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エピローグ ラストショー
叶わない恋でもいいんです
しおりを挟む佐久間志貴がリゾートウエディングを退職し、和倉望と結婚して3年の月日が経った。
美麗はというと、ブライダルショーで志貴の兄の慶太に見初められ、あまりにも真摯な申し込みを前にして、誤魔化すことができずに本当のことを打ち明けた。
だが、慶太は美麗が女性を好きなのではなく、望を好きだと言うところに希望を持ち、その後も果敢にアタックして、ついに美麗の信頼を得て結ばれることになった。
現在、美麗は旅館木漏れ陽の女将見習いとして、女将に手取り足取り教えてもらっている真っ最中だが、気が利いて、人を思いやる心に長けている美麗は、旅館の女将にはもってこいの性格で、女将からかわいがられている。
慶太と美麗から結婚するという報告を受けた時、志貴も望も驚きで言葉を失くしたが、その後で湧いた喜びは格別なもので、手を取り合って心からのおめでとうを何度も何度も繰り返した。
「美麗、本当におめでとう。美麗が幸せになれると思うと、私もすごく嬉しい。ねぇ、結婚するきっかけは何だったの? 」
望が美麗ののろけ話を聞き出そうと、美麗の肩に自分の肩をぶつけて催促すると、美麗はくすくすと笑いながら打ち明けた。
「もちろんプロポーズがきっかけだけど、本当はね、私に真剣に向き合ってくれる慶太さんに、応える気持ちはもう固まっていたの。でもね、慶太さんがダメ押しで言ったプロポーズの言葉が可笑しくって、気に入っちゃったの」
今度は志貴が、慶太に何と言ってプロポーズをしたのか聞いたが、慶太はなかなか恥ずかしがって言おうとしない。それでもみんなに責められて、ようやく開いた口から出た言葉に、志貴も望も唖然としてしまった。
「俺と結婚すれば、望ちゃんと姉妹になれる」
そのプロポーズは、今でも語り草で、家族全員を笑わせている
その輪の中には、つい最近純也と早紀の夫婦も加わるようになった。早紀は流産後、ノイローゼにかかっていたらしく、落ち着いた今では、不安定な精神のまま醜態を晒した過去を恥じて、望にも心から詫びを入れたことで、徐々に家族から受け入れられるようになっている。
志貴は、早紀がまた何か事を起こすのではないかと、当初警戒をしていたが、望が許した以上口を挟めず、静観することに決めた。
今のところは純也と上手くいっているようなので、夫婦の絆は外からでは計り知れないものだなと志貴が漏らした時に、望と美麗から、純也は根っからの医者気質で、患者を放っておけないのだろうと言われて、妙に納得した。
そして、美麗と望は義理の姉妹になってからも、最強のコンビであることには変わりなく、意見をやりとりをしながら改善に役立て、佐久間家の旅館とホテルを盛り立てることに貢献している。
志貴が発案し、中心となって推し進めたジパングストリートの構想も大当たりして、海外のセレブたちに注目されるようになった。
宿泊料を上げても長期滞在の予約が入るので、ジパングストリートに面したリゾートホテルは、潤った資金で、より顧客に満足してもらえるように施設を整え、望と志貴が提案する企画に投資するようになった。
志貴はこの一帯のホテルと提携して成果を出したことから、父の俊之から一人前と認められて、Hotel Paradisoの支配人を任されるようになり、望は企画マネージャーとして新企画の検討と費用の算出、手配、他のホテルの企画係との会議などで、忙しくも充実した毎日を過ごしている。
今年のテーマは、望が以前提案した時代絵巻だ。Hotel Paradisoは平安時代を演出し、志貴も帝の恰好をしてホテル内を回ったりする。それに比べると十二単は動きが悪くなるので、展示だけに済ませ、アレンジして動きやすくしたものを望は着用していた。
平素からホテル内で着る制服代わりのアレンジした衣装は、映画会社が経営する衣装制作の会社に頼んで、テーマ毎に作ってもらっている。その代わり、展示やジパングストリート全体で行うイベントで使う本格的な衣装は、安価にレンタルできる契約を交わした。
ホテルのガーデンに設えたイベント用の建物の中には、寝殿造りの部屋を展示して、宿泊客に体験で作ってもらった貝合わせのかるた大会を開いたり、男性には公達の貸衣装を着て、蹴鞠に挑戦してもらったりと、長期滞在者が飽きずに平安時代を楽しめるような工夫がしてある。
この時代絵巻は、海外の客たちに殊更人気があり、その噂はニューヨークの【Take.I】のオフィスにいる今井猛の耳にも入ることになった。
合同でファッションショーを行うことになった若手のファッションデザイナー、ポール・ストーンと猛が、どういう路線でいくかを話し合っている時に、ふとポールが漏らしたのは、日本のリゾート地のイベント例だった。
「とにかく、毎回アイディアが面白くて、今や世界中のセレブの憧れのリゾート地になっているらしい。僕も一度行きたいんだけど、宿泊料が高額なのは仕方ないとして、ホテルの予約が1年以上先まで埋まっていて取れないんだよ。金持ちの宿泊客を目当てに、ファッション界の大御所たちが、来年の秋にジパングストリートで、ファッションショーをやるらしいから、余計に行ってみたいんだ」
ポールの話を聞いて、興味は湧いたものの、日本にあるのに聞いたことのない名前に猛が首を捻った。
『ジパングストリート?何だそれ?そんな道路あったかな?』
『タケルは日本人のくせに、日本のことを知らなさすぎ!』
『仕方ないだろ。こっちのことを吸収するので精一杯だったんだから、日本のことにまで頭が回らなかったんだ。で、そのファッションショーは参加者がもう決まっているのか?』
『もう、だいたい決まっているらしい。僕はだめだった。Hotel Paradisoが代表事務局になっているから聞いてみたら?』
ポールにお礼を言って、スマホでそのホテルの名前を検索した猛は、何だこれ!?と思わず日本語で叫んで、ポールを驚かせた。
それもそのはず、支配人と謳ってあるスペースには、見覚えのある男が自信を漂わせた笑みを浮かべて載っていたからだ。そして企画マネージャーの紹介欄で、更に美しくなった望を見つけ、やられた!と額を抑えた猛が、クックッと笑い出したのを見て、今度はポールが首をひねる番だった。
Hotel Paradisoのエントランスでは、お内裏様とお雛様のように志貴と望が並び立ち、帰国する大企業の社長夫妻を見送っている。二人は名残り惜し気に、良かったまた来ると志貴と望に話しかけ、タクシーに乗って空港へと出発して行った。
すると、入れ違いにタクシーが入ってきて、まだその場に立っていた志貴と望の前で停車する。
チェックイン時間は午後からなので、普通なら朝食時間帯に新しい客が来ることはない。宿泊客はまだ部屋か食事の最中のはずだ。一体誰だろうと志貴と望が不思議に思って車に注目した時、ドアが開き、中からサングラスをかけたアジア人と思われる男が降りてきた。
頭の先からつま先まで洗練されていて、着ている服もかなりセンスの良いものなので、望は男が映画スターか何かだろうかと予想した。
だが、目の前に来た男が、志貴と望を見比べて、びっくりしたように棒立ちになったかと思うと、弾かれたように笑い出したので望は困惑してしまった。
「俺タイムスリップしたのかな?初めまして、志貴と望ちゃんのご先祖様」
ああ、と頷いた志貴が、猛のサングラスに手を伸ばしてもぎとると、そこには懐かしいライバルの顔があった。
「ようやく現れたな。遅かったじゃないか」
「そうよ、ずっと連絡が来るのを待っていたのに、忘れたのかと思ったわ」
「すまないね。生き残りをかけたレースに参加している身としては、日本にまで気を向ける余裕がなかったんだ」
志貴に案内されて、支配人室に通された猛は、そこに貼ってあるジパングストリートで行われたイベントの写真を見て、すごいなと感想を漏らした。
「ここまでやるとは思ってなかった。志貴も、望ちゃんも素晴らしいよ。海外でもこのストリートの名前はセレブの間で知らない者がないくらいに有名になってるんだ。成功おめでとう!」
「猛さんこそ、すごいと思います。あの映画以来、どんどん有名になって、日本に留まらずアメリカに進出したし、日本でも猛さんの【Take.I】を知らない人はいないくらい有名なブランドに成長したもの。成功おめでとうございます」
長い髪を束ね、十二単をアレンジした制服を着る望が、久しぶりの再会に嬉しそうに笑うと、猛がその美しさにくぎ付けになる。うっとりとした顔つきになった猛を、横から志貴が突っついて我に返らせた。
「ここに来たのは理由があるんだろ?早く言えよ!」
「ああ、実は……ここで行われる来年の秋のファッションショーに参加できるか聞きたかったんだ。ダメなら構わない。それよりも、二人の顔が見たくて堪らなくなって飛んできたんだ」
「相変わらず衝動的なところがあるんだな。参加枠なら、日本人デザイナーの一枠が空いてるぞ。ただし、条件付きの枠なんだ」
何だそれ? 怖いなと言いながら、猛が助けを求めるように望の顔を覗き見ると、望はいたずらっ子のように目をくりっと回して唇の両端を持ち上げる。
「条件はね、凱旋パレード!」
「えっ?凱旋パレード?」
意味が分からない猛が、今度は志貴に助けを求めると、志貴がにやりと笑って猛の肩をぽんと叩いた。
「お前のために空けてあるんだよ。海外で活躍する若手人気ファッションデザイナーの特別ステージだ。ファッションショーが始まる前か、後か、都合の良い日に、今井猛だけのショーを開こう。ジパングストリートの全ホテルが支援する」
口をパクパクして言葉を出そうとしていた猛が、急に口をつぐみ、ぐっと詰まったような声を盛らしたと思うと、志貴と望の間で大きく両手を広げ、二人の肩を抱きしめた。
その日、志貴と望は、いつも強気で明るい猛の流した涙を、初めて目にしたのだった。
了
最後までお読み頂きありがとうございました。
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