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エピローグ
魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた
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幻魔は消滅し、ぴよドラたちがマリルの傍に飛んできて、誇らしげに胸を張った。
膨張していたサンサはみるみるうちに縮んで、干からびた魔コウモリを粉砕する。
粉塵の中から肉片や骨が現れ、人々を驚愕させたが、サンサが杖を振ると肉片と骨が移動して、サンサの左腕の欠けた部分に張り付き痕も残さずに修復される。これが大魔導師の力だと人々は畏怖の念にかられ、サンサを拝むものまでいた。
サンサが鷹の背に乗り、競技場の地面に降り立つと、ルーカスにもある程度の治療を試みてから、魔術封じの術をかけた。
魔力を極限まで使い切り、負傷したルーカスの魔術を封じれば、自力で復活することは不可能になる。
エリザ王女もマリルも復讐の相手を間違えてしまったが、ルーカスの魔術で馬車が転移されなければ悲劇は起こらなかったことを考えると、エリザ王女にとっても、汚名を着せられたアルバート王子にとっても、本物の復讐を果たしたと言えるだろう。
王女から復讐の依頼を受けてから、たった十日間しか経っていないのに、マリルは人が一生をかけても体験することのない様々な感情を抱き、大きく揺さぶられた。
目の前でいきなり生を奪われた王女に対する胸が張り裂けんばかりの悲しみや同情。犯人だと思っていたアルバート王子への憎しみや、間違いだと分かったときの深い後悔も。そして何より無実のアルバート王子や愛するサンサを、命の危機から救いたいと思った激情は、マリルさえ知らずに制限していた魔力を解き放ち、黒魔術と白魔術を融合させることに成功した。
大きな力を持つマリルを腫物のように扱い、魔術学校へ託した両親が残した傷跡を、一気に踏み越え稀有の稀有の魔術師に進化するほど、マリルは人を愛する心を持っていたのだ。
マリルを大切に育んでくれたサンサが、愛情のこもった目をマリルに向け、両手を開いた。
サンサが無事なのが嬉しくて、サンサのアドバイスで開花したパワーを褒めてほしくて、マリルが腕の中に飛び込んでいく。
「マリル。私のかわいい弟子。よくやりましたね」
「お師匠様~っ。怖かった。黒魔術に操られそうになっちゃった。でも、お師匠さまのおかげで跳ね返す力を手に入れることができたの。ねぇ、お師匠様、私は変じゃない? 怖くないよね?」
「こんなにじゃれて甘える子供のどこが怖いの? マリルは私の誇りだよ」
マリルは涙ぐみそになった顔をサンサの髪で隠そうとしたが、ボロボロになったローブや黒ずみを間近にして、先ほどの決戦を思い出しハッと顔を上げた。
「お師匠さまは、身体にためた悪い気を吐き出さなくても大丈夫?」
「ああ、魔術管理棟に戻ったら、メンバー全員で浄化してもらうよ。マリルも一緒に浄化してもらうかい?」
「私は、さっき白魔術と混ぜて吐き出したから大丈夫。なんか黒魔術も自分の力に変えられるようになったみたいなの」
「すごいことだね。もっと鍛錬すれば闇堕ちした黒魔術師と一人で対抗できるようになる。きっとマリルは後世まで名が残る偉大な大魔導師の仲間入りを果たすかもしれないね」
サンサの手放しの賞賛に、マリルも喜び全開で抱きついていく。サンサの頬に、自分の頬をすりすりして甘えていたら、横にいたアルバート王子が文句を言った
「お前、身体だけは大人と変わらないんだから、そういう子供っぽいことは止めろ。見ていて気持ちが悪い」
ぷ~っと膨れたマリルに倣い、ぴよドラたちも毛を膨らませてアルバート王子を囲む。アルバート王子はやれやれと肩を竦め、マリルに聞いた。
「マリルは黒魔術が身体に入っても平気だとして、この不細工なひよこたちはどうなる? 幻魔を食べていただろう。あっ、あっちに一匹ルーカスを突っついている奴がいる」
「きゃーっ。ぴよドラ、生肉は食べちゃダメよ! お腹を壊すから」
これにはサンサもアルバート王子も噴き出した。二人が笑っている隙に、マリルが証拠隠滅とばかりに、ぴよドラに突っつかれて赤くなったルーカスの頬を魔法で治し、素知らぬ顔で二人の笑いに加わったものだから、サンサが黒魔術よりも、マリルのせいで笑い死にしそうだと言ってその場を後にした。
他の魔術師たちと近衛兵が、気絶したままのルーカスを運ぶの見ながら、アルバート王子が再度ぴよドラの件に触れる。
「生はだめだが、黒魔術で創り出された幻魔のような生き物は食べても影響がないってことか」
あっ、それはとマリルが辺りをキョロキョロ見回し、頬を染めながらアルバートの耳に囁いた。
「なに~っ? 黒魔術がフンになって出るから、燃やせば大丈夫だって?」
「し~っ。恥ずかしいから大声を出さないで!」
バシバシとマリルに背中を叩かれ、痛い、そこは輪の後がついているから痛いんだと声を上げながら逃げ回るアルバート王子と、羽で顔を隠して俯くぴよドラを見て、観客たちの笑いがさざ波のように広がっていった。
緊張が一気に解けて安心した観客たちの笑い声が大きくなる中で、そっと逃げ出そうとしたガルレア王妃とハインツ王子は、王の目配せを受けた近衛隊長によって、速やかに捉えられ、貴賓牢に投獄されたのだった。
その後、サンサは国のお抱え大魔導師となり、マリルはサンサ付の大魔導師見習いに昇格。エリザ王女からは引き続きコンパニオンを務めて欲しいと要望があったため、国王から特別に子爵の称号を賜ることになる。魔術師管理委員会のメンバーを円形競技場に招き入れる作戦に、協力したミランダ・メイフェア伯爵令嬢にも褒美があったのは言うまでもない。
殉職した二人の魔術師は、国を悪い魔術師から守った英雄として葬られ、葬儀では国王の代表として葬儀に出席したアルバート王子から哀悼の言葉と弔慰金が送られることになった。
アルバート王子は、王妃とルーカスから母共々命を狙われる心配がなくなり、常に張り巡らせていた緊張をようやく解くことができたようだ。最初マリルが会ったときのアルバート王子は、表情を殺して近寄りがたい雰囲気を纏っていたのに、今ではぎこちないけれど少しずつ表情筋が動くようになってきた。
貴族や従者たちがアルバート王子に抱いていた、王妃側についた策略家の王子という非情で冷たい印象は、円形競技場での戦いで、アルバート王子が自分の命と引き換えにルーカスを屠ろうとしたことで払拭される。さらにマリルと交わした可笑しな会話と追いかけっこから、王妃たちに抑えられていただけで、本当は明るくて気さくな王子なのだろうと同情が味方して暗いイメージが刷新された。
では、アルバート王子が皇太子になったかというと、それは最初の規定通り、エリザ王女を射止めたザイアン王子に位が回った。
二人の婚約パーティーにはドレスで着飾ったマリルも出席したが、アルバート王子がお祝いの言葉の後で、二人にこっそり耳打ちした内容を聞いてひっくり返りそうになった。
「円形競技場でルーカスと戦ったとき、エリザ王女は私のために生きてと俺に熱烈な愛の告白をしたのに、どうしてザイアンが皇太子になるんだ?」
ザイアンが気色ばんで掴みかかろうとしたのをエリザ王女が気づき、腕を叩いて止める。マリルはエリザ王女が、既にザイアン王子を尻に敷いていることに感心した。
エリザ王女は扇をパタパタさせて、苛つく気持ちを表しながら、アルバート王子に言い返す。
「愛の告白ですって? とんでもない! ああ言わなければ、アルバート殿下は本当に死んでしまったのではないかしら。犯人だと勘違いしていただけでも申し訳ないのに、死なせるわけにはいかないでしょう」
「アルバート、本当に申し訳なかった。今回の皇太子選出の規定がエリザ王女を射止めることだったから、俺が皇太子になるのだが、お前が望むのなら、王女は別として位は譲ってもいい」
おや? とアルバート王子が片眉を上げ、ザイアン王子に辛辣な言葉を吐いた。
「将来国を背負う者が、簡単に位を譲るなどと言うもんじゃない。仕える者からしたら無責任に聞こえるだろ」
「いや、それはアルバートに酷い仕打ちをしたと思うからだ。でも言われてみればその通りだ。無責任な発言だった。謝るよ」
真っすぐなところはザイアン王子の長所だけれど、臣下に下る兄に頭が上がらないのでは、他の臣下に示しがつかなくなるのではないかと、政治が分からないマリルの目にも少し頼りなく映る。
多分アルバート王子は義兄弟であり幼馴染として、マリル以上にザイアンを心配しているはずだ。だから苦言を吐いたのだろうと納得したとき、アルバート王子が更にとんでもない言葉のパンチをザイアンに見舞った。
「そんなに皇太子の座を譲りたかったら、嘆きの塔に閉じ込められているハインツにやればいい。なにしろエリザ王女を最初に射止めたのはハインツなんだからな」
実際に矢で射られた場面を思い出したのか、エリザ王女の顔から血の気が引く。あまりにも酷いブラックジョークにマリルが慌て、アルバート王子の背に手をあてて注意をしようとしたが、凄みのあるザイアンの声に遮られた。
「アルバート、お前はもう一度俺と決闘がしたいのか?」
「場合によるな。今のは二人に対する俺の仕返しだ。もうこれで俺に引け目を感じるのは無しだと言いたいところだが、もしまた俺におもねるような真似をすれば、実力で皇太子の座を奪ってやるから覚えとけ」
ザイアン王子の口元が緩み、アルバート王子に手を差し出した。アルバート王子ががっしりと握る。
いいなぁ~。兄弟愛って。
アルバート王子とザイアン王子が迷惑そうな顔でマリルを見た。
どうやら心の声が実際に漏れていたようだ。へへへと口を押えて笑うマリルに、全員がつられて笑った。
「エリザ王女さま、どうかザイアン殿下と末永くお幸せに」
「マリル、私に生きる喜びを与えてくれてありがとう。私の命が続く限り、あなたの力になるつもりです。だからアルバート殿下は、長生きしてくださいね」
「それ以上優しい言葉をかけられると、また愛の告白かと勘違いしそうだから退散するよ。明後日からの旅は、マリルだけでなく俺も自分の命を守るから、心配せずに二人でいい王国を作っていってくれ」
アルバート王子の揶揄いを軽く受け流したザイアン王子は、旅行が偽装で婚約者のエリザ王女の父から極秘に依頼されたものだと知っている。アルバート王子とマリルの手を取り、真剣な面持ちで上手くいくことを願った。
明後日、マリルとアルバート王子は旅仕度をして、エリザ王女の祖国であるフランセン王国に出発した。
フランセン王国の北東に住み着いた魔術師が、災害を起こしては、さも親切心からというように復興や怪我の治療に力を貸し、高額な代金を巻き上げているというのだ。
マリルは旅をしながらサンサを探した経験があり、海外を見聞することに大乗り切りで、それにアルバート王子が護衛を買って出たことから話がまとまり、旅人に化けて黒魔術師の調査もしくは魔術封じををする大役を得た。
ブリテン市内の街道を走り抜けていくのは、何の飾り気もない馬車で、マリルとアルバート王子が乗っている。
数カ月前、ブリティアン王国の王宮に向かって走ったエリザ王女の豪華な白い馬車と騎馬隊は、とにかく人の目をひいた。窓から見ていたマリルは、マルシェや街道にいる人々たちが喋るのも忘れ、目を真ん丸くして立ち尽くしていたのを思い出す。
たった一人の仇に会いにいくために走らせた馬車。その仇だったはずの王子と、今は誰も気に留めないような普通の馬車に乗って、国を出ようとしているのが不思議で堪らない。
マリルの視線に気が付いたアルバート王子が、読んでいた本から顔をあげて何だと問う。
「今度は、相手が本当に黒魔術師かどうかどうか見極めて、慎重に対処しなくちゃって思ったの」
「ああ、そうだな。今度は間違えるなよ。寿命が縮むかと思ったぞ」
「自分で縮めようとしたくせに」
馬車の中が笑いで満たされる。困難ばかりの過去に縛られず前に進むことの大切さを、マリルはしみじみと感じていた。
完
膨張していたサンサはみるみるうちに縮んで、干からびた魔コウモリを粉砕する。
粉塵の中から肉片や骨が現れ、人々を驚愕させたが、サンサが杖を振ると肉片と骨が移動して、サンサの左腕の欠けた部分に張り付き痕も残さずに修復される。これが大魔導師の力だと人々は畏怖の念にかられ、サンサを拝むものまでいた。
サンサが鷹の背に乗り、競技場の地面に降り立つと、ルーカスにもある程度の治療を試みてから、魔術封じの術をかけた。
魔力を極限まで使い切り、負傷したルーカスの魔術を封じれば、自力で復活することは不可能になる。
エリザ王女もマリルも復讐の相手を間違えてしまったが、ルーカスの魔術で馬車が転移されなければ悲劇は起こらなかったことを考えると、エリザ王女にとっても、汚名を着せられたアルバート王子にとっても、本物の復讐を果たしたと言えるだろう。
王女から復讐の依頼を受けてから、たった十日間しか経っていないのに、マリルは人が一生をかけても体験することのない様々な感情を抱き、大きく揺さぶられた。
目の前でいきなり生を奪われた王女に対する胸が張り裂けんばかりの悲しみや同情。犯人だと思っていたアルバート王子への憎しみや、間違いだと分かったときの深い後悔も。そして何より無実のアルバート王子や愛するサンサを、命の危機から救いたいと思った激情は、マリルさえ知らずに制限していた魔力を解き放ち、黒魔術と白魔術を融合させることに成功した。
大きな力を持つマリルを腫物のように扱い、魔術学校へ託した両親が残した傷跡を、一気に踏み越え稀有の稀有の魔術師に進化するほど、マリルは人を愛する心を持っていたのだ。
マリルを大切に育んでくれたサンサが、愛情のこもった目をマリルに向け、両手を開いた。
サンサが無事なのが嬉しくて、サンサのアドバイスで開花したパワーを褒めてほしくて、マリルが腕の中に飛び込んでいく。
「マリル。私のかわいい弟子。よくやりましたね」
「お師匠様~っ。怖かった。黒魔術に操られそうになっちゃった。でも、お師匠さまのおかげで跳ね返す力を手に入れることができたの。ねぇ、お師匠様、私は変じゃない? 怖くないよね?」
「こんなにじゃれて甘える子供のどこが怖いの? マリルは私の誇りだよ」
マリルは涙ぐみそになった顔をサンサの髪で隠そうとしたが、ボロボロになったローブや黒ずみを間近にして、先ほどの決戦を思い出しハッと顔を上げた。
「お師匠さまは、身体にためた悪い気を吐き出さなくても大丈夫?」
「ああ、魔術管理棟に戻ったら、メンバー全員で浄化してもらうよ。マリルも一緒に浄化してもらうかい?」
「私は、さっき白魔術と混ぜて吐き出したから大丈夫。なんか黒魔術も自分の力に変えられるようになったみたいなの」
「すごいことだね。もっと鍛錬すれば闇堕ちした黒魔術師と一人で対抗できるようになる。きっとマリルは後世まで名が残る偉大な大魔導師の仲間入りを果たすかもしれないね」
サンサの手放しの賞賛に、マリルも喜び全開で抱きついていく。サンサの頬に、自分の頬をすりすりして甘えていたら、横にいたアルバート王子が文句を言った
「お前、身体だけは大人と変わらないんだから、そういう子供っぽいことは止めろ。見ていて気持ちが悪い」
ぷ~っと膨れたマリルに倣い、ぴよドラたちも毛を膨らませてアルバート王子を囲む。アルバート王子はやれやれと肩を竦め、マリルに聞いた。
「マリルは黒魔術が身体に入っても平気だとして、この不細工なひよこたちはどうなる? 幻魔を食べていただろう。あっ、あっちに一匹ルーカスを突っついている奴がいる」
「きゃーっ。ぴよドラ、生肉は食べちゃダメよ! お腹を壊すから」
これにはサンサもアルバート王子も噴き出した。二人が笑っている隙に、マリルが証拠隠滅とばかりに、ぴよドラに突っつかれて赤くなったルーカスの頬を魔法で治し、素知らぬ顔で二人の笑いに加わったものだから、サンサが黒魔術よりも、マリルのせいで笑い死にしそうだと言ってその場を後にした。
他の魔術師たちと近衛兵が、気絶したままのルーカスを運ぶの見ながら、アルバート王子が再度ぴよドラの件に触れる。
「生はだめだが、黒魔術で創り出された幻魔のような生き物は食べても影響がないってことか」
あっ、それはとマリルが辺りをキョロキョロ見回し、頬を染めながらアルバートの耳に囁いた。
「なに~っ? 黒魔術がフンになって出るから、燃やせば大丈夫だって?」
「し~っ。恥ずかしいから大声を出さないで!」
バシバシとマリルに背中を叩かれ、痛い、そこは輪の後がついているから痛いんだと声を上げながら逃げ回るアルバート王子と、羽で顔を隠して俯くぴよドラを見て、観客たちの笑いがさざ波のように広がっていった。
緊張が一気に解けて安心した観客たちの笑い声が大きくなる中で、そっと逃げ出そうとしたガルレア王妃とハインツ王子は、王の目配せを受けた近衛隊長によって、速やかに捉えられ、貴賓牢に投獄されたのだった。
その後、サンサは国のお抱え大魔導師となり、マリルはサンサ付の大魔導師見習いに昇格。エリザ王女からは引き続きコンパニオンを務めて欲しいと要望があったため、国王から特別に子爵の称号を賜ることになる。魔術師管理委員会のメンバーを円形競技場に招き入れる作戦に、協力したミランダ・メイフェア伯爵令嬢にも褒美があったのは言うまでもない。
殉職した二人の魔術師は、国を悪い魔術師から守った英雄として葬られ、葬儀では国王の代表として葬儀に出席したアルバート王子から哀悼の言葉と弔慰金が送られることになった。
アルバート王子は、王妃とルーカスから母共々命を狙われる心配がなくなり、常に張り巡らせていた緊張をようやく解くことができたようだ。最初マリルが会ったときのアルバート王子は、表情を殺して近寄りがたい雰囲気を纏っていたのに、今ではぎこちないけれど少しずつ表情筋が動くようになってきた。
貴族や従者たちがアルバート王子に抱いていた、王妃側についた策略家の王子という非情で冷たい印象は、円形競技場での戦いで、アルバート王子が自分の命と引き換えにルーカスを屠ろうとしたことで払拭される。さらにマリルと交わした可笑しな会話と追いかけっこから、王妃たちに抑えられていただけで、本当は明るくて気さくな王子なのだろうと同情が味方して暗いイメージが刷新された。
では、アルバート王子が皇太子になったかというと、それは最初の規定通り、エリザ王女を射止めたザイアン王子に位が回った。
二人の婚約パーティーにはドレスで着飾ったマリルも出席したが、アルバート王子がお祝いの言葉の後で、二人にこっそり耳打ちした内容を聞いてひっくり返りそうになった。
「円形競技場でルーカスと戦ったとき、エリザ王女は私のために生きてと俺に熱烈な愛の告白をしたのに、どうしてザイアンが皇太子になるんだ?」
ザイアンが気色ばんで掴みかかろうとしたのをエリザ王女が気づき、腕を叩いて止める。マリルはエリザ王女が、既にザイアン王子を尻に敷いていることに感心した。
エリザ王女は扇をパタパタさせて、苛つく気持ちを表しながら、アルバート王子に言い返す。
「愛の告白ですって? とんでもない! ああ言わなければ、アルバート殿下は本当に死んでしまったのではないかしら。犯人だと勘違いしていただけでも申し訳ないのに、死なせるわけにはいかないでしょう」
「アルバート、本当に申し訳なかった。今回の皇太子選出の規定がエリザ王女を射止めることだったから、俺が皇太子になるのだが、お前が望むのなら、王女は別として位は譲ってもいい」
おや? とアルバート王子が片眉を上げ、ザイアン王子に辛辣な言葉を吐いた。
「将来国を背負う者が、簡単に位を譲るなどと言うもんじゃない。仕える者からしたら無責任に聞こえるだろ」
「いや、それはアルバートに酷い仕打ちをしたと思うからだ。でも言われてみればその通りだ。無責任な発言だった。謝るよ」
真っすぐなところはザイアン王子の長所だけれど、臣下に下る兄に頭が上がらないのでは、他の臣下に示しがつかなくなるのではないかと、政治が分からないマリルの目にも少し頼りなく映る。
多分アルバート王子は義兄弟であり幼馴染として、マリル以上にザイアンを心配しているはずだ。だから苦言を吐いたのだろうと納得したとき、アルバート王子が更にとんでもない言葉のパンチをザイアンに見舞った。
「そんなに皇太子の座を譲りたかったら、嘆きの塔に閉じ込められているハインツにやればいい。なにしろエリザ王女を最初に射止めたのはハインツなんだからな」
実際に矢で射られた場面を思い出したのか、エリザ王女の顔から血の気が引く。あまりにも酷いブラックジョークにマリルが慌て、アルバート王子の背に手をあてて注意をしようとしたが、凄みのあるザイアンの声に遮られた。
「アルバート、お前はもう一度俺と決闘がしたいのか?」
「場合によるな。今のは二人に対する俺の仕返しだ。もうこれで俺に引け目を感じるのは無しだと言いたいところだが、もしまた俺におもねるような真似をすれば、実力で皇太子の座を奪ってやるから覚えとけ」
ザイアン王子の口元が緩み、アルバート王子に手を差し出した。アルバート王子ががっしりと握る。
いいなぁ~。兄弟愛って。
アルバート王子とザイアン王子が迷惑そうな顔でマリルを見た。
どうやら心の声が実際に漏れていたようだ。へへへと口を押えて笑うマリルに、全員がつられて笑った。
「エリザ王女さま、どうかザイアン殿下と末永くお幸せに」
「マリル、私に生きる喜びを与えてくれてありがとう。私の命が続く限り、あなたの力になるつもりです。だからアルバート殿下は、長生きしてくださいね」
「それ以上優しい言葉をかけられると、また愛の告白かと勘違いしそうだから退散するよ。明後日からの旅は、マリルだけでなく俺も自分の命を守るから、心配せずに二人でいい王国を作っていってくれ」
アルバート王子の揶揄いを軽く受け流したザイアン王子は、旅行が偽装で婚約者のエリザ王女の父から極秘に依頼されたものだと知っている。アルバート王子とマリルの手を取り、真剣な面持ちで上手くいくことを願った。
明後日、マリルとアルバート王子は旅仕度をして、エリザ王女の祖国であるフランセン王国に出発した。
フランセン王国の北東に住み着いた魔術師が、災害を起こしては、さも親切心からというように復興や怪我の治療に力を貸し、高額な代金を巻き上げているというのだ。
マリルは旅をしながらサンサを探した経験があり、海外を見聞することに大乗り切りで、それにアルバート王子が護衛を買って出たことから話がまとまり、旅人に化けて黒魔術師の調査もしくは魔術封じををする大役を得た。
ブリテン市内の街道を走り抜けていくのは、何の飾り気もない馬車で、マリルとアルバート王子が乗っている。
数カ月前、ブリティアン王国の王宮に向かって走ったエリザ王女の豪華な白い馬車と騎馬隊は、とにかく人の目をひいた。窓から見ていたマリルは、マルシェや街道にいる人々たちが喋るのも忘れ、目を真ん丸くして立ち尽くしていたのを思い出す。
たった一人の仇に会いにいくために走らせた馬車。その仇だったはずの王子と、今は誰も気に留めないような普通の馬車に乗って、国を出ようとしているのが不思議で堪らない。
マリルの視線に気が付いたアルバート王子が、読んでいた本から顔をあげて何だと問う。
「今度は、相手が本当に黒魔術師かどうかどうか見極めて、慎重に対処しなくちゃって思ったの」
「ああ、そうだな。今度は間違えるなよ。寿命が縮むかと思ったぞ」
「自分で縮めようとしたくせに」
馬車の中が笑いで満たされる。困難ばかりの過去に縛られず前に進むことの大切さを、マリルはしみじみと感じていた。
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コメントをありがとうございました。