上 下
10 / 37
マリル、事件に遭遇する

魔女見習いは王女の復讐の依頼を受けた

しおりを挟む
 サンサの結界から外に出たマリルは、野鳥たちに魔法をかけて人のいそうな方角を探した。俯瞰魔法が働き、南西へ300キロメートルほど行くと国境の見張り小屋が建っていることが分かる。転移魔法は使えないから、どうしようと周りを見渡すと、大きな角を持った鹿が若木の葉を食んでいるのを見つけた。

「あの鹿を馬代わりにすれば……う~ん。無理。振り落とされそう」

 ここからひとっ飛びするには、やはり鳥の力を借りるしかない。ただ問題は見張り小屋にいる兵は周囲を望遠鏡で見張っているから、マリルを乗せた巨大鳥が飛んできたら、大騒ぎになって、警備兵士たちに撃ち落されないとも限らない。

「見つからないように飛ぶには、どうすればいいかしら?」

 空を見上げたときに、トビが飛んでいくのが見えた。
 閃いた!
 マリルは腕を上げてトビを指さし、魔法をかける。方向転換をしたトビが、木の枝の間を縫って飛び、マリルの足元に着地した。
 マリルはハンカチを取り出して三角に折り、トビの首に巻いて胸の方で結ぶと、トビに優しく語り掛けた。

「ちょっと失礼。まだ動かないでね」

 マリルはトビをまたいでから、今度は自分に向けて指を振った。
 高いところから落ちていくような感覚を覚えながら、マリルの身体がどんどん小さくなる。気がつけばトビの背中に載っていた。

 首から背中に向けて三角に垂れたハンカチを潜り、首と布の隙間から顔と腕を出した。こうすれば、背中全体がハンカチで支えられて安定する。これなら空の上で、風に吹き飛ばされる心配もないだろう。

「国境まで飛んでちょうだい」

 トビが上昇する。迫る大枝を躱すように羽ばたくトビの背で、マリルは首を竦めたり、両腕で頭を囲ったりしたが、気がつけば遮るものもない空で、眩しい太陽を身体全身に浴びていた。森の木が足元からどんどん遠ざかっていく。

「ひゃっほ~っ! 最高だわ。風が気持ちいい!」

 斜め上を向いていたトビの身体が前に倒され、水平飛行に入る。ぐんぐんスピードを増していくうちに、息をするのが苦しくなったので、マリルは自分の周りに空気溜まりを作った。
 トビが最高速度で飛べるように力を与えたおかげで、約二時間ほど経ったときには遠くに道らしきものが目に入った。

 更にずっと向こうの方に見えるのは、切り立った山肌に固定するように作られた背の高い門。多分あれが国境で間違いないだろう。その辺り道幅だけが広くなっている様子が、まるで小さな広場のようだ。
 遠すぎて定かではないが、門が閉鎖されているように見えるのは目の錯覚だろうか。
 もう少し近寄れば状況が分かるのだが、もし本当に門が閉ざされていたとしたら、通行証を手にした商人や旅人の閉ざされた列ができているかもしれない。


 最初に会った人物の依頼を聞くという条件が無ければ、待機中の人に何か困ったことは無いかと聞けるのに……。
 多分聞いた途端に、水や食べ物、手紙を国境の向こうの待ち人に届けて欲しいというような所望が、一度に発せられるに違いない。
 でもそんな状況では、最初に会った人を特定するのは難しい。きっとどこかでサンサ師匠が見ているだろうから、失格にならないように他の場所を探さなければ。

 マリルはトビの進路を変えて、国境を背にして道沿いに飛んでいく。切り立った山肌の傾斜が緩やかになっていき、道が両側から伸びた枝葉で覆い隠されるようになった頃、マリルは木々の間に輝く白と金色で装飾された屋根らしきものを見つけた。
 馬の声もすることから、馬車だと分かる。遠目にも美しいその馬車がどうして道の真ん中に止まっているのか不思議に思い、マリルは馬車から少し離れた森の中に降り、元の大きさに戻った。

 トビに別れを告げ、足音を忍ばせながら馬車の方へ歩いていくと、馬車の中から男の声が聞えた。

「アルバート、お前のせいだ。お前がエリザ王女を殺したんだ」

 驚いたマリルは足を止めたが、枯れ枝を踏んでしまい、パキッと乾いた音が辺りに響いた。

「しっ。ハインツ、静かに。誰かくる。仕方がない。一旦ここから引き揚げよう」

 男たちはマリルの立つ位置の反対側の扉から外に出て、駆けて行った。姿を見ようにも男たちの会話が頭に残り、怖くて足が動かない。
 足音が聞こえなくなってから、マリルは勇気を出して、金色のユリの花の紋章があしらわれた白い馬車の扉を開いた。
 覚悟はしていたものの、目にした光景と生臭い匂いに悲鳴を上げそうになる。

 目に飛び込んできたのは、赤!
 艶のある生地で覆われた座席の赤い色。
 腰かけた薄桃色の絹のドレスに身を包んだ美しい少女の胸に突き刺さった矢の周囲から滲んで流れだす真っ赤な血!

「ど、ど、どうしてこんなこと……ねっ、ねぇ、あなた大丈夫?」

 大丈夫なわけがない。心臓に矢が突き刺さっているのだから。
 だが、パニックになっているマリルにはどうしていいか分からない。
 傷口を塞ぐ? でもこんなに血が流れてしまっていては、例え息の根があったとしても、間に合わないかもしれない。

 外傷は治せても、流れた血を作って戻すことはできないし、本人に生きる力が無ければ魔法でどんなに傷口を治しても、助かりはしないのだ。
 時間があれば、少女ハンナに生きる気力を持たせたのと同じ療養魔法を、サンサ師匠に施してもらえるのだが、この状態では……。
 マリルは悲し気に首を振った。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。

秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚 13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。 歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。 そしてエリーゼは大人へと成長していく。 ※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。 小説家になろう様にも掲載しています。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

罠にはめられた公爵令嬢~今度は私が報復する番です

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
ファンタジー
【私と私の家族の命を奪ったのは一体誰?】 私には婚約中の王子がいた。 ある夜のこと、内密で王子から城に呼び出されると、彼は見知らぬ女性と共に私を待ち受けていた。 そして突然告げられた一方的な婚約破棄。しかし二人の婚約は政略的なものであり、とてもでは無いが受け入れられるものではなかった。そこで婚約破棄の件は持ち帰らせてもらうことにしたその帰り道。突然馬車が襲われ、逃げる途中で私は滝に落下してしまう。 次に目覚めた場所は粗末な小屋の中で、私を助けたという青年が側にいた。そして彼の話で私は驚愕の事実を知ることになる。 目覚めた世界は10年後であり、家族は反逆罪で全員処刑されていた。更に驚くべきことに蘇った身体は全く別人の女性であった。 名前も素性も分からないこの身体で、自分と家族の命を奪った相手に必ず報復することに私は決めた――。 ※他サイトでも投稿中

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

処理中です...