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北斗七星に射す翳り
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三沢北斗の家の家業は、日本を代表する老舗の陶器メーカーMisawa Company.,Limitedで、世界最大級の高級陶磁器、砥石、セラミックを制作するメーカーでもある。
日本の陶磁器は、一時期海外への輸出で華々しい成果を上げていたが、今はもうその影もなくMisawa Co.,Ltd.も例外に漏れずに業績が落ち込んでいる。
そんな状況の中、長男である北斗は、大学を出たら家業を継ぎ、Misawa Co.,Ltd.を盛り立てていくつもりでいたが、一卵双生児の妹の七星とセラミック開発部門で優秀な成果をあげていた市田研吾が婚約し、研吾が婿養子に入ったことから状況が一転した。
経営者は二人もいらない。北斗は家業を七星と研吾に任せ、自分はMisawa Co.,Ltd.のセラミック製品の活路を見出すために、大手住宅メーカーに就職してはや四年目になる。
CEOを務める父、武史の指導を受けながら、七星は研吾と一緒に会社の運営を勉強していて、今のところ上手くやっているようだ。
そろそろ自分もこの家を出て自活しようかと思いながら、北斗は外灯に浮かびあがるレンガで覆われたチューダー式の建物を見上げた。
亡き母が大好きだった家には思い出が沢山詰まっている。少し感傷的な気分になりながら、レンガ敷きのアプローチを歩いて玄関のドアを開けると、七星がちょうど廊下を通って玄関ホールに出迎えにくるところだった。
「北斗、お帰りなさい。今日は早かったのね。ちょうど今から夕食を始めるところだったの。手を洗ってきて」
「七星は本当にお母さんそっくりになってきたな。生きていた頃は俺が高校から帰ると、こうやって出迎えて同じこと言ったよ」
玄関の上り口に靴を揃えて脱ぎながら、下駄箱の上に設えたショーケースに目を向ける。中には母の作った二体の少女のレースドールが仲良く並んでいる。
水色とピンクのドレスを着た少女たちは、顔がそっくりだ。そしてその顔を成長させると、今の七星と北斗の顔になる。
「あの頃、北斗もドレスを着せられて、ママのモデルになっていたのよね」
「俺にはいい迷惑だったよ。小学校の高学年にもなって、ドレスなんか着られるかって言ったのに、母と七星に泣きつかれて、仕方なく着たんだからな」
「写真を撮る時に、北斗が睨みつけるから写真屋さんが困っていたわね。だから写真を見ながらママが作ったブルーのドレスのお人形は、どれもシャープな顔をしているんだわ」
七星が北斗の真似をして、きりっとした顔を作ったが、小さなころから恵まれた容姿を褒められて育った七星に、きつい表情は似合わない。北斗が「似ていない」と言ながら、七星のおでこを突っついたので、途端にいつもの愛らしい笑みが口元に広がった。
「友人を家に呼ぶ時だって、女装しているなんて知られたら、どんな噂が広まるか分かったものじゃないから、俺のポーセレン人形を隠すのに忙しくて、大変だったんだ」
「そうだったわね。でも、ぼんやりと幸せそうに笑っている私のお人形より、北斗のお人形にはまるで意志が宿っているみたい。今見ても生き生きとして素敵だわ。一時、行方不明になったのも北斗のお人形の方だったものね」
「七星、その話は・・・・・・」
北斗が遮ろうとしたときに、廊下に足音がして七星の夫の研吾がやってきた。
玄関のドアを開けると、リビングのモニターが作動するので、北斗と七星が話している姿が映っているのを見て、呼びに来たのだろう。
「北斗くん、おかえりなさい」
「ただいま。食事を遅らせてしまってすみません」
「いや、丁度今から食べるところだったから、間に合って良かったよ。お仕事お疲れ様」
北斗を労った研吾が、食事を摂ろうと言って北斗をリビングへと促した。
義弟の研吾は、北斗を決してお義兄さんとは呼ばない。相手の方が五歳も年上なので仕方ないのかもしれないが、優しい笑顔を七星に向けた後、北斗に向ける視線には、優しさとは違う何かがこもっているように感じられ、北斗を落ち着かなくさせる。
母が亡くなる直前に作った北斗の人形を、熱っぽく見ていたのと同様に、北斗を見つめる研吾の瞳に浮き彫りになるものが何かを知りたくなくて、研吾に見つめられると北斗は反射的に目を逸らしてしまう。
九年前、高校の中間試験中に早めに帰宅した北斗は、母の指示の下、入社したての研吾が飾り棚の人形の入れ替えをしているのに出くわした。
その時、研吾の指が慈しむようにブルードレスの人形を撫でているのを偶然見てしまい、思わず足を止めた。
埃でもついていたのだろうと理由付け、その場を後にしたのだが、北斗に向けられる研吾の熱い眼差しを感じるようになり、釈然としない気持ちを持て余すようになった。
北斗の複雑な気持ちをよそに、七瀬が研吾に夢中になった時には大丈夫だろうかと心配したが、研吾の七瀬に対する礼儀正しさや真摯な様子を見て、研吾に対する疑惑はいつの間にか薄れていった。
そんな時、北斗を象った人形が紛失した。隅から隅まで探しても見つからなかった人形は、母が亡くなった後、母の部屋から出てきて騒ぎを一段落させた。
病に侵された母が、片付けた場所を忘れたのだろうということで収拾したが、北斗は人形を見ていた研吾の熱い視線が忘れられず、人形を隠すのが難しくなった研吾が、母の死に紛れて返したのではないかと、今でもふと思うことがある。
北斗は二人から離れて洗面所に入り、手を洗いながら考えすぎだと自分を諫めた。
研吾に積極的に迫ったのは七星の方からだが、婚約時と変わらず、研吾は七星をとても大事にしているように見受けられるし、七星からも研吾の悪口や愚痴を聞いたことがない。
自分はきっと、水穂のことで疲れて人の気持ちを捻じ曲げて見ているのだろう。あとで粘土を捏ねて気持ちをリセットしようと決めて、北斗はリビングへと向かった。
食事中は父の武史と今後の陶器メーカーの在り方など建設的な意見を交わしたり、七星と冗談を言い合ったりして、和気あいあいとした時間を過ごせた。七星に食事が美味しかったとお礼を告げて、北斗がダイニングを後にしようとしたとき、七星が慌てて声をかけてきた。
「北斗、ごめん。言い忘れてた。北斗が作ったポーセレン人形があまりにも素敵だったから、レースドール作りの教室のホームぺージにサンプルとして載せたの。今朝見たら、北斗の作った人形が欲しいって、女性からメールが入っていたの。どうしよう?」
「何だって!?もしかして、あれか?レースドールじゃなくて、不機嫌オーラ全開の俺の人形を載せたのか?」
七星がすまなそうにごめんと謝るのを無視して、北斗は廊下を出て右手にある書斎に飛び込んだ。パソコンを起動して会社のホームぺージを呼び出し、ポーセレン人形の教室の紹介ぺージを開く。
「な、何てことしてくれたんだ!」
そこに映っていたのは、椅子に座った男のポーセレンドールが、本を膝に載せたまま、不機嫌そうな顔で見上げている姿。北斗そのものの人形だった。
この人形を作ったきっかけは七瀬のいたずらだ。読書中の北斗に七星が呼びかけ、「何?」と振り向くと、「別に」と答えるのを何度も繰り返すので、さすがに頭にきて煩いと睨んだら、写真を撮られてしまった。
いたずらが成功したと言って七星が大喜びするのにつられ、北斗もつい笑ってしまったが、写真のできがよかったので、たまにはこんな人形を作ってやろうと遊び心が湧いた。リアリティーさを出すために、鏡で色々な角度を確認しながら、粘土を形にしていった。
ドレスを着た少女姿の人形なら、モデルは七瀬だと誤魔化せるけれど、ネクタイを緩め、白いシャツの襟もとを寛げた人形は、北斗以外の誰にもならない。睨んだ顔とは裏腹に、襟元から覗く肌が釉薬で艶めいて見えるのが気に入らず、北斗は画面を前にして不機嫌そうに呻った。
その点を除けば我ながらよくできた人形だと思えるが、まさか公開されて、欲しいという人間が出てくるとは思わなかった。
「こんな不愛想な顔の人形が欲しい奴なんて、ろくな奴じゃないぞ。ったく七星め!とんでもないことをしてくれたな」
スクールに対しての要望や、質問を受け付ける欄には、成瀬夏海という女性から「まるで生きているような表情の人形に惹かれてしまい、どうしても欲しくなりました」と書かれ、金額も作者の希望通りにしたいので、一度連絡を頂けないだろうかと結んである。
いくら欲しいと言われても、自分そっくりの人形を、知らない人の手元に置くのは気持ちのいいものではない。ましてや自分は人形作家でもなく、ただの趣味で作っているので、言い値で売るのはもっと気が引ける。断ろうと思った時、後ろから声をかけられた。
「それ、売る気なんですか?」
いつの間にか、研吾が書斎の入り口に立って、北斗とパソコンの画像を見ていた。
瞬時に、あの日の水色ドレスを撫でていた研吾の様子が、フラッシュバックする。北斗の頭の中で、レースドールが不機嫌な顔をした自分の人形と入れ替わり、研吾の指でなぞられている光景が浮かんで消えた。肌が粟立つ感覚に堪らなくなって、北斗は身体を守るように腕を組んだ。
緊張からか、入り口に立つ研吾の存在が、部屋の中にまで広がるような感覚を覚える。威圧感を感じて息苦しくなった北斗は、何とか体勢を立て直そうとして、意思とは反対の言葉を口走っていた。
「依頼主とは、一度話してみようかと思う。研吾さんと七星が会社を継いでくれるから、そろそろ俺もここを出ようと思っていたんだ。人形が売れれば引っ越しの足しになるかもしれない」
いずれは言うつもりだった独立の話を、研吾から遠ざかりたい一心でぶちまけてしまい、しかも売りたくない人形を売ると言ってしまった自分の愚かさに、北斗は内心呆れ果てていた。
北斗の注意が自分の内面に向かっているうちに、思いつめた様子の研吾が、部屋を大股で横切って北斗に詰め寄る。
「ここを出て行くんですか?」
腕を掴んで揺さぶる研吾に抗いながら、北斗はマジでやばいと狼狽えた。
一瞬、人形を手元に残すことも考えたが、こちらに置いておくほうが状況的にまずいと思い直す。あの人形も早く処分して、自分もここから逃げ出さなくては、とんでもないことになりそうだ。
七星のために、研吾の気持ちを確かめて、然るべき処置をするのは引っ越してからでも遅くない。自分がいなくなれば、研吾は七星と今まで通り上手くいき、この胸に沸いた疑惑が、ただの誤解だと分かるかもしれない。
「放してくれ!彼女は会社のホームぺージにアクセスしてきたんだ。昨夜の申し込みから既に丸一日経っている。すぐに返事をしなければ一般客に対しての冷待遇と取られるかもしれない。会社の信用を落としてはいけないから、今から返事を書くよ。悪いけれど一人にしてくれ」
研吾に何も言わせまいと、全て会社のためにを連呼して、ついに研吾を部屋から追い出すことに成功した北斗は、ドアを閉めると鍵をかけ、大きく深呼吸をした。
「一体、今日は何でこんな嫌なことばかり起きるんだ?厄日か?」
北斗は手元に置いておくこともできなくなった自分の人形を売るために、購入希望者の成瀬夏海に連絡をとることにした。記されたフリーアドレスへ、お礼と共にポーセレン人形の値段をどのくらいに考えているかと質問を送る。
すると、まるでこちらからのメールを待っていたように、世界的にも有名なポーセレン人形の値段よりもはるかに高い金額を提示した返事が、待たされることもなく返ってきた。
「きっと、とんでもない金持ちの奥様だな」
北斗は、世間知らずの奥様のために、作品についてアドバイスを送った。
【この男性の人形は、レースドールのように手間がかかったものではありません。もし価値のあるものをお望みなら、他のものをお勧めします】
間を置かず、北斗のアドバイスへの礼と、この人形がいいので商談をするために会いたいと返信が届く。明後日の土曜日に、成瀬夏海が指定したカフェで会う約束をして、北斗はパソコンの電源を落とした。
ドアのノブに手をかけた時、北斗は一瞬開けるのをためらった。ほんの少し開けた隙間から辺りを見回し、リビングから七星と研吾の話し声がするのを確かめて安心し、自分の部屋がある二階へと上がっていく。
人形を欲しがる相手はどんな女性だろう?お金を持っているマダムなら四、五十代というところか。
想像を巡らせる北斗を待ち構えているのが、予想とはまるで違う人物であるということを、この時の北斗は知る由もなかった。
日本の陶磁器は、一時期海外への輸出で華々しい成果を上げていたが、今はもうその影もなくMisawa Co.,Ltd.も例外に漏れずに業績が落ち込んでいる。
そんな状況の中、長男である北斗は、大学を出たら家業を継ぎ、Misawa Co.,Ltd.を盛り立てていくつもりでいたが、一卵双生児の妹の七星とセラミック開発部門で優秀な成果をあげていた市田研吾が婚約し、研吾が婿養子に入ったことから状況が一転した。
経営者は二人もいらない。北斗は家業を七星と研吾に任せ、自分はMisawa Co.,Ltd.のセラミック製品の活路を見出すために、大手住宅メーカーに就職してはや四年目になる。
CEOを務める父、武史の指導を受けながら、七星は研吾と一緒に会社の運営を勉強していて、今のところ上手くやっているようだ。
そろそろ自分もこの家を出て自活しようかと思いながら、北斗は外灯に浮かびあがるレンガで覆われたチューダー式の建物を見上げた。
亡き母が大好きだった家には思い出が沢山詰まっている。少し感傷的な気分になりながら、レンガ敷きのアプローチを歩いて玄関のドアを開けると、七星がちょうど廊下を通って玄関ホールに出迎えにくるところだった。
「北斗、お帰りなさい。今日は早かったのね。ちょうど今から夕食を始めるところだったの。手を洗ってきて」
「七星は本当にお母さんそっくりになってきたな。生きていた頃は俺が高校から帰ると、こうやって出迎えて同じこと言ったよ」
玄関の上り口に靴を揃えて脱ぎながら、下駄箱の上に設えたショーケースに目を向ける。中には母の作った二体の少女のレースドールが仲良く並んでいる。
水色とピンクのドレスを着た少女たちは、顔がそっくりだ。そしてその顔を成長させると、今の七星と北斗の顔になる。
「あの頃、北斗もドレスを着せられて、ママのモデルになっていたのよね」
「俺にはいい迷惑だったよ。小学校の高学年にもなって、ドレスなんか着られるかって言ったのに、母と七星に泣きつかれて、仕方なく着たんだからな」
「写真を撮る時に、北斗が睨みつけるから写真屋さんが困っていたわね。だから写真を見ながらママが作ったブルーのドレスのお人形は、どれもシャープな顔をしているんだわ」
七星が北斗の真似をして、きりっとした顔を作ったが、小さなころから恵まれた容姿を褒められて育った七星に、きつい表情は似合わない。北斗が「似ていない」と言ながら、七星のおでこを突っついたので、途端にいつもの愛らしい笑みが口元に広がった。
「友人を家に呼ぶ時だって、女装しているなんて知られたら、どんな噂が広まるか分かったものじゃないから、俺のポーセレン人形を隠すのに忙しくて、大変だったんだ」
「そうだったわね。でも、ぼんやりと幸せそうに笑っている私のお人形より、北斗のお人形にはまるで意志が宿っているみたい。今見ても生き生きとして素敵だわ。一時、行方不明になったのも北斗のお人形の方だったものね」
「七星、その話は・・・・・・」
北斗が遮ろうとしたときに、廊下に足音がして七星の夫の研吾がやってきた。
玄関のドアを開けると、リビングのモニターが作動するので、北斗と七星が話している姿が映っているのを見て、呼びに来たのだろう。
「北斗くん、おかえりなさい」
「ただいま。食事を遅らせてしまってすみません」
「いや、丁度今から食べるところだったから、間に合って良かったよ。お仕事お疲れ様」
北斗を労った研吾が、食事を摂ろうと言って北斗をリビングへと促した。
義弟の研吾は、北斗を決してお義兄さんとは呼ばない。相手の方が五歳も年上なので仕方ないのかもしれないが、優しい笑顔を七星に向けた後、北斗に向ける視線には、優しさとは違う何かがこもっているように感じられ、北斗を落ち着かなくさせる。
母が亡くなる直前に作った北斗の人形を、熱っぽく見ていたのと同様に、北斗を見つめる研吾の瞳に浮き彫りになるものが何かを知りたくなくて、研吾に見つめられると北斗は反射的に目を逸らしてしまう。
九年前、高校の中間試験中に早めに帰宅した北斗は、母の指示の下、入社したての研吾が飾り棚の人形の入れ替えをしているのに出くわした。
その時、研吾の指が慈しむようにブルードレスの人形を撫でているのを偶然見てしまい、思わず足を止めた。
埃でもついていたのだろうと理由付け、その場を後にしたのだが、北斗に向けられる研吾の熱い眼差しを感じるようになり、釈然としない気持ちを持て余すようになった。
北斗の複雑な気持ちをよそに、七瀬が研吾に夢中になった時には大丈夫だろうかと心配したが、研吾の七瀬に対する礼儀正しさや真摯な様子を見て、研吾に対する疑惑はいつの間にか薄れていった。
そんな時、北斗を象った人形が紛失した。隅から隅まで探しても見つからなかった人形は、母が亡くなった後、母の部屋から出てきて騒ぎを一段落させた。
病に侵された母が、片付けた場所を忘れたのだろうということで収拾したが、北斗は人形を見ていた研吾の熱い視線が忘れられず、人形を隠すのが難しくなった研吾が、母の死に紛れて返したのではないかと、今でもふと思うことがある。
北斗は二人から離れて洗面所に入り、手を洗いながら考えすぎだと自分を諫めた。
研吾に積極的に迫ったのは七星の方からだが、婚約時と変わらず、研吾は七星をとても大事にしているように見受けられるし、七星からも研吾の悪口や愚痴を聞いたことがない。
自分はきっと、水穂のことで疲れて人の気持ちを捻じ曲げて見ているのだろう。あとで粘土を捏ねて気持ちをリセットしようと決めて、北斗はリビングへと向かった。
食事中は父の武史と今後の陶器メーカーの在り方など建設的な意見を交わしたり、七星と冗談を言い合ったりして、和気あいあいとした時間を過ごせた。七星に食事が美味しかったとお礼を告げて、北斗がダイニングを後にしようとしたとき、七星が慌てて声をかけてきた。
「北斗、ごめん。言い忘れてた。北斗が作ったポーセレン人形があまりにも素敵だったから、レースドール作りの教室のホームぺージにサンプルとして載せたの。今朝見たら、北斗の作った人形が欲しいって、女性からメールが入っていたの。どうしよう?」
「何だって!?もしかして、あれか?レースドールじゃなくて、不機嫌オーラ全開の俺の人形を載せたのか?」
七星がすまなそうにごめんと謝るのを無視して、北斗は廊下を出て右手にある書斎に飛び込んだ。パソコンを起動して会社のホームぺージを呼び出し、ポーセレン人形の教室の紹介ぺージを開く。
「な、何てことしてくれたんだ!」
そこに映っていたのは、椅子に座った男のポーセレンドールが、本を膝に載せたまま、不機嫌そうな顔で見上げている姿。北斗そのものの人形だった。
この人形を作ったきっかけは七瀬のいたずらだ。読書中の北斗に七星が呼びかけ、「何?」と振り向くと、「別に」と答えるのを何度も繰り返すので、さすがに頭にきて煩いと睨んだら、写真を撮られてしまった。
いたずらが成功したと言って七星が大喜びするのにつられ、北斗もつい笑ってしまったが、写真のできがよかったので、たまにはこんな人形を作ってやろうと遊び心が湧いた。リアリティーさを出すために、鏡で色々な角度を確認しながら、粘土を形にしていった。
ドレスを着た少女姿の人形なら、モデルは七瀬だと誤魔化せるけれど、ネクタイを緩め、白いシャツの襟もとを寛げた人形は、北斗以外の誰にもならない。睨んだ顔とは裏腹に、襟元から覗く肌が釉薬で艶めいて見えるのが気に入らず、北斗は画面を前にして不機嫌そうに呻った。
その点を除けば我ながらよくできた人形だと思えるが、まさか公開されて、欲しいという人間が出てくるとは思わなかった。
「こんな不愛想な顔の人形が欲しい奴なんて、ろくな奴じゃないぞ。ったく七星め!とんでもないことをしてくれたな」
スクールに対しての要望や、質問を受け付ける欄には、成瀬夏海という女性から「まるで生きているような表情の人形に惹かれてしまい、どうしても欲しくなりました」と書かれ、金額も作者の希望通りにしたいので、一度連絡を頂けないだろうかと結んである。
いくら欲しいと言われても、自分そっくりの人形を、知らない人の手元に置くのは気持ちのいいものではない。ましてや自分は人形作家でもなく、ただの趣味で作っているので、言い値で売るのはもっと気が引ける。断ろうと思った時、後ろから声をかけられた。
「それ、売る気なんですか?」
いつの間にか、研吾が書斎の入り口に立って、北斗とパソコンの画像を見ていた。
瞬時に、あの日の水色ドレスを撫でていた研吾の様子が、フラッシュバックする。北斗の頭の中で、レースドールが不機嫌な顔をした自分の人形と入れ替わり、研吾の指でなぞられている光景が浮かんで消えた。肌が粟立つ感覚に堪らなくなって、北斗は身体を守るように腕を組んだ。
緊張からか、入り口に立つ研吾の存在が、部屋の中にまで広がるような感覚を覚える。威圧感を感じて息苦しくなった北斗は、何とか体勢を立て直そうとして、意思とは反対の言葉を口走っていた。
「依頼主とは、一度話してみようかと思う。研吾さんと七星が会社を継いでくれるから、そろそろ俺もここを出ようと思っていたんだ。人形が売れれば引っ越しの足しになるかもしれない」
いずれは言うつもりだった独立の話を、研吾から遠ざかりたい一心でぶちまけてしまい、しかも売りたくない人形を売ると言ってしまった自分の愚かさに、北斗は内心呆れ果てていた。
北斗の注意が自分の内面に向かっているうちに、思いつめた様子の研吾が、部屋を大股で横切って北斗に詰め寄る。
「ここを出て行くんですか?」
腕を掴んで揺さぶる研吾に抗いながら、北斗はマジでやばいと狼狽えた。
一瞬、人形を手元に残すことも考えたが、こちらに置いておくほうが状況的にまずいと思い直す。あの人形も早く処分して、自分もここから逃げ出さなくては、とんでもないことになりそうだ。
七星のために、研吾の気持ちを確かめて、然るべき処置をするのは引っ越してからでも遅くない。自分がいなくなれば、研吾は七星と今まで通り上手くいき、この胸に沸いた疑惑が、ただの誤解だと分かるかもしれない。
「放してくれ!彼女は会社のホームぺージにアクセスしてきたんだ。昨夜の申し込みから既に丸一日経っている。すぐに返事をしなければ一般客に対しての冷待遇と取られるかもしれない。会社の信用を落としてはいけないから、今から返事を書くよ。悪いけれど一人にしてくれ」
研吾に何も言わせまいと、全て会社のためにを連呼して、ついに研吾を部屋から追い出すことに成功した北斗は、ドアを閉めると鍵をかけ、大きく深呼吸をした。
「一体、今日は何でこんな嫌なことばかり起きるんだ?厄日か?」
北斗は手元に置いておくこともできなくなった自分の人形を売るために、購入希望者の成瀬夏海に連絡をとることにした。記されたフリーアドレスへ、お礼と共にポーセレン人形の値段をどのくらいに考えているかと質問を送る。
すると、まるでこちらからのメールを待っていたように、世界的にも有名なポーセレン人形の値段よりもはるかに高い金額を提示した返事が、待たされることもなく返ってきた。
「きっと、とんでもない金持ちの奥様だな」
北斗は、世間知らずの奥様のために、作品についてアドバイスを送った。
【この男性の人形は、レースドールのように手間がかかったものではありません。もし価値のあるものをお望みなら、他のものをお勧めします】
間を置かず、北斗のアドバイスへの礼と、この人形がいいので商談をするために会いたいと返信が届く。明後日の土曜日に、成瀬夏海が指定したカフェで会う約束をして、北斗はパソコンの電源を落とした。
ドアのノブに手をかけた時、北斗は一瞬開けるのをためらった。ほんの少し開けた隙間から辺りを見回し、リビングから七星と研吾の話し声がするのを確かめて安心し、自分の部屋がある二階へと上がっていく。
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