11 / 37
マリルの緊急事態
魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた
しおりを挟む
多分この少女はお姫さまだ。立派な馬車と豪華なドレスから想像がつく。
歳の頃は十五、六歳ぐらいだろうか。
どうしてわかるのかと言うと、マリルの中身は十二歳だが、外見上は十五、六歳に見えるとサンサ師匠がいつも言っているから、目の前の傷ついたお姫さまと自分を頭の中で比べてみたのだ。多分間違いないだろう。
若くてきれいなお姫さまが、どうしてこんなこんな無残な殺され方をしなければならないのか。せめて従者や兵士たちがついていれば、助かったのかもしれないのに。
「かわいそう。あなたがどこの誰か分かれば、お家に連れて行ってあげられるのに」
マリルは手を伸ばし、少女の眉間に寄った皺を撫でて解してやった。まるでこうすれば痛みから解放されるとでもいうように。
わずかに指の下の皮膚が動いたように感じて手を離す。
少女のプラチナブロンドの髪と同じ色の睫毛がわななき、ゆっくりと瞼が持ちあがり、うつろな青い目が現れた。
「あっ、気がついた! あなた名前は? 何かして欲しいことはある?」
「だ……れ?」
「私は魔術師見習いのマリル。見習いっていっても、魔力はそんじょそこらの魔術師には負けないつもり。でもまだ十二歳だから、お師匠さまが認定証をくれないの」
「ま…じょ? 魔法……使えるの?」
「ええ。使えるわ。何か望があれば何でも言って。お家に帰りたいのなら、場所と名前を教えてくれれば連れて行ってあげる」
マリルはこんな寂しい道端で、彼女を一人で死なせたくなかった。せめて家族のところに送ってやりたい。サンサとの約束を抜きにしても、少女の力になりたかった。
「殺して……あの人を……裏切られた」
「ちょ、ちょっと待って、それって復讐ってこと? 裏切られたって誰に? それにあなたのお家はどこ?」
「おねが……い。復讐して。このまま……死ぬの……いや」
ゴホッとむせた少女の口から血が吐き出された。マリルはヒッと声をあげて竦み上がったが、少女の背を支え、顔と身体を斜めに倒し、喉に血が詰まらないようにしてやる。
「わ、分かったわ。とりあえず、傷口を治すから、相手の名前を教えて」
「や…く…そく」
「うん。うん。約束ね。あっ、ちょっと目を開けて。あなたの名前も聞いてない。家族の元に送り届けられないじゃないの。ねえってば……」
死んでしまった? どうしよう。
マリルは動揺しながらも、少女の身元が分かるような言葉を、彼女が発しなかったかどうか会話を反芻しているうちに、サッと血の気が引くのを感じた。
少女を元気づけて一言でも多くの情報を得ようとしたのに、収穫が無いばかりか、これってひょっとして、復讐の契約が成立しちゃってる? と気づいたからだ。
「うそ! 確かお師匠様と約束したのは、初めて会った人から依頼を受けて、成し遂げなかったら、認定証がもらえないだったよね。そんな! この子死んじゃったのよ。相手の名前も聞いていないのに、復讐のしようがないじゃない。っていうか、白魔法なのに復讐なんかしたら、とんでもないことになっちゃう。う~っ、どうしようお師匠様~」
『ばっかもーん。お前は何という契約をしたのだ。闇落ちするつもりか。すぐに戻ってこい!』
サンサの怒鳴り声にびくっと身体を震わせたマリルは、涙がいっぱいたまった瞳を声の聞こえた方向に向けた。そこには一匹の蜂が飛んでいた。
「し、師匠。蜂に化けてついてきてくれたんですね」
『そいつは私ではない。スパイ蜂だ。お前の乗ったトビの背にとまってついていったのだ。まぁ、そんなことはどうでもいい。その姫を連れてさっさとこっちへ来なさい。先ほど馬車にいた奴らが様子を見に戻れば、お前まで危険にさらされてしまう』
「わ、分かりました。お師匠様。すぐに帰ります」
マリルは姫の肩に手を回して指を振り、他のものからは見えない結界を張った。
目の前であまりにも信じられないことが起きたせいで、心が現実についていけずにパニックになってしまった。
サンサが声をかけてくれたおかげで冷静になれたが、このまま戻ったら、判断のできない子供がやらかした失敗を、師匠に押し付けるだけの惨めな結果になりそうだ。
まずは、あるがままを受け入れて、何ができるか考えてみよう。
改めて少女の孤独な死を思う。追い詰められたときの恐怖や悲しみを考えると、胸が痛くて堪らない。
マリルにもたれているプラチナブロンドの少女は、今は瞼を閉じてしまって青い瞳は見えないけれど、唇はピンクで艶があり、肌理の細かい白い肌も瑞々しくて、まるでただ眠っているだけのように見える。
もしかしたら、呼吸で動く胸を確認できるのではないかと視線を移せば、命を奪った元凶の矢が突き出ているのが痛ましい。
「助けられたら良かったのに、ごめんね。ここ痛かったよね。裏切られて、一人で取り残されて、怖かったでしょね。あまりにも悔しくて、僅かに残された時間で名前や住所を言うよりも、裏切った人に復讐したいって思ったんだよね。辛かったね。でも私にできるのは、あなたの身体の傷口を塞ぐだけしかしてあげられない。ごめんね。でもきれいにしてあげるから、旅立つ途中で泣かないでね」
矢に指を置いて存在を消す。心の臓に刺さった矢じりも残さぬように。同時に空いた穴と傷ついた肌を元に戻す修復魔法をかける。
絹のドレスの胸元に空いた穴から見えるのは、染み一つ、傷跡もない美しい肌だった。
マリルはドレスにも修復魔法をかけて穴をふさぎ、桃色のドレスに染みていた血液も取り除いた。
「これで、あなたは元通りの完璧なお姫様だわ。なんとか従者やご家族を見つけられるといいけれど。帰ってお師匠様と相談してみるね」
マリルはサンサの元へ戻るため、指を大きく振った。
歳の頃は十五、六歳ぐらいだろうか。
どうしてわかるのかと言うと、マリルの中身は十二歳だが、外見上は十五、六歳に見えるとサンサ師匠がいつも言っているから、目の前の傷ついたお姫さまと自分を頭の中で比べてみたのだ。多分間違いないだろう。
若くてきれいなお姫さまが、どうしてこんなこんな無残な殺され方をしなければならないのか。せめて従者や兵士たちがついていれば、助かったのかもしれないのに。
「かわいそう。あなたがどこの誰か分かれば、お家に連れて行ってあげられるのに」
マリルは手を伸ばし、少女の眉間に寄った皺を撫でて解してやった。まるでこうすれば痛みから解放されるとでもいうように。
わずかに指の下の皮膚が動いたように感じて手を離す。
少女のプラチナブロンドの髪と同じ色の睫毛がわななき、ゆっくりと瞼が持ちあがり、うつろな青い目が現れた。
「あっ、気がついた! あなた名前は? 何かして欲しいことはある?」
「だ……れ?」
「私は魔術師見習いのマリル。見習いっていっても、魔力はそんじょそこらの魔術師には負けないつもり。でもまだ十二歳だから、お師匠さまが認定証をくれないの」
「ま…じょ? 魔法……使えるの?」
「ええ。使えるわ。何か望があれば何でも言って。お家に帰りたいのなら、場所と名前を教えてくれれば連れて行ってあげる」
マリルはこんな寂しい道端で、彼女を一人で死なせたくなかった。せめて家族のところに送ってやりたい。サンサとの約束を抜きにしても、少女の力になりたかった。
「殺して……あの人を……裏切られた」
「ちょ、ちょっと待って、それって復讐ってこと? 裏切られたって誰に? それにあなたのお家はどこ?」
「おねが……い。復讐して。このまま……死ぬの……いや」
ゴホッとむせた少女の口から血が吐き出された。マリルはヒッと声をあげて竦み上がったが、少女の背を支え、顔と身体を斜めに倒し、喉に血が詰まらないようにしてやる。
「わ、分かったわ。とりあえず、傷口を治すから、相手の名前を教えて」
「や…く…そく」
「うん。うん。約束ね。あっ、ちょっと目を開けて。あなたの名前も聞いてない。家族の元に送り届けられないじゃないの。ねえってば……」
死んでしまった? どうしよう。
マリルは動揺しながらも、少女の身元が分かるような言葉を、彼女が発しなかったかどうか会話を反芻しているうちに、サッと血の気が引くのを感じた。
少女を元気づけて一言でも多くの情報を得ようとしたのに、収穫が無いばかりか、これってひょっとして、復讐の契約が成立しちゃってる? と気づいたからだ。
「うそ! 確かお師匠様と約束したのは、初めて会った人から依頼を受けて、成し遂げなかったら、認定証がもらえないだったよね。そんな! この子死んじゃったのよ。相手の名前も聞いていないのに、復讐のしようがないじゃない。っていうか、白魔法なのに復讐なんかしたら、とんでもないことになっちゃう。う~っ、どうしようお師匠様~」
『ばっかもーん。お前は何という契約をしたのだ。闇落ちするつもりか。すぐに戻ってこい!』
サンサの怒鳴り声にびくっと身体を震わせたマリルは、涙がいっぱいたまった瞳を声の聞こえた方向に向けた。そこには一匹の蜂が飛んでいた。
「し、師匠。蜂に化けてついてきてくれたんですね」
『そいつは私ではない。スパイ蜂だ。お前の乗ったトビの背にとまってついていったのだ。まぁ、そんなことはどうでもいい。その姫を連れてさっさとこっちへ来なさい。先ほど馬車にいた奴らが様子を見に戻れば、お前まで危険にさらされてしまう』
「わ、分かりました。お師匠様。すぐに帰ります」
マリルは姫の肩に手を回して指を振り、他のものからは見えない結界を張った。
目の前であまりにも信じられないことが起きたせいで、心が現実についていけずにパニックになってしまった。
サンサが声をかけてくれたおかげで冷静になれたが、このまま戻ったら、判断のできない子供がやらかした失敗を、師匠に押し付けるだけの惨めな結果になりそうだ。
まずは、あるがままを受け入れて、何ができるか考えてみよう。
改めて少女の孤独な死を思う。追い詰められたときの恐怖や悲しみを考えると、胸が痛くて堪らない。
マリルにもたれているプラチナブロンドの少女は、今は瞼を閉じてしまって青い瞳は見えないけれど、唇はピンクで艶があり、肌理の細かい白い肌も瑞々しくて、まるでただ眠っているだけのように見える。
もしかしたら、呼吸で動く胸を確認できるのではないかと視線を移せば、命を奪った元凶の矢が突き出ているのが痛ましい。
「助けられたら良かったのに、ごめんね。ここ痛かったよね。裏切られて、一人で取り残されて、怖かったでしょね。あまりにも悔しくて、僅かに残された時間で名前や住所を言うよりも、裏切った人に復讐したいって思ったんだよね。辛かったね。でも私にできるのは、あなたの身体の傷口を塞ぐだけしかしてあげられない。ごめんね。でもきれいにしてあげるから、旅立つ途中で泣かないでね」
矢に指を置いて存在を消す。心の臓に刺さった矢じりも残さぬように。同時に空いた穴と傷ついた肌を元に戻す修復魔法をかける。
絹のドレスの胸元に空いた穴から見えるのは、染み一つ、傷跡もない美しい肌だった。
マリルはドレスにも修復魔法をかけて穴をふさぎ、桃色のドレスに染みていた血液も取り除いた。
「これで、あなたは元通りの完璧なお姫様だわ。なんとか従者やご家族を見つけられるといいけれど。帰ってお師匠様と相談してみるね」
マリルはサンサの元へ戻るため、指を大きく振った。
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
彼女にも愛する人がいた
まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。
「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」
そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。
餓死だと? この王宮で?
彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。
俺の背中を嫌な汗が流れた。
では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…?
そんな馬鹿な…。信じられなかった。
だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。
「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。
彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。
俺はその報告に愕然とした。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる