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黒魔術

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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 エリザ王女は王が座っている席から右へと異動し、周囲には誰もいないテーブルのど真ん中で止まった。すぐに係の者が飛んできてエリザ王女の椅子をひく。左端に座っているガルレア王妃とハインツ王子は呆気に取られて言葉を失ったようだ。
 右側の端から二番目に座っているアルバート王子はチラリと見て眉をしかめたが、その前に座るザイアン王子は左目が見えないため、上半身を王女の方に向けて初めて王女の取った行動を知り、大きく右目を見開いた。

「素晴らしい! この席順を見ても驚かずに、俺たちを平等に扱ってくれるらしい」
「複数形にするな。俺は抜けると言っただろう」

 アルバート王子が正面に座るザイアン王子に噛みつくが、ザイアン王子はお前じゃないと言って、アルバート王子の隣に座る夫人に顔を向けた。

「王子を生みながら、一番末席に座らされているシャーロットさまの立場も考慮してくれたと言いたかったんだ。シャーロットさまは俺にとっても第二の母親だからな。お前みたいな捻くれた王子が子供で、さぞや行く末が心配だろうが、エリザ王女なら誰を選んでも、中立の立場で弱き者にも目を配ってくれそうだ」

 マリルはザイアン王子の言葉に思わずうなずいてしまった。
 あっ、しまった! とマリルは居住まいを正したが、時すでに遅し、アルバート王子がブローチをじっと睨んで眉間の皺を深くしている。
 アルバート王子が椅子から立ち上がった。

 シャーロット側妃が横から諫めるが、その後ろを通ってテーブルを回り込み、エリザ王女に近寄ってくる。

「何でしょう? もし後でお伺いできることでしたら、そうして頂けますか? 私を歓迎するために用意して下さったお料理を楽しみにしていますの」

 さすがの王女も母親の前でアルバート王子に、食事前に席を立つのは礼儀知らずだとはっきり言えないらしい。アルバート王子の目線がブローチから離れないので、口調は柔らかく料理を理由に断りながらも、こっちに近づくなと目で威嚇している。

「無作法をお許しください。食事が終われば男性と女性は分かれて別室での歓談になります。その前に肩のブローチを拝見させて頂けないでしょうか? あまりにも美しく珍しいものなので、できれば母にプレゼントしたいのです。どこで購入されたのでしょうか」

 ミッドナイトブルーの上着に映える金髪をきれいにサイドの流し、シャンデリアの光で鮮やかさを増したエメラルドの瞳を輝かせ、極上の笑みを浮かべたアルバート王子がエリザ王女に話しかける。
 会ってからずっと不愛想で尊大な口調を貫いていた王子とはあまりにもギャップがありすぎて、今までのは勘違いだったのかと思えるくらいだ。
 十二歳のマリルでさえそうなのだから、十六歳のエリザ王女なら、目の前の王子に幻惑を越えて誘惑されてしまうのではないかと心配になってくる。

 やればできるのに、今まで王女やマリルを拒否するよに冷たくあしらっていたのは、マリルが度々王女のことで噛みついたから、犯罪の証拠を掴れないようにするためだろうか。

―――アルバート王子は謎がありすぎて怖いんだよね———

 そう、恐ろしいのは笑んだ目が、チラリとブローチに走る瞬間だ。絶対何かあると信じて疑わず、隙があれば飛び掛かりそうな獲物を狙うときの猛獣のような目をしている。マリルもだんだん緊張して身体が硬くなってきた。

「このブローチは、ブリティアン王国のブティックで購入したのです。でも宝石ではなくただのガラスなので、お母さまに贈られるのに適したものではありませんわ」

「そんなことはないでしょう。中に自動で動く人形が入っているのですから。近くでみるとあなたのコンパニオンのマリルによく似ていますね」

 マリルは緊張のし過ぎで息が苦しくなってきた。ガラスの中の空気は魔法を使って入れ替えているが、今はそれが原因ではないことは分かっている。エメラルドの目に正体を暴かれる恐怖で、呼吸が浅くなっているのだ。

「アルバート殿下。どうか席にお戻りを。この人形は素材が柔らかいので、振動で頭や手が動くことはありますが、自動人形ではありません。ブローチに興味がおありでしたら、中を空にした状態であとであなたの部屋に届けさせます」

「ああ、素材のせいなのですね。ならば結構です。母も先ほど人形が動いたように見えたというので、もしかしたら自動人形かと勘違いをしてしまいました。お邪魔をして申し訳ありません」

 席に戻っていくアルバート王子の背に、ガルレア王妃がため息をつきながら言った。

「まったく、身分の低い側妃が育てると、礼儀を弁えない人間になるから困ったものよね。それに比べてハインツは、品も良くて皇太子に一番相応しいわ。ねぇ、エリザ王女、そう思いませんこと?」

 いきなり同意を求められて、エリザ王女が身じろぎをするが、さきほどのアルバート王子にも負けないほど隙のない美しい笑顔を浮かべて、エリザ王妃は王妃に答えた。

「ガルレア王妃殿下、申し訳ありません。本日着いたばかりで、まだ他の方と比べて意見をいえるほど、皆様のことを知りません。ガルレア王妃さまがおっしゃられたことを、これから知っていきたいと存じます」

 ガルレア王妃が目を眇めた。思い通りにならないエリザに苛ついているのが分かる。
 マリルは一抹の不安を覚えた。

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