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アルバートのもくろみ
魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた
しおりを挟むアルバート王子とザイアン王子の拮抗した戦いは会場を沸かせたが、特別席にいるガルレア王妃とハインツ王子の顔には不満がありありと現れていた。
王妃は王子たちの剣の腕前が、これほどまで上手いとは思ってもおらず、真剣試合にへっぴり腰で臨む姿を貴族たちに嘲笑さればいいと期待していたのだが、完全に当てが外れてしまった。
ガルレア王妃にしてみれば、将来の王としてハインツを印象付けるために裏で手を回し続けてきたことが、この試合で人気を博した二人の王子のせいで全て無駄になるかもしれず、もう悠長に観戦などしている場合ではなくなったのだ。
ルーカスから預かっていた音の出ないベルを、壁に設えたテーブルから持ち上げて二三度振る。周囲の人間には聞えないが、魔法をかけたルーカスの耳には届くと説明されていた通り、ベルを振った直後にルーカスが特別席を振り仰いだ。
ルーカスと距離をあけて横並びで立っていたマリルは、視界の端にルーカスが動くのを捕らえ、帽子をかぶり直すふりで頭を上げた。
すると王妃がルーカスに合図を送るのが目に入る。
横目でルーカスの行動を追うと、ルーカスは何かを呟やいているように口を動かしながらザイアンに対峙しているアルバート王子に向かって杖を振った。
―――魔法だ! アルバート王子の剣から魔力を感じる。
マリルが止めなければと思う間もなく、ザイアン王子が掛け声と共にアルバート王子に突進していった。
突如アルバート王子の剣が発光し、目の眩んだ王子たちが呻いて目を閉じた刹那、ぶち当たった剣と剣から飛び散った無数の火花が結晶化する。
跳び退った二人だが、尖った光の結晶が一気にザイアン王子を襲い、観衆の悲鳴に混じって、特別席からひと際高くエリザ王女の悲鳴があがった。
無数の針はザイアン王子に刺さる直前で跳ね返され、地面にパラパラと落ちて消えた。競技場内の悲鳴はどよめきに代わり、不可解なことにたいする不安と恐怖で緊張感が漂った。
マリルがアルバート王子の剣に魔力を感じた瞬間、どんな魔法が使われたか見極める間もなくザイアン王子が切り込んだため、マリルは咄嗟に両者にシールドを張った。
幸いにもアルバート王子の剣が魔力を発動して発光したのと、マリルがシールドを張ったのが重なったおかげで、ルーカスにマリルの魔力は察知されなかったようだ。
まさか自分の魔法が跳ね返されるとは思っていなかったルーカスは、慌てて背後の観客席を振り返り、最上階にいる魔法学校の生徒たちや五人の引率者に目を付けた。
―――いけない! 今攻撃されたら、ルーカスをやっつけられなくなる。
ルーカスが杖を振り上げたのを見て、マリルは急いで魔法学校の一同にシールドを張った。
ところがルーカスの魔法は発動されず、魔術の軌跡を辿って振り向いたルーカスが、マリルを睨みつけた。
「邪魔をしたのはお前か⁉」
しまった。罠だ! と気づいたときには、ルーカスが目の前に転移していて、マリルの帽子をもぎ取り地面に投げ捨てた。
「どこかで見た顔だな。ああ、そうか、お前はあのときの……」
ルーカスが右側のローブの長袖を捲り、マリルの前に突き出す。腕の肉がえぐれているのにショックを受けて、マリルは息を飲み口元を手で覆った。
魔法で再生しているのだろうか、まだ作られたばかりの皮膚の色が他の部分と違って生々しい色をしている。マリルは、嘘を喰らう魔物をルーカに仕向けたことを思い出した。
こんな酷い傷を負っているとはつゆ知らず、のこのことルーカスの目の前に姿を現してしまうとは、なんて自分は愚かなのだろう。
だが後悔してももう遅い。囮になると言った手前、もう少し時間を稼がなかければならないのは分かっている。けれど怒りに燃えるルーカスの気迫は凄まじく、マリルはここから逃げ出したくなった。
「さて、どうしてくれよう。再生魔法をかけながら、獣に内蔵を食わせてやろうか? 破損した内臓を急速に再生させるのは、かなり魔力を使うが、死なずにいられるのだから嬉しいだろう?」
生きたまま延々と獣に身体を貪り食われれば、痛みで発狂するに違いない。血まみれでのたうち回る自分の姿を想像して、マリルは震えた。
マリルとルーカス二人の立会人が揉めているのを見ていた観客たちは、だんだんと焦れて機嫌が悪くなっていった。
突然王子たちの剣から散った火花がザイアン王子を襲い、決闘が中断されたというのに、不可思議な状況に対してなんの説明もないまま放置されているから当然なのだが、ルーカスのマリルに対する恨みは相当なもので観客の声も耳に入らないらしい。
とうとう騒ぎ出した観客を静めるために、マリルとルーカスの近くにいたザイアン王子が、二人の間に割って入ろうとした。
ところがザイアン王子が近づこうとすると、ルーカスが邪魔をするなとばかりに杖を振り上げて威嚇するので埒が明かない。
勝手なことばかりするルーカスを見かねたアルバート王子が、ルーカスの腕を掴んでマリルから引き剥がし、怒りの声を上げた。
「おい、ルーカス。その子を放せ。決闘中だというのにいったい何をやっているんだ。それに、俺はお前に立会人を頼んだが、ザイアンに勝つために手助けをしてくれと言った覚えはないぞ。どうして魔法を使った?」
「アルバート殿下がもたもたしているから、王妃さまがお怒りだ。すぐに終わらせてやるつもりだったのに、こいつが邪魔をしたのだ」
円形劇場は声が響くように作られているのは誰でも知っているはずなのに、王妃の差し金で試合をぶち壊したのだと、観衆の面前で平気で言ってのけるルーカスに、マリルは心底驚いた。
残忍な王妃と人を傷つけることを平気でやってのける魔術師に、貴族たちは恐れを抱いて抵抗できずにいるのを知っているからこその言葉だろう。
誰もが心の内を明かさず従うふりをする中で、アルバート王子は王妃サイドにいながら、ハインツ王子やルーカスにも態度を改めることをしない。現に今も呆れた表情を隠しもせずに、大きな声で告げた。
「この決闘は俺とザイアンだけでするつもりだった。それをこんな大がかりなものにしただけでは事足らず、決闘の進行にまで口を出すつもりか?」
アルバート王子はルーカスに向かって立ってはいるが、視線は特別席にいるガルレア王妃を見据えている。王妃がぐしゃりと顔を歪めるのを見てアルバート王子が鼻で笑い、視線をルーカスに戻した。
マリルには、アルバート王子が王妃やルーカスを怒らせようとして、わざと辛辣な物言いをしているように感じた。
そういえば、エリザ王女を殺した真犯人が、アルバート王子とは違うのではないかと王女が迷い始めた理由の一つが、西の離宮で三人で話したときに、アルバート王子が決闘中に自分を倒すのはザイアン王子ではなく、ルーカスと刺し違えるようなことを仄めかしたからということだった。
―――確か、サンサ師匠も同じようなことを言っていたような……。
もしそうだとしたら、きっとアルバート王子はルーカスと交える機会を狙っていたに違いない。これ以上ザイアンに危害が加えられないように、勝負にでたのかもしれない。
マリルの推察が正しいことを裏付けるように、アルバート王子はルーカスを煽る言葉を吐き続けた。
「これ以上邪魔をするなら、決闘は中止だ。大魔導師殿はこの少年が邪魔をしたことが不満らしいが、諸侯の前で王族の一人を殺害せずにすんだことを感謝すべきだ。いくら大魔導師といえど王族殺しの罪は重い。まぁ、この少年が大魔導師の魔術を跳ね返すことなどできるはずがないから、本当はお前の魔力が枯渇したのかもしれないな」
「何だと! 私を侮辱すれば王子と言えど、ただではおかないぞ。最近王妃さまへの態度も礼儀を欠くと聞く。一度王妃さまの代わりに魔術の鞭を振るってやろうか。そこの小憎たらしい女も一緒にな」
「なに? 女だと?」
アルバート王子の頭の中は、いかにしてルーカスを倒すかだけに絞られるあまり、マリルの存在など頭からすっぽり抜け落ちていたらしい。
こんなに近くに立っているのに一度として視線が合うことがなく、服だけで単純に少年だと判断していたことが、アルバート王子の驚愕の表情に現れていた。
「マリル。どうしてここに」
「ほう。マリルというのか。確か以前は自分は花の妖精で、本名を教えると消えてしまうと言っていなかったか?」
こちらの胡散臭い魔術師は、怪我を負った恨みからか、マリルとの会話をしっかりと覚えていたようだ。マリルはタイミングの悪さに首を竦めた。
だがもっと間の悪いことに、アルバート王子から散々コケにされて堪りかねていたルーカスは、マリルの仕草までをも自分を小馬鹿にしたものと捉えてしまい、いきなり怒りを爆発させた。
「どうしてアルバート王子には名前を教えたのだ? 私は大魔導師だぞ。しかも無名の魔術師のくせに、私に敬意を表すどころか、怪我を負わせるとは、あまりにも無礼で許しがたい所業! アルバート王子はお前がここにいるのを知らないふりをしたが、本当はぐるで私の邪魔をするために潜り込んだんだろう。私を軽んじた罰だ。お前たちに大魔導師の力をみせてやる!」
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