上 下
6 / 43
ハプニング

アンドロイドは恋に落ちるか

しおりを挟む
 一瞬、急激なめまいと立ち眩みを覚えた後、奏太は吸い込まれるようにブラックアウトした。
 意識が浮上すると共に、聞き慣れない電子音と、動かしたくても自由にならない身体の重みを感じる。
 奏太は霊感があるわけでもないし、科学者として証明できないものの存在を簡単に信じたりはしないけれど、これが俗にいう金縛りだろうかとふと思った。

 右手に意識を集中して動かそうとする。頭の中にかすかに瞬いたものが見えたとき、わずかに指が動いた。
 動け!くそっ、右手動けったら!
 思いっきり力を入れた途端、ブンと空気を切るような音とともに右手が急激に上がり、その勢いにつられて上半身が揺さぶられ、意識が完全に覚醒した。
 だが瞼が開かない。一体どうしたんだ俺?不安になりつつ、今度は瞼に意識を集中して持ち上げようとする。何度かの試みで成功して目に入ったのは、上がったままの右腕だった。

「何だこれ?」

 出た声に二度びっくり。奏太の声に似てはいるが、兄の研二の声だ。
 状況が把握できず、辺りを見回す努力をする。だんだん身体を動かすこつを掴んできた。

「うわ~っ」

 思わず叫んだのは、自分が床に崩れているのを目撃したからだ。
 何だこれ?俺はここにいるのに、どうして床に俺がいる?
 まだ慣れない動作で、寝かされていたテーブルから足を下ろし、バランスを取りながら意識を失っている自分の横にしゃがみ込む。そっと揺すってみるが、自分がここにいるのにこいつが目を覚ましたら、一体誰になるんだろうと恐怖に襲われた。
 抱き起そうとして身体を捻ったときに、左肩に近い上腕が目に入り、剥きだしのコントロールボックスが見える。

「アンディ―か⁉まさか、俺はアンディーの中にいるのか?」

 なんでこんなことに?どうして?
 疑問が渦を巻いた途端、耳の中にキュイ―ンと電子音が響き、カシャカシャと回路が回る音がする。その途端、奏太が自分の顔をコピーしろとアンディ―にコマンドを出す映像が頭の中に浮かび上がった。
 バタンとドアが勢いよく開く音で映像が中断される。息せき切って飛び込んできたのは兄の研二だ。床に倒れた奏太と、しゃがんで奏太を抱き起そうとしているアンディ―を見比べて、驚愕の表情を浮かべた。

「奏太!どうしたんだ?アンディー、奏太を無理に起こすな。そっと寝かせてくれ」

 研二が駆け寄り、奏太の顔を覗き込む。首に手を当てて脈があるのを知ると、ホッと息を吐いた。だがすぐにアンディーの方に向き直り、怖いくらいの真剣な表情で訊ねた。

「アンディー。もしかして、お前の仕業とか言わないよな?人間に危害を加えないようにプログラムはしてあるが、もしそれが破られたら、お前を抹消しなければならない」

 奏太は兄が気づいてくれないことに言葉が出ないほどショックを受けた。
 そうだ、自分は今アンディーの中にいて、しかも外見が兄なのだから分からなくて当然だと自分に言い聞かせ、何とか落ちつこうとする。立ちあがった研二を目で追うと、アンディーに接続したままのコンピューターに近づいていくところだった。

「ま、待ってくれ!消さないでくれ!俺だよ、兄さん。奏太だよ。俺、アンディーの中に入っちゃったみたいだ」

 紛れもない研二の声で、とんでもないことを言うアンディーを研二が睨みつけた。

「消去を恐れて言い逃れをするのか?いや……まだ何も学んでいないアンディーがそれをするのは不可能だな」

 アンディーの頭の先からつま先まで何度も視線を走らせた研二が、まだ疑いの色を滲ませた声で奏太に問う。

「それで?一体何をしたんだ?」

「俺の顔も、写し取ってもらおうと思ったんだ。コマンドを出した途端、吸い寄せられるような感覚があって、気が付いたらアンディーの中にいた」

「そんなバカなこと……いや、お前なら好奇心から説明書も読まずにやりそうだ。あのな、ダイレクトに読み取らせた後で、コマンドを出す場合は、前のデーターを消去してから行わないと不具合が起きるんだ。でも、以前試したときには、こんなことは起きなかったぞ。本当に奏太か証明してくれ」

 う~んと唸った奏太は腕を組んで考えた。
 こっちをみていた研二が、自分とそっくりな顔を凝視するのに耐えられなくなったのか、スッと視線を逸らしてコンピューターから離れ、奏太の横に戻る。こんこんと眠り続ける奏太の額の髪を優しくかきあげながら、押し殺した声で言った。

「もし、本当にお前が奏太なら、僕とお前だけしか知らないことを話せるはずだ」

 床で伸びている奏太の横に跪く研二は、まるで祈りを捧げているようだ。
 ゆっくりと顔をあげた研二が苦悩の表情を浮かべ、頼む無事を確かめさせてくれと切望する。自分がしでかした失敗で兄を苦しめているのを知り、奏太は今更ながら軽率な行動を悔いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

港までの道程

紫 李鳥
ミステリー
港町にある、〈玄三庵〉という蕎麦屋に、峰子という女が働いていた。峰子は、毎日同じ絣の着物を着ていたが、そのことを恥じるでもなく、いつも明るく客をもてなしていた。

夫を愛することはやめました。

杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。

似た女

原口源太郎
ミステリー
駅前の通りを歩いている時に声をかけられた。「いいアルバイトがあるんです。モデルの仕事なんですけど、写真を撮らせていただくだけ」私は美人とはいえないし、歳だって若いとはいえない。なぜ私なのだろう。 詳しい話を聞くために喫茶店で待っていると、派手な服を着た女が入ってきて、私の向かいに腰かけた。 私は女の顔を見て驚いた。私に似ている。

死んだふりした負け猫と、青春と謎を食べる姫

上村夏樹
ミステリー
※第7回ホラー・ミステリー小説大賞奨励賞作品 高校生の猫村太一には秘密があった。彼は健全な学校裏サイト「キャット先輩の青春お悩み相談室」の管理人で、生徒から届いた青春にまつわる悩みを解決する相談員をしている――正体を隠すため、猫のお面を被り、架空の相談員「キャット先輩」になりきって。 二年に進級した猫村は姫宮小夜という名の少女に出会う。彼女は教室で自己紹介をしたときにこう言った――「青春真っ只中のクソ野郎どもに質問があります。どなたか青春のよさを私に教えてください」と。彼女は友情や恋愛など、青春の良さがわからないという変わり者だった。 ある日、姫宮はキャット先輩の正体が猫村であることを突き止め、全校生徒に正体をばらされたくなければ、自分をキャット先輩の助手にしろと脅す。姫宮の思惑を知った猫村は断固として拒否する。なぜならば、彼には「絶対に青春してはいけない理由」があり、それは姫宮の目的と相反するものだったからだ。しかし、猫村は姫宮の脅しに屈してしまい、二人で生徒の悩みを解く日々を送ることに……!? 思春期のほろ苦い青春を切り取った青春ミステリー。連作短編です。 ――ストーリー(連作短編) 【第一章】『殺人未遂ノート』 【第二章】『痕跡本に想いを』 【第三章】『原稿シンクロニシティ』 【第四章】『負け猫に祝福を、姫に青春の日々を』

【学園日常ミステリー】図書委員のヒマつぶし

暮伏九郎
ミステリー
単なるぼっち、夏狩夕輔。孤高の美少女、朝霧秋沙。正反対であり似た者同士の二人が、変哲のない高校生活に潜む『些細な謎』を『ヒマつぶし』として解き明かす! 図書室の幽霊や差出人不明のラブレターに挑む、青春日常ミステリー。 【感謝】皆様のおかげでジャンル別日間ランキング1位を記録できました! ありがとうございます!! 【追記】作品が面白いと思ったら一言でもいいので感想、お気に入り登録よろしくお願いします! つまらなかったら酷評でも構いません!

幸福物質の瞬間

伽藍堂益太
ミステリー
念動力を使うことのできる高校生、高石祐介は日常的に気に食わない人間を殺してきた。 高校一年の春、電車でいちゃもんをつけてきた妊婦を殺し、高校二年の夏休み、塾の担任である墨田直基を殺した後から、不可解なことが起き始める。

先生、それ、事件じゃありません2

菱沼あゆ
ミステリー
女子高生の夏巳(なつみ)が道で出会ったイケメン探偵、蒲生桂(がもう かつら)。 探偵として実績を上げないとクビになるという桂は、なんでもかんでも事件にしようとするが……。 長閑な萩の町で、桂と夏巳が日常の謎(?)を解決する。 ご当地ミステリー。 2話目。

オボロアカツキ。

ウキイヨ。
ミステリー
これまで数々の「夢」を叶えようとすれば、現実的問題に阻まれ、いつしか「夢」と言う言葉が嫌いなった洋平は、ある日を境に「夢」を叶えるチャンスを手に入れる。しかし1ヵ月と言う期間と叶える為のルールが存在する中、彼の「夢」を阻む存在や事態が彼に立ちはだかる。そしていつしかそれは、彼にとって人生史上とてつもない事件に巻き込まれていくのであった。

処理中です...