、本当に。どうにかならないものでしょうか」
咽び泣き続けるグレイスと同じ空を見上げ、ローラとヨミもその瞳から、涙を流し続けた。
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