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レッスン

ビビッドな愛をくれ

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 翌日、リアムが防音室にこもって自分の仕事をしている間に、優吾は毎日続けるようにと言われた発声のメニューをこなしていた。
 ファルセット(裏声)を太く大きく響かせる方法を体得しているのだが、元々音域の広い優吾にとってみれば、こんなのは声の音域の狭い奴が、出ない音を補うために誤魔化すやり方だと反発心が湧かないでもない。
 明日はリアムの仲間の前で歌うのだから、自分なりの歌い方で聞かせたいのにと思ったときに、リアムが入ってきた。

「なぁ、リアム。俺、ファルセットじゃなくて、地声だけで強く高く歌い上げてみたいんだ」

 リアムは眉根を寄せてちらりと優吾の顔を見たが、持っていた楽譜を優吾に渡しながら言った。

「じゃあ、今から録音するから、Raging Dark Angel のここまでを地声とファルセットに歌い分けてみろ。ファルセットの音の響かせ方は教えた通りにやれよ。細い声にならないように、腹から頭上に突き抜けて響かせるつもりで思いっきり出せ」

「何で二通りも歌わなきゃいけないんだ? 結果は分かっているのに」
 
 ごねる優吾をマイクの前に立たせ、リアムが一度めの伴奏を始めた。
 以前日本で歌っていた時には、ファルセットになると途端に頼りない声になり、それまで地声で歌ってきたパートと格段に差ができてしまっていた。

 思いっきり地声で歌いたいと言った優吾を律が止めて、ファルセットの部分を音響スタッフの技術でカバーするから、このまま歌うようにと言われる度に、優吾は歯がゆく感じたものだ。だが、高音になるほど細くなる裏声は、正直そのままでは聞き苦しいので、従うしかなかった。

 日本から離れたフランスで、ようやく思い通りに歌う許可をもらったからには、ファルセットなんて必要ないということをリアムに認めさせたい。
 もちろんリスクはある。声量のいる高音のパートを地声で歌えば、どうしても力んで喉に負担がかかる。けれど、小中学生の頃に聞いて感動したオーウェンの歌い方のように、自由自在に声を操ってみたいと思う。

 ボーカルなら誰でも夢見るであろう境地を目指して、優吾は歌った。
 多分上出来だと満足してから、次はファルセットに取り掛かる。リアムに教えられた通りに腹で息を押し出し、口の中で音を太く育て、頭から遠くへ放つイメージで歌い上げる。
 結果は、思いも寄らないものだった。

「どっちが地声で、どっちがファルセッだと思う?」

 リアムが再生ボタンを押すと、パワー的には殆ど変わりのない歌が聞こえた。ただ、地声で歌った方は、一番高音のところで、少しきつさを感じさせる。

「こ、こんなことって‥‥‥嘘だ。何かエフェクトをかけただろ?」

「いや、何も弄っていない。両方ともお前の素の声だ。特に後でプレイした方が、よく伸びていい声だと思わないか?」

 あんなにも地声に拘っていたはずなのに、現実を突きつけられた優吾は、戸惑いながらも頷かざるを得なかった。
 一風変わった発声練習が、何のために組まれたのかが分かり、優吾の胸がジンと熱くなる。

「ありがとう。リアム。歌の幅が広がりそう」

「喉に圧をかけないで歌えたら、今まで以上に自由自在に音の高さに挑戦できるし、声の強弱もつけやすくなって、フェイクも思い通りにできるはずだ。ただし、今の歌い方を忘れるな。まだいけると過信して元通りの歌い方をすれば、喉を傷つけて‥‥‥」

 殆ど聞き取れないような小さな声で、歌えなくなるとリアムが呟いた。
 瞼を半分伏せ、額に刻まれた皺がリアムの内面を物語っているようだ。

「リアム?」

 声にピクリと反応したリアムが、腕を伸ばして優吾を捕らえた。ピアノの椅子に座るリアムの脚の間に抱きこまれ、リアムがいつもつけているコロンを強く意識する。爽やかな中に潜むセクシーな香りに包まれるていると、あの夜の記憶が目覚めそうで、優吾は昂りそうになる気持ちを散らすために身を捩った。

 逃すまいとするように、リアムの抱擁がきつくなる。リアムが優吾の胸に頬を押し付け、激しくなった優吾の鼓動を聞くような素振りを見せたが、優吾はリアムの呼吸が乱れていないことに気が付いた。
 悪戯にしては、まとった空気が重すぎる。どうしていいのか分からず戸惑っていると、背中に回ったリアムの片手が、背骨を伝い降りて優吾の尻を鷲掴みにする。

 ヒッ、と出かけた声を優吾は咄嗟に殺したが、リアムの手は止まらずに、優吾の背中や尻を揉みくちゃにこね回す。腹の奥で燻り始めた情感が発火しそうになり、優吾は必死で堪えた。
 もし、リアムがこんなことを冗談半分に仕掛けたのなら、優吾も笑って受け流し、真昼間のレッスン室で何をするんだと、リアムの頭を小突いてやっただろう。
 だが、欲望を感じることのできないリアムの乱暴なまでの愛撫は、苦しみにさいなまれてキリキリ舞いするリアムが、救いを求めて必死に縋りつこうとしているかのように感じられ、優吾はされるがままにした。
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