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a sweet murder

ビビッドな愛をくれ

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 城壁に沿って歩いて行くとパーキングがあった。
 左ハンドルの高級スポーツカーの前でリアムが止まり、優吾の背を助手席の方に押して乗れと言う。
 あまり車に詳しくない優吾でさえも、この車を日本で買ったら8桁はするんじゃないかというぐらいは知っている。
 こちらでは安く買えるんだろうかとか、こいつは一体何者で、本当に乗っても大丈夫なんだろうかとかいう疑問が次々に湧いてきて、優吾はドアノブに手をかけるのをためらった。

『何だ? ドアを開けて欲しいのか?』

『まさか。俺は女じゃない』

 ムッとしながらドアを開けてレザーシートに腰かける。優吾が思ったより座席の位置が低くてドカッと座ってしまったのが恥ずかしかったが、滑らかな肌触りの革が、体を程よく包み込むのが気持ちいい。
 さすが高級車だと優吾が感心しているうちに、リアムがエンジンをかけ、海に背を向けて丘陵地帯へと走り出した。
 夜も更けた道路には、車のライトは殆ど見えない。ツーシーターの車内はまるで世界から切り離されたようで、優吾は隣で運転している男を強く意識した。圧迫感さえ感じるほどに。

「あのさ、どこに向かってるんだ」

 車に乗っておいて今さらの質問だが、観光ルートから外れた場所でもし何か起きたとしても、元から土地勘のない優吾に逃げ道はない。
 相手の返事次第では逃げ出す覚悟で、日本語で問いかけてみたのだが、リアムがはは~んと言いながらちらりと優吾を見た。

「どうした? ひょっとして不安なのか? 男同士なのに?」

「いや、だってさ、最初にリアムに会ったときに、いくらむしゃくしゃしてたからといっても、俺はリアムにかなり失礼なこと言っちゃったからさ。悪かったなと思って」

 やはりリアムには日本語が通じると分かり、優吾は言葉を選びながら、リアムが仕返しをするつもりで優吾を連れてきたのではないかどうかを探る。
 バックミラーで優吾の顔色を見て、何を気に止めているのか推測したリアムが、唇の端を上げた。

「今は俺の家に向かっている。お前が勝気だってことは、この短時間に分かったけれど、強気な態度も相手を間違えるととんでもないことになるから気を付けた方がいい。俺の場合は、みんなが見ている前でお前をさらったんだから、下手なことはしない。優吾が病院に運ばれるようなことがあれば、真っ先に疑われるのは俺だからな。そう心配するな。するなら貞操の心配をしておけ」

「ほら、やっぱり怒ってるんじゃん」

 リアムの大きな右手がハンドルから離れ、スッと移動して優吾の左手を包んだ。

「いやか? 俺はお前に興味がある。お前の歌声に昂った。もっと声を聞かせて欲しい」

 まさかリアムからこんな風に直接的な言葉をかけられるとは思いもよらず、優吾の全身が燃えるように熱くなった。今までは音楽一筋で、恋愛と言っても心の中で律を思っていただけの優吾は、どんな風に返せばいいのか分からない。
 優吾がおろおろと目を泳がせている間に、リアムが優吾の手の甲に親指を這わせ、円を描くように刺激する。ライブで灯された熱が一瞬にして欲望に変わり、優吾の身体の中に甘い疼きが膨れ上がる。優吾はキャパオーバーになりそうだった。

「こ、声って、あんたの演奏に合わせて、今から歌うのか」

「‥‥‥誘いをあしらうために冗談を言ったんじゃないよな? ユーゴはいかにも男慣れしていないって感じだし、まさか未経験とか言わないだろうな? 強引に進めるつもりはないから、嫌ならはっきりNOと言え。今なら引き返してやる」

 また、放り出される。
 優吾の資質を褒めたたえておいて、あっさりと手を離した律が頭に浮かび、優吾の胸に不安が差し込んだ。


「な、何言って、そ、そんなわけないだろ。これでもバンドのボーカルやってて、もてるんだからな」

「ふぅ~ん。もてるけれど、一人旅か。崖の上からダイビングは止めとけよ。損傷がひどいから家族が泣くぞ」

「違う! それこそ誤解だ。俺は自殺しようとしたんじゃない。ただ海を覗いていただけだ」

「本当か? じゃあ、なぜ泣いていた。失恋旅行じゃないのか?」

「……っ。違う。一人になりたかっただけだ。あっ、でも今は別に一人じゃなくてもいい。ここまで連れてきたんだから責任とれよ」

「後でそんな気じゃなかったなんて言うなよ? まぁ、言えないくらいには満足させてやるつもりだが」

 リアムの手が優吾から離れハンドルに戻って行く。手に心臓が移動してしまったんじゃないかと思うくらい、指先までトクトクと脈動を感じていた優吾は、ホッと一息ついた。

 窓に目をやれば、海岸から駅周辺まで広がった商業地区に、びっしり立ち並ぶ店舗やマンションは後方に消え、あたりは落ち着いた雰囲気の戸建てが連なる街並みになっていた。
 四車線の幹線道路を逸れて二車線の道をしばらく行くと、鋳物の門を構えた高く長い塀で囲まれた高級住宅街に入る。番地が記された標識の角を曲がって私道らしき道を行くと、石造りの家が見えてきた。

 リアムがダッシュボードからリモコンを取り出し、門に向ける。操作する手の大きさと形のいい長い指が動くのを見て、優吾は手の甲に触れられた感覚を思い出し、その箇所がジンと痺れるのを感じた。
 電動音を立てながら門が内がわにゆっくり開いていき、車庫までのアプローチに埋められたライトが一斉に点灯する。
 中に入って駐車場に車を止めたリアムが、身体を捻って優吾を見つめた。
 リアムの右手が優吾の頬の感触を味わってから、後頭部へと回される。引き寄せられるのとリアムがかぶさってくるのが同時で、あっという間に無くなった二人の距離は、唇で接点を持った。

 優吾は過去に一人の女の子とキスをした経験がある。中学校の時に告白された女の子とおままごとのような付き合いをして、経験をしてみたい気持ちに抗えずにキスをした。
 その後、独占欲の強い彼女が優吾をがんじがらめにしようとするのに嫌気がさして、たった2か月の交際にピリオドを打った。
 ただ唇をあわせるだけのキス。あれがキスにカウントできないことを、唇を食んで優吾から熱い吐息を引き出す男に教えられている。

 少女の唇は、背伸びをしてつけた口紅の匂いと粘った感覚があった。優吾の唇に移った口紅を舐めて消そうとしたら、苦みがあってまずかった。
 それに比べ、リアムの唇は思いのほか柔らかくて温かく、食まれたり齧られたりすると、その先を知りたい気持ちが生まれる。ぬるりとした舌が入ってきたときには、優吾も自分から絡めていき、唾液の甘さを存分に味わった。

 車内に響いた鼻にかかる甘ったるい声が自分のものだと気が付いて驚き、優吾は羞恥にかられてリアムの胸を押してキスから逃れようとした。
 優吾の気持ちを察したように、リアムは唇を解いて額を合わせ、優吾の後頭部を支えていた手で、宥めるように優しく地肌にマッサージを施す。気持ちの良さに優吾が微笑むと、リアムは額をこすり合わせるように振ってから、優吾を力一杯抱きしめ、耳元で熱いため息を漏らした。

「家の中に入ろう。止まらなくなりそうだ」
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