魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

マスカレード 

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いざ、王城へ

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

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 春の明るい陽射しと、花々が溢れるブリティアン王国の首都ロンセルの大通りを、優雅な曲線を描く馬車が進む。白い馬車を縁取るように金色の装飾が施され、扉にはフランセン王国のユリの紋章が金色の絵具で描かれていた。

 六頭の立ての豪華な馬車を囲って走るのは、ブルーの礼装軍服を着た騎馬隊の列。一見パレードのような優雅さと華やかさを感じさせるが、馬に背筋を伸ばして騎乗する騎士や兵たちに隙は無く、馬車に高貴な身分の人物が乗っているのだということを、行進を目にした者たちの誰もが察した。

 馬車の中には、絹の造花とリボンとレースをたっぷりあしらったバラ色のドレスに身を包んだエリザ王女と、その向かいの席には、途中の街で仕入れたシンプルなドレスを着たマリルが座っている。本来なら、そこは侍女が座る場所だが、王女の一声で侍女は別の馬車に移り、コンパニオンのマリルが同席することになった。
 誰も見ていないにも関わらず、背筋をピンと伸ばして腰かけている王女に比べ、マリルはカーテンの隙間から過ぎ行く街の様子を眺めてはしゃいでいる。
 二人のときは敬語を使わなくてもいいと王女に言われて、マリルは最初こそ遠慮していたものの、王女が率先して砕けた会話を心がけたので、今ではすっかり打ち解けて、二人の会話はまるで女友達のようだ。

「わぁ、やっぱり首都は立派な建物ばかり。私ね、サンサさまを探す旅に出たときに、奇術を見せながらお金を稼いで、街から街へと渡り歩いたの。どの街もこんなに人はいなかったし、お店の数もこれほど多くはなかったわ」

「まぁ! 奇術をしながら、街から街へ旅をしたの? マリルはまだ十二歳でしょ。一体いくつのときに旅に出たの? もちろんご家族も一緒よね?」

「ううん。私は五歳のときに、魔法学校に入れられたの。魔法量が多くて両親の手には負えない子だったみたい。旅に出たのは九歳のときよ」

 そうなのと頷くエリザ王女の表情には、侮蔑の色はない。あまりにも自分と違う境遇で、逆境にもめげず、逞しく生きてきたマリルに感心しているようだ。

「マリルはすごいのね。私も周囲の期待を裏切らないように、勉強も作法もダンスも頑張って来たけれど、王女として常に大人に守られてきたわ。でもマリルは一人で考えて結果を出してきたのね」

「決めたのは自分だけれど、私も魔法学校のお友だちや、旅先で出会った人たちに助けてもらったわ。でも、お師匠様に会わなければ、私は他の魔術師よりも魔法が使えることでいい気になって、とんでもない過ちをしたかもしれないわ」

 まさかと首を振ったエリザ姫が、からかうような視線を投げる。
「う~ん、マリルがとんでもない失敗を犯したとしても、かわいらしいことしか想像がつかないわ。きっと魔法学校時代のマリルは、かなり優秀だったのでしょうね」

「実技に関しては優秀だったと思う。普通の魔術師は、相性のいい精霊から力を借りて魔法を繰り出すから、精霊の種類によって得意な魔法が決まってくるの。だけれど私はサンサさまと同じで、最初から魔力を身体に宿していたの。魔法学校の同僚や先輩、先生でさえも、私の魔力量には敵わなかったわ」

「まぁ! マリルはそんなに強い魔力を持っているの? 魔法学校に入ったのは五歳だったわよね。そんな小さな子が強い魔法を使ったら、魔法を知らない普通の人たちは怖くなるかもしれないわ。きっとあなたのご両親はあなたを愛していたけれど、どうしていいのか分からなかったのでしょうね」

「捨てられたと分かったときはショックだったけれど、魔力を活かせる場所では、力を持ったものが尊敬されて大切に扱われると知ったから立ち直れたの。子供だったから、大魔導師ぐらいに偉くなれば、誰も私を見捨てないって単純に思っちゃったみたい。でも魔法の種類や知識をぐんぐん吸収したのはいいけれど、魔術の根本になる自然を敬う心の純粋さや、人格などの大切なものには何も気づけなかった。そのまま技量だけを見に着けて、人から敬われることだけを覚えたら、私は第二のルーカスになっていたかもしれないわ」

「マリル……」

 エリザ王女が向かいの席から手を伸ばす。どうしたのかと思いながらマリルが自分の手を差し出すと、手を掴まれてエリザの隣の席へと引っ張られた。
 動揺するマリルをエリザ王女がギュっと抱きしめ、背中に垂れたマリルの亜麻色の髪を撫でる。

「苦労したのね。マリルがサンサ大魔導師に出会えてよかった。こんなかわいい魔法使いが、愛されることもなく闇に飲まれるなんて、考えただけでも辛くなるわ。前に私が高飛車な態度を取ったことを許してね」

 エリザ王女の輝く様な金髪がマリルの赤い頬を撫でる。鼻の奥がツンとするのを感じながら、マリルはコクコクと頷いた。
 確かに、最初は話し方や態度が尊大だとは思ったけれど、エリザ王女はサンサからのアドバイスを受けて以来、サンサやマリルの気持ちを汲もうとするようになった。
 エリザ姫はかなり頭がよく、柔軟な心の持ち主だと言うことが分かり、マリルは王女に好意を持った。

 エリザ王女の向かいの席に座り直して、再度窓から外を覗くと、ブルーの礼装を着た騎馬兵が並走しているのが見える。今は平然としているが、マリルがこの馬車をフランセン王国側の山道に転移させたとき、忽然と消えた馬車を探し回っていた兵士たちが、また突如出現した馬車に驚き、馬から転げ落ちそうになったのだ。
 思い出し笑いを隠すために、慌てて扇を口元に持っていく。

「マリル、隠すのなら扇を開かないと、笑っているのが丸見えよ」

 目の前で茶目っ気たっぷりに注意するエリザ王女は、転移させた馬車から降りたときの威厳のある王女とは、まるで別人のようだ。
 心配しておろおろする侍従たちから、どこでどうしていたのかを聞かれても、エリザ王女は落ち着いた態度で、気が遠くなったあと目が覚めたらどこか知らない土地にいて、ここに座っているマリルに大変お世話になったと説明した。

 王女がマリルをコンパニオンとしてブリティアン王国に連れていくと言ったときには、身元がはっきりしないマリルを召し抱えるのはどうかという反対意見も出たのだが、マリルがいなかったら森の中で猛獣に襲われて命を落としたかもしれないと、深刻な表情で語る王女に反対できるものはいない。
 兵士や侍女たちが動揺しまくる中で、毅然と振舞うエリザ姫の姿は、まさしく生まれながらに人の上に立つ者の貫禄があり、その場は次第に落ち着いて行った。

 フランセン国王が、なぜ何人もいる王女の中から第二王女のエリザを選び、ブリティアン王国に差し向けようとしたのか、マリルは瞬時に理解した。
 エリザ王女ほど芯の通った強い女性でなかったら、自分に矢を射た王子たちのいる王城に、乗り込むことなどできなかっただろう。

 城が見えてきた。窓に噛り付くようにして外を見ていたマリルも、緊張から背筋がまっすぐに伸びる。赤い軍服を着たブリティアン王国の近衛兵が、エリザ王女一行を迎えるために整列していた。

「マリル、覚悟はいい?」

「もちろん! アルバート王子とハインツ王子に一泡吹かせる場面を想像すると、ワクワクするわ」

 エリザ王女は、自分の扇をマリルの持つ扇と剣のように交差させてから、前方を指した。

「いざ王城へ」

 勇ましいポーズを取ったエリザ姫に、マリルが魔窟の間違いでしょと訂正する。
 豪華な馬車からは、並走する馬の蹄の音にも負けないくらいの女性の高らかな笑い声が響き渡っていた。

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